電脳筆写『 心超臨界 』

悲しみは二つの庭を仕切るただの壁にすぎない
( ハリール・ジブラーン )

◆都合のいい言葉を戦勝国に握られた

2024-05-22 | 05-真相・背景・経緯
§4 戦後の戦争に敗れた日本
◆都合のいい言葉を戦勝国に握られた


戦前、民主主義や民族自決や人権の尊重などを口にし、東ヨーロッパにおいては民族自決ということを実行しながら、アジアにこれを導入し政治制度化しようと努力した欧米の国は、ただの一つもない。それなのに、なんで日本は自由だの、人道だの、人権だのという恰好のいい言葉を全部彼らに握られてしまったのか。なぜトルーマンのそうしたせりふに、戦後日本はやすやすと乗せられてしまっているのか。これはまさに、“言葉喪失”といってもいいでしょう。


『歴史を裁く愚かさ』
( 西尾幹二、PHP研究所 (2000/01)、p381 )


終-8 都合のいい言葉を戦勝国に握られた

戦後日本がいかにして思想的、政治的、戦略的に破れたか。さっきは日本人がもっている歴史的な自我の弱さとか、残念な特性ということを申し上げましたが、これから申し上げるのは、占領軍が具体的に計画し、意図的にかけた網に見事にひっかかって、籠絡(ろうらく)されたという話です。

第一に、言葉を封じられたのです。自由とか、正義とか、人道とか、都合のいい言葉は全部戦勝国に握られた。これは9月2日、ミズーリ艦上での降伏文書の調印式の時に行われた、トルーマン大統領の演説の内容によく表われています。

「今次の勝利は武器による勝利以上のものであり、圧政に対する自由の勝利である。われわれの武装兵力を戦争において不屈たらしめたものは、自由の精神である。われわれは今や、個人の自由、および人間の威厳が全世界のうちで最も強力であり、最も耐久力のある力であることを知った。この勝利の日に、われわれは、われわれの生活方法に対する信念と誇りを新たにしたい。原子爆弾を発明しうる自由な民衆は、今後に横たわる一切の困難を征服できる一切の勢力と決意を止揚することができよう」

日本人は戦後、このトルーマンのせりふそのままの価値観で、トルーマンが代表するアメリカの歴史が正しくて、自分たちの歴史は犯罪であると極め付けられ、自由とか、平和とか、民主主義とか、人権といういい言葉を全部欧米にもっていかれてしまった。戦勝国は、あたかも欺瞞や残虐や裏切りとは何の関係もないかのごとき顔をし、すべてがその前提で語られる。日本全土にゲルニカをまきちらしたアメリカなどに、そんな物言いが許されるはずがないのにです。しかもイギリス、アメリカ、フランス、オランダは、日本の敗退後、ただちにアジアに戻ってきて、植民地主義を再び実践したのです。

戦前、民主主義や民族自決や人権の尊重などを口にし、東ヨーロッパにおいては民族自決ということを実行しながら、アジアにこれを導入し政治制度化しようと努力した欧米の国は、ただの一つもない。それなのに、なんで日本は自由だの、人道だの、人権だのという恰好のいい言葉を全部彼らに握られてしまったのか。なぜトルーマンのそうしたせりふに、戦後日本はやすやすと乗せられてしまっているのか。

これはまさに、“言葉喪失”といってもいいでしょう。いい言葉は、やはり自分のほうが取らないとだめなのです。それが戦後の平和時における闘いなのです。恰好のいい言葉はわが国が取る。向こうが取ったならば、こっちも同じだといい返すべきなのです。

現実にアメリカが、いい言葉だけを全部自分が取って、実際にすこしも道徳的でなかったということを考えると、これは嘘つきになるわけです。個人だったら、嘘つきと非難できますけれども、国家を嘘つきとして非難することはできない。なぜならば、美しい理論を旗印にして他国を制圧し、他国に道理の付け入る隙を与えない国、たとえばアメリカのような国は、本当の意味での勝利者なのです。つまり、トルーマン大統領の演説に、ただちに有効な反論ができなかったわが国は、戦争に敗れただけではなくて、政治においても敗れたということです。

このことを、今こそわれわれは自覚しなくてはならないのではないか。戦前の日本の歴史において、アメリカやイギリスが正義であって、日本だけが犯罪を犯したという馬鹿な見方は全く成り立たない。日本がいかにして“戦後の戦争”に敗れたか、という四つの要因の一つは、言葉を取られたということなのです。
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