孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

フィリピン  世界に広がる“選挙民の気まぐれ”の先陣を切って「処刑人」ドゥテルテ氏が大統領へ?

2016-05-07 22:35:58 | 東南アジア

(男性誌「エスクァイア」の表紙を飾る、フィリピン大統領選挙でトップを走るドゥテルテ氏【http://www.purveyr.com/2015/03/how-to-be-man-rody-duterte-for-esquire.html】)

退屈な交渉、不満足な妥協、高次目的のための犠牲を否定する“気まぐれ”な選挙民
アメリカ大統領選挙については、周知のように暴言を繰り返すトランプ氏が共和党候補の指名獲得を確実にしています。

欧州では、移民・難民問題や経済的不調を背景に、反移民・反EUを声高に主張する極右勢力が台頭、イギリスのEU離脱問題も不透明な情勢にあります。

一連の政治動向に共通するのは、問題を極端に単純化し、関係者間の調整や相手との複雑な交渉・妥協に重きを置かず、自らの利益のみをひたすら叫ぶ人間・勢力が有権者の支持を強く獲得していることです。

その背景には、これまでの政治を担ってきた既成政治勢力が国民の利益を代弁してこなかったという強い不信感・不満があり、アウトサイダーによるそうした既成政治を打破するとの訴えが有権者の心をとらえていることがあります。

****選挙民の“気まぐれ”が 西側世界を崩壊へ導く****
トランプ、ルペン、コービンが顔をそろえれば・・・・・

ワシントン・ポスト紙コラムニストのアップルバウムが、3月4日付同紙にて、あと2か3の選挙を経て、西側世界は終焉を迎えるかも知れない、と危機感を表明しています。論旨は次の通りです。

これ程までに劇的な時は今までなかった。NATOの終わり、EUの終わり、そして多分自由主義的な世界秩序の終わりまで、あと2あるいは3の困った選挙結果が出そろうまで、というところに我々はある。

“共通の価値”踏みにじるトランプ
選挙は奇妙で選挙民は気まぐれである。来年1月には、オバマ、ブッシュ、クリントン、レーガンなど歴代大統領が「我々の共通の価値」と呼んだものに全く関心のない人物がホワイトハウスにいるかも知れない。
 
トランプは拷問、大量の国外追放、宗教的差別を唱導する。ウクライナがNATOに加盟を認められるか否かは「どうでも良い」と言う。彼はNATOに関心がない。欧州について、「彼等の紛争はアメリカの人命の犠牲に値しない。欧州から引き揚げることは年間何百万ドルの節約になる」と書く。一方、ロシアについては「彼等とは取り引きができる」と言い、「俺はプーチンとは素晴らしい関係を持てるだろう」と言う。
 
同盟に関心がないばかりか、トランプにはそれを維持する能力がないであろう。軍事的、あるいは経済的な連帯には、「取り引きをする」うさん臭い不動産王の技量ではなく、退屈な交渉、不満足な妥協、時には高次の目的のため自国の好みを犠牲にすることが必要となる。

ほとんどの西側諸国において、外交政策の討論が消滅し、政治的娯楽のためのTV番組にとって代わられた時代にあって、およそ無関心な大衆にこれらを説明し正当化させることは一層難しくなっている。

フランスでは右翼政党が躍進するおそれ
同盟を負担に感じているのはアメリカ人だけではない。1年後にはフランスでも大統領選挙がある。国民戦線のルペンはNATOとEUからの離脱、企業の国有化、外国投資の制限を約束している。
トランプと同様、彼女もロシアとの特別な関係を見据えている。ロシアの銀行が彼女の選挙資金を出している。決戦投票になれば、中道左派と中道右派が結束するとフランスの友人は言うが、選挙は奇妙で選挙民は気まぐれである。
 
その頃までには、英国はドアの外に半分出ているかも知れない。もし、国民投票でEU離脱派が勝てば、何でもありの状況となる。

他のEU諸国でも真似ごとの国民投票が行われるかも知れない。ハンガリー首相のオルバーンはイスタンブールあるいはモスクワとの戦略的関係を時に語ったりしている。
 
欧州から解き放たれた英国は大西洋同盟からも漂流するかも知れない。EU離脱後の経済が苦しくなると、選挙民は労働党政権を選択するかも知れない。

労働党の指導部は過激に反アメリカ的である。コービン党首は軽んじられているが、もし、大衆が変化を望むなら、彼が唯一の選択肢である。選挙は奇妙で選挙民は気まぐれである。
 
そうなると、どうなるか? フランス抜きの単一市場はない。英国抜きのNATOはない。全員が残念に思うわけではない。

トランプが言うように、何百万ドルの節約は長期的な利益よりも判り易い。しかし、西側の結束、核抑止力、常備軍による半世紀におよぶ政治的安定、また、共通の経済圏による繁栄と自由が当然視されてはならない。【4月14日 岡崎研究所】
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欧州・オーストリアで4月24日に行われた大統領選挙では、反移民を掲げる極右政党に所属する候補が首位となって決選投票に進んでいます。長年にわたり政権を保持してきた連立与党にとって歴史的敗北となりました。

****<オーストリア>大統領選、極右候補が首位…決選投票へ****
中東などからの難民や移民問題に揺れるオーストリアで24日、大統領選が投開票された。国営オーストリア放送によると、「移民排斥」を訴える極右・自由党候補のホーファー国民議会(下院)議員(45)が得票率でトップで、2位の左派・緑の党出身候補とともに、5月22日の決選投票に進む見通しになった。
 
連立政権を組む中道左派の社会民主党と中道右派の国民党の候補は敗退するのが確実。両党以外から大統領が選出されれば第二次大戦後、初めてで、難民らの受け入れに対する国民の不満を象徴した結果といえそうだ。
 
オーストリアでは国政の実権は首相にあるが、大統領には首相や内閣の罷免権限がある。ホーファー氏は24日、記者団に「(もし自分が大統領になれば)政府は深刻な困難に直面するだろう」と述べ、大統領権限を行使する可能性を示唆した。
 
大統領選は、社民党出身のフィッシャー大統領(77)の任期満了に伴うもの。
 
オーストリア内務省によると、開票率60%で、ホーファー氏が得票率36.4%でトップ。緑の党のファン・デア・ベレン元党首(72)が20.4%で続き、社民党、国民党からの候補はいずれも11.2%だった。
 
オーストリアは元々、難民受け入れに寛容だったが、昨年は西欧を目指す難民ら約9万人が流入。経済低迷と失業率悪化もあり国民の反難民感情が強まった。
 
政府は昨年12月にスロベニア国境にフェンスを設置し、今月に入り、イタリア国境にもフェンスを設ける方針を示したが、支持率は回復しなかった。
 
一方で、自由党は一貫して「(難民や)移民より貧しいオーストリア人を救うべきだ」と主張しており、難民らへの補助金削減や国境管理強化を訴えて、支持率アップにつなげた。
 
同党はかつて、ナチス擁護発言などで物議をかもしたハイダー党首(2008年に死去)の下で勢力を拡大させたことがある。難民問題が浮上した昨年から支持率が伸び、10月のウィーン市議選でも過去最高の得票で第2党を維持した。【4月25日 毎日】
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厳しいユーロ危機を、国民の痛みを伴う調整策としての緊縮財政で乗り切った「優等生」ともみなされていたスペインとアイルランドでも、政治が行き詰まりを見せています。政府・与党はしわ寄せを受けた国民の支持を得られず、総選挙で大きく後退。

新興勢力が台頭し、新内閣を組織できなかったスペインでは5月3日、議会を解散して選挙をやり直す事態になっています。
やはり大きく議席を減らしたアイルランドの与党は、不安定な少数与党政権を余儀なくされています。

【「犯罪者は殺せ」 処刑人ドゥテルテ・ダバオ市長、大統領へ王手
アメリカのトランプ氏や、欧州の英仏独などの動向ほどには世界への直接影響は大きくありませんが、来週9日に行われるフィリピン大統領選挙は、「暴言市長」ドゥテルテ氏が混戦を抜け出したような状況で、選挙民の“気まぐれ”を象徴するような結果にもなりそうな状況です。

噂(たぶん事実)では、犯罪撲滅に努めるダバオ市長として、大型バイクで犯罪組織に殴りこみショットガンをぶっ放したとか、ヘリで犯罪集団の車を追跡して上空からマシンガンを乱射して車をハチの巣にしたとかで、「処刑人」とも「ダバオのダーティハリー」とも呼ばれるドゥテルテ・ダバオ市長(71)については、4月10日ブログ「フィリピン 大統領選挙でも話題にならないミンダナオ島の和平交渉 忍び寄るイスラム過激派の影」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20160410でも取り上げました。

****暴言市長」ドゥテルテ氏優勢=当選阻止へ候補者一本化の動きも―9日に比大統領選****
アキノ大統領の後任を決めるフィリピン大統領選が9日、行われる。直近の世論調査では「暴言市長」として知られる南部ダバオ市のドゥテルテ市長(71)が支持率で他候補に10ポイント以上の差をつけ優勢。

ただ、大統領ら与党自由党陣営からはドゥテルテ氏当選を阻止しようと候補者一本化を模索する動きも出ており、動静は依然流動的だ。
 
民間調査機関ソーシャル・ウェザー・ステーションズが1〜3日実施した調査結果によると、ドゥテルテ氏が支持率33%でトップ。女性上院議員のポー氏(47)が22%、アキノ大統領の後継候補ロハス前内務・自治相(58)が20%、ビナイ副大統領(73)が13%。
 
ドゥテルテ氏は「就任半年以内の犯罪撲滅」を掲げ、地元南部の他に、治安悪化に不安を抱く高中所得層や首都圏でも支持を伸ばす。

「犯罪者は殺せ」などと過激な発言も多いが、ユーモアを交えた話しぶりから「親しみのある頼れる指導者」とのイメージが多数を占める庶民層にも浸透しつつある。
 
選挙戦終盤の4月には、同氏の女性蔑視発言のほか巨額資産隠し疑惑も浮上したが、これまでの世論調査ではあまり影響が出ていない。数百万の組織票を持つとされるキリスト教系宗教団体「イグレシア・ニ・クリスト」は今月5日、同氏支持を表明しており、さらに勢いがつく可能性もある。【5月7日 時事】 
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その「暴言」から「フィリピンのトランプ」とも言われますが、トランプ氏と比べても遥かに過激です。

トランプ氏の場合、過激な発言(その主張はころころ変わりますが)だけですし、大統領になれば選挙中の発言とは異なるそれなりの施策を行うとも思われますが、ドゥテルテ氏が「犯罪者は殺せ」と言う場合、単なる「暴言」ではなく、実際に殺人部隊によって“処刑”が行われてきました。その結果、犯罪が横行するフィリピンにあって、ダバオは極めて治安の良い都市にもなりました。

「犯罪者は殺せ」というのは非常にわかりやすい、力強いメッセージではあります。
腐敗・犯罪が横行するフィリピン社会にあって、「強い指導者」を求める声も多々あります。

しかし、犯罪者の人権云々は別にしても、「殺せ」という対象者がドゥテルテ氏の一存でどこまでも広がる危険もあります。

ドゥテルテ氏の政治に反対する者、不満を表明する者も、社会に対する「犯罪者」として抹殺される危険もあります。実際にはそこまでいかなくても、社会全体が民主主義とは相いれない強権的な支配下に置かれることも懸念されます。

人格的にも、大統領としての資質が疑われます。さすがのトランプ氏も下記のような下品で粗野なジョークは口にしません。

“4月中旬には、刑務所で起きた婦女暴行殺人事件の被害者となったオーストラリア人女性宣教師性強姦(ごうかん)殺害事件に関連し、「彼女は美しかった。市長(である自分)が最初に強姦すべきだった」とジョーク混じりに述べ、女性団体や他候補が一斉に反発。その後謝罪したものの、豪州や米国の大使が批判に加わると「黙れ。大統領になったら断交してやる」と逆上した。”【5月4日 時事】

ただ、トランプ氏同様に、その暴言は逆に人気を押し上げる結果にもなっています。

****暴言止まらぬトップ候補=人気は維持、ドゥテルテ氏―比大統領選****
・・・・ただ、こうした発言は現時点で人気に影響を与えてはいないようだ。女性蔑視発言後に行われた世論調査結果では支持率は前回よりも1%の低下にとどまった。
 
むしろ地方政治家出身のドゥテルテ氏にとり、暴言が連日メディアで報じられることが全国的な知名度向上につながっている。

フェイスブックでの大統領選候補者に関するやりとりの中で、ドゥテルテ氏を取り上げたものは68%と他候補を圧倒。強権的な姿勢を批判的に論じるメディアも多いが、「報道が逆に人気を盛り上げる結果になっている」(地元紙記者)との声も聞かれる。【同上】 
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“大統領ら与党自由党陣営からはドゥテルテ氏当選を阻止しようと候補者一本化を模索する動き”とは言いますが、投票日は9日です。この時期になって、そんなことができるのでしょうか?

教会の前に置き去りにされていた孤児から伝説的な映画俳優の養子となり、大統領の座を狙うまでに上り詰めた「シンデレラ・ストーリー」のグレース・ポー上院議員は撤退を否定しています。

****フィリピン大統領選、ポー氏が撤退観測否定 支持伸び悩む***
フィリピン大統領選挙の投票を来週9日に迫るなか、有力候補とされてきたグレース・ポー上院議員が5日、会見を開き、撤退観測を否定した。

ポー氏は清廉潔白のイメージで人気を集めてきた。しかし、3日公表の世論調査では、ロドリゴ・ドゥテルテ・ダバオ市長が支持率33%で首位。ポー氏は、10%ポイント強の差をつけられ21%。しかも、アキノ大統領が後継に指名したマヌエル・ロハス前内務自治相(22%)にも僅差ながらも負けている。

このため、ポー氏が選挙戦から撤退し、ロハス支持にまわるとの観測が台頭した。

ポー氏は、会見で、「わたしが撤退すべきと主張する人は、どのような権利をもって候補を2人に絞るべき、と主張するのか」と非難し、「わたしは取引にかかわらない」と述べた。【5月5日 ロイター】
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アキノ路線を継承するポー氏が選挙戦首位にあって、アキノ大統領が後継指名していたロハス氏が低迷していた時期に、アキノ大統領がポー氏支持に鞍替えするのでは・・・との観測もありましたが、ロハス氏が追い上げてきた今となっては、それも難しそうです。

このままドゥテルテ氏が勝利することになれば、アキノ大統領は戦略を誤ったことになります。ここまでドゥテルテ氏が伸びるとは想定していなかったのでしょう。
それとも、本当に“土壇場”での一本化があるのでしょうか?

なお、ドゥテルテ氏は中国と権益を争う南シナ海問題では、国際仲裁裁判所で勝訴すれば、中国が造成した人工島に水上バイクで乗り込み「フィリピン国旗をたてる」と、大衆迎合的なナショナリストとしての言動をつづけていますが、人権・民主主義といった価値観を重視していませんので、目先の利益で話がつけばあっさりと中国と手を結ぶことも厭わないでしょう。そのあたりはトランプ氏と似ています。

「民主主義」の結果として、自らの利益のみをひたすら叫ぶ政治家が世界各地で選択されれば、世界から「協調」は失われ、憎悪と対立のみが際立つことになります。
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