原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

公的年金運用に関し、リスクに挑まない事がリスクと釈明するが…

2016年09月20日 | 時事論評
 7月に自民政権が圧勝した参院選を控えた頃の 2016.7.2 バックナンバーに於いて、私は 「許し難き公的年金積立金5兆円損失計上の失策」 なる表題のエッセイを綴り公開している。

 これが何と! 直後にネット上にて言論統制措置を受け、当時しばらく国内検索元より「原左都子エッセイ集」が全面的に検索不能になるとの被害を受けている。


 その余波が未だ一部解消していない中、私は昨日(9月19日)民放テレビにて “公的年金積立金5兆円損失問題” に関して、専門筋と名乗る人物達が論述し合っている場面に偶然出くわした。
 彼ら専門筋(?)らの主張とは、私なりに要約するなら 「今や資金運用に於いて安全策を取る事こそがハイリスク。 そんな事は投資界では常識中の常識。 それを知らない素人は従来の固定金利等の金融安全運用こそが安泰と捉えているようだが、今やその(陳腐な)考えこそがハイリスク。 故に、安倍政権が公的年金を投資資金として運用し5兆円(今年の更なる積算で10兆円)の損失は投資家筋からみると安全政策範囲内、ナンタラカンタラ……」
 これを聞いていた民放出演者であるタレントどもが 「なるほどそうか‥…」と同意するのだ。
 その直後、経営法学を心得ている私としてはその“勘違いぶり”が腹立たしくてテレビの電源を切った。


 そこで今回のエッセイでは、国家が公的年金運用に於いて投資活動をした挙句10兆円の損失を計上している事実が、真に正当か否かを今一度問う事を主眼とする。
 要するに、またもや言論統制を受ける事をものともせず、果敢にも政権の公的年金投資損失の失策を私なりに突こうとする趣旨だ。

 その前に、私が2016.7.2に公開した冒頭エッセイの一部を、今一度以下に要約して紹介しよう。

 皆様も既にご存知の通り、昨日(7月1日) 公的年金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の2015年度の運用損失が、5兆円台に達したことが判明した。  この事実自体が、月々とても少額とは言えない公的年金保険料を強制的に支払わされ続けている(続けた)庶民にとっては、貴重な年金財源を一瞬にして“あぶく銭”にされ身を斬られる思いだ。
 こういう事を書くと、プロの投資家達は口を揃えて次のように反論するであろう事は想像が付く。「素人はこれだから困る。 そもそも資金運用とは経済変動により上下動する性質のものだ。 それを弁えて長い目で見てものを言うべきだ。 一時の損失実態のみを捉えて『責任を取れ!』と叫ぶのは慎むべきだ。」
 更に許し難いのは、自民党政権がこの巨額損失計上の事実を7月10日に実施される参議院選挙の “後に” 「正式発表」すると言う。   これでは、野党から「損失隠しだ!」と批判されて当然だろうし、私自身も、その「票取り」の見え透いた手口に唖然とさせられるばかりだ。
 ここで、朝日新聞7月1日一面トップ 「年金運用損5兆円超」 と題する記事より、その内容を以下に要約して紹介しよう。   GPIFは国民年金及び厚生年金積立金約140兆円を運用している行政独立法人だが、非公式で15年度の財務諸表を報告した結果、運用損は総額で5兆円以上に上ったという。 当組織は、14年10月に国内債券の比率を下げ、その代わりに株式比率を50%に倍増。 安倍政権はこれを成長戦略として位置付けたのだが、それがために株価の影響を受け易くなった。  GPIFの運用基準をめぐる議論も再燃しそうだ。  単年度の運用損がすぐに年金の支給に影響する状況ではないが、もしも今後長期に渡って損失が続くようだと将来の年金財源が苦しくなる。
 年金制度に詳しい専門家は、「与党はGPIFの運用基準を変える時、積立金オーナーである国民に十分な事前説明をしなかった。 野党も運用損で上げ足を取って国民の不安を煽るのはよくない」と指摘した上で、「積立金は国民のもの。財務諸表で年度の運用成績が分かるなら、速報値として開示するべきだ」と求めた。   (以上、朝日新聞7月1日付トップ記事より要約引用。)
 私自身、安倍政権がアベノミクス経済政策の主要な一環として「公的年金運用」をギャンブルとも表現可能な「株価操作」にその財源の50%をも依存したとの事実を知ったのは、ずっと後の事だ。  一応「経営法学修士」を取得している身にして、当然ながら今の世が世界の株式情勢や為替変動により揺れ動く経済体制である事も十分に把握している。 それだからこそ、より慎重に個人の財産を健全に管理保護したいとの観点に立っているのだ。
 安倍政権の一番の誤りとは、“公的年金積立金をギャンブル株価操作に50%も依存する”なる発表を、国民に対してただの一度も正式公表していない事実だ。  年金財源を管理しているはずの国家の組織が、その貴重な年金保険料を「株式運用」して今年5兆円を超過する損失を計上したとの許し難き事実を、まずは直視しよう。
 (以上、「原左都子エッセイ集」バックナンバーより一部を要約引用。)


 最後に、原左都子の私論に入ろう。

 確かに何がリスクで何が安全かと問われると、これは困難な課題だ。
 例えば 「登山家」を例に挙げよう。 (私の知人にも少なからずの素人登山家が存在するが。)
 彼ら(特にプロの登山家)は、リスク承知で山に登っている。 いやむしろ“リスク”をその技の極みと位置付けているのかもしれない。
 (御嶽山噴火等の自然災害を除き)、もしかしたらプロ登山家達とは “命がけ”  で山に登っているのではなかろうか?  そして、例え死に至ってもおそらくその「捜索費用」も自己負担で賄えるからこそ、自らの夢を追い求め山の頂上を目指すのであろう。

 片や、国家の公的年金運用。
 これぞ決して、登山家や一部の投資家の趣味と一緒にする過ちを犯してはならない事は歴然だ。
 
 昨日、民放テレビ番組にて論評をしていた著名(?)投資専門家達にもの申したい。
 確かに貴方達が言いたい事は、私も重々理解可能だ。 ただ、その思想とは現時点での経済情勢を正当化してこそ成り立つ論理に他ならない。 真に現実の経済情勢を真っ当と捉えているのか!??  そんなの、時代の趨勢に翻弄されているだけの話だろう。
 確かに資本主義社会に於いては勝てるものが勝つのだろうが、真なる勝者とは後々判明するものだ。 何を持って投資勝者と捉えるのか、私など結論を未来に先送りしつつ現状を冷淡視し、ものを言っているつもりだが……。

 ましてや、安倍政権は決して個人投資家ではない。 1億2千万国民の命を預かっている。 この観点を決して忘れないで欲しい。
 故に安倍政権関係者でもない限り、民放テレビを通して素人国民相手に中途半端な投資活動の善悪を吹聴することは控えるべきだ。

 では今後安倍政権は、今後国民に対して何を成すべきか。
 その答えは歴然だ。 民放テレビ等に下手に依存・迎合するのではなく、自らが「公的年金運用に於いて現在10兆円の損失を計上している事実」をとりあえず国民皆に公表するべきだ。
 原左都子自身は、近い過去にNHKテレビ報道にてそれを“一度だけ”見聞しているが、これでは全国民が周知したとはとても思えない。
 
 とにかく国民から多額の血税や年金保険料を没収している国家の立場として、安倍政権の投資行動による現在の損失も含めた 「公的年金運用実績及び今後の見通し」全般 を “もっと分かり易い伝達法” により全国民に公開するべく努力するのが再スタートであろう。