(ファタハ総会が開かれた西岸地区ベツレヘムの路上 “flickr”より By Reham Alhelsi
http://www.flickr.com/photos/rehamalhelsi/3281546632/)
【西岸地区での総会開催】
パレスチナの政治勢力が、パレスチナ自治政府アッバス議長率いるファタハ(パレスチナ解放機構(PLO)の主流派、ヨルダン川西岸を支配)とガザ地区を実効支配するイスラム原理主義組織ハマスに分断されていることは周知のところですが、今月4日、ファタハの総会が20年ぶりにヨルダン川西岸のベツレヘムで開催されました。
ファタハの総会は5年ごとに開催される規定ですが、延期を繰り返す間に組織が硬直化し、腐敗、汚職が蔓延して信頼は失墜していると言われています。
さらに、06年の評議会(国会に相当)選挙でハマスに大敗、07年にはハマスによるガザ制圧を許したことで、イスラエル収監中の指導者マルワン・バルグーティ氏ら若手が、指導部刷新を求め、議長ら旧世代との対立を深めていました。
また、故アラファト議長ほどのカリスマに欠けるアッバス議長のファタハ内部での求心力は低く、議長と亡命中のファタハ幹部の間の権力闘争的な確執も表面化していました。
亡命幹部のカドウミ氏は、「アッバス議長がイスラエルと共謀してアラファト議長暗殺を企てていた」との話をメディアに流したとも言われています。
今回、総会が西岸地区で開催されたのは、こうした亡命幹部の総会参加を封じる意図もあったとも伝えられています。
対イスラエル強硬派のカドウミ氏は、西岸とガザ地区における暫定自治を定めた93年オスロ合意を認めておらず、西岸には足を踏み入れないと宣言しているため、西岸ベツレヘム開催となると、カドウミ氏ら亡命組は総会に出席できず、中央委員会議席も獲得できないことになります。【8月5日号 Newsweek日本版より】
一方で、ハマスが実効支配するガザ地区からは数人しか出席できませんでした。ハマスは今回、ガザ地区からの600人の代表団の総会出席を認める条件として、西岸で拘束されているハマスのメンバー数百人の釈放をアッバス議長に要求しましたが、折り合いがつかなかったようです。
来年1月には自治政府の議長と評議会(国会に相当)の両選挙が控えており、ファタハは党勢を立て直して、早期に世論の支持を回復する必要性に迫られています。
組織改革を求める声、幹部間の確執、ハマスとの対立を乗り越えて組織再活性に迫られていたアッバス議長ですが、万一自治政府を支えるファタハ分裂といったことにでもなると、中東和平の混迷は一層深まることにもなります。
【紛糾 会期延長】
アッバス議長は総会冒頭、イスラエルとの和平交渉について「わずかでも可能性がある限り継続しなければならない」と述べ、パレスチナ国家の実現にファタハが担う役割の重要性を強調。自治区ガザ地区を実効支配するハマスを「祖国を分断して、民主主義を脅かす『魔王』だ」と非難しました。
ただ、総会はさすがに紛糾しました。
****パレスチナ:ファタハ総会が紛糾 大幅な会期延長へ*****
パレスチナ解放機構(PLO)の主流派ファタハの再起をかけた20年ぶりの総会が紛糾し、大幅な会期延長を余儀なくされている。活動が空転している原因を総括すべきだと要求する「改革組」と、旧態依然の組織秩序を守ろうとする「古参組」の確執が、一気に噴出した形だ。
総会は4日、ヨルダン川西岸のパレスチナ自治区ベツレヘムで開幕。当初は3日間の予定だったが、8日も続いており、関係者によると、さらに数日間の延長が見込まれている。ファタハを率いるアッバス自治政府議長が、収拾に向けて動いているともいわれる。
協議は、組織内の縁故主義や汚職体質を問題視し、過去の財務内容を明らかにするよう求める声や、イスラム原理主義組織ハマスの台頭を許した責任追及が飛び出して、過熱した。また、ハマスが実効支配する自治区ガザ地区の代表団が総会に出席できなかったことから、新指導部の選出方法を巡っても議論が沸騰した。
ロイター通信によると、組織の刷新を図る改革志向のメンバーからは「古参組が総会を乗っ取っている」との痛烈な批判が聞かれ、ハマスとの権力闘争に加えてファタハ内部の対立まで深刻化しかねない状況という。
サウジアラビアのアブドラ国王は総会に合わせてアッバス議長あての書簡を公開。「世界がパレスチナ独立国家の樹立を認めても、パレスチナ自身が分裂している限り実現しない」と団結を呼びかけた。【8月8日 毎日】
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【世代交代】
総会は紛糾しましたが、開催期間を大幅に延長して、とにもかくにもアッバス議長が総会を乗り切ったようです。
なお、ファタハ議長にはアッバス氏が再選されています。
「現状では、アッバス氏以外に議長を任せられる人材がいない。この点では新旧双方の世代の考えが一致している」との意見も報じられています。【8月9日 朝日】
****ファタハ指導部世代交代 パレスチナ アッバス議長、正統性確保*****
アッバス・パレスチナ自治政府議長(74)率いるパレスチナ解放機構(PLO)主流派ファタハは11日、20年ぶりに開いた総会で、最高意思決定機関・中央委員会のメンバーを選出し、指導部の大幅な世代交代を実現した。組織の腐敗や旧態依然とした秩序への批判を受けるファタハは、生き残りをかけた組織再活性化の必要に迫られており、アッバス議長は会期を大幅に延長し、困難な総会を乗り切った形だが、自治区を分裂させているイスラム原理主義組織ハマスとの和解問題など課題は山積している。
パレスチナのラマタン通信が伝えた非公式集計によると、中央委員会への当選が確実となった18人のうち「再選」はわずか4人で、14人がヨルダン川西岸などイスラエル占領地出身者を中心とした中堅指導者たちとなった。2000年秋からのイスラエルとの武力衝突の中でイスラエルに拘束され、終身刑5回の刑で服役中の若手最有力指導者バルグーティー氏(50)のほか、1994年のパレスチナ自治開始当初から治安機関の責任者を務めたラジューブ、ダハラン両氏も選出された。
アッバス議長は、04年に死去したアラファト議長の後を継いでPLO、ファタハ、自治政府の各議長職に就いたが、06年の自治評議会(自治政府の議会)選挙ではファタハへの批判票を集めたハマスに敗北、07年にはハマスのガザ武力制圧も阻止できず、「弱い指導者」とのイメージがつきまとう。議長はファタハ内で自らの正統性を確保し、組織の世代交代に踏み切り、住民の支持を取り戻す必要があった。【8月12日 産経】
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改選前は70代が中心だった中央委員会18人のうち「再選」はわずか4人と、組織の世代交代も進んだようです。
総会では、パレスチナとイスラエルの2国共存案を改めて強調した新政治綱領が採択され、新たに「市民的不服従」という従来にない手法が盛り込まれています。
「市民的不服従」についてはどういうものかはわかりませんが、新綱領は和平プロセスがすべて失敗した際の「占領への抵抗権」もうたっており、反占領の抵抗手段として「武装闘争」も堅持する形になっています。
この点について、イスラエルのリーベルマン外相は武力闘争の放棄を明言しなかったことなどを非難し、「近年中の和平実現の可能性は葬り去られた」と述べています。
【西岸地区の活況】
ところで、パレスチナ関連で最近目に付いた記事に、西岸地区に活況が戻っているというものがありました。
自治政府による治安回復とイスラエル軍の検問緩和によるもので、住民生活が大幅に改善されているそうです。
かつて、2000年からの第2次インティファーダで武装勢力の拠点となった西岸地区北部のナブルスも、かつてはイスラエル軍の包囲によって“監獄状態”にありましたが、自治政府が治安部隊を展開し、批判的なハマスの活動を幹部拘束で押さえこみ、イスラエルも検問を緩和して、9年ぶりに他の西岸地区とのほぼ自由な往来が可能になりました。この結果、ナブルスでは大規模商業イベントも開催されて活気づいているとか。
イスラエル政府は休日の土曜日を中心に、イスラエル在住アラブ人の西岸訪問を認めており、このイスラエル在住アラブ人の購買力が景気を押し上げているそうです。
また、IMFの7月報告では、イスラエルの移動規制緩和が続けば、西岸の経済成長は7%に達する可能性があるとされています。【8月11日 宮崎日日より】
イスラエルによる経済封鎖が続き、復興が進まないガザ地区とは好対照です。
一方で、ナブルスにあるユダヤ人入植地Brachaの外側で、入植に抗議するパレスチナ人やイスラエルの平和活動家200人余りと、イスラエル兵士や入植者らが衝突したとの報道もあります。【8月11日 AFP】
決して、西岸地区、ナブルスの現況が“順調”という訳ではありません。
それでもやはり、緊張緩和による住民生活の改善に、ハマスを含めた政治勢力は目を向ける必要があるように思えます。