
(24日、バグダッドでイラクのマリキ首相(右)と会談するケリー米国務長官 ケリー米国務長官は、挙国一致政権を拒否するマリキ氏は挑戦的な演説にもかかわらず、7月1日までに新政権樹立を開始する意向のようだと話しています。【6月26日 WSJ】)
【シーア派、スンニ派、クルド人の3分割】
イラクのスンニ派居住地域でスンニ派住民や旧バース党勢力の支援も受けて首都バグダッドを窺う勢いだったイスラム教スンニ派過激組織「イラク・レバントのイスラム国(ISIL)」は、さすがにシーア派住民が多い地域への侵攻は難しく政府軍との一進一退の攻防になっていますが、シリア国境や中部油田など含むイラク北西部にその支配地域を広げています。
対抗するマリキ政権は、南部からシーア派民兵を募り、更にシーア派の盟主イラン、これに近いシリア・アサド政権の支援を受けるなどシーア派色を強めており、スンニ派対シーア派の宗派間内戦の様相を呈しています。
一方、北東部では混乱の中で北部油田地帯のキルクークを占拠したクルド人勢力(クルド自治政府)が独自性を更に強めており、独立も視野にいれた情勢となっています。
****イラクは三つの地域に分裂****
宗派対立、民族間抗争は一度火がつくと消すのは大変で、余程強力、英明な君主や独裁者が出ないと鎮定できない。
ましてISISには外国人が多く、イラクの平和や統一ではなく、イラクを分裂させ、シリアなどの政権も倒して、「イラク・シリアのイスラム国」(最近は「イラク・レバント(地中海東岸)のイスラム国」とも称してレバノンも含みたいようだ)を作ろうとしているのだから、和解はまず絶望的だ。
イランのロウハニ大統領は18日「イラン国民はイラクのシーア派を守るために全力を尽くす」と述べたが、多分これはISISを牽制するための発言で、イランが本格的に軍事介入して、スンニ派ゲリラとの内戦に巻き込まれ、他国からは「イラク支配をはかる」などと言われれば不利の極みだから、何らかの支援はするだろうが限定的になるのでは、と考える。
その情勢を見れば、イラクはバグダッドを含む南部と、モスルを中心とする北部、アルビルかキルクークを中心とする北東部のクルド地域の3つに分裂する可能性が高いと考えられる。
内戦や毎月1000人もの死者が出ているという激しいテロの応酬が続くよりは、分離で平和になる方が民衆にとって幸せだし、石油を輸入する大多数の国々にとっても原油の安定的供給が可能となるのが望ましい。
もしイラクが3つに分裂すれば、南部にはルメイラ、マジヌーン、西クルナなどの大油田があり、スンニ派との対立抗争を続けている今日よりも豊かになりそうだ。
北東部のキルクーク大油田は今回のISIS蜂起で政府軍が逃走したため、クルド自治政府が支配下に入れ、クルド民兵がISISの侵入も防いだ。
クルド自治政府は独自に北のトルコに向うパイプラインもすでに建設している。
それ以外の北部、スンニ派アラブ人の多い地域にもいくつか油田はあるが小さく、キルクーク油田の権益配分を巡って北部のスンニ派アラブ人とクルド人の対立が後日起こるかもしれない。
イラク北東部のクルド人500万人はイラクを占領した米国の後押しで、イラク国内のクルド自治政府を持つことを認められたが、もしイラクが分裂すれば、はじめて正真正銘のクルド人の独立国家が生れる可能性がある。
だが、これはトルコ東部に住むクルド人1300万人、イラン南部の570万人、シリア東部の100万人のクルド人が新興のクルド国家との合併を求める分離運動を高揚させるから、それらの周辺諸国にとっては迷惑千万で、周辺諸国がイラク内戦に対して今後どのような動きを示すのか予測するに当たって、一つの重要な要素となりそうだ。(後略)【6月26日 DIAMOND online 田岡俊次】
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【ねじれ現象】
シーア派中心のマリキ政権を支援するイランは革命防衛隊司令官がバグダッドにはいって支援にあたっていますが、その他でも“限定的な”支援活動を行っています。
****イラン、軍装備品空輸か=イラク支援、無人機も投入―米紙****
米紙ニューヨーク・タイムズは26日、イスラム教スンニ派過激組織の攻勢にさらされているシーア派主導のイラクのマリキ政権を支援するため、シーア派大国であるイランが秘密裏にイラク上空に無人偵察機を飛ばして情報収集を進めるとともに、イラク政府に大量の軍装備品などを提供していると報じた。米政府当局の話として伝えた。【6月27日 時事】
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シリア・アサド政権は、ISILを他の反政府勢力と抗争させるために、これまであまりISILへの攻撃は敢えて行ってこなかったとも言われていますが、ISILがイラクにも勢力を伸ばして勢いを強める状況で、本格的なISIL攻撃に踏み込んでいます。
アサド政権にとっては、“「テロとの戦い」に取り組む姿勢を国際社会に示す「好機」”とも指摘されています。
****シリア、ISISに攻勢 「対テロ」で政権批判そらす****
イラク政府軍とアルカイダ系武装組織「イラク・シリア・イスラム国(ISIS)」の戦闘が続く中、隣国シリアのアサド政権が、ISISへの攻撃を強めている。
シリア東部の拠点のほか国境を越えてイラクで空爆を始めたとの情報もある。危機に乗じて「テロとの戦い」をアピールすることで、国際社会が突きつける退陣要求をかわす狙いとみられる。
AP通信などによればアサド政権軍は25日、シリア北東部ラッカ中心部を空爆。反体制派は「十数人が死亡した」としている。ラッカはISISが本拠地を置くとされる。政権軍は同日、ISISが支配する東部デリゾール近郊も空爆したという。
また、米国のアーネスト大統領報道官は同日、シリア国境に近いイラクのISISが支配する地域を、シリアが24日に空爆したとの見方を示した。
イラクのマリキ首相は26日、英BBCにシリアによる空爆を認めた上で、「歓迎する」と話した。シリア政府高官は朝日新聞の取材に対し、「空爆は事実無根」と否定していた。
アサド政権軍がISIS支配地域での空爆を頻繁に行うようになったのは、今月中旬から。ISISがイラク北部で攻勢を強めた時期と一致する。
3年以上続くシリア内戦はアサド政権に優位な情勢。東部を攻撃する余裕が生まれたことに加え、アサド政権自体の生き残りをかけた思惑もありそうだ。
反体制派との内戦は3年を超え、犠牲者は16万人以上。欧米など国際社会はアサド政権の退陣を求めてきたが、アサド大統領は拒否。今月3日の大統領選でアサド氏は3選を決めたばかりだ。
そんなアサド政権にとって、反体制派に加勢するISISを掃討することは、「テロとの戦い」に取り組む姿勢を国際社会に示す「好機」となる。【6月27日 朝日】
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このような情勢をアメリカから見ると、テロ集団ISILの侵攻を食い止め、イラク戦争で多大の犠牲を払って作り上げた“民主国家イラク”を守るためには、対ISILという点において宿敵イラン・シリアと共通の利害を有する形になっています。
場合によっては、シリアで敵対しているアサド政権・イランと、イラクでは手を組んでISILにあたるとことも・・・という“ねじれ”が生じています。
ただ、イランやアサド政権への強い不信感などで、さすがにそれは・・・というところもありますし、もし、そういう形になるとサウジアラビアなどスンニ派湾岸諸国との抜き差しならない関係に陥ることも予想されますので、なかなかそこまでは踏み込めません。
できれば、シーア派に偏重した結果イラクをぶち壊したマリキ首相の首を切って、スンニ派・クルド人を含めた挙国一致政権をつくりたいところですが、マリキ首相は続投の意思を示しています。
そんな情勢で、結果的にアメリカは有効な手が打てない状況になっています。
****イラク情勢 米、過度の介入に牽制も 共通の敵に対抗の「ねじれ現象」****
イラクでのISILの攻勢を受け、米国、シリア、イランが共通の敵であるISILに対抗する「ねじれ現象」が生じている。
米政府はシリアのアサド政権が化学兵器を使用したと非難。イランの核開発も安全保障上の脅威ととらえてきただけに、両国のイラク介入を強く牽制(けんせい)している。
ケリー米国務長官は25日、訪問先のブリュッセルで記者会見し、「真空を埋めようとする外部の力なしでイラクを守るには、新政府の樹立が急務だ」と語った。両国の過度のイラク介入にクギを刺すと同時に、同国のマリキ首相に対して暗に退陣を促した形だ。
イスラム教シーア派主体のマリキ政権に代え、スンニ派やクルド人との挙国一致政府を発足させれば、宗派対立に加担することなく支援を行うことができるというのが米政府の発想だ。
ただ、マリキ氏はこれに先立つ25日、退陣を明確に拒否。米国が新政権への移行を視野に入れているのに対し、マリキ氏はイランやロシアの支持で意を強くしているとみられる。
ケリー氏は26日、パリでサウジアラビア、アラブ首長国連邦、ヨルダンの外相と会談。27日にはサウジアラビアを訪れ、アブドラ国王と「共通の脅威であるISILへの対抗策や、シリアの穏健な反体制派への支援を話し合う」(ケリー氏)としている。
3カ国はいずれもスンニ派が中心で、オバマ氏が掲げる「国際協調主義」に基づき、イラク政府に外交圧力をかける狙いがあるとみられる。
一方、米議会からは「シリアのISILを空爆して指導者に損害を与えれば、イラク情勢も変わる」(共和党のグラハム上院議員)との強硬論も出てきた。【6月27日 産経】
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【アメリカ中東政策の破綻】
シリア内戦を泥沼化させ、その中でISILが台頭するのを許したのは、アメリカのシリア戦略の失敗の結果と言えます。
アメリカはこれまで“アサド政権はじきに倒れる・・・倒せる・・・・倒れて欲しい・・・倒れろ!”(NHK放送)とアサド政権排除に固執してきましたが、もはやアサド政権は倒れないということが明白になっています。
アメリカもこの事実を認めて方向を転換すべきところですが、やはり反アサド政権の構図は変わっていないようです。
****シリア反体制派を軍事支援 米大統領が5億ドル拠出求める****
オバマ米大統領は26日、シリアの穏健な反体制武装勢力を軍事的に支援するため、5億ドル(約508億円)の拠出を米議会に対して求めた。
反体制派にアサド政権や、イラクで攻勢を強めるイスラム教スンニ派過激組織「イラク・レバントのイスラム国(ISIL)」と対抗する能力を獲得させるのが狙いだ。(後略)【6月27日 産経】
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更に言えば、イラク・フセイン政権を倒せば“民主国家イラク”を実現できると安易に考えていたという点で、今日の混乱は中東政策全般の破綻の結果とも言えます。
****田原総一朗「安倍政権はイラク戦争支持の過去を総括せよ」****
・・・・「ニューズウィーク」誌で、政治コラムニストのレイハン・サラムは、「アメリカが03年にイラクに侵攻したのは大きな間違いだった。そして11年に米軍がイラクから撤退したこともまた、大きな間違いだった」と厳しく指摘している。
イラクに侵攻したときの大統領はブッシュ、撤退したときはオバマ大統領だが、両者ともに大きな間違いを犯したというのである。
確かにブッシュ大統領のイラク侵攻は、フセイン大統領がアルカイダと深くかかわりがあり、しかも大量破壊兵器を隠し持っているというのが理由だったが、その事実はなく、いわばイラクを制圧するための言いがかりだった。
要するにアメリカの言うことを聞く「親米政権」をつくりたかったのだ。フセインをつぶせば、イラクは「親米政権」で収まると、簡単に考えていた。歴史が200年しかないアメリカ人には、千年以上のイスラムの宗派の深いもつれ、対立など理解できず、また理解しようともしなかったのであろう。(中略)
ラマダン副大統領が言った言葉が、強く記憶に残っている。
「我々が核兵器を持っていないから、アメリカは安心して我々を攻める。そしてフセイン大統領を殺すだろう。だが、その後イラクは混乱を極める。収拾がつかなくなる。そのときになってアメリカは初めて、イラクを安定させていたフセイン大統領の能力を思い知るはずだ」
レイハン・サラムによれば、先代のブッシュ大統領の補佐官だったスコウクロフトが「フセイン政権は打倒できるが、政権打倒後、大規模かつ長期間にわたる軍事占領が必要だ」と指摘していたようだ。
イラクはシーア派が多数でスンニ派が少数派である。ところがフセイン大統領はあえて少数派のスンニ派による多数派のシーア派の支配という形を取り、独裁ではあるがイラクを安定させた。
それに対してアメリカは、シーア派のマリキ首相に当然のようにシーア派政権をつくらせて、それでイラクが安定すると考えて撤退したのであった。
それにしても、アメリカではブッシュ、オバマ両大統領ともに厳しく批判され、混乱しながらも、アメリカが犯した深い誤りを総括しようとしている。(後略)【6月27日 田原総一朗 dot】
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若干オバマ大統領を弁護すれば、シーア派のマリキ首相でイラクが安定すると考えた訳ではなく、前提としてアメリカが苦労して作り上げたスンニ派住民の協力体制を維持するということがありましたが、それをマリキ首相が壊してしまった・・・ということがあります。
もっとも、完全撤退したことで、そういうマリキ首相の独善を許してしまったというオバマ批判はあります。
【イラクへの深入りを望まないアメリカ世論】
そうしたオバマ批判はありますが、ではイラクに再度深入りするのか・・・という話になると、アメリカの世論は割れており、むしろ厭戦的な気分が強いように見えます。
****イラク政策、国民の過半数反対=空爆の是非も分かれる―米調査****
イラクで攻勢を強める過激派への対応をめぐり、米国民の過半数がオバマ大統領の政策に反対していることが24日、最新の世論調査で分かった。大統領が必要と判断すれば実施するとみられているイラク空爆の是非についても、意見は割れている。
24日発表のワシントン・ポスト紙とABCテレビの合同世論調査結果によると、大統領のイラク政策に反対している人は52%で、「支持」は42%だった。調査は18~22日にかけ、全米の成人1009人を対象に電話で行われた。
オバマ大統領はイラク対応の一環として、最大300人の軍事顧問を派遣すると発表。イラク指導者に挙国一致の新政権発足を求めるとともに、過激派への軍事行動も辞さない考えを示している。しかし世論調査の回答者の46%は米軍による空爆に反対しており、支持の45%と拮抗(きっこう)した。【6月25日 時事】
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シリア、ウクライナ、イラクでのアメリカの対応について、“弱腰”“優柔不断”との批判を受けるオバマ大統領ですが、それは国民世論の“外国の戦争にもう関わりたくない”という声の反映でもあります。
****戦争を叫び続けるネオコンの孤独****
・・・・イラクがまた内部崩壊した今、(2003年のイラク侵攻の前、米国防省高官だった)ウォルフォウィッツ氏は再び公の場に姿を現し、過激派との戦いに対するバラク・オバマ大統領の「真剣さを欠く」態度を批判している。(中略)
しかし今回は、ウォルフォウィッツ氏のようなネオコン(新保守主義者)には味方がいない。ヒッチェンズ氏は故人となり、リベラルな左派から戦争支持へ回った離反者は皆、元の場所へ戻ってしまった。
ネオコン――およびディック・チェイニー前副大統領のような伝統的なタカ派――がオバマ氏を批判するためにラジオやテレビ放送に相次ぎ出演するなか、彼らの孤立は鮮明になっている。
保守派のフォックス・ニュースでさえ、大惨事の責任を負う政策立案者らからの説教に顔色を変えた。(中略)
民主党の最近の政策はむしろ、通常は米国のリベラルが忌み嫌う反政府発言を繰り広げる共和党のティーパーティー(茶会)系上院議員、ランド・ポール氏のそれと合致している。
ポール氏が掲げる驚くほど孤立主義的な外交政策は多くの保守派の間で支持を得つつあるが、軍事的冒険に対する同氏の攻撃演説は民主党の大部分とも調和する。(後略)【6月25日付 英フィナンシャル・タイムズ紙】
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なお、次期大統領をうかがうヒラリー・クリントン氏は、“武力行使に前向き”“オバマ氏よりずっと強いタカ派的な本能を持つ”とも言われています。