(7月の政権発足以降、トルコリラは安値を更新している【8月12日 朝日】)
【「牧師とNATO同盟国を引き換えにしている」】
トルコで自宅軟禁下に置かれているアメリカ人牧師をめぐってアメリカとトルコ、というか、トランプ大統領とエルドアン大統領という非常に“クセが強い”両者が対立を深めています。
この牧師の件の概略は以下のようにも
****アンドリュー・ブランソン****
(トルコ当局に拘束されている牧師)ブランソン氏は、トルコのエーゲ海沿岸で20年近くプロテスタント教会を運営する牧師だ。
エルドアン大統領に対するクーデター未遂事件後に行われた一斉取り締まりにより、2016年10月以来トルコ当局に拘束されている。
トルコ当局は、ブランソン氏がクーデターの首謀者やクルド人分離派を支援したと主張。米国はトルコ側の主張には根拠がないとして即時釈放を要求している。
目下、自宅軟禁下に置かれているブランソン氏の運命は、キリスト教福音派の間で大きな問題となっており、トランプ、ペンス正副大統領にとっては最優先課題だ。
米国は今月1日、人権侵害を理由にトルコ閣僚2人に対して経済制裁を課した。両国は最近、ワシントンで協議したが、事態打開には至らず、米国による新たな制裁措置の発動につながった。【8月11日 WSJ】
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トランプ米大統領は7月26日、トルコに「大規模な制裁をかける」とツイッターで警告、というか恫喝。
トルコの裁判所は7月31日、テロリズムなどの罪に問われている米国人牧師を自宅軟禁から解放するよう求めた申し立てを退け認めませんでした。
アメリカ財務省は8月1日、米国人牧師問題を受け、トルコのアブドゥルハミット・ギュル法相とスレイマン・ソイル内相に制裁を科すと発表。
これに対し、トルコのエルドアン大統領も8月4日、米閣僚2人に同様の制裁を課すと発表。
一方、トランプ米大統領は8月10日、トルコからの鉄鋼、アルミニウムへの輸入関税を2倍とし、それぞれ50%、20%を課すことを許可したとツイッターで表明。
対応はエスカレートする一方です。
この間、トルコ政府の代表団が8月8日、サリバン米国務副長官と会談し、両国の関係改善に向けた協議が行われましたが、進展は得られていません。
トルコのエルドアン大統領は8月10日付の米紙ニューヨーク・タイムズに寄稿し、米国人牧師の拘束問題で悪化している対米関係について、アメリカが単独行動主義の傾向を見直さない限り、トルコは「新たな友人と同盟国を探し始める必要があるだろう」と警告。
11日には「恥を知れ、お前たちは牧師とNATO同盟国を引き換えにしている」と、例によって過激な調子の発現も。
****トルコ大統領が米批判 「牧師とNATO同盟国を引き換えにしている」****
トルコのレジェプ・タイップ・エルドアン大統領は11日、米国人牧師の拘束をめぐる米国の「脅し」に反発し、北大西洋条約機構の同盟国を「牧師と引き換えにしている」と批判した。
米・トルコはともにNATO加盟国だが、両国間では牧師拘束の問題をめぐり緊張が高まっており、トルコの通貨リラに売り圧力がかかっている。
エルドアン大統領はトルコの黒海沿岸にある町ウニエでの集会で、米国を名指しし、「牧師をめぐる脅しでトルコをひざまずかせようとするなど、大間違いだ」と発言。さらに「恥を知れ、恥を知れ。お前たちはNATOの戦略パートナーと牧師を引き換えにしているのだ」と述べた。
また同大統領は、「あちらにダラー(ドル)があるなら、こちらにはアラー(神)がいる」と述べ、リラ急落に慌てないよう国民に求めた。
ドナルド・トランプ米大統領は10日、トルコからの輸入鉄鋼・アルミニウムに対する関税の倍増を承認したと表明。両国の外交関係が悪化する中、苦境にあるトルコ経済に圧力を加えた。同日のリラ相場は対ドルで前日比16%下落した。
トルコは米国人のアンドルー・ブランソン牧師をテロ関連の容疑で2年近く前から拘束している。両国関係は現在、これを含む多くの問題により近年でも特に深刻な対立に陥っている。【8月12日 AFP】
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【トランプ大統領が牧師問題で頑なになる事情】
逆に言えば、トランプ大統領はNATO同盟国という関係を反故にしても、牧師問題を解決したいという強い姿勢です。
この米国人牧師問題でトランプ大統領が譲れない状況にある背景には、ふたつほどの事情があるようです。
ひとつには、水面下の交渉(イスラエルも含む三か国取引)がトランプ大統領の意図したとおりに運ばなかったことへの同大統領の怒りがあるようです。
****米・トルコ関係の悪化****
(中略)なお、この問題にはどうやら裏があって、haaretz net によると、この問題はNATO首脳会議の際に両首脳間で話し合われ、エルドアンがイスラエルがテロ容疑(ハマス幇助容疑)で逮捕しているトルコ人女性)を釈放する代わりにトルコが米神父を釈放することとなったものの由にて、イスラエルはこのトルコ人女性を国外退去とした由。
然るにトルコが米神父を釈放はしたものの、自宅軟禁いしていることについてトランプが怒ったという事情がある模様です。
逆にトルコ側は、米政府がギューレン師問題等で、協力しないとして非難を強めている模様【7月27日 「中東の窓」】
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こういう三か国での捕虜・拘束者の交換取引は、アメリカのホワイトハウスを舞台にした政治ドラマでもときに目にしますが、実際にも行われているようです。三か国取引によってトルコもメリットを得ます。
しかし、エルドアン大統領としては、米政府がギューレン師問題等で協力しない限り即時解放はできないということのようで、トランプ大統領としては読み違えたようです。
“トランプ大統領は就任当時、オバマ前政権下で冷え込んでいたトルコのレジェップ・タイップ・エルドアン大統領との関係改善を狙っていた。先月には、北大西洋条約機構(NATO)首脳会議の場で、公然とエルドアン氏を持ち上げている。”【8月11日 WSJ】
この時点では、トランプ大統領は“ディール”が成功したと思ったのでしょう。それだけに怒りも倍増しているようです。
もうひとつ、アメリカ・トランプ大統領が譲れいない事情は、中間選挙を控えた国内政治事情であり、この牧師がキリスト教福音派であることです。
“ブランソン氏は米共和党の有力な支持基盤の一つであるキリスト教福音派に所属。米メディアは11月の中間選挙での勝利を目指すトランプ政権にとって、同氏の釈放を実現させることは重要な意味を持つとしている。”【8月11日 毎日】
“有力な”というより“最大支持基盤”である宗教保守の支持をつなぎとめるためには、絶対にあとに引けないトランプ大統領です。
【急激な通貨下落 エルドアン大統領の金利は「搾取の道具」という経済観】
このアメリカ・トルコ間の緊張で、トルコ通貨が急落してトルコ経済に大きな影響が出ています。
****リラ急落、トルコ苦境 物価高、生活に打撃 一時2割安****
トルコと米国との関係悪化をきっかけに、外国為替市場でトルコ通貨のリラが売られている。10日には、前日から一時2割以上も値下がりした。
リラ安はトルコ国内の物価高も招き、市民生活に悪影響を及ぼすため、トルコ政府は市場の不安を抑えようと躍起だ。
「またリラが安くなった」。イスタンブール旧市街の雑貨店で10日、店員のセズキン・デンキリさん(43)は為替モニターを見つめて表情を曇らせた。
主力商品のカスピ海のキャビアはロシアなどの業者からドルで輸入するため、リラ安で仕入れ値が上がった。1カ月前に比べ、価格は3割増しという。「以前も店に来たことがある客にリラの値段を伝えるとぎょっとされる」と話す。リラ安は物価上昇を招き、市民生活への影響も深刻だ。
リラ相場急落の背景には、トルコが長期拘束する米国人牧師の問題がある。(中略)
これを受けてリラの下落に拍車がかかり、一時、前日比2割安となる1ドル=6・8リラ台をつけた。年初比では4割超もの下落だ。
トルコに多く融資する欧州の銀行への影響も懸念され、10日は欧州の主要株式市場で株価が下落。続く米市場でも株価が下がった。
市場は、6月に大統領選に勝利したエルドアン大統領の経済政策にも不信を強める。物価上昇が続くトルコでは中銀が利上げを進めきたが、景気を冷やすのを嫌うエルドアン氏は利上げを抑えるよう、中銀への介入を示唆してきた。
政権発足後初となる7月末の中銀の金融政策決定会合では、市場の予想に反して利上げが見送られ、不信感はさらに高まった。
エルドアン大統領は10日の演説で「経済戦争に負けない。ドルやユーロ、金を持っている人は銀行でリラに両替しよう」と訴えた。アルバイラク財務相も中銀の独立性や市場関係者との信頼の構築、財政規律を守る方針を発表した。【8月12日 朝日】
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“全面的なリラ安となっている為替相場について、エルドアン大統領はトルコに対する陰謀に利用されていると指摘した上、「問題はドルやユーロ、金でないことはよく分かっている。これらはわが国に仕掛けられた経済戦争の弾丸や砲弾であり、またミサイルなのだ」と語った。”【8月12日 AFP】
また、「あちらにダラー(ドル)があるなら、こちらにはアラー(神)がいる」【8月12日 AFP】とも。
ダジャレを言っている場合ではない・・・というか、政治・経済問題に“アラー”を引っ張り出すエルドアン大統領も滅茶苦茶です。
「ドルやユーロ、金を持っている人は銀行でリラに両替しよう」と言っても、そんなことをしたら大損することが明らかですので、おいそれとは国民は応じないでしょう。
トルコ通貨リラの下落は、今に始まった話ではなく、2015年から一貫して右肩下がりに低下しています。
(上記グラフの右端が、現在は6.4あたりまで一気に下落している状況です)
そのことによる経済悪化は、エルドアン大統領の再選にとっての障害ともなりました。
2018年6月2日ブログ「トルコ 強権的なエルドアン大統領の再選目論見を脅かす強敵“通貨リラの暴落”」
こうした経済状況に対するエルドアン大統領の基本姿勢は、金利の役割を無視した非論理的ものがあることは上記ブログでも取り上げました。
通貨安・インフレに対しては国内金利をあげることが常套手段ですが、今回もエルドアン大統領は金利引き上げを拒んでいるようです。
****トルコ大統領、金利は「搾取の道具」 低金利維持を示唆****
トルコのレジェプ・タイップ・エルドアン大統領は11日、黒海沿岸の都市リゼで行った演説で、金利について「搾取の道具」と発言し、可能な限り低く維持すべきだとの考えを示した。
エルドアン氏は演説の中で「金利というものは貧しい者をより貧しく、豊かな者をより豊かにする搾取の道具であるため、最低限に抑えられるべきだ」と語った。
名目上独立した機関のトルコ中央銀行はここ数週間、高インフレや通貨下落に直面しながら利上げ圧力に逆らってきた。(後略)【8月12日 AFP】
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イスラム主義者であるエルドアン大統領は、金利を認めないイスラムの考え方に強く影響されているようですが、これでは経済政策はうまく機能しません。
【米国人牧師問題以外にもある両国の抱える問題】
なお、“両国関係は現在、これ(米国人牧師問題)を含む多くの問題により”【前出 AFP】というように、アメリカ・トルコの間には多くの問題があることが、今回の問題がこじれている背景にあり、また、今後の両国関係が懸念される理由ともなっています。
****米トルコ、関係悪化の背景 カギ握る6つの火種****
(中略)ともにNATO加盟国である米国とトルコの対立を招いた原因は何か。以下にその火種を挙げる。
アンドリュー・ブランソン(米国人牧師問題)(中略)
シリア
トルコはシリア政策を巡り、米国と度々対立している。シリア内に展開する米軍は、トルコ政府がテロリストと見なすクルド人武装勢力と連携している。
トランプ大統領は就任後間もなく、シリア内のクルド人勢力に武器を供与する計画を承認し、トルコから強い反発を招いた。トルコはこれに対抗し、国内で軍事作戦を開始し、米国が主導する過激派「イスラム国(IS)」掃討の取り組みを妨害した。
その後、米国とトルコは何とか矛を収め、緊張緩和に向けて、シリア内で係争地の警備に共同で当たっている。だがトルコがシリア内のクルド人勢力を標的にすれば、連携する米軍を危険にさらす恐れがあり、問題を悪化させかねない。
インジルリク空軍基地
米軍やNATO 加盟国はISへの空爆で、トルコ南部のインジルリク空軍基地を利用する。同基地は米軍主導のIS掃討作戦で大きな役割を果たした要所で、同基地の利用承認を求める2015年の協議は難航した。
トルコの国家主義者は長らく、米国を同基地から排除し、利用合意を終わらせるようエルドアン大統領に圧力をかけている。
これまでのところ、米軍締め出しの動きはないが、トルコにとっては引き続き、米国との交渉で大きな取引材料となっている。
フェトフッラー・ギュレン
トルコは、米国在住のイスラム教指導者フェトフッラー・ギュレン師を2016年7月のクーデター未遂事件の黒幕だと断定している。(中略)
クーデター未遂事件が起こると、エルドアン大統領らトルコ指導者は、米国にギュレン師の引き渡しを要求。ギュレン師は容疑を否認しており、米国もトルコによる度重なる引き渡し要求を退けている。
ハルク銀行
米国とトルコは、トルコの銀行システムに対する米当局の調査を巡っても対立する。
トルコ国内大手のハルク銀行に勤務していたメフメト・アッティラ受刑者は、米国の対イラン制裁法に違反した罪で、米国で32カ月の禁錮刑に服している。
アッティラ受刑者の公判に証人として出廷したのが、エルドアン大統領に近いレザ・ザラブ氏だった。ザラブ氏は米国に入国した2016年3月に逮捕されたが、米検察に協力することで合意し、アッティラ受刑者の収監を手助けした。
米国とトルコは、ハルク銀行に対する多額の制裁金を巡り、長らく協議を続けてきたが、交渉は暗礁に乗り上げた。トルコ国内大手のハルク銀行は、米国でさらなる捜査に直面している。
エルドアン大統領の警護隊
エルドアン大統領が昨年、ワシントンを訪問した際、米国ではエルドアン氏が実施する反政府派への取り締まりやクルド人政策などに反対する抗議活動が起きた。
その際、エルドアン大統領の警護隊が、デモ参加者を殴ったとされる事件が発生。米検察はエルドアン大統領の警護隊員ー15人を暴行罪で起訴した。
これにエルドアン大統領は激怒。米国はトルコとの関係改善を模索する中で、警護人15人中11人に対する起訴をひそかに取り下げている。【8月11日 WSJ】
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個性的なトランプ・エルドアン両氏の対立だけに、“足を止めてのリング中央での打ち合い”がさらにヒートアップする可能性も、逆に、これまでの対立は一体何だったのか・・・というぐらいに一気に好転する可能性も、両方あるところで、先は不透明です。