原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

時空間を超えて羽ばたけ!「原左都子エッセイ集」

2011年01月13日 | 自己実現
 「原左都子エッセイ集」は今年、年頭から幸先の良いスタートを切っている。

 と言うのも、年初の1月1日元旦に綴った 「今年も煌びやかに美しく!」 の記事に、いつもの常連読者の皆様からのコメントに加えて、初にお目にかかる方から感激的なコメントを頂戴したのである。

 以下に、頂戴したコメントの前半と末尾の部分を原文のまま紹介させていただくことにしよう。
 新年明けましておめでとうございます。ニューヨーク在住の種山壮(shuzannso)です。初めてコメントします。なるほど、そうかなあー、うむーん、してやったり、と毎回大変興味深く読ませてもらっています。「原左都子エッセイ集」には貴女の人柄、人生観が手に取るように感じれます。また継続は力なりを文字通り歩んでられるのに感服しております。 (中略) ますます磨きにかかったエッセイ楽しみにしてます。

 原文中に記載下さっているように、このコメントは現在ニューヨーク在住でいらっしゃる 種山壮さん(ご夫妻でブログを発信しておられます。)より頂いたものである。

 ネット世界の特徴とは、時空間を超越してリアルタイムで世界中の人達とのコミュニケーションが可能なことを改めて認識させていただけたコメントであった。


 開設後そろそろ3年半が経過しようとしている「原左都子エッセイ集」であるが、開設直後には一応私なりに“細々と”普及活動などしたものである。 例えば、現実世界の知人にブログ開設の連絡をしたり、ネット上のブログコミュニティに登録したりと。
 その普及活動の甲斐あってか、開設後さほど時間が経過しない時点でブログを訪問して下さる多数の読者の方々に恵まれ、今思えば「原左都子エッセイ集」は順風満帆のスタートを切ることができたのではないかと分析する。

 その当時より、日本国内のみならず諸外国から「原左都子エッセイ集」をお訪ね下さる方々は存在した。
 例えば現在尚時々ご訪問下さっているシンガポール在住の katsukoさん とは、もう既に3年近いネット上のお付き合いである。 私と同身長同体重であることがきっかけで「原左都子エッセイ集」にコメントをお寄せ下さったセレブのkatsukoさんが昨年1月に来日された時には、東京で初対面を果すことが出来たものである。(katsukoさん、その節はありがとうございました。今後共お時間がございます時に「原左都子エッセイ集」をご訪問下さいますように。)
 米国在住であられた今は亡きDRYさん は、当時癌闘病中だったにもかかわらずそれが信じられない程にいつも平常心を保たれつつ、紳士的にやさしく時にはウィットに富んだコメントを「原左都子エッセイ集」に幾度となく頂戴したものである。 そんなDRYさんが他界された事を私が存じ上げたのは、DRYさんが「原左都子エッセイ集」にコメントを下さらなくなって何ヶ月か経過してのことであった。
 その他、フランスパリやロンドン在住の日本女性が「原左都子エッセイ集」にご訪問下さり、何本かコメントを頂戴したこともある。
 片やネット各社の検索画面を開けば、日本国内のみならず世界中のあちこちのメディアが「原左都子エッセイ集」を取り上げていたり、記事を引用している実態に遭遇することが今でも数多い。

 著者である本人が単に好き放題オピニオンを発信している我が「原左都子エッセイ集」を、私自身が認識しない間にネット上のメディアで数多く取り上げられていたり、はたまた絶え間なく訪問下さる読者に恵まれ続け多くの反応が押し寄せるに従って、発信元である私としてはその現状に甘んじ自分自身に惰性感が生じてくるというものである。
 
 ところがそれと同時に、誹謗中傷等の歓迎しない反応も時の経過と共に入り乱れ始める運命を背負わざるを得ないのは、ネット上に公開するサイトとしてはマイナス面での当然の成り行きなのであろう。
 これに頭を痛めた原左都子が採った対策とは、ネット上のサイトでの普及活動を一切取り止めるという手段であり、そして、コメント欄の承認制の採用であったのだ。
 これが功を奏したのか「原左都子エッセイ集」は旧来の読者を失うことなくアクセス数もむしろ増加しつつ現在に至っており、比較的安泰を保ちつつ経緯しているのである。


 上記のごとく、バリアーを張ったことで「原左都子エッセイ集」を綴る事に関して比較的安泰を保てるようになり少々惰性に陥りそうになっていた、そんな折に頂戴したのが冒頭の種山壮さんよりの年頭の感激的なコメントだったのだ。

 そして種山壮さんは、昨日(ニューヨーク現地時間で1月11日)のご自身のブログ本文で「原左都子エッセイ集」をご紹介下さったのである。
 その文面の一部を改めてここに引用させていただくことにしよう。
 「原左都子エッセイ集」ふと目に入ったブログ。一読して気になり、回を重ねるたびにすっかり気に入ってしまった。 筆者はどのエッセイか不確かだが次のように書いてる。『もの書きを生業としない一般庶民が何故に一銭もならないエッセイを綴って日々ネット公開しているかと言えば、それはまさに私なりの“上昇志向”故であるからに他ならない』実に筆者らしい言葉である。 “上昇志向”の「種」は風に乗って旅にでてニューヨークで根付き成長しつつある。人は、本気の人の姿に心を奪われ、共感者となる。

 少々惰性に陥りそうになっていたことが否めない原左都子の目を激励の言葉で今一度覚まして下さった種山壮さんに、ここで心より感謝申し上げます。

 原左都子がエッセイを綴る時にはもちろんいつも“本気”です。
 一方で、ネットで公開する文書が時空間を超えて世界を巡っていることは愚か、それをお読み下さる人々の心に何某かのメッセージを訴える媒体であることに関する思慮が欠けつつあったとの反省をも促していただけました。

 日本の一ブロガーにしか過ぎない原左都子が綴るエッセイ集を時空間を超えてニューヨークでお読み下さった種山壮さんに感謝申し上げると共に、それにお応えするべく「原左都子エッセイ集」を今まで以上に羽ばたかせたい所存でおります。 
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