原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

降り積もる 雪・雪・雪 また雪よ……

2011年01月31日 | 時事論評
 北国の皆様、豪雪お見舞い申し上げます。   


 今回の記事の表題は、歌手の新沼謙治氏が透き通った声で情感豊かに歌う 「津軽恋女」 から一節を引用したものである。

 夏の北海道を訪れたことはあるものの、南国生まれで東京暮らしが長い原左都子にとって、毎冬雪が降り積もる厳寒の北国は未知の世界だ。
 そんな私がこの歌を聴くと雪の風情に浸ることができ、雪国ならではの静寂感や厳しさ等の情緒深い世界に引き込まれる思いなのである。


 早くも私事であるが、何せ原左都子が生まれた南国地方での子供時代など雪が5cm程でも積もろうものならそれは記録的な出来事であり、小学校は授業を取り止めて全校生徒に校庭で雪だるまを作らせたり雪合戦をさせたりして、南の地方では珍しい雪と戯れる学習を実施したものである。 (これが寒くて冷たくて、実は苦痛だった私なのだが…)
 それから、東京で雪が降るのも一冬のうちに数える程の出来事である。 それ故に(国民の皆さんは既にニュース等で見聞されていることであろうが)東京でたかが10cmの積雪があっても、交通機関は乱れるわ学校は休校するわ、はたまた老いも若きも道路で転んで救急車で運ばれるわ、で大騒動の始末である。
 北国にお住まいの皆さんはこの都会での醜態をおそらく“せせら笑われる”ことであろう。 だが、これぞ雪を経験しない地方の実態であるから故に、雪経験の乏しい地域に住む住民の一人として原左都子は北国の皆様を心より尊敬申し上げるのである。
 (参考のため、今冬は東京都心部にはまだ雪が降っていません。)


 そんなことを言っていられる場合ではなく、今年の北国の豪雪は実に凄まじい。
 連日メディアで報道される豪雪情報や、雪下ろし作業等で少なからずの方々が命を落とされたニュースを見聞して、自然災害とは言えこの過酷な状況がどうにかならないものかと気をもむ日々である。

 本日(1月31日)のNHK昼のニュースでも、昨夜から続いている記録的豪雪被害が伝えられた。
 場所は福井県であった(?)と記憶しているが、一夜の内に1メートル程積もった新雪の雪かきに精を出す住民の様子が影像で流れた。 何処の家屋でも、玄関先の通路を確保するため、また屋根に登って家の倒壊を防ぐため、そして車が押しつぶされないよう車と同じ位の高さまで積もった雪・雪・雪の“雪かき”また“雪かき”の様子だ。
 その雪の量たるや、南国生まれの原左都子の想像を絶するものである。
 (道路脇に積み上げられた雪の山は冬の間さらに増え続けるのであろうか? 春になって雪解け時を迎えた頃、あの雪の塊が洪水と化して地域住民に二次災害をもたらさないのだろうか?  東京という都会に住む我が身としては冬場も毎日晴天でいい思いをして申し訳ないのに加えて、あの雪解け水を水源としていただいている恩恵で夏も水不足に悩まずに済んでいるのであろう。 等々、如何なる方面から考察しても日々雪国の人達には頭を下げて暮らすべきだ……。)
 豪雪ニュースを見聞しつつ、様々な思いが頭を過ぎる原左都子である。


 豪雪地帯の住民の方々にとっては“雪かき”とは毎冬の日課であり、ある程度の雪対策には慣れておられるのであろう。 
 ところが、今冬の豪雪はとにかく尋常ではない。

 現在開催中の通常国会においても先週末、政権与党は野党より今冬の豪雪対策の遅れを指摘されていた。
 この年末年始に短時間の豪雪のため道路上で車が立ち往生し長時間に渡り人が車内で身動きできない異常事態が発生した時点で、国や地方自治体は素早く対応策を練る必要があった。にもかかわらずその対応が遅れた結果、その後も北国地方の各地で同様の事態が発生し続けている。

 これを受けて、やっと国交省は「基幹国道閉鎖」に乗り出したようだ。
 朝日新聞1月28日朝刊記事によると、短時間に大雪が降った場合、物流を支える直軸国道であっても除雪を急いで車の立ち往生を防ぐため、国が早めに通行止めにすることにしたようだ。
 記事によると国交省は、年末年始の豪雪時に鳥取県や福島県の国道において通行止め判断の遅れから被害が拡大した反省から、今までは豪雪時でも通行止めとはせず除雪作業を進めていた地域の直轄国道においても早めの封鎖を決断したとのことである。

 北国の豪雪事情には疎い原左都子であるが、確かに道路(特に自治体を超えて国土を結んでいる国道)とは物流の要であろう。 その道路が豪雪等の事情により通行不能となる事態とは、人のライフラインにかかわる危機とも言える。 そんな危機を毎冬乗り越えつつ豪雪と力強く闘いながら生活を営んでおられる北国の住民の方々を再度尊敬申し上げたい思いである。

 一方で、もしも今後ますます温暖化現象と平行して地球上の異常気象に拍車がかかるような場合、如何に対応していけばよいのであろうか?
 環境省が“温暖化対策”だの“エコ”だのと叫んで国民に対し“訳のわからんエコポイント”なるものを贈呈したところで、一体全体地球の温暖化対策上幾ばくかのプラス要因があるのかと考察するに、その結果の程が見えず虚しいままである。


 原左都子は豪雪地帯の苦悩や困難をメディアを通じて知るしか手立てがない地方に住む人間である。  それでも、この国に豪雪地帯があってその地方で厳しい冬を乗り越えるべく一生懸命“生”を営んでいる人々がいることだけは、いつも認識していたい思いである。
 
 新沼謙治氏が歌う「津軽恋女」をあくまでも“他人事”として感傷に浸りつつぬくぬくと聴いている原左都子であることをお詫びすると同時に、豪雪地方に住む方々が時には“雪かき”を休んでこの曲を少しは余裕を持って聴ける冬の日の到来を待ちたいものである。  
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