幽霊パッション 水本爽涼
第七十五回
『なんでしょう?』
「んっ? いや、ついグルリと回してしまったんだ。他意はない」
『そうでしたか。なんだ、霊界の野暮用を蹴って来たんですが…』
「野暮用?! …そんなの、あるんだ」
『はい、まあ…』
幽霊平林は、やや沈んだ声で云った。
「どうかしたの?」
『ええ、まあ…』
「まあ、ばかりだね、君は。ちょぃと急いでるから、あとから聞くよ」
上山の足はスタスタと地を歩んで進み、幽霊平林はスゥ~っと流れ動く。もちろん、上山の横にピッタリと付いている。
社長室に上山が入ると、田丸が今か今かと待っていた。幽霊平林も壁からスゥ~っと透過して中へ入った。
「おお、上山君、来てくれたか。すまんな…」
「なんの、ご用でしょうか?」
「いや、用じゃないんだ。忙しいなら、いつでもいいと思っていたんだが…」
「はあ、そうでしたか…」
「ただの話なんだよ、君を呼んだのは」
「どんな話ですか?」
「いや、それがなあ…。いつやら君が云っていた平林君のことだよ。どうも気になってなあ。それも今日、ふと想い出してさ」
「ああ、あの話でしたか…」
上山は冷静に話すことに努めた。上山の見えるところに幽霊平林はプカリプカリと宙に浮かんでいた。