孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

兵器用核分裂性物質生産禁止条約(カットオフ条約)、交渉足踏み 

2009-08-10 21:46:48 | 国際情勢

(今年8月 広島の元安川に流された灯籠 “flickr”より By kamoda
http://www.flickr.com/photos/kamoda/3800197779/)

【「核兵器のない世界」】
今年も8月を向かえ、広島や長崎から核廃絶へのメッセージが発信されていますが、核を巡る現状を見ると、核拡散防止条約(NPT)については、非加盟国のインド・パキスタン・北朝鮮・イスラエルの核保有、非加盟国インドへのアメリカによる例外的措置によってNPT体制は形骸化しつつあると言われています。
また、核実験全面禁止条約(CTBT)については、核保有国は条約採択後も禁止されていない爆発を伴わない臨界前核実験を繰り返しており、インド・パキスタンは核実験を実施、アメリカを含む10カ国が批准していないため条約自体未だ発効していない状況です。

そうした核軍縮・核廃絶への現実的道筋が見えないなかにあって、オバマ米大統領は4月5日、チェコの首都プラハで演説し、「核兵器のない世界」の実現に向けた包括的構想を明らかにしました。
オバマ大統領は「全面核戦争の危機は去ったが、(核拡散により)核攻撃の危険性は高まった。米国は、核兵器を使った世界で唯一の核大国として、行動する道義的な責務がある。核兵器のない平和で安全な世界を目指す米国の決意を宣言する。時間はかかるが、世界を変革できることを信じる。そう、私たちにはできる。」と訴え、具体的には、
 核弾頭の配備・保有数を削減するため、今年末までにロシアとの新しい軍縮条約の締結を目指し、交渉する。
 核実験全面禁止条約(CTBT)発効に向け、(発効条件の一つである米国の)批准を強く求める。
 核兵器用の核分裂物質の生産を、検証可能な方法で禁止する新しい国際条約(カットオフ条約)を求める。
 核拡散防止条約(NPT)体制の強化に努める。査察を強化するため資源や権限が必要だ。
などの事項をあげています。

【思いがけず合意したものの、やはり交渉停滞】
核兵器の原料となる物質の生産そのものを禁じる「兵器用核分裂性物質生産禁止条約(カットオフ条約)」については、90年代から足踏み状態が続いていましたが、「核兵器なき世界」実現に向けた具体策を掲げる米オバマ政権の誕生で“思いがけず”進展し、5月29日のジュネーブ軍縮会議で「誰も予想していなかったほどスピーディーに」交渉開始が合意されました。
ただ、交渉開始で合意はしたものの、当時もこのまま交渉がスムーズに進むとは考えられてはいませんでした。

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最大の問題は、今までに生産した兵器用の高濃縮ウランとプルトニウムの扱いだ。過去の生産分にまで規制の網をかけようとすると、核兵器用物質の保有量を減らしたくないと考える一部の核保有国からの強い反発が予想されるからだ。
実際に、インドは28日の軍縮会議で交渉開始支持を表明した際、「核保有国として、将来の兵器用核物質生産を禁じる条約の交渉を支持する」と表明して「過去の生産分は対象外」という立場を強調。パキスタンの外交筋も毎日新聞に「すでに保有している物質を対象外にすることが交渉進展に不可欠だ」と話し、同様の立場を示唆した。
国連軍縮筋は「米露は、冷戦時代に作りすぎた兵器用核物質を廃棄しているほどだから問題ない。しかし、過去の生産分については、中国とフランスも拒否反応を示す可能性がある」という見通しを示した。
また、北朝鮮やイスラエル、イランといった国々の出方も未知数だ。
北朝鮮はこの日も「(国際社会からの)制裁が続くなら核開発を続ける」という姿勢を改めて表明した。また、この日欠席したイスラエルは、軍縮関係者の間で「カットオフ条約をもっとも嫌がっている国」と見られている。大量の核兵器を保有すると考えられている同国の出方は、同国に対抗して核開発を進めていると見られるイランにも影響を与える可能性があり、注目が集まっている。” 【5月29日 毎日】
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実際、交渉はスローダウンしており、すでに「年内に実質的議論に入るのは不可能」(外交筋)という見方が支配的と報じられています。

****カットオフ条約:「核軍縮の柱」足踏み 中国など消極的*****
 ◆引き延ばし
・・・・中国はその後、「大事な話だから拙速はよくない」と議事進行の細部まで事前に詰めることを主張し、事前協議の引き延ばしを始めた。国連軍縮筋は「もっと核兵器を作りたいので、カットオフ条約などまとめたくないのが本心だろう」と苦り切った。
最近になって中国が軟化し、ミラー議長(オーストラリア)は7日の本会議に交渉日程案を提示したが、今度は、パキスタンが「本国の指示待ち」を理由に同意を拒否。全会一致が原則の軍縮会議は、前へ進めなくなってしまった。
各国はパキスタンを説得し、10日に開く仕切り直しの本会議で合意を取り付けたい考えだが、10日に合意できても、今年の会期は9月18日まで残り6週間。他の議題もあるため、条約交渉ができるのは3日間に限られ、会期延長はない。
現在の合意は「09年会期の議題として条約交渉を行う」というもので、来年以降の取り組みは白紙だ。中国やパキスタンは来年も消極姿勢を取ることが確実視されている。日米など積極派の国々は、早くも「来年も交渉を続けさせる」ことを最優先の獲得目標としているのが実態だ。
 ◆潜在的反対も
カットオフ条約は、核兵器を今以上に増やさないことに主眼を置いているため、米国やロシアなどの核大国よりも、これから核兵器を拡充したいと考える国の抵抗が強い。
会議では現在、中国とパキスタンの消極姿勢が目立つが、実際には、もっと多くの国が消極的だと見られている。パキスタン外交筋は「イスラエルだって反対なのに、我々の後ろに隠れている」とこぼすが、他に北朝鮮やイラン、インドなどが沈黙している消極派と見られている。
国連関係者は「米国と一線を画した独自の安保政策を追求する傾向のあるフランスも、カットオフ条約には消極的な傾向がある」と指摘し、先進国間でも最終調整には困難が伴うと予測している。【8月8日 毎日】
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中国、パキスタンが引き延ばし、イスラエル、北朝鮮、イラン、インドが“沈黙”、フランスも消極的・・・これでは話になりません。
ただそう言ってしまっては先がありませんので、なんとかこの機会に、今後へつながる形で交渉が継続されることを期待します。

【カットオフ条約の問題点】
カットオフ条約に関しては、上記記事にもある「今までに生産した兵器用の高濃縮ウランとプルトニウムの扱いをどうするか」という問題があります。
日本政府の見解は、「軍事用核物質の備蓄を防止することを目的として、核爆発目的の高濃縮ウラン及びプルトニウムの“新規”の生産を禁止するいわゆる『カット・オフ』につきましては、わが国としても、ジュネーブ軍縮会議において早期に条約交渉が成立するよう努力して参る所存であります」(国連広島軍縮会議における平田政務次官の演説)からすると、「軍事用」の核分裂物質の「新規生産」の禁止だけを求めているとも解釈されます。日本のプルトニウムの備蓄は交渉の対象外ということでしょうか。
過去の生産分にまで規制の網をかけようとすると、核兵器用物質の保有量を減らしたくない一部の核保有国からの強い反発がありますので、現実的には難しいところでしょう。

また、軍事と平和の使用目的の違いによって核分裂物質を区別できないという問題もあります。例えば、核兵器級のプルトニウムばかりではなく、原子炉級のプルトニウムでも核兵器をつくれるそうです。また、プルトニウムやウランは、純度や濃縮度が低くても放射能兵器として使えるということもあります。
具体的にどこまでを禁止の範囲とするかは大きな問題です。高濃縮ウランの生産を禁止すれば、原子力潜水艦は動けなくなります。

査察や保障措置をどのようにするかという問題もあります。
再処理工場では通常では五%程度の帳簿上の在庫と実在庫との差(不明量)が生じるそうで、大きな施設の場合、その誤差分のプルトニウムだけで大量の爆弾に相当する量になるとか。

問題は山積しています。
厳格な規制を最初から望むと、何もまとまらないでしょうから、緩く曖昧でも、ザルでもいいので、なるべく広い範囲に網をかけ、それ以上については今後に・・・という方向が現実的でしょう。

コメント
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