原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

「小保方晴子日記」、読みたくもないが…

2018年04月17日 | その他オピニオン
 2014年に「STAP細胞事件」で科学界を騒がせた挙句、後に科学誌「ネイチャー」論文の改ざん・捏造が指摘され、論文及び博士号を撤回された後、科学界から完全に消え去った小保方晴子氏。

 その後しばらくして雑誌の対談に応じたかと思ったら、今度は篠山紀信氏撮影の大判写真付きで「小保方晴子日記」なる書物を発売したらしい。

 その写真が「(事件当時より)美しくなった!」と一部で評判になったとのメディア情報は把握しているものの…。
 まだまだ若き世代の人物にして、今後何を目指し何を生き甲斐としたいのか、掴みどころの無い人物との我が印象には変わりがない。

 今となっては原左都子と小保方晴子氏の“接点”は、何ら無いのだが。


 2014年から15年にかけて、元 “科学者の端くれ” である私は当「原左都子エッセイ集」に於いて「STAP細胞事件」のレポートを精力的に実施したため、とりあえずそのエッセイ表題のみを今一度紹介しよう。

  2月3日     「実験好きと理系頭脳とは相関し得るのか?」
  3月12日    「STAP細胞騒動は基礎研究体質のいい加減さを露呈した」
  4月3日     「STAP騒動、私なら未熟者扱いされるより捏造を認めたい」
  4月10日    「4/9小保方会見、むしろ科学者として墓穴を掘った」
  5月10日    「5/8理研調査委『STAP論文取下げ』記者会見を論評する」
  5月21日    「小保方論文“切り貼り”は何故『改ざん』と確定されたか?」
  6月4日     「STAP論文すべて撤回で、今後の小保方氏の行く末は?」
  6月14日    「理研の新法人化は当分棚上げにするべき」
  7月2日     「小保方氏って、未だ理研から給与貰ってるの?」
  7月29日    「小保方氏はもはや不正疑惑から逃れられない」
  8月5日     「笹井副センター長自殺はSTAP不正を証明したも同然」
  10月25日   「STAP事件は“必然”だったか“偶然”だったか!?」

 2015年に入って後も、引き続き「STAP細胞事件」をレポートしたエッセイを数本公開している。

 とにもかくにも、2014年2月に「STAP細胞発見!」とのトップニュース報道に触れた当初より、私はその“胡散臭さ”を我が直観で感じ取っていたものだ。


 さて、話題を小保方氏が2018.03.25に発売したという「小保方晴子日記」に関する AERA 2018年4月23日号 記事を、ネット情報より以下に要約引用しよう。

 <インターホンの音が怖い。怖くて、マスコミに見張られている限り夜になっても部屋の電気がつけられない。何もしていないのに疲れていて眠る体力もない。噛まずに溶けてくれるものしか飲み込めない>(9頁)
 3月25日、全国の書店などで『小保方晴子日記』が発売された。『日記』は、2014年12月31日から始まる。 理化学研究所の委員会が、小保方氏らが英科学誌「ネイチャー」に発表した論文の方法ではSTAP細胞を再現できないことを報告し、別の委員会が研究不正を認定した直後だ。 早稲田大学から博士号が取り消されたり、放送倫理・番組向上機構(BPO)がこの事件を検証した番組について人権侵害を認めたりした経緯などが小保方氏の視点から描かれる。
 筆者は本誌16年6月13日号で、当時「婦人公論」に掲載された瀬戸内寂聴氏との対談にも、その少し前に出された手記『あの日』(講談社)にも、認定された研究不正を覆すような事実はまったく見つからない、と書いた。 特に、対談で小保方氏が「バトンは繋がっていた」と言及した「STAPという名がついた論文」は、ドイツの研究者らがある免疫細胞を弱い酸に浸したところ、あらゆる細胞になる能力を示す「OCT4(オクトフォー)」は見られず、「細胞死」が観察されたというものだった。 小保方氏らの主張を裏付けるものではないことを、その論文を引用しながら解説した。
 また、理研は小保方氏らの論文には最低4点の研究不正があると認定したが、小保方氏はそのうち2点については反論をしているものの、残り2点については『あの日』でも対談でも何も述べていないと指摘した。
 筆者の指摘を少しでも覆す記述は、この『日記』にはあるのか? 予想通り何もなかった。
 『小保方晴子日記』(中央公論新社)の記述は2016年10月10日まで。 「婦人公論」での…
 たとえば16年4月19日には<ドイツの研究グループからSTAP細胞の関連論文が発表された。STAPという名前をそのまま論文に使ってくれている>(212頁)と彼女は書いている。 瀬戸内氏との対談で言及した論文だろう。しかし論文の内容には今回も触れていない。
 また15年9月17日には<24日に『Nature』誌から、私が出した論文を否定する内容の論文が掲載されるので、コメントが欲しい、と新聞社から連絡があった>(131頁)と書き、9月24日には<「Yahoo!」のトップニュースに『Nature』の記事。込み上げてくる感情はマグマのよう>(132頁)と書いているが、その論文の内容や、それへの反論は何もない。
 実は、このとき発表された論文は2本あった。 一つは、理研の研究者らがSTAP細胞とされたものはES細胞(胚性幹細胞)だったことを遺伝子解析で証明したもの。 もう一つは世界各地の研究者らがSTAP細胞論文で行われた実験を再現しようとしたが、同じ結果が出なかったもの(なお、STAP細胞論文の結果を再現できなかったという論文はこれ以外に3本ある)。
 小保方氏はこうしたことを何ひとつ書いていない。
 筆者は、研究不正問題を解決するヒントが少しでも得られないかと思って、『あの日』や小保方氏のホームページ、瀬戸内氏との対談、そして『日記』を読んできた。 しかしその労力は無駄だった。あるのは科学に詳しくない読者を同情させたり誤解させたりする記述ばかりだ。
 結論はこうだ。 STAP細胞事件は生命科学と研究倫理にとってきわめて重要で忘れるべきではない。 しかし小保方さんのことは……もう忘れよう。(サイエンスライター・粥川準二)
 (以上、ネット情報より要約引用したもの。)


 最後に、原左都子の私見でまとめよう。

 この方(小保方氏のことだが)、いつまで経っても“科学者たり得ない”人物であることをメディアを通じて露呈してばかりいるようだが、何故そういう行動をとって更なる墓穴を掘り続けたいのだろう…

 上記AERAのサイエンスライター氏が指摘されている内容にほぼ同感する私だ。
 せっかく「小保方晴子日記」を出版するのならば、是非ともご自身が一時は“科学者であり得た”証拠と事実を前面に出して欲しかったものだ。

 小保方氏は、未だ30代の若さ。
 原左都子の私事をこんな所で語ったところで埒が明かないのは承知だが、私も30代半ばに一旦「医学分野」から退いたものの、その後40代になり再び基礎医学の世界に舞い戻っている。
 若き時代に本気で科学に携わったのならば、多少のブランクがあろうとその「勘」を少しは取り戻せるものだ。

 小保方氏も、せっかく自叙伝を出版するのならば。
 今現在時間は十分にあるのだろうから、今度こそ多少は無理をしてでも今一度専門書を紐解いたり、過去の論文を読み直したりして、「自分は科学者だったぞ!」との意地を少しは見せて欲しかったものだが…

 どうして、“科学に詳しくない読者を同情させたり誤解させたりする記述ばかりに偏った本” を敢えて今出版するのか??
 それも、篠山紀信氏撮影の大判写真付きで!

 結局、小保方氏が目指すのはやはり“タレント”か!?? と意地悪視点で想像したくもなるというものだ。
 実は“科学の素養”が皆無だった貴女がこの世で生き残れる道はそれしか無いとの結論を、自ら導いているのかもね……  (ただ、タレント世界も厳しいものがありそうだよ~~~。)