電脳筆写『 心超臨界 』

影は光があるおかげで生まれる
( ジョン・ゲイ )

自助論 《 人間の価値を決める「弱者への思いやり」――サミュエル・スマイルズ 》

2024-07-10 | 03-自己・信念・努力
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抵抗できない相手をいじめるようでは、真の人格者とはいえない。弱い人々、身を寄せる所のない人々をしいたげる連中は、臆病者のろくでなしだ。昔からいわれるように、卑劣漢はひっくり返しただけで暴君に早変わりする。心の正しい人は、力があってもその使い道をはっきり自覚しているし、力を用いる際にも慎重な配慮を決して忘れはしない。こう考えてくると、やさしさと思いやりが人間の人柄を判断する重要な決め手といえそうだ。


『自助論』
( サミュエル・スマイルズ、三笠書房(2002/3/21)、p289 )
10章 人間の器量――人格は一生通用する唯一の宝だ!
4 真の人格者を計るものさし

◆人間の価値を決める「弱者への思いやり」

真の人格者であるかどうかを測るものさしはたくさんある。中でもまちがいのない方法はその人間が目下の者にどうふるまうかを見ることだ。

男性であれば、女性や子供にどんな態度で接するか? 上司なら部下をどう扱うか? 雇い主なら使用人を、教師なら生徒をどう扱うか? 自分より弱い地位の人間とどのように付き合うか? そしてこのような場合に、分別と寛容と思いやりを発揮できるかどうかが、その人の人格を推し測る決定的な目安となる。

詩人ラ・モットは、ある日、雑踏の中を歩いていて、ちょっとしたはずみに若者の足を踏みつけてしまった。怒った若者がいきなりラ・モットの顔に平手打ちを食わせると、詩人はため息まじりにこう語ったという。

「あなたは、いつか自分のしたことを後悔するにちがいありません。私の目が不自由なことに気づいたなら……」

抵抗できない相手をいじめるようでは、真の人格者とはいえない。弱い人々、身を寄せる所のない人々をしいたげる連中は、臆病者のろくでなしだ。昔からいわれるように、卑劣漢はひっくり返しただけで暴君に早変わりする。心の正しい人は、力があってもその使い道をはっきり自覚しているし、力を用いる際にも慎重な配慮を決して忘れはしない。

こう考えてくると、やさしさと思いやりが人間の人柄を判断する重要な決め手といえそうだ。

真の人格者であれば、そのちょっとしたふるまいにも他人に対する気くばりが行き届いている。相手が対等な立場であろうと目下の者であろうと、その気くばりは変わらない。

真の人格者は、他人の行動をコテンパンに批判して事態をさらに悪化させるより、自分が多少傷ついても辛抱するほうを選ぶ。

また、自分より恵まれない境遇にいる人の弱さや失敗や過ちには寛大な心で接しようとする。富や力や才能に驕(おご)らず、成功しても有頂天にならず、失敗にもそれほど落胆しない。他人に自説を無理に押しつけたりせず、求められた時にだけ自分の考えを堂々と披瀝する。人の役に立とうという場合でも、恩着せがましいそぶりはみじんも見せない。

これが真の人格者である。日常生活のどんなこまごました場面でも、自分をさしおいてまで他人のためにつくそうとする――そこにこそ、真の人格者のあるべき姿が如実に示されているのである。
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