原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

絵むすび (朝日新聞2016.3.26編)

2016年03月26日 | 自己実現
 (写真は、朝日新聞 別刷「be」 “絵むすび” 課題に 我が娘が解答したもの。)



 ここのところ、原左都子本人が解答するのではなく、娘に「絵むすび」解答を依存している事をお詫び申し上げます。


 本日も先ほど、朝日新聞 2016.3.26 の「絵むすび」課題に、娘が解答してくれました。



 お陰様で我が娘はこの春無事大学を卒業し、来る4月1日の民間企業入社に向けて精進致しております。


 就職した暁には、娘には多忙な日々が待ち構えている事でしょう。

 それを応援しつつ、娘の未来の日々の安泰を願う母の私です。


 今後は再び母の私が「絵むすび」解答に臨む予定でおりますが、既に還暦を迎え老化の一途を辿る我が頭脳に、一体全体その解答が叶うのかどうか…   

乙武氏の“女癖”考

2016年03月26日 | 恋愛・男女関係
 今回のエッセイでは、様々なタブー(身障者問題、不倫等々)を内在しているが故に扱いにくい議論対象に敢えて挑んでみる。


 乙武洋匡氏とは、言わずと知れた大ベストセラー自伝 「五体不満足」の著者である。
 
 以下に、ウィキペディア情報から氏の経歴を要約引用しよう。
 乙武 洋匡(おとたけ ひろただ、1976年4月6日 - )は、日本の文筆家、タレント、元NPO法人グリーンバード新宿代表、元東京都教育委員、元教職員、元スポーツライターである。東京都出身。
 先天性四肢切断(生まれつき両腕と両脚がない)という障害があり、移動の際には電動車椅子を使用している。 東京都立戸山高等学校、1浪後、早稲田大学政治経済学部卒業。その後、明星大学通信教育課程人文学部へ学士入学。  2001年3月に結婚。 2008年1月3日に第1子(長男)が誕生。2010年7月9日に第2子(次男)が誕生。第一子誕生の際は小学校勤務だったため育児休暇を取得。 2015年3月には第3子となる長女が誕生した。
 自身のTwitterによると、身長107cm、体重38kgとのことである。
 大学時代に早稲田のまちづくり活動に参加。 このまちづくり活動を取材したNHKの番組出演がきっかけで、障害者としての生活体験をつづった『五体不満足』を執筆し、出版。 屈託のない個性と「障害は不便です。しかし、不幸ではありません」と言い切る新鮮なメッセージがあいまって大ベストセラーとなった。 この『五体不満足』は一般書籍の部数記録としては2010年現在で日本第3位の記録を持っている(出版科学研究所調べ)。 また学生時代から報道番組にサブキャスターとして出演。 2000年2月に都民文化栄誉章を受賞。
 大学卒業後はスポーツライターとして、2005年、新宿区の非常勤職員として「子どもの生き方パートナー」に就任。 また同年より小学校教諭免許状を取得するために、明星大学通信教育課程人文学部へ学士入学し、教員の道への足がかりとした。 教員免許状取得を思い立ったのは、以前からの教育への関心に加え、 長崎男児誘拐殺人事件などをきっかけに、子どもの人格形成に大人がどのような責任を負っているか問題意識を抱いたためという。小学校での4週間の教育実習を行い、2007年2月に小学校教諭二種免許状を取得。同年4月より2010年3月31日まで杉並区の任期つき講師として杉並区立杉並第四小学校に勤務。合宿の際は児童と共に入浴したりトイレの手助けを受けたとも語った。
 2011年4月よりロックバンド「COWPERKING」のボーカル「ZETTO」としても活動している。
 2013年3月8日、東京都教育委員に就任するも、2015年12月31日で途中辞任
 2014年4月、ボランティア団体・グリーンバード新宿を発足させ代表に就任する。 
 福島県双葉郡広野町に2015年に開校した県立中高一貫校の「福島県立ふたば未来学園高等学校」の「応援団」に就任した。
 2015年4月より、政策研究大学院大学へ進学する。
 (以上、ウィキペディア情報より一部を引用。)


 ここで一旦、原左都子の私見に入ろう。

 私も「五体不満足」を読んだ事がある。
 生まれながらに四肢がない(どれ程ないのか、少しはあるのかの詳細は把握していないが)との重度障害を抱えた息子氏を産んだお母上の育児に対する姿勢が、あっけらかんとする程サバサバと素晴らしい様子であったことを記憶している。
 そんなお母上の指導方針や生育環境の賜物で、乙武氏は類稀な強靭な意思を育て、障害などものともせずに常に上位を目指し、切磋琢磨の人生を歩んで来られているようだ。
 時には意思が強靭過ぎるが故に、周囲との摩擦もあったとの報道も見聞しているが。


 さて、その乙武氏が、何と! “不倫をした” との報道が世に渦巻いた!!
 しかも今回が初めての事ではなく、過去に5人の女性と不倫行為に及んでいる事実を本人が認めるに至っている。
 そこに氏の奥方までが登場し、「自分にも責任があった… 」どうのこうのとメディアに対し謝罪の意向を示したとの報道…

 原左都子の私見だが、ちょっと待って欲しい。
 “浮気(不倫)をするなとは言わないが、隠れてこそこそやれ。 絶対に自分の周囲関係者を傷つけるな!” との持論がある私だ。 (よろしければ、当エッセイ集バックナンバー「隠れてこそこそやる美学」等々をご参照下さい。)
 乙武氏不倫報道によれば、今回の氏の不倫は“公然と”行われたと表現して過言でないようだ。  しかもそれに拍車をかけて、自らが全面的にその行為を認めるに至っている。
 更に許し難いのは、「過去にも5人の女性と関係を持っている」とまで乙武氏はメディアに大々的にアピールしてしまった!

 これ、捉えようによれば、乙武氏にとっての不倫とは、一つの「業績」の位置付けなのか?? と市民に受け止められても致し方無いであろう。
 しかも奥方までが氏の弁護に回り、「自分にも責任があった、ナンタラカンタラ…」
 いや、それはあり得ないよ。 奥方は氏との間に生まれた3人の子どもさんの育児の真っ最中だ。 それはそれは休む間もないてんやわんやの日々を過ごしておられる事だろう。  もしかして氏との間の性的関係が希薄になっていたのかもしれないが、そんな事、乙武家に限らずほぼ何処の子育て中の家庭とて同様だ。 
 今回の“乙武氏不倫事件”の場合、奥方側には何らの責任もなく、全面的に乙武氏自らが責めを負うべきだろう。


 そんな折、本日(3月26日)、当該事件に関する乙武氏の知人と称する人物のメッセージ記事をネット上で発見した。  以下に紹介しよう。

 週刊新潮に不倫を報じられ、過去に5人の女性と不倫関係を持ったと告白して謝罪した作家・乙武洋匡氏の騒動に対し、親交がある社会学者の古市憲寿氏(31)が25日、ツイッターで「庇う気はありません」と記したうえで「今回の現場で起こっていたことは、普通『不倫』と聞いて想像する光景とは、かなり違っていた気もする」と記した。 古市氏は、乙武氏が参院選出馬を表明すると目されていた、4月5日に予定されている誕生パーティーの発起人のひとりとも報じられている。
 この日、古市氏はツイッターで乙武氏の騒動について「忘れている人がいるかも知れないけど、乙武さんには手足がありません。だから自分では服を脱ぐこともできないし、相手の服を脱がせるなんてとてもできない」と切り出した。
 騒動自体については「TVで知ったであろうお子さんのことを思うと胸が痛むし、庇う気はありません」と断ったうえで「ただ…今回の現場で起こっていたことは、普通『不倫』と聞いて想像する光景とは、かなり違っていた気もするんです」と指摘した。
 「『不倫相手』がしていたことは、愛情表現としての実質上の介護に近いものだったろうし、奥さんは3人の子育て中だった。確かに『不倫』には違いないんだけど、当事者しか知らない、何か別の名前で呼んだほうがいい関係がそこにあったんじゃないのか…?そんな風に想像してしまいます」と記した。
 最後に「いま僕が間違いなく言えるのは、乙武さんが奥さんや子どもたちと離れたくないってずっと思っていたし、今もそうなんだろうということ」と綴った。
 (以上、ネット情報より引用。)


 最後に、原左都子の私論でまとめよう。

 上記の乙武氏の知人とやらのメッセージを読んで、私は愕然とさせられた。

 そこまで書くか???  
 本人は乙武氏の弁護をしているつもりなのだろう。  が、これ、乙武氏が障害者であるが故に、性行為に関しても介護が必要な事実を世に暴露して、その光景を市民に呼び起こさせ面白おかしく倍増したようなものだ。

 そんな事、乙武氏の知人であられる古市氏から指南されずとも、報道に接した誰しもが(心中)その場の光景を描いていることであろう。
 私とて乙武氏が結婚したとの報道を見聞したその時から、(一体どのように性行為をするのだろう??)などと、不謹慎にもその場を想像した事がある。 今回の不倫報道に接しても、正直なところ不倫相手との“その場”が一番に我が脳裏に巡った。 
 
 ただ、その形態が如何なるものであろうとて、不倫は不倫だ。
 乙武氏が身障者であるからと言えども、その行為は許されるべきものではない。 最低限、奥方に対する礼儀として“こそこそとやるべき”ものだった。

 身障者であるから、不倫が許される???
 そんな思想こそが「逆差別」であり、更なる身障者差別に繋がる根源と私は考える。

 今回の事件の場合、乙武洋匡氏ご自身は深く反省されていると見聞している。
 どうか、その思いを一番に奥方と3人の子供さん達に伝え、日頃の奥方の稀なる努力に今一度感謝して欲しいものだ。