私は東京の調布市の片隅みに住む年金生活の73歳の身であるが、
昨夜の10時過ぎ、パソコンに記憶させている写真を整理していたら、
旅先で買い求めた『むすび』が美味しかったよなぁ・・と思い馳せてしまった・・。
やがて何かと単細胞の私は、『むすび』のことをネットで調べていたら、
ひとつの記事にめぐり逢い、初めて知ることが多く、多々教示されたりした。
この記事は、【 「おにぎり」対「おむすび」 地方ごとに多数派混在の無法則 】であり、
原文は、『週刊ポスト』の2014年3月7日号に掲載された記事のひとつであり、
関連の【NEWS ポストセブン 】に2014年3月1日に配信され、
無断ながら転載させて頂く。

《・・「おにぎり」対「おむすび」 地方ごとに多数派混在の無法則
日本人の食生活で欠かすことの出来ないメニューが、おにぎりだ。
コンビニなどの普及により、今ではおにぎりの形は、三角形が一般的となったが、
かつては大きな地域差が存在していた。
主に東北地方が「円盤形」、関東地方が「三角形」、関西地方が「俵型」、九州が「丸形」と分類される。
幕の内弁当には「俵型」が入っているが、
これは形を整えるために、木型で押し抜いたご飯を「まくのうち」と呼ぶことからきている。
コンビニのセブン-イレブンでは、単品商品は三角形か丸形だが、一部商品には俵型を使用。
おにぎりとおかずを組み合わせたお弁当に、関西では俵型、関東では三角形のおにぎりを入れている。
一般に東日本では「おにぎり」、西日本では「おむすび」と呼ぶことが多いとされているが、
これも地域差がある。

近代文化研究叢書3「おにぎりに関する研究」(小田きく子著)に掲載された調査によれば、
北海道、関東、四国地方では「おにぎり」、「おむすび」の呼び方の割合は半々。
近畿地方では「おにぎり」、中部・中国地方では「おむすび」が多数派だった。
九州地方では「おにぎり」との呼び名が大多数で、「おむすび」と呼ばれる例はなかった。
中部地方から近畿地方に広く伝わる「朴葉めし」や近畿地方の「めはりずし」も、握り飯の一種。
千葉県館山市では、形によって呼び名を区別し、俵型を「おにぎり」、
三角形を「おむすび」と呼んでいたのだとか。・・》
注)記事の原文にあえて改行を多くした。

私は読みながら、齢ばかり重ねて、知らないことを多すぎるよなぁ・・と改めて感じ、
この記事から多々教示されたりした。
やがて私が初めて『おむすび』を食べた頃を思い馳せたりした・・。
私が今住んでいる近くに生家があり、1944年〈昭和19年〉の秋に農家の三男坊として生を受けた。
この当時の生家は、祖父、父が中心となって先祖代々から農業を引き継いで、
程ほど広い田畑、雑木林、竹林などを所有し、小作人だった方の手をお借りながらも田畑を耕していた。
やがて私が地元の小学校に入学したのは、1951年(昭和26年)の春である。
こうした中、秋に初めての遠足があり、兄から借りたリックサックを背負って、
集合場所の学校に行ったりした。
母が早朝から作ってくれた『おいなりさん』ふたつ、そして三角形の『おむすび』ふたつ、
或いはゆでたまご、そして生家にある柿(かき)などが入っていた、と記憶している。
『おむすび』は鰹節のおかか風に海苔で巻いていた・・。
昨夜の10時過ぎ、パソコンに記憶させている写真を整理していたら、
旅先で買い求めた『むすび』が美味しかったよなぁ・・と思い馳せてしまった・・。
やがて何かと単細胞の私は、『むすび』のことをネットで調べていたら、
ひとつの記事にめぐり逢い、初めて知ることが多く、多々教示されたりした。
この記事は、【 「おにぎり」対「おむすび」 地方ごとに多数派混在の無法則 】であり、
原文は、『週刊ポスト』の2014年3月7日号に掲載された記事のひとつであり、
関連の【NEWS ポストセブン 】に2014年3月1日に配信され、
無断ながら転載させて頂く。

《・・「おにぎり」対「おむすび」 地方ごとに多数派混在の無法則
日本人の食生活で欠かすことの出来ないメニューが、おにぎりだ。
コンビニなどの普及により、今ではおにぎりの形は、三角形が一般的となったが、
かつては大きな地域差が存在していた。
主に東北地方が「円盤形」、関東地方が「三角形」、関西地方が「俵型」、九州が「丸形」と分類される。
幕の内弁当には「俵型」が入っているが、
これは形を整えるために、木型で押し抜いたご飯を「まくのうち」と呼ぶことからきている。
コンビニのセブン-イレブンでは、単品商品は三角形か丸形だが、一部商品には俵型を使用。
おにぎりとおかずを組み合わせたお弁当に、関西では俵型、関東では三角形のおにぎりを入れている。
一般に東日本では「おにぎり」、西日本では「おむすび」と呼ぶことが多いとされているが、
これも地域差がある。

近代文化研究叢書3「おにぎりに関する研究」(小田きく子著)に掲載された調査によれば、
北海道、関東、四国地方では「おにぎり」、「おむすび」の呼び方の割合は半々。
近畿地方では「おにぎり」、中部・中国地方では「おむすび」が多数派だった。
九州地方では「おにぎり」との呼び名が大多数で、「おむすび」と呼ばれる例はなかった。
中部地方から近畿地方に広く伝わる「朴葉めし」や近畿地方の「めはりずし」も、握り飯の一種。
千葉県館山市では、形によって呼び名を区別し、俵型を「おにぎり」、
三角形を「おむすび」と呼んでいたのだとか。・・》
注)記事の原文にあえて改行を多くした。

私は読みながら、齢ばかり重ねて、知らないことを多すぎるよなぁ・・と改めて感じ、
この記事から多々教示されたりした。
やがて私が初めて『おむすび』を食べた頃を思い馳せたりした・・。
私が今住んでいる近くに生家があり、1944年〈昭和19年〉の秋に農家の三男坊として生を受けた。
この当時の生家は、祖父、父が中心となって先祖代々から農業を引き継いで、
程ほど広い田畑、雑木林、竹林などを所有し、小作人だった方の手をお借りながらも田畑を耕していた。
やがて私が地元の小学校に入学したのは、1951年(昭和26年)の春である。
こうした中、秋に初めての遠足があり、兄から借りたリックサックを背負って、
集合場所の学校に行ったりした。
母が早朝から作ってくれた『おいなりさん』ふたつ、そして三角形の『おむすび』ふたつ、
或いはゆでたまご、そして生家にある柿(かき)などが入っていた、と記憶している。
『おむすび』は鰹節のおかか風に海苔で巻いていた・・。
こうした『おいなりさん』と『おむすび』は、木を紙のように薄くした物で包み、
これに新聞紙などて包まれていた。
後年になると、木を紙のように薄くした物は経木と知ったりしたが、
この当時は、食品を包む時に、多くの家庭で使われていたと学んだりした。
私たち同学年は、先生に引率されて、やがて昼食時になると、
それぞれリックサックを開けて、持参した水筒の水などを飲みながら、食物を食べたりした。
こうした中、同学年の女の子の一部には、食物を新聞紙で包むことはなく、
おしゃれなデパートの包装用紙で包まれていたことに、少年心の私は今でも鮮明に覚えている。

やがて私が小学2年の3学期の終る早春に父は42歳の若さ病死され、そして1年後には祖父に死去され、
大黒柱となるふたりが亡くなったので、生家は没落をしはじめた・・。
こうした後の遠足の時は、『おいなりさん』ふたつ、そして『おむすび』ふたつは、
変わらなかったが、『おむすび』は塩を少しつけた塩おむすび、となったりした。
やがて私が40代の頃からは、私たち夫婦は国内旅行に行くと、現地の食事処を利用し、
それぞれの食べ物を頂いたりしている。
こうした時、ときには思いかけず美味しくなかった時、
『おむすびの方が・・美味しいよね・・』
と私は家内にこぼしたりしている。

或いは家内が作ってくれた『おむすび』のシャケ、しそ昆布、焼たらこ等を
アルミで包んで、植物公園で花見などをする時は、緑茶の濃い味を飲みながら、
おむすびを2つほど頂いたりする。
そして持参の弐合の純米酒を呑んだりしてきた。
ときには、ハイキング程度の山歩きの時は、
『おむすび』を昼食として、下山後の駅の見えるベンチなどで、
ほっとしながら純米酒を呑んだりしてきた。
このように、私にとっては『おむすび』は外出の際、
ときには最良の食べ物のひとつと思ったりしている。
これに新聞紙などて包まれていた。
後年になると、木を紙のように薄くした物は経木と知ったりしたが、
この当時は、食品を包む時に、多くの家庭で使われていたと学んだりした。
私たち同学年は、先生に引率されて、やがて昼食時になると、
それぞれリックサックを開けて、持参した水筒の水などを飲みながら、食物を食べたりした。
こうした中、同学年の女の子の一部には、食物を新聞紙で包むことはなく、
おしゃれなデパートの包装用紙で包まれていたことに、少年心の私は今でも鮮明に覚えている。

やがて私が小学2年の3学期の終る早春に父は42歳の若さ病死され、そして1年後には祖父に死去され、
大黒柱となるふたりが亡くなったので、生家は没落をしはじめた・・。
こうした後の遠足の時は、『おいなりさん』ふたつ、そして『おむすび』ふたつは、
変わらなかったが、『おむすび』は塩を少しつけた塩おむすび、となったりした。
やがて私が40代の頃からは、私たち夫婦は国内旅行に行くと、現地の食事処を利用し、
それぞれの食べ物を頂いたりしている。
こうした時、ときには思いかけず美味しくなかった時、
『おむすびの方が・・美味しいよね・・』
と私は家内にこぼしたりしている。

或いは家内が作ってくれた『おむすび』のシャケ、しそ昆布、焼たらこ等を
アルミで包んで、植物公園で花見などをする時は、緑茶の濃い味を飲みながら、
おむすびを2つほど頂いたりする。
そして持参の弐合の純米酒を呑んだりしてきた。
ときには、ハイキング程度の山歩きの時は、
『おむすび』を昼食として、下山後の駅の見えるベンチなどで、
ほっとしながら純米酒を呑んだりしてきた。
このように、私にとっては『おむすび』は外出の際、
ときには最良の食べ物のひとつと思ったりしている。