(バグダッドの防護壁で遊ぶ子供 “flickr”より By Radio Nederland Wereldomroep
http://www.flickr.com/photos/rnw/3349234588/in/set-72157608500246270/)
【「状況改善を受けた措置だ」】
イラク、特にバグダッドの治安が改善した要因のひとつには“防護壁”の存在があります。
宗派対立の内戦状態で多大の犠牲者を出したシーア派とスンニ派の居住区を分断するもので、この壁によって両者の“住み分け”がなされて衝突は回避されましたが、こうした治安改善が宗派間の和解には至っていないことを示すものでもあります。
単に“壁”だけでなく、住民の移動によっても“住み分け”が進みました。
それまで混在して暮らしていたシーア派が多い地域からはスンニ派の住民が、逆にスンニ派が多い地域からはシーア派の住民が、より安全な自分の宗派が多い地域に、他派からの襲撃を恐れて移動して実現した“治安改善”です。
“治安改善”によって自宅に戻りたくても、自宅にはすでに他の住人が住んでいる、あるいは他宗派が多いエリアで本当に安全に暮らせるのか・・・そうした事情でなかなか元へ戻れないという話も聞きます。
そんな宗派間の分断の象徴でもある“防護壁”が撤去されることになったそうです。
撤去できるほどに事態が改善したのであれば、よろこばしいことですが・・・
****イラク:バグダッド防護壁撤去 時期尚早の声も*****
バグダッドの不安定な治安の象徴的存在だったコンクリート製防護壁が、9月半ばまでに撤去されることになった。治安維持へイラク当局の自信を示す措置だが、市内では7日も爆弾テロが3件発生し28人が死傷しており、市民からは時期尚早との声も出ている。
撤去は5日、マリキ首相が指示し、40日以内に実施される予定。イラク軍バグダッド作戦司令センターのカーセム・アタ報道官は毎日新聞に「状況改善を受けた措置だ」と説明し、治安上問題はないとの認識を示した。
防護壁は03年のイラク戦争後、武装勢力の攻撃や爆弾テロへの防衛策として駐留米軍が設置を開始。イスラム教シーア派とスンニ派の宗派間紛争が激化し、内戦状態になった06~07年に激増した。
米軍によると、壁は高さ3.6メートルで、重さ約6トン。高さ6メートルに及ぶものもある。市内全域の道路に設置されていて、膨大な数に上ると見られ、期限内に撤去することが物理的に可能かは不明だ。
小学校教師でスンニ派のオマル・ハーリドさん(27)は、武装勢力の動きが活発になっているため、「撤去は時期尚早だ。来年1月の総選挙を意識した治安改善のアピールでは」と懸念する。
反対に、シーア派のタクシー運転手、アブ・フセインさん(57)は「移動が楽になり、商売がはかどりそう」と歓迎。宗派間衝突を予防する狙いもあった分離壁が消えれば、「住民の一体感が戻るのでは」と期待する。
イラクの治安情勢は、民間人死者数が月間3000人を超えたころに比べれば改善しているため、米軍は予定を前倒しして6月末に都市部から戦闘部隊を撤退させた。しかし、現状は7月だけでも、なお300人以上の民間人が死亡している。【8月8日 毎日】
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壁の除去は、治安改善傾向の出てきた昨年からすでに一部では行われており、下記YouTubeは除去を祝う地区住民の様子を映しています。
http://www.youtube.com/watch?v=M0gsdl9heXw&feature=related
この映像のなかで、スンニ派、シーア派の両住民の指導者はともに「イラク人は皆家族だ。スンニ派もシーア派もない」と語っています。
そうであればいいのですが。
【7月の民間人死者300人】
上記記事にある“ひところの民間人死者月間3000人超”というのはとんでもない数字ですが、現在の300人という数字も、平和に暮らす日本では考えられない数字です。
そんなバグダッドでも市民の暮らしは普通に営まれている訳で、ある意味、人間の適応力には感心してしまいます。
そんな思いはともかく、今月7日にも北部モスルと首都バグダッドで、シーア派信者を狙ったとみられる爆弾攻撃が相次いで発生しています。
****イラクで爆弾攻撃相次ぐ、47人死亡*****
イラク北部モスルと首都バグダッドで7日、イスラム教シーア派信者を狙ったとみられる爆弾攻撃が相次いで発生した。モスルでは少なくとも37人が死亡、276人が負傷し、バグダッドでは10人が死亡した。
バグダッドの北約370キロに位置するモスルは、イスラム教スンニ派住民が大多数を占める。警察当局によると、爆弾は少数派トルクメン人が利用するシーア派のモスクを狙ったものだという。
金曜礼拝を終えた人たちがモスクを出たころ、自動車爆弾が爆発し、モスクと周辺の建物数棟を跡形もなく破壊した。警察当局によると、がれきの中で遺体の捜索が続けられている。
シーア派住民が多数を占めるバグダッドのサドルシティでは、路肩に仕掛けられた爆弾が爆発し、バス1台が巻き込まれ、シーア派の巡礼者3人が死亡、8人が負傷した。
これとは別に、シーア派信者を乗せてバグダッド中心部Zayuneを走っていたミニバスが路肩に仕掛けられた爆弾で攻撃され、1人が死亡、5人が負傷した。
第12代イマームの生誕を祝うシーア派の行事が行われるカルバラに通じる道路は、巡礼者を乗せた自動車や徒歩で移動する巡礼者で混雑していた。
さらに、スンニ、シーア両派の住民が混在するバグダッドのKhadraの市場でも巡回中の警官の近くで爆弾が爆発し、警官3人を含む6人が死亡、30人が負傷した。【8月8日 AFP】
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別の報道では、この日の死者は50人とされていますが、3名程度は“誤差の範囲”として問題にならないのが悲しい現実です。
昨年10月から、イラク駐留米軍がイラクでの対アルカイダ戦闘の兵力として活用してきた、スンニ派民兵勢力「イラクの息子たち」(別名「覚醒評議会」)の戦闘員約10万人のうち5万4000人が、シーア派が主導するイラク政府直轄の治安部隊に編入される扱いになっていましたが、この問題はスムーズに進んでいるのでしょうか?
最近あまり聞かないところをみると、大きな問題は出ていないということでしょうか。
宗派間を分断する分離壁はいつかは、なるべく速やかに撤去されるべきものではあります。
パキスタンでは、「(イスラム武装勢力)掃討成功の象徴」として、戦闘の長期化でくすぶり始めた世論の政府非難をかわすために北西辺境州スワト地区への難民帰還を急ぐ・・・といったこともありました。
イラクでは1月の総選挙に向けて、宗派対立を煽る動きも予想されます。
住民の安全が“総選挙のための治安回復のアピール”として安易に利用されることがなければいいのですが。