博客 金烏工房

中国史に関する書籍・映画・テレビ番組の感想などをつれづれに語るブログです。

『日本とフランス 二つの民主主義』

2006年09月13日 | 書籍(その他)
薬師院仁志『日本とフランス 二つの民主主義』(光文社新書、2006年8月)

民主主義にはアメリカのような自由主義型と、フランスのような平等主義型(社会民主主義型) の2つのタイプがある。自由主義型は企業間の自由な経済競争によって社会全体が発展していくという考え方で、その結果、国民の間で経済的な格差が生じてもやむを得ないとする。また公的機関についてもできるだけ民営化を進めていこうととする。一方、平等主義型は国民の間の格差をできるだけ平等に保つことを理想とし、教育・医療・交通などの公的な分野では政府が積極的に規制を行うとする。

医療機関を例えに出せば、自由主義の考え方に基づけば、患者は自分のニーズに応じた治療を受ける権利を持っており、医者は自分の技術に応じた報酬を得る権利を持っているということになる。だから質の高い医療を受けようと思えば患者が相応の治療費を払わねばならず、貧乏人は質の低い医療しか受けられないということになる。平等主義はこれを問題とし、医療費を公的に定め、国民に健康保険の加入を義務づけて、なるたけ安価で質の高い医療を誰でも受けられるようにしようという発想になる。

フランスなどヨーロッパ諸国や南米諸国ではこうした平等主義的な政策を主張する左派が政権を担っていたり、大きな勢力を保っていることが多い。ところが日本ではアメリカの影響で、自由主義を理想とする風潮が強い。しかもしばらく前までは右派であるはずの自民党が公的機関の保護など平等主義的な政策を展開し、社会党などの左派が反対に公的機関の民営化などの自由主義的な政策を主張するという捻れ現象が起こっていた。しかし右派の自民党が郵政民営化など本来あるべき自由主義的な政策を打ち出すと、同じく自由主義的政策を主張していた野党は独自性が打ち出せなくなってしまった。また、有権者には自由主義的な政策に反対して平等主義的な政策を主張する政党を支持するという選択肢が無くなってしまった。

そこで自由主義と対比される存在として、フランスを例に平等主義型の民主主義とはどんなものなのか見ていこうというのが本書の主旨です。かといって一方的にアメリカの政治をこきおろし、フランスの政治を賛美するという態度を取っているわけではなく、問題点も含めてあくまでサンプルとしてフランスの政治のあり方を見ていこうとする所に好感が持てます。

日本でなぜ社会党などの左派政党が没落したかという分析は非常に面白いと思いましたが、ただ右派と左派の捻れ現象が起こった理由を戦前に自由主義も社会主義も一緒くたに弾圧されたからだと簡単に片付けてしまっているのはどんなもんでしょう。近代日本の西洋思想の受容について触れている小島毅『近代日本の陽明学』(講談社メチエ、2006年8月)なんかを読むと、これにはもっと根深い事情があるんではないかという気がするのですが……

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12 コメント

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選択の不自由 (飯香幻)
2006-09-14 01:03:28
セーフティネット論が与党側からも語られ、一方で「農畜産物の内外市場価格差に考慮した政策を」と野党が主張してますね。うーん。一昔前だと逆だろ、みたいな。それとは別次元で某神社だの憲法改正だのが絡んできますし。



いずれにせよ、もはやスパっと「(保守=与党)vs(革新=野党)」と割り切れない様相を呈してますね。双方とも相変わらず世襲議員多いし。



>自由主義的な政策に反対して平等主義的な政策を主張する政党を支持するという選択肢が無くなってしまった



まさに。だからどっちを選んでもそれなりに「愚か」だという実感があります。
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Unknown (さとうしん)
2006-09-14 21:57:33
>まさに。だからどっちを選んでもそれなりに「愚か」だという実感があります。



郵政民営化が争点となった前の総選挙の時に何となく感じたもやもやはこれだったのかと、本書を読んで納得した次第です。ほんでもって民営化反対を叫んだ数少ない候補者が賛成派以上にアレな人らだったのが何とも……
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Unknown (Unknown)
2006-09-14 23:57:47
>賛成派以上にアレな人ら



そういう人たちを、いまや双方で狙ってるというのも何とも(泣)。

もはや自由も民主もへったくれもないなあ。



「陽明学」てか古典なんぞロクに読まない、似而非中文出身な飯香幻ですが、そーいう観点から読めるとなると案外おもしろそうですね。『近代日本の陽明学』。
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名乗り忘れた (飯香幻)
2006-09-15 00:11:25
2度書きすまぬ。名乗り忘れました。文中でしっかり名乗ってるけどね。
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『近代日本の陽明学』 (さとうしん)
2006-09-15 20:33:35
『近代日本の陽明学』は大塩平八郎から三島由紀夫までの陽明学・水戸学のの系譜を追うというのがメインテーマですが、途中で日本でのカントの哲学・キリスト教・社会主義思想の受容が陽明学、あるいは陽明学的心性と深く関わっていることを論じています。



ただこの本、どうにも内容がまとめにくく、感想をアップするのはパスすることにしました(^^;)
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尾張紀州より性質の悪かった水戸。 (師走)
2006-09-16 01:10:03
水戸学の嫌らしさを語らせたら、小島先生の右に出る人はいないからなぁ。
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光圀公 (さとうしん)
2006-09-17 00:09:48
>師走さま

光圀公に関しても「周囲に迷惑をかけるのは往々にしてこの手の善人」とか、結構辛辣なことを書いてましたね。

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『近代日本の陽明学』 (師走)
2006-10-03 13:32:49
確かに内容をまとめにくい。六個全てのエピソードの中心を通る論旨(三島由紀夫)はあれど、その表層はバラバラ。ともあれ、大衆受けしそうな本でした。
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Unknown (さとうしん)
2006-10-03 22:54:34
師走さんも読まれましたか。

新聞の書評なんかで取り上げられやすい内容かなと思いましたが、うちで取ってる朝日では全く紹介されてませんね。

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Unknown (さとうしん)
2006-10-08 20:13:22
>うちで取ってる朝日では全く紹介されてませんね。



と思ってたら、今朝の朝日の読書欄で取り上げられてました。中身は本書の内容の紹介に終始し、たいしたコメントは付いていませんが……

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