孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

ブラジル  “クーデター”にも見える弾劾劇 前政権以上に汚職関与が疑われる新政権 アメリカの影

2016-05-15 21:06:09 | ラテンアメリカ

(ルセフ大統領の停職を受け、大統領代行に就任し、初めての演説を行うテメル氏(中央)【5月13日 毎日】
周囲の人間を含めて、いかにも白人富裕層代表という感も。女性の姿もありません)

【「罪も犯していないのに弾劾に問われた。これはクーデターだ」】
周知のように、南米ブラジルではリオ五輪を前にして、ルセフ大統領の弾劾裁判が開始され、最長180日の職務停止に追い込まれています。今後の進展次第では罷免の可能性も強いとされています。

****ブラジルのルセフ大統領停職=上院、弾劾裁判開始決定―スポーツ相も辞任、五輪に影響も****
ブラジル上院(定数81)は12日、ルセフ大統領(68)に対する弾劾裁判の開始を賛成多数で決めた。ルセフ氏は最大180日間の停職となり、大統領府を去った。ブラジルの大統領が弾劾に問われ、停職となるのは1992年のコロル大統領(当時)以来。テメル副大統領が暫定政権を率いる。
 
ルセフ氏は今後、最高裁長官をトップとする弾劾法廷で裁かれ、証人喚問などを経て上院の3分の2が賛成すれば罷免される。
 
ルセフ氏は12日、弾劾裁判開始決定を受けた記者会見で「弾劾に問われる理由はない。任期満了の時まで闘い続ける」と述べ、改めて徹底抗戦の構えを示した。弾劾裁判は数カ月続く見通し。

政治混乱を背景に不安定な社会情勢が続いており、暫定政権が難局打開に行き詰まれば、約3カ月後に迫ったリオデジャネイロ五輪に影響を及ぼす可能性もある。
 
スポーツ相を含むルセフ政権の閣僚28人は辞任。テメル氏は12日、暫定内閣を発足させた。1930年代以降で最も深刻とされる不況からの脱却に最優先で取り組む。機能不全が続いた政治の安定と、ルセフ氏弾劾をめぐり対立を深めた国民の融和も大きな課題となる。
 
2011年にブラジル初の女性大統領に就任したルセフ氏は、財政を健全に見せるため、補助金などの政府支出を国営銀行に肩代わりさせたとして弾劾に問われた。上院採決では賛成が55人と反対の22人を大きく上回り、大統領罷免に向け勢いが増している。【5月12日 時事】
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この件に関しては、下院での採決が行われた段階の4月19日ブログ「ブラジル 下院で弾劾決議承認 ルセフ大統領は“クーデター”として徹底抗戦の姿勢」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20160419 でも取り上げました。

その時の表題にもあるように、ルセフ大統領は自身の弾劾の動きを“クーデター”とみなし「罪も犯していないのに弾劾に問われた。これはクーデターだ」「民主主義を勝ち取る闘いに終わりはない」と、徹底抗戦の姿勢を続けています。

職務停止直前には、財政赤字拡大をもたらすバラマキ政策の拡充という「置き土産」も。「(ルセフ氏の後を襲った副大統領)テメルへの復讐と妨害だ」とも言われています。
ルセフ氏は、軍事政権下の左翼ゲリラ活動の闘士で、拷問にも耐えた女性ですから、簡単には引き下がらないようです。

****<ブラジル>弾劾裁判開廷は確実 ルセフ大統領が復讐****
・・・・絶体絶命のルセフ氏は、自分を裏切り、暫定大統領となる可能性が高いテメル副大統領への復讐(ふくしゅう)に乗り出した。
 
ルセフ氏は1日、サンパウロでメーデーの集会に登壇。生活保護費と公務員給与の増額、低所得者層の所得税減税など、労働党が得意とするバラマキ政策の拡充を宣言。政権の「置き土産」に大衆は喝采を送った。
 
大統領の狙いは、財政赤字を更に悪化させるのを承知で、後継者に重荷を負わせることだ。現地紙は一連の緊急のバラマキ政策を「テメルへの復讐と妨害だ」という連邦下院議員の言葉を紹介した。
 
テメル氏は、中道のブラジル民主運動党に所属。上下両院で最大議席を有する同党は今回の弾劾騒動を機に連立与党を離脱、ルセフ政権を窮地に陥れた。
 
弾劾裁判開廷でルセフ氏の職務が停止すると、テメル氏が暫定大統領に就任。裁判の審理も進められ、定数の3分の2の賛成で弾劾が成立すれば、テメル氏がルセフ氏の任期満了(2018年末)まで大統領を務める。
 
ルセフ氏は20代のころ、軍事政権下に左翼ゲリラ活動で逮捕され、拷問を耐えたことが語り草だ。68歳の今、弾劾の圧力にあらがう言葉にはすごみがある。「かつて軍政下で不正義の犠牲となった。だから私は闘う。民主主義の時代に再び犠牲にならぬように」(後略)【5月10日 毎日】
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経済苦境・治安悪化
政治混乱の背景にある大きな要因のひとつは、マイナス成長・高失業率・インフレという経済危機です。

****政治危機のブラジル 失業率増加、経済も苦境に****
ブラジル政府は(4月)24日までに、失業率は昨年12月から今年2月までの期間に10.2%に上昇したとの公式データを発表した。

同国では政府会計の粉飾疑惑に絡むルセフ大統領の弾劾(だんがい)請求などの政治危機に襲われているが、景気も悪化の一途をたどる苦境に直面している。

昨年同期の失業率は7.4%だった。現段階の失業者総数は1000万人で、1年前に比べ300万人増加。賃金は約4%目減りし、インフレ率は高水準にとどまっている。

ブラジルの国内総生産(GDP)は昨年3.8%縮小し、同国の中央銀行は今年の成長率はマイナス3.5%と予測している。(後略)【4月24日 CNN】
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また、治安も悪化、財政難から警官への給料未払いも続いており、リオ五輪への影響も懸念されています。

****政治力不在のまま迎えるリオ五輪 ルセフ氏停職、誰が開会宣言? 犯罪多発も警官の給料未払いなど課題山積****
・・・・一方、政治家が政争に明け暮れる中、リオ市内の治安情勢は近年でも最悪の状態で、観客や選手らの被害も懸念されている。市内の強盗発生率は日本の約660倍。15年の強盗発生件数は12年に比べ約50%も上昇した。ギャングらは銃を持っており、警官も今年に入り35人が殉職している。
 
財政難で警官らの給料未払いも続いており、危険な現場を拒否したり、五輪直前にストライキを起こしたりする可能性も指摘されている。【5月13日 産経】
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ルセフ氏以上に腐敗にまみれた追及側・新政権
予定どおりルセフ氏を引きずり下ろし、暫定大統領の地位についたテメル氏は「危機を話題にするのはやめて、代わりに働こう」と、経済再建に向けた国民の団結を呼びかけていますが・・・・。

****<ブラジル>暫定政権、市場は期待 汚職、選挙違反で不安も****
ブラジル上院がルセフ大統領の弾劾裁判開始を決めたことで、4期続いた左派労働党政権の終幕が現実味を帯びてきた。テメル副大統領が率いる暫定政権に、気の早い金融市場は不況脱出の期待を寄せる。だがテメル氏は汚職や選挙違反への関与が取りざたされ、不安要素も抱える。
 
テメル氏とルセフ氏は不仲で知られるが、2期目の選挙戦でも共闘した。単独で政権を取れない労働党は、テメル氏のブラジル民主運動党(PMDB)の議席が連立政権の維持に必要だからだ。
 
PMDBは上下両院で最大の議席を有する。中道だが、昨年10月に発表した党の政策綱領の中で、社会保障費の削減や国有企業の民営化といった、労働党とは対極的な目標を明示した。今年3月には支持率が10%まで落ち込んだルセフ政権に見切りを付け連立を離脱した。
 
ルセフ大統領の弾劾審議が進むにつれ、PMDB主導の暫定政権下で経済が好転するとの期待が高まり、通貨や株式、債券などに幅広く買いが広がっている。通貨レアルの対ドルレートは年初に比べ13%上昇、サンパウロ証券取引所の株価指数も25%上昇した。
 
裁判のリオ五輪への影響は「限定的」と見る声が目立つが、世界的な注目を浴びる場を利用して、ルセフ氏支持者が騒乱を引き起こす可能性への懸念も聞かれる。背景にあるのは、国民に根強い深い政治不信だ。
 
国営石油公社ペトロブラスを巡る違法献金事件に端を発し、芋づる式に汚職が発覚。PMDBも党内で7人が捜査対象に挙がっている。テメル氏に司直の手が伸びる可能性も指摘されている。
 
また2014年の大統領選でルセフ氏とテメル氏の陣営が違法献金を選挙資金に流用した疑いが浮上し、選挙高等裁判所が審理を進めている。年内に当選無効の判決が出れば、再選挙、または次点のネベス上院議員が繰り上げ当選する。ただしネベス氏も汚職で捜査を受けている。【5月12日 毎日】
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前回4月17日ブログでも指摘したように、ルセフ氏が「これまでの大統領もやってきたことだ」という政府会計の粉飾についても、長年にわたり政界への不正資金ルートとなってきた国営石油会社ペトロブラスを舞台とした巨大汚職を看過してきたことについても、ルセフ氏はその責任を免れることはできません。

ルセフ氏も「罪も犯していない」とは言えませんが、テメル暫定大統領など、ルセフ氏を弾劾しようとする側は白人富裕層を中核とする旧支配層でもあり、ルセフ氏以上に腐敗・汚職にまみれているようにも見えます。

ルセフ氏が言うように、今回弾劾は「政府会計の粉飾」を名目にした右派保守勢力・旧支配層による労働党左派政権潰しの“クーデター”の側面が強くあります。

*****ルセフ大統領は政敵によるクーデターだと批判****
・・・・大統領が弾劾・罷免されると、テメル副大統領が暫定大統領となるが、テメル氏自身もルセフ氏と同じ国家会計粉飾の疑いで弾劾手続きの渦中にある。またルセフ氏は、テメル氏が「クーデター」の首謀者の一人だと避難している。

大統領はさらに、継承順位第2位のクニャ下院議長も、クーデターを企てる1人だと非難。クニャ氏も、数百万ドル分の収賄容疑で捜査対象となっている。

継承順位3位のカリェイロス上院議長も、国営石油大手ペトロブラスによるとされる巨額贈収賄事件で捜査されている。

テメル副大統領、クニャ下院議長、カリェイロス上院議長はいずれも、最大議席を持つブラジル民主運動党(PMDB)所属。PMDBは連立政権に参加していたが、弾劾手続きを支持するため3月に連立政権を離脱した。3人はいずれも収賄の疑いを否定している。【4月18日 BBC】
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****灰色3閣僚入閣、早くも火種・・・ブラジル暫定政権****
ブラジルのルセフ大統領の停職を受けて12日に発足したテメル暫定政権の閣僚人事を巡り、地元メディアなどから早くも批判の声が出ている。
 
国営石油会社ペトロブラスを舞台にした大規模汚職事件への関与が取り沙汰される政治家3人を入閣させたためだ。
 
「(汚職事件の)捜査は続けなければならないし、捜査を鈍らせる、いかなる試みからも守られなければならない」
テメル大統領代行は12日、就任後初の記者会見で、こう強調した。
 
だが、地元メディアによると、新閣僚のうちジュカ予算企画相、ビエイラ・リマ大統領府大統領室長、エドゥアルド・アルベス観光相の3人は事件に関与した疑いで捜査対象となっている。いずれも、テメル氏と同じブラジル民主運動党(PMDB)所属だ。【5月15日 読売】
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国営石油会社ペトロブラスを舞台にした大規模汚職事件への関与で捜査対象になっている人物を入閣させるというのは、彼らの無実を信じているのか、捜査が及ばないことを確信しているのか、国民を馬鹿にしているのか、弱みを握られているのか・・・よくわかりません。
いずれ、テメル政権にも国民の強い政治不信の矛先が向けられ、政治混乱は更に拡大するのでは・・・とも思われます。

石油利権狙うアメリカが関与?】
今回“クーデター”の背後には、石油利権を狙うアメリカの存在があるとの指摘もあります。

****ブラジル「弾劾劇」闇の首謀者たち****
石油利権狙う米国の「露骨な策謀」
リオデジャネイロ・オリンピック開催を八月に控えたブラジルが、ジルマ・ルセフ大統領の弾劾騒動と、麻薬カルテルと治安機関との抗争激化という、多重危機に大揺れだ。だが、一連の危機の背景には、ルラ前大統領から十三年続く左派政権を嫌うブラジルの旧支配層がいる。

白人富裕層を中核とする旧支配層は、ブラジルの資源から締め出された米国系多国籍企業群の支援を受けて、ブラジルを再び親米の軌道に乗せようと権力闘争を仕掛けている。(中略)

司法とメディアの「左派政権潰し」
この対立の構図は、現在進行中のルセフ弾劾劇にも登場する。弾劾を主導するのは白人富裕層で、彼らは左派政権下での所得再配分政策を見直し、米国が望む「新リベラル経済」を公約する。

「はっきりさせておきますが、ルセフ大統領にも、三月に検察から強制的な事情聴取を受けたルラ前大統領にも、いかなる収賄や不正の具体的証拠はあがっていない。これは大統領自身が言うように、『贈収賄の受益者たちによる、無実の大統領の政治的裁判』であり、政治的クーデターなのです」と、イゴル・フゼールABC連邦大学(サンパウロ)教授は断じる。

左派政権が憎まれるのは、天然資源管理政策のせいだ。左派政権は、ブラジル沖の海底原油資源を、国営石油会社「ペトロブラス」にすべて管理させ、石油収入を国内貧困層(大半が非白人)の支援に使うことを法制化した。

「米国系の石油メジャーは、巨大な石油資源から締め出された。左派政権が続く限り、メジャーに出番がないことがはっきりした」と、サンパウロ在住の消息筋は言う。

米政府とブラジルの支配層との関係は長く、かつ醜い。米国は第二次世界大戦後のブラジルで、少なくとも三人の大統領失脚に関与した。一九六四年には、軍事独裁政権が誕生し、アルゼンチンやチリで行われた「汚い戦争」の先駆となった。それを支えたのは、米中央情報局(CIA)であり、歴代の米大統領だった。

八〇年代に軍政から「民主化」された後も、当初は白人保守層の支配が続いた。同じ白人ではあったが、ルラ前大統領は十二歳の時から靴磨きで家計を助けていた。一方、ブルガリア移民の娘だったルセフ現大統領は二十代前半の時に、軍政に反対して逮捕され、苛烈で屈辱的な拷問を経験した。それでも、両者の政党「労働者党」(PT)は、白人の低所得層と、非白人の「弱者連合」を築いていった。〇三年の大統領選でルラ大統領が誕生して以後、PTは大統領選で四連勝していた。

左派が変えられなかったのは、司法権力とメディアだ。高学歴が必要な裁判所や検察には、左派は浸透できない。ルラ政権下でも、司法権力中枢には、保守政権時代に任命された人物が居座り続けた。

その一人が、ペトロブラスの汚職を捜査する、セルジオ・モロ判事だ。ルラ前大統領の強制捜査を含め、絶大な捜査権限を持つ。ルラの事情聴取の翌日、ルセフがルラに「私の首席補佐官になってほしい」と電話で頼んだ様子が、大手テレビ局で伝えられた。同局は「容疑者に不逮捕特権を与えようとした、不正な試み」と伝え、ルラの政府入りは消えた。一方で判事が大統領の盗聴をやすやすと行っていることは、左派を驚かせた。

司法権力はもちろん、麻薬戦争でもカギを握る。政治と社会における白人保守派の戦いで、モロ判事は彼らの要塞になっているのだ。

これをブラジルのメディアが支える。
国際非営利組織「国境なき記者団」が昨年発表した報告では、ブラジルは「シルビオ・ベルルスコーニ(元イタリア首相)が三十人いる国」と評された。大小のメディア王(全員が保守派の白人)が自分たちのメディアを意のままに操る。報告では、ブラジルの報道を「軍政時代とほとんど変わっていない」と酷評した。

「世界中の記者が地元報道を元に、ブラジル情勢を伝えるので、汚職と関係のないルセフやルラまでが、疑惑に包まれた存在として描かれる」と前出フゼール教授。

米国の国益のための「陰謀」
こんな国にアメリカは、ハイテクを駆使して旧支配層を支援した。

エドワード・スノーデン元CIA職員の暴露によると、ルセフ大統領とペトロブラスへの盗聴活動は、対露工作をはるかにしのぐ規模だった。米国はイスラム過激派の動向を探るのと同じように、ルセフ大統領とペトロブラス幹部の動きを克明に追っていた。

「ペトロブラスの利権を探り、大統領を揺さぶる材料を探すためです。オバマ大統領はルセフに後に謝罪したが、米国の国益ははっきり、左派政権の退陣と石油資源の獲得にある」と前出消息筋は言う。(中略)

ルセフは、ミシェウ・テメル副大統領までが「弾劾賛成」に回った時に、「これは陰謀だ」と言った。これは、追い詰められた権力者の絶望的な叫びではなく、事態の本質を正確に言い当てたものだ。

両陣営は民衆動員を進める。「反ルセフ」派は参加者の大半が白人なのに対し、大統領派は多人種構成と、ここでも対立構図はくっきり。八月の五輪開催はもはやそっちのけで、両陣営は場外戦での決着へと、突き進んでいる。【「選択」 5月号】
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確かに、ルセフ氏とルラ前大統領の会話が盗聴され、それを判事が公表するということには驚きました。

アメリカが一連の政治混乱にどこまで関与しているのかは定かではありませんが、左派政権崩壊を歓迎していることは間違いないでしょう。
「露骨な策謀」というのも、いささか“陰謀論”に過ぎるような感もありますが・・・。
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