Con Gas, Sin Hielo

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「ディアエヴァンハンセン」

2021年12月05日 14時37分03秒 | 映画(2021)
心の思いを解き放つことができたなら。


偶然だった。テイクアウトを待っていたフードコートのビジョンに流れていた予告篇。

友人がいなかった主人公は、成り行きで、ある男子学生から腕のギブスに名前を書かれる。後日、その学生が、サインをした当日に自殺していたことが分かる。

彼にも友人と言える存在はいなかったようで、主人公は「ギブスにサインをする間柄」として注目されるようになる。本当のことを言い出せずに、彼との想い出を作り話で語る主人公。しかし、そのことが思わぬ大きな共感を呼び、主人公を取り巻く世界が大きく変わっていく。

本作の存在は知っていた。たぶん映画館で予告も見ていた。しかし、「「ララランド」「グレイテストショーマン」の音楽チームが贈る、感涙ミュージカルの映画化」といった宣伝文句に食指は動かなかったのが正直なところ。

でも、このフードコートで見た予告篇には俄然惹かれた。斬新な物語の設定と、これが感動に繋がっていくということに対して、予想できない期待感が膨らんだ。

映画は表題の"Dear Evan Hansen,"で始まる。エヴァンハンセンは主人公の名前。内向的で社会障害としてセラピーを受けていた彼が、セラピストから与えられた課題である「自分への手紙」の書き出しである。

ギブスにサインをする学生・コナーは、単なる見ず知らずではなかった。冒頭、学校のロッカーで目が合ったエヴァンにキレてきた情緒不安定な少年であり、またエヴァンが秘かに思いを寄せる女子生徒・ゾーイの兄でもあった。

ギブスにサインをしたのも、成り行きどころか半分からかいも含まれているような経緯であり、さらにそのとき他人には見せられない「自分への手紙」を奪われてしまうというおまけつきであった。

しかし、エヴァンの運命を変えたのは、まさにこの奪われた手紙にあった。コナーの遺体にあった唯一の遺品となった手紙の差出人は"Me."。「自分への手紙」はコナーの遺書に取って代わり、エヴァンはコナーがただひとり心を許した友人として認定されてしまうのだ。

悲しみに暮れる遺族から思い出話をとせがまれて、ただでさえ内気なエヴァンがきっぱりと真実を告げることができず、ずるずると嘘を重ねてしまう展開は自然に受け入れられる。

彼の嘘は優しさで溢れていた。彼とこうして過ごした、本当の気持ちはこうだった、と口にする言葉はすべてエヴァンの理想だったが、その優しさは傷ついた家族をも癒やした。

そしてエヴァンに注目した人がもうひとり。同じ学校で様々な社会活動でリーダー的役割を担っている女子学生・アラナがエヴァンに声をかけてくる。彼女曰く、「次のコナーを出さないためのプロジェクトを立ち上げたい」。

ゾーイも含めたコナーの家族の後押しもあり、エヴァンはプロジェクトの立ち上げで演説をすることになる。はじめは極度に緊張していたが、彼が語る「孤独」は聴衆の共感を得ることに成功・・・するにとどまらず、ここはまさに現代。SNSで拡散された彼の演説は瞬く間に巨大なうねりへと変貌を遂げた。

突然脚光を浴びる存在となったエヴァンはゾーイからの好意も獲得し思わぬ順風満帆ぶりだったが、何より嘘から始まった成功がこのまま行くはずはなく。高い山ほど下りるときの危険は大きい。エヴァンの物語はどういった結末にランディングしていくのか・・・。

上述の斬新な物語は十分に堪能した。何故ミュージカルなのか。ここも理解できた気がする。内向的なエヴァンがSNSで祭り上げられる存在になるのを短時間で表現するには最適だった。

そして、それぞれの登場人物が孤独や悩みを抱えている状況を伝える手段としてもミュージカルは効果的であった。特に、傍から見れば活発で後ろ向きな悩みとは縁遠そうなアラナが思いを吐露する場面は印象的で、「苦しいのは自分だけじゃない」ということが十分に伝わってきた。

他のミュージカルと明らかに異なるのはメッセージ性の強さである。楽曲の美しさより、音階に乗せた歌詞が音響とともに畳みかけてくるところが本作の持ち味だ(自殺問題と音楽といえば、2017年に流行ったLogicの"1-800-273-8255"が思い出される)。

便利さを求めて発展してきたはずなのに生きづらい。多様性を訴える人が増える一方で排除の動きも強まっていく。複雑極まりない現代の歩き方として音楽は最良の処方箋なのかもしれない。

(85点)
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