(イスラエル軍兵士のパトロールを見つめるパレスチナ人家族=ヨルダン川西岸ヘブロン近郊で 6月15日、ロイター 【6月16日 毎日】)
【委員会の投票で賛成多数により可決 イスラエルの猛反発が予測される】
周知のように、国連教育科学文化機関(ユネスコ)は21日、カタールの首都ドーハで開催中の世界遺産委員会で、日本が推薦していた「富岡製糸場と絹産業遺産群」(群馬県)を世界文化遺産に登録すると決定して、地元は喜びに沸いているようです。
前日、ユネスコによって同じく「世界文化遺産」に認定されたのが、パレスチナ・エルサレム南方のオリーブ畑などのバティールの景観です。
先日、中国が「南京事件」と、いわゆる「従軍慰安婦」の問題に関係があるとされる資料のユネスコの「記憶遺産」への登録を申請したと発表して物議を醸していますが、パレスチナの「オリーブ畑」も極めて政治色が強い決定で、イスラエルの強い反発が予想されています。
****パレスチナ:段々畑景観が世界文化遺産に****
カタール・ドーハで開催中の国連教育科学文化機関(ユネスコ)世界遺産委員会は20日、オリーブやブドウの段々畑が広がるイスラエル占領地ヨルダン川西岸のパレスチナ自治区バティールの景観の世界文化遺産登録を決めた。
イスラエルはテロ防止などを名目に建設している西岸との分離フェンスを、バティールの段々畑の一部が破壊されるルートでも計画。
景観を守る緊急性があるとしてパレスチナが登録を要請していた。国際記念物遺跡会議(イコモス)は登録に否定的な勧告をしていたが、委員会の投票で賛成多数により可決された。
パレスチナ自治区の世界遺産登録は、西岸ベツレヘムの聖誕教会に次いで2件目。パレスチナは2011年、オブザーバーだったユネスコに正式加盟が認められた。【6月21日 毎日】
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‟国際記念物遺跡会議(イコモス)は登録に否定的な勧告をしていたが、委員会の投票で賛成多数により可決された”あたりも、強い政治性が窺えます。
そもそも、パレスチナ自治政府のユネスコ加盟自体が、イスラエルの抵抗で和平交渉が進まないことに業を煮やしたパレスチナ側がイスラエル・アメリカの強い反対を押し切って、2011年10月に強行した戦略の一環です。
****パレスチナUNESCO加盟が持つ意味****
九月、国連加盟申請を行って、国連総会会場のやんやの喝采(イスラエルと米国は除くが)を浴びたパレスチナ自治政府のアッバース議長だが、米国の拒否権など国連正式加盟には障害が大きいことを承知しつつ、着々と周りを固めている。
その皮切りが、UNESCOへの正式加盟決定だ。10月始めにUNESCO執行委員会がパレスチナ正式加盟を勧告、10月31日に賛成107、反対14、棄権52で採択された。
パレスチナ自治政府の狙いは、西岸にあるイエス・キリストの生誕地などをパレスチナの名のもとに世界遺産に登録して、土地と施設への主権を明らかにすることにある。
と同時に、国連本体への加盟が難しいとなれば、よりハードルの低い周辺機関への加盟を取り付けて国際社会での承認を既成事実化したいところ。
パレスチナがUNESCOへの正式加盟を最初に求めたのは1989年だったが、当時は勧告すらしてもらえなかった。
これまで棄権してきたフランスが賛成に回り、反対が確実な米国を脇目に英国が棄権に留まるなど、今やパレスチナ容認派の形勢が従来より強いことは確かだ。
これに対して、米国はUNESCOへの供出金を停止し、圧力をかけている。資金難に悩む国際機関としては打撃だが、中国やBRICSはパレスチナ支持だ。
ただでさえ唯一の超大国としての米国の影響力の低下が指摘されるなかで、米国が支援を引いても新興国が国際機関を支えていける、ということになると、米国にとってはあまりよろしくないのではないか。
次に加盟承認するのはWHOあたりかとも囁かれているが、下部機関であっても次々にパレスチナ加盟を認めていけば、少なくとも対国連協調を打ち出してきたオバマ政権は、それらを全て敵にまわすわけにもいかない。
また、国際刑事裁判所がパレスチナ加盟を承認すれば、そこでのイスラエル非難の動きは激しくなるだろう。(後略)【2011年11月5日 酒井啓子氏 Newsweek】
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【「ハマスが誘拐した。アッバス議長が統一政権を樹立した同じハマスだ」】
今回の「オリーブ畑」の世界文化遺産登録以上に、パレスチナ・イスラエルの関係を緊張させているのが、ヨルダン川西岸地区で起きたイスラエル人行方不明事件です。
****「ハマスによる誘拐」=3人行方不明でイスラエル首相=****
ヨルダン川西岸のパレスチナ自治区ヘブロン近郊のユダヤ人入植地で、16~19歳のイスラエル人3人が行方不明になっている。
イスラエルのネタニヤフ首相は15日、「(パレスチナのイスラム原理主義組織)ハマスが誘拐した。アッバス・パレスチナ自治政府議長が統一政権を樹立した同じハマスだ」と述べ、事件の責任はアッバス議長にあると主張した。【6月15日 時事】
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“行方不明になっている3人は12日夜、ベツレヘムとヘブロンの間に位置するユダヤ人入植地、グッシュ・エツィオン付近でヒッチハイクをしていたところ誘拐されたと報じられている。3人は西岸地区の南部にある2つの神学校に通う学生で、1人は米国籍も持っているという。”【6月15日 AFP】
事件の背景には、ながらく分裂状態にあったパレスチナ側が、ガザ地区を実効支配しイスラエルと敵対する強硬派ハマスとの統一政府を樹立したことへのイスラエル側の強い反発・危機感があります。
事件を機にイスラエル側は、犯人と断定しているハマスのメンバーの一斉逮捕に乗り出しています。
**** 「ハマスが3少年を誘拐」とイスラエル首相、一夜で80人逮捕****
・・・・3人が行方不明になった日から10日前の今月2日、パレスチナ解放機構(PLO)とハマスはパレスチナ暫定統一政府を発足させていた。
PLOが、イスラエルを解体させると公言しているハマスと和解したことにイスラエル側は激怒。
ネタニヤフ氏は3人の若者を無事に返す責任はパレスチナ自治政府とマハムード・アッバス・パレスチナ自治政府議長にあると主張していた。
一方、ハマスの報道官は、「ネタニヤフの声明はばかげている。(パレスチナ人80人の)逮捕はハマスの運動の解体を狙ったのだろうが、それが成功することはないだろう」と述べ、一夜に多数の人を逮捕したことは、3人が行方不明になったのが誰の仕業なのかイスラエル当局には見当もついていない証拠だと指摘した。
さらに同報道官は、「パレスチナ立法評議会(PLC、パレスチナ自治区の議会。ハマスとパレスチナ解放機構主流派ファタハの対立で、長い間、開かれていない)の議員やハマス幹部が逮捕されたことはイスラエルの新たな侵略であり、イスラエルがやみくもに騒ぎを起こしていることを示している。われわれは国際社会に、この犯罪をやめさせてくれるようお願いする」と述べた。(後略)【6月15日 AFP】
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一方、イスラエル国内では“誘拐”に対する強い憤りが沸き起こっています。
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事件発生から丸3日たった15日夜、エルサレム旧市街にあるユダヤ教の聖地「嘆きの壁」前には約2万5000人が集まり、3人の無事を願い祈りをささげた。
子供3人を連れて訪れた女性医師のキャロライン・ベンショサンさん(50)は「何の罪もない少年たちを襲うとは卑劣な犯罪だ。イスラエルの占領が理由だなどと言い訳はできない」と怒りをあらわにしていた。”【6月16日 毎日】
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ハマスの犯行なのかどうか・・・という点に関しては、以下のように報じられています。
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イスラエルのハーレツ紙などによると、へブロンのハマス関係者2人の行方が13日から分からなくなっている。イスラエル軍が自宅を捜索し、家族を拘束して調べた結果、「ハマスの犯行」と判断した模様だ。ハマスは関与を否定している。
少年3人のうち1人は米国人。ケリー米国務長官は15日、容疑者について「詳しい情報を収集中」としたうえで、「ハマスの関与を示唆する兆候が見られる」と述べた。【同上】
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【「ハマスとの協力は、イスラエル、パレスチナ、地域にとって有害だ」】
ただ、ハマス関係者の犯行だったとしても、統一政府樹立に動いているこの時期、ハマス指導部の指示による組織的犯行とは思われませんので、こうした動きに不満を持つハマス内の対イスラエル強硬派の分派的あるいは個人的犯行の線が強いようにも思えます。
イスラエルにとっては、そのあたりはどうでもいい話で、ガザ地区で行ったことはすべてハマスの責任、自治区内で起きたことはすべて自治政府の責任・・・というシンプルな考えです。
イスラエルのネタニヤフ首相は16日、自治政府のアッバス議長と電話協議し、少年らの捜索への“協力”を求めたそうですが、“協力を求める”というような穏やかなものではなく、「ハマスと手を切るのか、それともイスラエルに敵対するのか・・・」と、選択を迫ったというところではないでしょうか。
****イスラエル・パレスチナ両首脳、少年誘拐で電話協議****
イスラエルの占領下にあるヨルダン川西岸パレスチナ自治区近郊で10代のイスラエル人少年3人が誘拐された事件で、イスラエルのネタニヤフ首相は16日、自治政府のアッバス議長と電話協議し、少年らの捜索への協力を求めた。4月末に和平交渉が中断して以降、両首脳の協議は初めて。
ネタニヤフ氏は、「誘拐者は自治区から来て自治区へ戻った」と指摘。アッバス氏が今月初旬の暫定統一政府発足で協力したイスラム組織ハマスが少年らを誘拐したとして、「ハマスとの協力は、イスラエル、パレスチナ、地域にとって有害だ」と述べ、関係を断つよう求めた。
米国のケリー国務長官も15日、「ハマスが関与した疑いが濃厚だ」との声明を発表し、ハマスをテロ組織とみなすとの考えを改めて示した。ハマスは事件への関与を認めていない。
イスラエル軍は16日までに、誘拐に関与した疑いでハマス幹部を含むパレスチナ人約150人を逮捕。
自治区ラマラでの捜索中には、20代のパレスチナ人男性が同軍の銃撃を受けて死亡した。自治政府は、同軍の作戦の手荒さを糾弾する一方、少年らの誘拐を非難する声明を発表した。【6月17日 朝日】
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【夜中にパレスチナ人の住宅を調べたりするなど大規模な捜索】
“4月末に和平交渉が中断して以降、両首脳の協議は初めて”ということで、首脳協議を機に関係が改善する・・・という話ならいいのですが、今のところイスラエル軍による捜索活動、ハマス関係者の拘束は一段と強まっており、緊張が更に高まっています。
****イスラエル軍が大規模捜索 緊張高まる****
中東のヨルダン川西岸でイスラエル人3人が誘拐されたとみられる事件で、イスラエル軍は300人以上のパレスチナ人を拘束するなど大規模な捜索を続けており、これに反発するパレスチナ人との衝突で死者が出るなど緊張が高まっています。
ヨルダン川西岸の都市、ヘブロン近郊では今月12日からイスラエル人の少年3人の行方が分からなくなっており、イスラエル政府はイスラム原理主義組織ハマスが誘拐したとして非難を強めています。
ハマスは関与を否定していますが、イスラエル軍はハマスの幹部を含むパレスチナ人およそ350人を拘束したり、夜中にパレスチナ人の住宅を調べたりするなど大規模な捜索を続けていて、20日、これに反発するパレスチナ人とイスラエル軍が各地で衝突しました。
衝突では、投石するパレスチナ人らにイスラエル軍が実弾を発砲し、これまでにいずれも10代の少年、1人が死亡し、1人が重体となっています。
イスラエル軍が大規模な捜索を行っているのは、パレスチナ暫定自治政府が統治する地域で、パレスチナ人の間では反発が強まっており、イスラエル政府が今後も捜索を強化するとしていることから緊張が高まっています。【6月21日 NHK】
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パレスチナ自治政府領域内の統治実態はよく知りませんが、その警察権などについては以下のように説明されています。
****統治者による区分****
2010年現在、ヨルダン川西岸地区は統治者によって、3分されている。
A地区…パレスチナ自治政府が行政権、警察権共に実権を握る地区。2000年現在で面積の17.2%
B地区…パレスチナ自治政府が行政権、イスラエル軍が警察権の実権を握る地区(警察権は、パレスチナ自治政府と共同の地区も含む)。2000年現在で面積の23.8%
C地区…イスラエル軍が行政権、軍事権共に実権を握る地区。2000年現在で面積の59%
現在でもヨルダン川西岸地区の主な統治者はイスラエルであり、また、C地区はA地区、B地区を包囲し、さらに細かく分断するように配置されている。
イスラエルが容易にパレスチナ人の交通を封鎖できるようになっている。
さらに、C地区でのパレスチナ人の日常生活は大幅に制限されており、家屋・学校などの建築、井戸掘り、道路敷設など全てイスラエル軍の許可が必要となる。
特に住居建設の許可が下りる事はほとんどなく、イスラエル軍は「違法」を理由にパレスチナ人住居を破壊し、罰金を取り立てている。
国連によると、2010年だけで少なくとも198の建造物が破壊され、300人近くのパレスチナ人が強制的に排除された。【ウィキペディア】
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自治政府が警察権を持つA地区は主に都市部、イスラエルが警察権を行使するB地区は辺境部とされています。
事件が起きた地点、捜索が行われて場所がどのエリアに該当するのかは知りませんが、“現在でもヨルダン川西岸地区の主な統治者はイスラエル”という実態のなかで、“夜中にパレスチナ人の住宅を調べたりするなど大規模な捜索”が行われています。
日本でも、北朝鮮による拉致事件は大問題ですが、敵に囲まれていると常に身を固くしているイスラエルにあっては、自国民拉致の問題性は日本の比ではないようです。
2006年7月12日、イスラエル国防軍所属の2名の兵士が、レバノンとの国境付近の村ザルイートでイスラム武装組織ヒズボラによって誘拐された“ザルイート事件”は、その後にイスラエルがレバノンに侵攻する第2次レバノン紛争を引き起こしています。
2011年には誘拐された兵士1人の釈放と引き換えに、イスラエル政府が1000人以上のパレスチナ人服役囚を釈放する“捕虜交換”もありました。
イスラエルにとって非常に敏感な問題だけに、反イスラエル側もこれを利用すべく、イスラエル軍兵士らを誘拐する“ザルイート事件”のような事件も起きます。
ただ、“ザルイート事件”はヒズボラによって組織的に綿密に計画された犯行でしたが、今回の事件は先述のように、少なくともハマス内主流派が意図したものではないのではないでしょうか。
イスラエルの高圧的な捜索活動はパレスチナ住民の憎悪を掻き立てるだけであり、イスラエルの自重が求められるところですが、そういう話が通じる相手でないところがパレスチナ問題が解決しない所以でもあります。
パレスチナ自治政府のユネスコ加盟が認められ、「オリーブ畑」の世界文化遺産登録が認められる・・・という国際社会の流れをイスラエル側が理解することが、結局はイスラエルの将来的安全保障にも資すると思うのですが。