電脳筆写『 心超臨界 』

強みは物理的な能力がもたらすものではない
それは不屈の信念がもたらすものである
( マハトマ・ガンディー )

生きるための杖ことば 《 渓声山色――松原泰道 》

2024-08-30 | 03-自己・信念・努力
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東京裁判史観の虚妄を打ち砕き誇りある日本を取り戻そう!
そう願う心が臨界質量を超えるとき、思いは実現する
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■緊急拡散『2024年8月発表:トランプ前大統領「米国を再び偉大にするための核心的公約20」』
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自然のたたずまいが、そのまま説法の声であり、真理の言葉であるとうなずけたとき、道元は「不妄語(ふもうご)」が何であるかを体得したという。不妄語とは「うそや、いらざることを口にしてはならぬ」というだけではない。不妄語は真実の語に外ならない。谷川のせせらぎの音も、山の景色もそのままに真理を告げている。しかし、人間のように、自然はあえて言(こと)あげをしない。言あげをしないままに、そのままに真実を語っているから不妄語という。渓声山色は、不妄語であるから「真言」である。真言葉(まことば)でもある。


◆渓声山色(けいせいさんしょく)――正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)

『生きるための杖ことば』
( 松原泰道、全国青少年教化協議会 (2001/04)、p112 )

谷川の流れの音も、たたずまいも、すべて真理の表象である。釈尊のさとりの内容は「草木も国土も悉(ことごと)く仏を成(じょう)ず(草木国土悉皆成仏(そうもくこくどしつかいじょうぶつ))の一句に尽きる。もしもこの句を過(あや)まって、森羅万象が仏であると解したら、それは汎神論(はんしんろん)となって、釈尊のさとりとはかけ離れてしまう。

釈尊は、またすべての存在はことごとく「如来の智慧徳相を具有す」とも言う。一切は如来(真理)の智慧の相(すがた)と徳の相と具(そな)え持つ真実を発見したのが釈尊である。

ニュートンはリンゴが落ちるのを見て、地球の引力を発見した。リンゴが落ちるのは引力の相である。宗教的にいえば、この現象は神の啓示に外ならない。渓声山色もまた同じである。ゆえに、道元禅師(1253年没)は自著『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』に「渓声山色」をおくとともに「峰の色 谷の響(ひびき)も皆ながら 吾(わ)が釈迦牟尼(しゃかむに)の声と姿と」(傘松道詠(さんしょうどうえい))と詠ずる。

私たちはいつも真理のまん中に生かされている。救いのまっただ中に、今も、ここに呼吸している。この事実に気づくのをさとりといい、気づかないのを迷いという。

自然のたたずまいが、そのまま説法の声であり、真理の言葉であるとうなずけたとき、道元は「不妄語(ふもうご)」が何であるかを体得したという。

不妄語とは「うそや、いらざることを口にしてはならぬ」というだけではない。不妄語は真実の語に外ならない。谷川のせせらぎの音も、山の景色もそのままに真理を告げている。しかし、人間のように、自然はあえて言(こと)あげをしない。言あげをしないままに、そのままに真実を語っているから不妄語という。

渓声山色は、不妄語であるから「真言」である。真言葉(まことば)でもある。
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