橘(たちばな)悠(ひさし)は雑念を浮かべていた。
『そういや、あの頃は麦踏みをしていたなあ…』
麦踏みとは稲の刈り入れのあと、秋に田畑をふたたび耕して麦を植え、その麦が冬の雪害でダメにならないよう、麦の茎を態(わざ)と踏みつけて伸ばさないようにする作業のことである。死語に近くなったこの言葉が悠の心にふと、浮かんだのである。
『そういや、この辺りも今や一毛作になったな…』
二毛作とは一年に二度、田畑に作物を植えることを意味する。二度作る稲の場合だと二期作と呼ばれる。悠の家は非農家で悠自身も公務員だったから、農業の詳しい知識は分からなかったが、四季の移り行く田園風景を見ながら育っただけに、朧(おぼろ)げながらも最小限の理解はしていた。
『菜種の黄色い花畑…胡麻…休耕地にもレンゲの花が色鮮やかに咲いていたなぁ~』
悠の雑念は益々、増幅していった。
『麦踏み…そういや、牛が尻を叩かれながら鋤いていたぞ…』
耕運機がなかった時代の記憶が、鮮明に悠の心に甦(よみがえ)った。
『あの牛、今、どうしてるかな…』
麦踏みの雑念が、有り得ない疑問を悠の心に浮かばせた。
麦踏みという長閑(のどか)な風景の雑念は、有り得ない疑問を浮かばせるようです。^^
完