電脳筆写『 心超臨界 』

一般に外交では紛争は解決しない
戦争が終るのは平和のプロセスではなく
一方が降伏するからである
ダニエル・パイプス

伊藤の名誉を守ってくれた宮部教官に私たちは皆感動していた――百田尚樹

2024-07-13 | 03-自己・信念・努力
電脳筆写『心超臨界』へようこそ!
日本の歴史、伝統、文化を正しく学び次世代へつなぎたいと願っています。
20年間で約9千の記事を収めたブログは私の「人生ノート」になりました。
そのノートから少しずつ反芻学習することを日課にしています。
生涯学習にお付き合いいただき、ありがとうございます。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
東京裁判史観の虚妄を打ち砕き誇りある日本を取り戻そう!
そう願う心が臨界質量を超えるとき、思いは実現する
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■『小樽龍宮神社「土方歳三慰霊祭祭文」全文
◆村上春樹著『騎士団長殺し』の〈南京城内民間人の死者数40万人は間違いで「34人」だった〉
■超拡散『世界政治の崩壊過程に蘇れ日本政治の根幹とは』
■超拡散『日本の「月面着陸」をライヴ放送しないNHKの電波1本返却させよ◇この国会質疑を視聴しよう⁉️:https://youtube.com/watch?v=apyoi2KTMpA&si=I9x7DoDLgkcfESSc』
■超拡散『移民受入れを推進した安倍晋三総理の妄言』
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


私たちへの弔い言葉がかけられると思っていた。しかし中尉の口から出た言葉は思いもかけないものだった。「死んだ予備士官は精神が足りなかった。そんなことで戦場で戦えるか!」。中尉は叫ぶように怒鳴ると、軍刀の石突(いしづき)を床にたたきつけた。伊藤のことをわざわざ予備士官と呼んだのは、私らに対する明らかな蔑視(べっし)だった。「たかだか訓練で命を落とすような奴は軍人の風上にもおけない。貴重な飛行機をつぶすとは何事か! 貴様たち、二度とこのようなことがないようにしろ」。私たちはみな心の中で悔し涙を流した。これが戦争か、これが軍隊かと思った。人間の命はここでは飛行機以下なのだと思った。


◆伊藤の名誉を守ってくれた宮部教官に私たちは皆感動していた

『永遠の0』
( 百田尚樹、講談社 (2009/7/15)、p441 )

戦局が日増しに悪化する中にあっても、私たちは日々訓練に励んだ。訓練とはいえ命懸けだった。急降下は一歩間違えば死につながる。実際、飛行訓練中にも多くの学生が事故で亡くなった。

私の無二の親友、伊藤もそれで死んだ。急降下訓練で機首の引き起こしに失敗して、そのまま地面に激突したのだ。彼は明るい男でみんなの人気者だった。都都逸(どどいつ)が上手く、苦しい訓練を終えて、落ち込んでいる時に、よく得意の喉(のど)で皆を楽しませてくれた。その男が私の目の前で死んだ。ショックなどというものではなかった。

その時の教官は宮部さんだった。乗機から降りた宮部教官の顔面は蒼白(そうはく)だった。

その夜、学生全員が整列させられた。兵学校出の中尉がヒステリックな声で叫んだ。

「本日、事故があったことはお前たちも知っていることと思う」

私たちへの弔い言葉がかけられると思っていた。しかし中尉の口から出た言葉は思いもかけないものだった。

「死んだ予備士官は精神が足りなかった。そんなことで戦場で戦えるか!」

中尉は叫ぶように怒鳴ると、軍刀の石突(いしづき)を床にたたきつけた。伊藤のことをわざわざ予備士官と呼んだのは、私らに対する明らかな蔑視(べっし)だった。

「たかだか訓練で命を落とすような奴は軍人の風上にもおけない。貴重な飛行機をつぶすとは何事か! 貴様たち、二度とこのようなことがないようにしろ」

私たちはみな心の中で悔し涙を流した。これが戦争か、これが軍隊かと思った。人間の命はここでは飛行機以下なのだと思った。

その時だった。「中尉」という宮部教官の声が聞こえた。

「亡くなった伊藤少尉は立派な男でした。軍人の風上にも置けない男ではありません」

場が凍りつくとはあのような時を言うのだろうな。

中尉は怒りで顔を真っ赤にさせてぶるぶる震えた。

「貴様!」

中尉は壇上から降りると、宮部教官を殴りつけた。宮部教官は足を踏ん張って、その拳を耐えた。中尉は尚(なお)も殴った。宮部教官の鼻と口から血が噴き出したが、彼は倒れなかった。

中尉は背の低い男だった。その男が力一杯殴っても、宮部教官は倒れないどころか、逆に上から中尉を見下ろすように立っていた。中尉は半べそをかいたような顔になった。

「伊藤少尉は立派な男でした」

宮部教官は中尉に負けないくらいのおおきな声で言った。中尉はびくっと体を震わせた。

「特務士官の分際で、生意気だぞ」

中尉はそう言うと、もう一度、宮部教官を殴った。それから、くるりと背を向けて隊舎の方に戻った。飛行隊長が少し困ったように「解散」と言い、私たちは解列した。

宮部教官の顔の傷はひどかった。唇が何ヵ所も切れて、目の上からも血が流れていた。

私たちは皆感動していた。伊藤の名誉を守ってくれた宮部教官に、心の中で「有り難う」と言った。

その時、私は思った。自分が特攻に行くことでこの人を守れるならそれでもいいと。
この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 《何せうぞ くすんで 一期(... | トップ | 「台風娘」のあだ名の通り、... »
最新の画像もっと見る

03-自己・信念・努力」カテゴリの最新記事