孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

イラク  イスラム過激派組織ISILの攻勢で進む“シリア化”

2014-06-12 22:27:53 | 中東情勢

(ISIL戦闘員 “flickr”より By rokonbd77 https://www.flickr.com/photos/88945895@N08/14396685441/in/photolist-nWfGbg-nW6WSs-nWCjW7-nWbM1v-nEoTF2-nEo4Ym-nWR4xg-nWStHP-nEo591-nDFuTF-nWa6Jk-nDEM7N-nU7Bjb-nE9mKx/)

首都バグダッドを目指して南下する勢い
イラクで、イスラム過激派組織「イラク・レバントのイスラム国(ISIL)」の攻勢によって混乱が拡大していることは、6月8日ブログ「イラク スンニ派イスラム武装勢力の活動で混乱が拡大 サウジアラビアは路線変更?」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20140608)でも取り上げたばかりですが、その直後にISILは第2の都市モスルを制圧、更に南下してティクリットも後略して首都バグダッドをうかがう勢い・・・というように、混乱というより内戦状態、悪くすると国家破綻も懸念される危険な状況になっています。

****イラク 大規模衝突による混乱拡大懸念****
イラクでは、国際テロ組織アルカイダ系のイスラム過激派組織が北部の都市を制圧し、首都バグダッドを目指して南下しているのに対し、マリキ政権は軍事作戦を本格化して反撃する構えで、大規模な衝突による混乱の拡大が懸念されます。

イラクでは、国際テロ組織アルカイダとつながりのあるスンニ派のイスラム過激派組織が北部で攻勢を強め、10日までに第2の都市モスルを制圧したのに続いて、その南のティクリットも制圧したとの情報もあります。
さらに、バグダッドから北におよそ100キロ離れたサマラ近郊でも、治安部隊との攻防が続いているもようで、過激派組織は11日、「戦いは今後、バグダッドでさらに激しくなる」として、首都バグダッドを目指して南下するという声明を出しています。
これに対しイラクのマリキ首相は義勇兵を募るなどして治安部隊を立て直し、モスルを奪回する軍事作戦を本格化する方針を示しているほか、欧米のメディアによりますと、アメリカに無人機による過激派組織への空爆を要請したものの、拒否されたということです。

こうしたなか、バグダッド北東部のシーア派住民が多く住むサドルシティーでは11日、自爆テロが起き、少なくとも24人が死亡しました。
イラク北部ではモスルなどからすでに50万人以上の市民が避難していて、今後、大規模な衝突による混乱の拡大が懸念されます。【6月12日 NHK】
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内戦下のシリアとの間で戦闘員や武器の往来が活発化する恐れも
モスルが位置する北部や西部はスンニ派住民が多く、シーア派中心のマリキ政権に冷遇されているという政権に批判的な空気があります。ティクリートはフセイン元大統領の故郷でもあります。
また、モスル周辺はスンニ派過激組織ISILがもともと「縄張り」としていた地域でもあり、戦略的に見ても重要な地域です。

****戦略の拠点を占拠****
ISIS(ISILに同じ)は、イラク戦争後に勢力を拡大した。サウジアラビアなどの湾岸諸国、エジプトなど北アフリカ地域、さらにはアフガニスタンから、アルカイダ系イスラム過激派を受け入れてきた。

その前身の「イラク・イスラム国」は、モスル周辺が「縄張り」。周辺を通行する住民に独自の税金を課していると、3年前に朝日新聞と会見した軍情報部の関係者が証言していた。

モスルは、もともとISISの足場があり、シリアとの国境や油田地帯に近い戦略的に重要な都市だ。

モスルの南東には、イラク有数の石油都市キルクークがあり、クルド人とスンニ派住民が対立している。クルド側は11日に特殊部隊を投入して警戒を強めるが、ISISの勢力が及べば対立が激化しかねない。

また、ISISはニナワ州と隣接するシリアで、内戦に介入している。国境地帯を制圧したことで、反アサド政権の戦闘を勢いづかせ、内戦をさらに激化させることも懸念される。(後略)【6月12日 朝日】
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いくつかのポイントがありますが、ISILはシリアでアサド政権や反政府の他の組織と戦闘を行っており、今後シリア内戦と連動して、シリア・イラク双方で状況が悪化することが懸念されます。

「イラク・レバントのイスラム国(ISIL)」の“レバント”とは、シリア、レバノン、ヨルダン、イスラエル(およびパレスチナ自治区)を含む地域を指し、ISILにしてみれば、その名前のとおりイラク・シリアにまたがるシャリーアによるイスラム国家建設に向けて大きく前進・・・といったところでしょう。

“ISILがモスルの北西約100キロにあるシリアとの国境検問所を制圧したとの情報もあり、今後、内戦下のシリアとの間で戦闘員や武器の往来が活発化する恐れもある。”【6月11日 毎日】

“モスルを含むニナワ州はシリアにも接している。「イスラム国」はシリア内戦にも参戦し劣勢に回っているが、ニナワ州を掌握したことで戦闘員の動員や物資の運搬が容易になるとみられ、シリア内戦に影響する可能性がある。”【6月11日 東京】

なお、前回ブログでも触れたように、ISILは、現在はアルカイダの制止を無視する形で活動を拡大しており、アルカイダからは“破門”状態にあります。

クルド自治区への影響
モスルはクルド自治区に隣接しており、クルド人との対立も激しくなっているようです。
8日、および9日にはクルド人政党を狙った爆弾テロが連続して起きており、ISILの反抗と見られています。

モスルでは人口の4分の1に相当する50万人規模の住民が市外へ脱出しており、避難民の多くは、比較的治安が安定しているクルド自治区に向かっています。

“クルド自治政府トップのバルザニ議長は11日、避難民を制限なく受け入れる意向を表明した。
ジバリ外相は11日、モスル奪還に向けた軍事作戦でもクルド自治政府と協力したい意向を表明した。
ただ、バルザニ議長は「モスル陥落前に何度も中央政府に協力を呼びかけたが、応答がなかった」と、マリキ政権への不信感を表している。”【6月11日 毎日】

もともとクルド自治区とイラク中央政府の関係には自治や石油利権を巡って確執があるところですが、今後内戦状態の混乱が拡大し、ISILとクルド自治区の本格交戦、あるいはマリキ政権の機能麻痺といった状態にもなれば、クルド自治区が中央政府のコントロールを離れて分離独立へ向かうことも考えられます。

そうなると、イラク国家の分解にとどまらず、“国家を持たない最大民族”クルド人を領内に抱えるトルコ、シリア、イランを巻き込んだ大規模な中東再編成にもつながる・・・ということは、これまでも再三取り上げた話です。

なお、モスル住民が避難しているのは、ISILによる恐怖支配を恐れてのこともありますが、今後モスル奪還を目指すマリキ政権が包囲作戦をとり、容赦ない攻撃を行うのでは・・・という不安からでもあります。

マリキ首相への不満噴出 政局は混乱
マリキ政権側の対応については、以下のように報じられています。

****マリキ政権への批判が噴出*****
シーア派のマリキ首相は10日、連邦議会に対して、超法規的な治安措置をとるために非常事態令の承認を要請した。

ところがマリキ首相に反発するスンニ派やクルド人の政党から政府への批判が噴出。政敵であるスンニ派のナジャフィ議長は「政府の責任は重い」と指摘した。

背景には、マリキ首相が自身の支持基盤であるシーア派が多い南部や首都バグダッドの治安対策を優先し、スンニ派が多い北部や西部を軽視してきたとの不満がある。

またイラク政界では4月の連邦議会選挙後、次期政権樹立に向けた各党派の連立交渉が続いている。マリキ首相の党派が第1勢力だが、過半数の議席は得ておらず、政権を維持できるかは不透明だ。

スンニ派など反対勢力には、混乱の責任をマリキ氏に押しつけ政権交代を迫りたい思惑もある。ISILはこうした政局の混乱につけ込んで勢力を拡大している。【6月11日 毎日】
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****民兵利用は更なる混乱の恐れも****
イラク国会のヌジャイフィ議長は「モスル奪還のために地域住民を動員した作戦を進める」と説明。マリキ首相は10日、ISILと戦う住民に武器を配る考えを示した。

ただ、マリキ政権はこれまでもISILの制圧下にある中部ファルージャを奪還できずにいる。住民を武装させ民兵として利用することは、さらなる暴力や混乱につながる恐れもある。【6月12日 産経】
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現在の事態は、シーア派を偏重し、スンニ派を軽視してきたマリキ政権の失策が招いた結果とも言えます。

****イラクの治安悪化はなぜ止まらないのか****
背景には、4月末の議会選で第1勢力となった「法治国家連合」を率いるマリキ氏のシーア派系政権と、スンニ派との関係悪化が挙げられる。

ファルージャを含むアンバル州は、旧サダム・フセイン政権で軍や治安情報機関を担ったスンニ派部族の勢力圏。米軍が11年末に撤退できたのは、こうした部族と協力して、アルカイダ組織と対抗できたからだ。

だが、米軍撤退後、マリキ氏の強権化傾向や政権の腐敗に対する批判が、スンニ派の間で強まっている。

今回のモスル陥落も、北部や西部のそうした不満分子とつながっている可能性があり、大規模な宗派間抗争が再燃する恐れがある。【6月12日 朝日】
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露呈した脆弱性
今回の混乱で印象的だったのは、政府軍の士気の低さです。

“現地からの報道によると、制圧された地域では、配置に就いていたはずの治安部隊の抵抗がほとんどなく、私服に着替えて逃げ出す警官の姿も見られるという。”【6月11日 時事】

“モスルの住民は、政府庁舎やテレビ局、米国によって提供された戦闘機やヘリコプターなどが配備された軍事施設が反政府勢力によって容易に奪われてしまったことに衝撃を受けている。”【6月11日 WSJ】

“ISILは既にモスルがあるニナワ県全域を制圧し、油田地帯があるキルクーク県や、サラハディン県にも侵攻。軍や治安部隊は無抵抗で逃亡するケースが続出している。”【6月11日 毎日】

“「国民は一致団結せよ。撤退するな。銃を捨てて逃げた者は罰せられる」。マリキ首相は11日、記者会見で訴え、国民に総動員を呼びかけた。だが、イラク軍や治安部隊は、モスルでは逃げ出したとみられ、南下するISISの勢いを止められずにいる。”【6月12日 朝日】

イラクという国家の脆弱性が露呈した感があります。
同様の状況が、米軍撤退後のアフガニスタンでも再現されるのでは・・・という懸念もあります。

アメリカは空爆は拒否 領事らが拉致されたトルコは報復も検討
その正当性は別にして、多大な犠牲を払ってイラク・アフガニスタンに“民主化”をもたらしたアメリカとしては忸怩たるものがあるでしょう。

そのアメリカはイラク支援は強化するものの、深入りはしない方針です。

****イラク支援を強化=空爆要請は拒否か―米****
カーニー米大統領報道官は11日声明を出し、イラクで攻勢を強めているイスラム教スンニ派過激組織との戦いでイラク指導部を支持し、支援を強化する方針を示した。

オバマ大統領が先に発表した対テロ戦基金(約50億ドル)を活用して、イラクを支援するため議会に協力を求めるとしている。

声明は、過激組織によるイラクでの攻勢を強く非難。アーネスト副報道官はこれに先立ち、記者団に対し「イラク情勢は深刻で、悪化している」と表明していた。

副報道官はこの中で、オバマ大統領はイラクで数十万人の避難民が発生していることを懸念していると指摘。

ただ、オバマ政権が「人道上の危機」を理由に軍事行動を検討しているかどうかとの質問に対しては、直接の回答を避けた。

ニューヨーク・タイムズ紙(電子版)は11日、イラクと米国の当局者の話として、イラクのマリキ首相が先月、オバマ政権に対して過激組織への空爆を検討するよう秘密裏に求めていたと伝えた。米側は拒否しているという。【6月12日 時事】 
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今回の混乱に巻き込まれているもうひとつの国がトルコです。

****イラク過激派、トルコ総領事ら49人を拉致****
イスラム武装勢力が掌握したイラク北部の都市モスルで11日、トルコ領事館を武装集団が襲撃し、総領事や子ども3人を含む49人を拉致した。トルコ当局が発表した。

匿名を条件にAFPの取材に応じたトルコ政府関係者によると、館内にいた総領事や職員らはモスル市内にあるイスラム武装勢力「イラク・レバントのイスラム国(ISIL)」の拠点に連れて行かれた。

トルコのメディアによると、アフメト・ダウトオール外相は同日、米ニューヨークの国連本部で、拉致された国民に危害が加えられることがあれば「厳しい実力行使」に出ると断言した。

外務省が発表した声明によるとこのほかにも、トルコ人のトラック運転手31人がISILによって10日に拉致され、市内の発電所に拘束されているという。

レジェプ・タイップ・エルドアン首相は主要閣僚らと緊急会議を開き、対応を検討している。(後略)【6月12日 AFP】
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今後はイラク政府軍も反攻に出ると思いますが、イラクの“シリア化”が進みそうです。
前回ブログでも取り上げたように、サウジアラビアがISILから手を引いたとも言われていますので、シリアにおいてアサド政権との休戦を実現し、国際社会が結束して、対象をイスラム過激派に絞ってシリア・イラクで連携して対応していくのがいいと思うのですが・・・。
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