(冒頭写真は、我が2度目の大学の講義ノートより「法学概論」ページを写したもの。)
私が、この「法学概論」を受講したのは、大学4年次だった。
何故、4年生にもなって「法学」の基幹学問である当該授業を受講したのかを説明すると。
我が大学生活は、超多忙だった。
専門の「経営学(後に「経営法学」を専攻)」に加えて。
教職課程を2科目(「社会」と「商業」)履修していたこと。 (参考だが、教職1科目を履修するのみでも、それをしない学生に比し1年分の履修科目が増えるといわれている。) それが2科目ともなると、自ずとそれなりの科目数を履修せねばならなかった。
それよりも卒業単位を満たすためには、とりあえず専門である「経営学」の必修科目を優先して履修せねばならない。 それを優先するのが学生としての常識だ。
それらに加えて、個人の趣味で「哲学」にもはまり、空き時間に自主的に哲学関連授業を履修しまくった。 (参考だが、この中には「教職科目」の単位に含まれるものもあった。)
しかも、大学院進学を目指していたため、4年次にはその受験勉強にも励まねばならない。 そうなると自ずと大学3年次までに、履修科目のほとんどをこなさねばならないこととなる。
実際我が大学でのスケジュールとは、1~3年次までは2講時から4講時まですべて埋まっていた。 (1講時の授業をなるべく避けたのは、毎晩生活費を稼ぐ目的で仕事に励んでいたため帰宅が遅くなる故だ。 ただどうしても必修科目が1講時目にあるときには、もちろんその授業を受けた。)
土曜日の授業も受けた。 土日に単発の仕事を入れることも多かったが、どうしても履修せねばならない授業が土曜日だった故だ。
更には4年生時には、週3日「医学の人材派遣業務」も入れていた。 (後日談だが、この企業での我が働きが優秀だったため、大学卒業後正職員として採用したいとの、当時30代半ばにして実にありがたい要望も頂戴した。 残念だが、大学院進学を既に決定していたためお断りした。)
「法学概論」の授業に話題を戻そう。
上記写真3枚は、「法学概論」最初の2コマの授業の講義ノートより転載したもの。
そんなこんなで、大学4年次には週2日大学へ通うこととなった。
おそらく既に“卒業単位”はクリアしていた記憶があるが、4年次に受講せねばならない「専門ゼミ」がまずあった。
その日ともう1日大学へ出向き、自分が好みの「講義」を受講したものだ。
それが、この「法学概論」と「商法Ⅲ」だった。
(その空き時間には図書館へ通い、「大学院受験勉強」と「卒業論文」作成に全力投球した。)
そのうちこの「法学概論」はおそらく「一般教養科目」だったと記憶しているが、今後大学院にて「経営法学」修士を取得するために是非とも受講しておくべきと考えた。
これが、大感激だった!
既に3年間に渡り法学関連科目を受講しているため、授業内容が容易に我が脳内に吸収される。
しかも、担当教官が何とも素晴らしい!!
「法学」に関するポリシーを確固と築かれているベテラン教授だったのだが、ズバズバとご本人の主義主張を語られる教官であられ、毎時間“胸がすく”思いだった。
一番最初の授業時に言われたのが、「私の授業は決して“録音しないで下さい” それが外部に漏れると、私は監獄行きにならんとも限りませんので。」😱
私は少なからずやこの教授氏の影響を受けた。 後々に及び我が「法学ポリシー」を確固と保てているのは、この先生のお陰も大きい。
「原左都子エッセイ集」初期頃の「左都子の市民講座」カテゴリー内で、私なりの“初心者向けの法学講座”を展開しているが。
実は、その多くが当該恩師による「法学概論」を素人に分かり易く表現し直して公開したものである。
(〇〇先生、大変遅ればせながら「無断転載」をお詫び申し上げます。)
とは言っても、当該先生は我が大学卒業と同時に退官された記憶もある。
この「法学概論」小講座を、(他分野エッセイも間にはさみつつ)是非ともしばらく続けたく思っております。
小講座を「法学」分野に移してから、すっかりノリノリ気分♪♪の原左都子です!😍