≪脚色≫
春の風景
特別編(下)コラボ(1) <推敲版>
登場人物
湧水(わきみず)恭之介・・祖父(ご隠居)[70]
湧水恭一 ・・父 (会社員)[38]
湧水未知子・・母 (主 婦)[32]
湧水正也 ・・長男(小学生)[8]
その他 ・・猫のタマ、犬のポチ
○ とある小川 昼
レンゲ、タンポポの花が咲く野原と草の生えた土の道。小川と呼ぶには細過ぎる畦のせせらぎで遊ぶ正也。そよ風が吹いている田
園風景。ポカポカとした陽気。広がる青空。輝く太陽。
正也M「風が流れていた。心地いい、そよ風だった。文明が進んで科学一辺倒の世の中になった光景が、日々、テレビ画面に溢れる
時代になったが、僕からすれば、まるで絵空事で、♪ 春のぉ小川はぁ~さらさら行くよぉ~ ♪ (唄って)なのだ」
○ メインタイトル
「春の風景」
○ サブタイトル
「特別編(下) コラボ」
○ 玄関 内 夕方
玄関の戸を開けて入る正也。框(かまち)に腰を下ろし、靴を磨く恭一。犬小屋で熟睡中のポチ。
正也 「…ただいま!」
恭一 「おお、正也か…」
正也M「家に入ると、父さんが珍しく革靴を磨いていた。まあ、商売道具の一つであろうし、一応は父さんも人の子で、世間体が気にな
るとみえ、磨いているようだった。まさか、出世に差し障りがあるから…と考えてのことではないだろうと思う」
框(かまち)へ近づく正也。黒い靴クリームを革靴に塗る恭一。
恭一 「もうじき、夕飯だぞ(靴クリームを塗りながら)」
正也 「うん…(可愛く)」
框(かまち)へ上がろうと、靴を脱ぎかける正也。
恭一 「お前はいいなあ…(ボソッと)」
正也 「えっ? 何が、いいの?(可愛く)」
恭一 「だって、そうだろ? お前の靴は運動靴だし、汚れて幾ら、のもんじゃないか。磨かなくてもいいんだからなあ…(ボヤき口調
で)」
聞かなかった素振りで居間へ向かう正也。それ以上は語らず、黙ってブラシで靴を磨く恭一。
○ 居間 夕方
居間へ入り、長椅子に座る正也。庭を見ながら畳上の座布団に座っている恭之介。畳上の座布団で背を上下させて熟睡しているタ
マ。
恭之介「おお正也、帰ってきたか…。今日は鰆(さわら)の味噌焼らしいぞ。未知子さんが、そう云っていた…(嬉しそうな声で)」
正也 「えっ? 鰆がいいの? 味噌焼は銀鯥(むつ)が一番だって、いつか云ってたじゃない、じいちゃん」
恭之介「ははは…(笑って)。まあ、そう云うな。銀鯥は銀鯥。だが、鰆も鰆だけのことはある…」
靴を磨き終え、居間へ入る恭一。
恭一 「まあ、革靴と運動靴の違いみたいなもんだ、正也(小声で笑いながら長椅子へ座り)」
恭一の言葉と同時に大笑いする恭之介。
恭之介「ほう、恭一…。少し意味は違うが、お前にしては上手く云った」
恭一 「それはないですよ、父さん(恐縮して)」
互いに顔を見合わせて大笑いする恭之介と恭一。黙って二人を交互に見遣る正也。
正也M「靴と味噌焼が妙なところでコラボして、父さんとじいちゃんを仲よくさせたのだった。こういうことは結構よくある。先だっても、
こういうことがあった」
○ (回想) 渡り廊下 夜
身を潜めるように、ひそひそ話をする恭一と未知子。
恭一 「お前は、そう云うがなあ…」
未知子「そんなに気にすることはないわよ。高(たか)が一日のことじゃない。使わなきゃ、いいのよ」
恭一 「ああ…そりゃまあ、そうだが…」
≪つづく≫