人には108の煩悩(ぼんのう)があると言われている。それらの煩悩が生まれるのも、世知辛い社会で暮らす私達の生活の厳(きび)しさから何とか逃れようとする人々の雑念から派生しているのかも知れない。この短編集では、そうした人々の雑念から生まれる成否を面白可笑しく描こうと思っているところです。^^
霜川は、晴れたこの日も漁船に乗り、漁に出ていた。そんな魚川に、いつもなら浮かばない雑念が、ふと浮かんだ。
『今日は少し多めに…』
少し多めに…とは、漁獲量を指した。漁獲量を増すためには、網を入れるいつものエリアを変えねばならない。隣家の漁師、霧岡が言っていた言葉を思い出した霜川は、言われたエリアの方角へと舵(かじ)を切った。そのエリアの位置は、いつものエリアから小一時間かかる距離にあり、さほど危険とも思われなかった。数十分後、霜川の漁船はそのエリアへ近づこうとしていた。ところが、である。そのとき、天変俄かに掻き曇り、空は薄墨色の暗雲に覆われた始めたのである。波も次第に荒れ、風が吹き、雨さえ降り始めた。霜川は、しまった! …と湧いた欲の雑念を後悔した。だが、そうも言ってられない。このままでは難破する危険さえあった。霜川は漁獲をやめ、舵を切ると漁港へと急いだ。漁獲量はゼロだった。いつものエリアで網を入れていれば、少なからず漁獲はあった訳である。
ふと浮かぶ雑念には、こんな危険がある・・という第一話のお話でした。^^
完