原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

郷里の実母宛に20年ぶり??に綴った手紙

2020年10月22日 | 人間関係
 ここのところ、郷里の実母との間で頻繁に電話でのやりとりが続いているが。

 
 実母は東京の義母と比較すると、ずっと耳の聞こえは良好なものの。
 それでもやはり電話という通信手段が抱える事情、また実母の年齢故の聞き違いや理解力の欠落による勝手な解釈等々、誤解して伝わっている部分も多いように推測している。

 特に「遺産」等々の重要用件に関しては、実母が90近い年齢に達していることもあり、早めにきちんとした合意をしておくべきであろう。

 と言う訳で本日午前中に、その辺の理解を共有しておこうと志し実母宛に手紙を綴った。

 (1日に何度も長文文章を書くのに多少の疲労感もあるため)、本日の我がエッセイは、この手紙を紹介させていただいて“お茶を濁そう”との魂胆だ。😜 


 それではその私から実母宛の手紙を、以下に紹介しよう。

 10月に誕生日を迎え、ますます充実した日々を送る〇子(私のこと)です。
 K子さん(実母のこと)の三叉神経痛も、内科先生処方の漢方薬のお陰で少し痛みが和らいでいる様子で何よりです。

 さて先日電話にて伝えましたが、日頃電話では話しそびれている「お金」にまつわる話題から記しましょう。

 現在、都内の「メゾン〇」(義母所有賃貸物件)の運営を亭主と二人で全面的に担当していますが、昨年から今年にかけて「メゾン〇」の何室かを大幅にリニューアルして付加価値を上げました。 その不動産貸付業代行料収入により、我が家の生活が比較的潤っています。 
 都道路計画に引っかかっている土地故に今後の成り行きは依然不透明ですが、コロナ禍の影響もあり道路計画が今後大幅に遅れると予想しています。 とにかく、後10年程は優に賃貸可能と想定しています。 道路計画が実施された暁にも、現在の東京都地価を勘案すると、かなりの価額で都に売却可能と予想しています。

 娘(実母にとっては孫)も勤続5年目に入っていますが、とにかく真面目な子で日々仕事を頑張っています。 母(私めのことですが)の指導に素直に従い、貯蓄力はもの凄いものがあります。 (正確には知りませんが)私の試算では、あの子は現在26歳にして自己資産を既に〇×〇×万円程貯めていることでしょう。

 その娘が小さい頃から小学校卒業までは、K子さんが郷里から送ってくれた〇〇や△△の洋服、□□□の靴(ブランド名を記載、)そしてK子さん手編みのセーター類であの子は育ったようなものです。 
 私が独身の頃にも、K子さんは東新町商店街でボディコンスーツを買ってくれたり、(今年8月末に倒産・閉店した)郷里のそごうデパートでブランドのハンドバックを買って貰ったりしたことが懐かしいです。 

 よく思い出すのは、我が亭主と結婚するに当たり二人で徳島へ挨拶に訪れた際。 K子さんが一人で運転を頑張って亭主のために郷里の名所旧跡を案内してくれたり。 また緊張と疲労で車の中で寝てばかりの亭主に薬局で薬を買ってくれたりしましたよね。 あの頃K子さんは60歳くらいだったと思いますが、十分に体力も気力もありましたね! 
 そんなこんなのK子さんの助力のお陰で、次女の私も今に至って尚少しも経済的に困窮しておりません。 

 先日は、米国の甥のJくんがコロナ禍が収束したらK子さんに会いに日本へやってくる話を聞き、私も嬉しく思っています。 コロナ禍の収束が一体いつになるのやら計り知れませんが、是非共その際にJくんにK子さんの遺産となるお金を多めに渡して下さいますように。

 それから、私から一つお願いがあるのですが。
 是非共郷里の叔母夫妻にも、遺産分けをお願いしたいのです。 K子さんご本人もご承知の通り、父の死後そちらで叔母ご夫婦にお世話になって既に20年以上の月日が流れています。 そのお陰で、私も郷里へ行かずに済んで大いに助かっているのが事実です。
 実際この私など、K子さんの面倒を何ら看ておりません。 施設への引越の際に、ほんの少し手伝っただけです。
 また米国の姉のように頻繁に電話にて貴女に頼ることもありません。 K子さんにとっては米国の姉が鬱陶しいこともあるのが事実でしょうが、それでもいつまでも母を頼ってくれる娘が遠方にいることが励みにもなっている事でしょう。
 今後も私の性質上、現在の状況が続くと予想しています。 K子さんに迷惑を掛けない反面、K子さんに依存することもない可愛げの無い次女状態であり続けることと思います。
 そんな身で、K子さんの遺産の多くを頂くわけにはいきません。 
 来たるべく葬儀やそれに関連する諸事項に関しては、叔母ご夫婦に助けていただきつつ、つつがなく履行したいとは思っています。

 それにしても、実際コロナ禍には困惑させられます。 これが収束状態になれば一度郷里を訪ねたいものですが、その予想がまるでつかない昨今です。

 あっ、そうそう。 K子さんのカーディガンですが、希望は黒レースものでしたよね? 未だ適当な商品が見つかっていません。 見つかり次第送りますが、少しお待ち下さいますように。 

 それではくれぐれも“コロナ禍”に留意しながら、三叉神経痛も大事にしつつ、施設で穏やかに過して下さいね。    
              2020.10.23   東京の〇子より

 (以上、本日午前中にしたためた実母への手紙の全文を掲載したもの。)



 随分と自身の実母相手にご丁寧な表現を用いたが、普段の電話ではこんな会話は一切していない。
 実母側は郷里の方言丸出し。 こちらも普段しゃべっている通りの会話をしている。
 
 何故、敢えてこのような表現にて手紙にて綴ったのかと言えば。
 おそらくあの実母は我が上京以降、私がどのような人間関係を築き、たとえば職場では如何なる活躍ぶりだったのかを一切知らないままに年老いている。 ましてや、当該「原左都子エッセイ集」の存在など露知らない。(一度名刺を手渡したことがあるものの、それが何なのかの質問すら無かった… それを幸いとしているからこその我が自由度なのだが…。)
 その一端を少しは感じて欲しいと思ったこともある。

 今回の手紙の主たる目的が「遺産」であったから故に、敢えて我が上京後の真面目さや誠実さを演出せんとこの表現にした。 

 実母には如何に、我が意が伝わるであろうか…