水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

短編小説 春の風景 特別編 僕に妹(3)

2010年04月12日 00時00分01秒 | #小説

         春の風景       水本爽涼

    特別編 僕に妹(3)                        

 前回、軽く匂わせた、あの、後日談である。あの、の、あのは、愛読者の方にはもう分かって戴けたと思うが、初めて読まれる方の中には、どういうことだ? と、首を傾げる方もおられると思うので、改めて大まかに説明させて貰うことにしたい。
 いろんなことがあって大変だったが、漸(ようや)く無事に妹が生まれ、その顔を僕が…だと思ったところ迄が前回であった。
 さて、その顔なのだが、後から人に聞いたところによれば、生まれたての赤ん坊は大概、梅干しのような赤ら顔で、皺くちゃの顔が普通だということである。と、いうことは、取り分けて僕の妹だけが…だった、ということではないらしいのだ。それは兎も角として、今迄はじいちゃん、父さん、母さんそして僕の四人で巡っていた湧水家の風景が、生まれた妹を含んで五人で巡ることになったということだ。さてそうなると、僕が描いてきたこれまでの風景は、妹を含めて新たに書き直さねばならないのではないか…という素朴な疑問が生まれてくるのである。勿論、『何を云っとるんだ! これ迄はこれ迄。これからは、これからなんだから、新たに書き足せばいいじゃないか』と仰せの方も多くおられると思う。確かに僕もそう思えてきている。そういうことで今後、新たに書き足すという展開になることも予想され、その辺りは期待を含めて見守って欲しいと云っておきたい。
 生まれて暫くは産院にいた母さんも漸く我が家に戻り、家は一応の安定を取り戻したのだが、何かにつけて今迄とは変化が生じ始めた。まず第一は、じいちゃんが父さんに対して少し怒らなくなった・・ということである。その二は、今迄、家事などには見向きもしなかった父さんが、陰ながら母さんを手助けし始めた・・という大変化だ。これには僕も正直なところ少し驚いたが、僕が今迄してきた手助けが減って楽になるというメリットもあるので、これはこれでいいと思えた。妹への世話、具体的にはオムツの替えとか、ミルクとか、入浴と着替えとかの母さんの負担が極端に増えたこともあり、父さんと僕も何かと細やかに気遣いするようになっていった。
 全く変わらず、泰然自若と我が人生を謳歌している大物は、ご存じの、じいちゃんである。じいちゃんは、やはり神々しい頭を照からせ、光背のような輝きで家族を見守る、有難いお方なのである。
                                                          完


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残月剣 -秘抄- 《教示②》第三十回

2010年04月12日 00時00分00秒 | #小説

         残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《教示②》第三十回
「ということは、やはり何かありましたか?」
「ええ…。実は先生が仰せられた難行に掛からねばならぬのですが、どうも、良い手立てが浮かびませんで…」
 左馬介は、あからさまに胸中を吐露した。
「そういうことでしたか…。私でよければ、何かいい手立てを考えましょう…」
「いや、そんな悠長な話ではないのです。明後日に妙義山へ出向く迄に、何とか考えねば駄目なのです…」
「そうでしたか…。で、その話を長谷川さんは御存知なんですか?」
「いいえ、未だ話してはおりません」
「それじゃ、これから二人で部屋へ行き、三人で手立てを考えるというのは如何です?」
「はあ、そうして戴ければ助かります…」
 話はトントン拍子に進み、すんなりと纏まった。
 左馬介と鴨下が長谷川の小部屋を訪(おとな)うと、長谷川は寝仕度を始めたところだった。襖(ふすま)障子を開け、顔を出した長谷川の背向こうに、敷きかけの寝布団が見えたから、二人はそう感じた。長谷川の部屋は鴨下の部屋とは違い、そうは散らかっていなかった。


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