孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

シリア  クルド人勢力を中核とするラッカ奪還作戦で懸念される新たな混乱も 

2016-05-29 22:12:22 | 中東情勢

(28日、トルコ南東部ディヤルバクルで演説し、米軍がシリアでクルド人民兵を支援していると批判するトルコ・エルドアン大統領【5月29日 時事】)

アメリカのシリア・クルド人勢力支援にトルコは激怒
シリアの少数民族クルド人を中核とする部隊が24日、過激派組織「イスラム国」(IS)が首都と称する北部ラッカの制圧を目指し、地上作戦を始めたこと、イラクでもイラク政府軍及びシーア派民兵によって23日、ISが支配する中部ファルージャの奪還作戦が始まったことは、5月25日ブログ「イラク・シリアで対ISの軍事作戦が開始されるも、両国ともに問題も」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20160525で取り上げました。

このうち、シリアに関しては、クルド人勢力の拡大・ラッカ支配についてのアラブ系反政府勢力からの反発、国内にクルド人反政府勢力PKKを抱えるトルコが、今回作戦の中核となるクルド人勢力もPKKと同じテロ組織とみなしており、国境付近でのクルド人勢力の拡大に神経をとがらせていることなども触れたところです。

後者のトルコとの関係においては、アメリカは(反政府勢力が戦力として期待できない状況で)クルド人民兵部隊「クルド人民防衛部隊(YPG)」を地上作戦の中核として期待していますが、一方で、この地域でのカギを握るトルコを刺激することも困るし・・・という板挟み状態にあります。

そんな中で、さっそくトルコ・エルドアン大統領を激怒させる「事件」が明らかになっています。

****米兵がクルド人民兵部隊の記章着用、トルコが激怒****
シリアに展開する米軍特殊部隊が、クルド人民兵部隊「クルド人民防衛部隊(YPG)」の記章を着用して任務に当たっていたことがフランス通信(AFP)の報道写真から明らかになり、米政府は27日、YPGを「テロ組織」とみなすトルコ政府への釈明に追われた。
 
約200人の米軍特殊部隊がシリア北部で、イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」が首都と位置づけるラッカをISから奪回すべく戦闘を続ける地元民兵らの支援や、有志連合軍に空爆目標情報を伝える任務を行っていることは以前から公然の秘密だった。
 
その際に米兵らがYPGの記章を着用して任務に当たっていたことが、AFPカメラマンが撮影した写真から明らかになった。
 
だがトルコ政府は、YPGを非合法組織クルド人武装組織「クルド労働者党(PKK)」の一派とみなしており、記章着用を行き過ぎた行為と受け止めた。
 
メブリュト・チャブシオール外相はこうした行為は「偽善」と「ダブルスタンダード(二重基準)」にほかならないと米国を非難。YPGの記章着用は国際テロ組織「アルカイダ」やIS、ナイジェリアのイスラム過激派組織ボコ・ハラムなどのロゴマークを着用したに等しいと批判した。
 
これに対し米国防総省は、対ISで共同戦線を張るクルド人とアラブ系の合同部隊「シリア民主軍」の主体を成すYPGとの協力関係は今後も維持していくとしたうえで、記章は取り外すと発表した。
 
イラク駐留米軍のスティーブ・ウォーレン報道官は記者会見で「YPGの記章を身に着けることは許可しておらず不適切だ」と述べ、是正措置を取ったことを明らかにした。
 
米軍の特殊作戦部隊が同盟軍の記章を着用することは少なくない。だがウォーレン報道官はYPGをめぐる「政治的にデリケートな状況」を鑑みれば今回に関しては不適切との認識を示した。【5月28日 AFP】
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アメリカはトルコ国内でテロ活動を行うクルド人武装勢力PKKは「テロ組織」と認めていますが、北部シリアのクルド人民防衛部隊(YPG)についてはテロ組織とは認定しません。

先述のようにシリア国内の反IS勢力としては、アメリカが頼れる唯一と言っていいほどの存在ですから、トルコの怒りをかわしながら、今後もYPGとの共闘は続けると表明しています。

一方、トルコ・エルドアン大統領は、アメリカが「テロ組織」YPGと共闘していることに怒っています。

****あってはならない」=クルド支援の米軍批判-トルコ大統領****
トルコのエルドアン大統領は28日、南東部ディヤルバクルで演説し、米軍がシリアでクルド人民兵を支援していると批判した。「米国は(クルド人民兵組織)人民防衛部隊(YPG)を支援している」と指摘。トルコと米国は共に北大西洋条約機構(NATO)加盟国だが「NATO内の友人同士、あってはならない」と警告した。
 
大統領はYPGについて「(トルコの反政府武装組織)クルド労働者党(PKK)や(YPG政治部門)クルド民主連合党(PYD)、過激派組織『イスラム国』(IS)と違いはない。全員、テロリストだ」と非難した。(後略)【5月29日 時事】
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拡大・強化されるクルド人勢力 ロシアを巻き込む新たな火種にも
クルド人勢力はトルコと国境を接するシリア北部に実効支配地域を確保しており、YPGの上部組織・政治部門である「民主統一党」(PYD)は3月段階に「自治区」を宣言しています。

****クルド系、シリアに「自治区」設立宣言***
シリア内戦で同国北部に勢力圏を確立した少数民族クルド系の組織「民主統一党」(PYD)は17日、事実上の「自治区」の設立を宣言した。トルコ国境沿いのシリア北部の複数の勢力圏に「連邦制」を導入するとしている。AP通信やロイター通信などが伝えた。
 
PYDは傘下に軍事部門「人民防衛隊」(YPG)を持ち、シリア内戦の勃発以降、イラク、トルコ国境沿いの数百キロ以上に及ぶ地域と、シリア第2の都市アレッポの北方のトルコ国境沿いに、それぞれ勢力圏を確立した。これらの勢力圏を「連邦制」の「自治区」にするとしている。
 
シリアの国営メディアによると、アサド政権は「宣言に正当性はない」と反発するコメントを出した。また、シリアと同様にクルド系の分離・独立問題を抱える北隣トルコも容認できない事態だ。【3月18日 朝日】
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今回のラッカ奪還作戦でクルド人勢力が更に勢力を拡大し、上記「自治区」がより鮮明・確固たるものになると、トルコ・エルドアン大統領が軍事介入してこの動きを阻止することもあり得ます。

今後、トルコとクルド人民防衛部隊(YPG)の間で戦闘行為が発生するような事態となると、板挟みのアメリカは苦しい対応を迫られることにもなります。

トルコ南部ガジアンテプの空港付近で28日、隣国シリアからのロケット弾2発が着弾したとトルコ・メディアは報じています。詳細はわかりませんが、位置的にIS支配地域からのロケット弾でしょうか。

上記ロケット弾はともかく、今後のISとの小競り合いでも、対IS作戦を名目にクルド人勢力がおさえるシリア北部にトルコが介入するということもあり得るでしょう。

万一、今後トルコ対クルド人勢力の戦闘という状況になれば、トルコと関係が悪化しているロシア・プーチン大統領がクルド人を支援するような構図も考えられます。

プーチン大統領は、ロシア軍機をトルコに撃墜されたこともあって、トルコを叩きたくてうずうずしているのでは。アメリカとしては悪夢です。

****トルコ対クルド紛争泥沼化 裏にあるロシアの狙い****
2月24日付の米ニューヨーク・タイムズ紙は、社説で、トルコはシリアのクルド人武装組織(YPG)をクルド労働者党(PKK)と同一視するのをやめ、YPG攻撃を控えるべきであると論じています。同社説の論旨は、次の通りです。

クルド問題が“露土戦争”の引き金になる恐れ
トルコ政府の対クルド敵対政策は、米・トルコ関係を緊張させ、シリアの戦場を複雑にしている。トルコのクルドとの紛争は、ロシアとトルコの直接対決になる危険も持っている。
 
トルコは、クルドの独立国家への願望を長い間恐れてきた。クルドはシリア、イラク、イラン、トルコに3500万人いて、内1500万人がトルコにいる。
 
エルドアン大統領は昨秋、選挙の前の政治的に計算された動きとして、分離主義者のクルド労働者党(PKK)との戦闘を再開し、最近、シリア領内のクルド武装勢力(YPG)を攻撃し始めた。

エルドアンはこの二つのクルド人グループを区別していない。米国もトルコもPKKをテロ団体とみなしている。しかし米国は、YPGをテロリストとは考えず、「イスラム国(IS)」に対抗している有能なグループと考え、YPGに情報その他の支援をしている。
 
先週、トルコは28人が死亡したアンカラ爆弾事件をシリアのクルドの犯行とした。シリアのクルド勢力は責任を否定している。米国はPKK分派が犯人ではないか、としている。エルドアンは米国に、シリアのクルドか自分か、いずれかを選べとさえ言っている。
 
米国はエルドアンに、シリアのクルドへの攻撃をやめるように求めている。クルドはシリア・トルコ国境565マイルを支配しており、残された部分も支配するかもしれない。米ロが呼びかけた停戦にトルコも同意したと言う。
 
同時に米国はシリアのクルドに、混乱を利用して領土を獲るなと要請している。そんなことをすれば、エルドアンは挑発されて武力攻撃をすることになる。エルドアンが攻撃すれば、ロシアはクルドの側に立って、トルコに報復するだろう。プーチンはトルコによるロシア戦闘機撃墜への報復の口実を探している。
 
エルドアンは、昨年の戦闘再開まで、トルコのクルドとの和平協議を進めていた。これを再開すべきである。YPGへの攻撃をやめ、米国と共にシリア内にクルド自治区を作るように努力すべきである。

エルドアンはイラクのクルド人とは共存する道を見つけた。シリアのクルドと戦い、米国との緊張を煽ることは意味をなさない。【3月31日 WEDGE】
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中東各国に分散するクルド人も一枚岩ではなく、イラクに自治政府を構えるクルド人は上記のように、原油密売などでトルコとの関係が強く、PKKとは一線を画しています。

ただ、シリアのクルド人民防衛部隊(YPG)はPKKと兄弟組織であり、PKK叩きに傾斜するエルドアン大統領が「米国と共にシリア内にクルド自治区を作るように努力」することは、いまのところ非現実的です。

戦後の統治体制が決まらない状況で、各勢力対立の懸念も
なお、ラッカをクルド人が支配することに関しては、アラブ系の反政府勢力も懸念しています。
「IS後」を睨んでの陣地争奪戦的な動きも各勢力に見られています。

*****イスラム国首都」奪還作戦 クルド人部隊などラッカに攻勢 *****
・・・・もっとも、米主導の有志連合にとって理想的な展開とはいえない。欧米などは当初、シリアの停戦や和平協議を進展させ、戦後の統治体制をある程度示したうえでISへの本格攻撃に移りたい考えだった。
 
戦後体制が見通せないままISの支配都市を奪還しても、統治をめぐる対立が生じる可能性が大きい。フセイン政権崩壊後のイラクのような激しい宗派・部族対立が起きる恐れがある。
 
ISの弱体化を機に各民兵組織が主要都市の奪還で成果を競っているとの見方もある。アハラム政治戦略研究センター(カイロ)のムスタファ・アッラバード氏は「ラッカにいたアラブ住民の多くはISを恐れて逃げ出しており、クルド部隊は内戦終結後のラッカを支配下に置きたいのではないか」とみる。(後略)【5月26日 日経】
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今のところは、クルド人がラッカ支配することによる混乱を避けるべく、“米当局者はAFP通信に「(今回の作戦で)ラッカ自体は攻撃しない」と説明。有志国連合側は、ラッカを孤立化させながら地元部族との信頼関係を強化し、攻略に臨む構えだ。”【5月25日 毎日】とのことです。

ただ、戦闘が始まってしまうと、“流れ”というか“勢い”というものもあります。IS側の抵抗が思いのほか弱ければ、一気にそのままラッカに・・・ということもあり得ますし、逆に戦闘が長引きクルド人側の被害が大きくなれば、「流したこれだけの血にふさわしい見返りを・・・」という話にもなるかも。

イラクでは、クルド人勢力がISから奪還した地域で、クルド人勢力による「民族浄化」「アラブ人追い出し」的な動きも指摘されています。(1月23日ブログ「イラク モスル奪還へ・・・・スンニ派住民とシーア派政府の対立、独自性を強めるクルド人勢力の問題も」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20160123

IS退崩壊後のシリア統治体制が定まっていない以上、IS退潮・崩壊も必ずしもシリア安定には直結しません。

その「シリア統治体制」を話し合う和平協議は・・・・と言えば、相変わらずです。

****和平協議、5月中の再開断念=シリア担当特使****
シリア内戦の和平仲介役、デミストゥラ国連特使は26日、国連安保理会合で最新情勢を説明し、アサド政権と反体制派の和平協議を今後2〜3週間は行えないと見通しを示した。特使は当初5月中の協議再開を目指していたが、断念した。【5月27日 時事】
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政治が停滞するなかで、犠牲者だけが増えていきます。

****死者28万人超える=シリア内戦****
在英のシリア人権監視団は26日の声明で、2011年の民主化要求運動をきっかけに始まったシリア内戦による死者が、監視団の集計で28万人を超えたことを明らかにした。
 
このうち8万1000人以上は民間人で、この中には18歳未満の子供が約1万4000人、女性が約9000人含まれているという。【5月26日 時事】 
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