ぶうちゃんのリハビリ日記  自由へ続く道

持ち前の負けず魂で、医師には不可能といわれた一日も早い社会復帰を目指すリハビリ親父の日記です。

発病から今まで その7

2006-01-20 18:05:50 | 健康・病気

小太ママ、織田さんコメント有り難うございます。私のブログを読んで頂いている方がいらっしゃるという事は、私にとって非常に励みになります。これからもよろしくお願いいたします。

さて、個室に移ってからも私の容態は一進一退を繰り返し、点滴も心臓に直接?(近くの血管かも知れないが、医学的知識が無いので(笑))しているような状態だった。そのような状態の中で私にはひとつ気がかりの事があった。それは発病当時、私は数億円規模のプロジェクトを担当しており、業者との打ち合わせや見積もり交渉も済んでおり注文書発行する寸前だった。2000年当時は不況の真っ只中であり、業者にとっては注文が入るか入らないかは死活問題だったのである。私は今までの打ち合わせや見積もりの金額交渉に応えてくれた業者に報いたかった。そこで、会社に連絡を取って病院に後任者に来て貰い、例の『あいうえおボード』をつかい、アイコンタクトで申し送りを行った。時間は3時間近くかかり、さすがに数日間容態は悪化した。(笑)

さて、リハビリは個室に移った日から始まっていた。私の麻痺は『ケイ性麻痺』といってダラーンとなる麻痺ではなく、筋肉が緊張して硬直してしまう麻痺だった。私の入院したK県C市立病院にはリハビリ科があり、理学療法士のK先生が毎日病室に来てくれて、手足の曲げ伸ばしからリハビリの第一歩が始まった。

個室に移って数日経った夜、お腹が苦しくて眼が覚めた。

コメント (1)
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