世の中、まちがってる、根拠なき反日キャンペーン。

相も変わらず根拠なき反日キャンペーンで、国をまとめようとする輩が存在する。

日韓併合100年(75)

2011-05-17 10:43:00 | Weblog
西で2度負けたので(クリミア戦争、露土戦争)、今度は東の満州・朝鮮(日露戦争)に手を出してきたのである。

そして第2次世界大戦では、日ソ中立条約を破棄して、突如として満州、千島、樺太と攻め日本の北方四島を不法にも占領しているのである。現在は東日本大震災の対応で日本が手一杯であると見たロシアは、択捉、国後の日本領に軍備を増強してきているのである。全く民主党政権は、鳩山と言い、管と言い、頓馬の集まりで頼りにならない。結局日本国民が民主党に騙されたと言うこと、言ってみれば平和ボケに陥り国民自身も馬鹿になってしまっていた、と言うことでしょう。この点中国もロシアと同じ穴の狢、見方によれば、ロシアより狡猾で残忍である。日本に軍備がないと見ると、尖閣どころか沖縄までも占領しかねない、そして本州も。日本も真っ当な軍備を持ち、自分の国は自分で守ることをしないと大変なことになる。ちなみにロシアはヨーロッパでも既に不可侵条約や中立条約を結んでは、相手を油断させて進攻し占領している実績がある。バルト三国やフィンランド、ポーランドなどである。

例えば、1932年のソ・ポ不可侵条約を突然破棄して1939/9/17ポーランドへ侵攻しているし、同じく、1932年のソ・フィン不可侵条約を破って、1939/12フィンランドへ侵攻している。カチンの森事件は、このポーランド侵攻時に発生したものである。同じように1940/6にはバルト三国へ侵攻している。また、1939/8/23には独ソ不可侵条約を結んでいるが、スターリンは1940/5/15付けで「対独先制攻撃計画書」を完成させている(ジューコフ参謀総長に命じて作成)。ポーランドを押さえれば、ソ連はドイツへは直接侵攻できるのである。ポーランドはドイツと15万kmに渡り国境を接している。しかし1941/6/22ヒットラーに先を越されてドイツの対ソ電撃作戦を許してしまった。スターリンはドイツのこの計画を掴んでいたが、しかもドイツの軍事力がソ連軍に比べて比較にならない程小さいことも知っていた。そのため英仏との戦いにドイツは全力投球しているためソ連には攻めてこないと、高をくくっていたものである。

そして、1991/4日ソ共同声明1993/10東京宣言をロシアのプーチンは完全に無視しているのである。ロシアとはまさに国際的合意を守らない国である、と認識しなければならないのである。だから鳩山や民主党は頓馬以上の頓馬だと言っているのである。

なぜこれほどまでして、スターリンはヨーロッパを混乱せしめようとしていたかと言うと、其の混乱に乗じてヨーロッパを「共産主義革命」に巻き込もうとしていたからである。これは「世界共産主義革命」実現の大前提であった。このことは、「正論4月号」の瀧澤一郎氏の「第2次世界大戦最大の戦犯はスターリンだった!」に詳しく記述されている。

事実日露戦争当時のロシアはソ連邦のロシアではないが、先に挙げた「ねずきちの ひとりごと セヴァストボリの戦いと旅順要塞戦」 http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-820.htmlにもあるように、満州を制圧して朝鮮半島を占領し、其の上で日本を従えて太平洋に打って出る、とロシア側の文書に記されている通りのことを実行しようとしていたのである。

さてクリミア戦争に戻ると、上記の「ねずきちの ひとりごと」によると、この要塞戦での動員数は、英仏トルコ連合軍は17万5千人、セヴァストボリ要塞守備隊は8万5千人、1854/9に連合軍がクリミア半島に上陸し、一年後の1855/9に要塞は陥落しているから、1年ががりでようやく落としたことになる。連合軍の死者は、12万8千人(ロシア側10万2千人)である。

旅順要塞は、1904/8/19の第一回旅順総攻撃から第3回総攻撃後の1905/1/1にステッセルは白旗を揚げているから、4ヶ月半しかかかっていないことのなる。しかも日本軍の死者1万5千人で、クリミア戦争のセヴァストポリ要塞戦の約1割なのである。

そして第2次世界大戦でのナチス・ドイツがセヴァストボリ要塞を攻めた時には、更に死者の数は増えている。1941/9/24にナチスドイツはヤルタを制圧しセヴァストボリ要塞を包囲し、1942/6/末にようやく陥落させている。ドイツ軍35万人、死者10万人以上の10ヶ月の大激戦であった。

(続く)
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