博客 金烏工房

中国史に関する書籍・映画・テレビ番組の感想などをつれづれに語るブログです。

『精忠岳飛』その12(完)

2014年03月31日 | 中国古典小説ドラマ
『精忠岳飛』その12(完)

『精忠岳飛』第64~最終69話まで見ました。

臨安に帰還し、韓世忠・張俊とともに高宗に拝謁する岳飛ですが、3人ともども兵権を取り上げられて高位の閑職枢密副使に祭り上げられることに。一方、金は南宋に対して和議と引き替えに岳飛の死を要求。何としても和議をまとめたいという高宗の意を承け、秦檜は岳飛に押っつける罪状の追求を開始。岳飛の義弟で副将的ポジションにあった王貴を抱き込み、岳飛の過去の言動を洗い出し、なおかつ岳飛の長男岳雲と、岳飛の元部下で岳飛の隠居後岳家軍を統轄していた張憲を謀反の罪で捕らえます。

張俊(この人も秦檜派なんですが)によって事態を知らされた岳飛は、隠居先の廬山から一路臨安の大理寺へ。そしてそのまま岳飛も囚人となってしまいます。審問官に過去の自らを宋の太祖になぞらえた言動や文書に残る片言隻句から謀反の意図を問われますが、逐一反論。そして「私の心はこれで一目瞭然だ!」と服を脱ぎ捨て背中の「尽忠報国」の刺青を見せると、審問官や獄吏たちは「おおっ!」と恐れ入って岳飛の無実を確信します。……同じ南宋を舞台にしたドラマ『大宋提刑官』だと、ここは「ふーん、だから何?」となるところですが(^^;)

『大宋提刑官』その8:印籠が効かない&宋王朝に三代にわたって仕えた武官が無実の罪に問われたのを助けようとしたら自分も無実の罪に問われた話。

しかし岳飛を謀反の罪で処刑するのは高宗直々の規定方針なので、審問官を秦檜の腹心万俟卨(ぼくきせつ)に交替。廬山の岳家の家宅捜索も行われ、岳家全員が拘禁されてしまいます。

一方、秦檜の妾となっていた小満は張用・素素らと連繋して秦檜暗殺を謀りますが、小満の身元も暗殺計画もとっくに露呈しており、官兵によって一網打尽に。高宗より白紙の詔書を託された秦檜は、処刑が目前に迫った大晦日の晩に自ら岳飛の牢を訪れ、往事を語り合うことに……


最終話より。終盤から生き神様として民衆に崇められるようになった岳飛ですが、処刑されたことで本当の神様に……

【総括】

ということで気がつけば全滅エンドに近い形になってしまいました。本作でトリックスター的な役割を担っていた張用一党と牛皋は生き残ってくれるんじゃないかと思っていましたが……

新版『水滸伝』のスタッフ制作による本作。戦争の場面などアクションシーンはかなり見応えのある出来になっておりました。脚本・設定も秦檜や金国側の人物を単純な悪役にしなかったのは好感が持てました。しかし一方で兵力差がありすぎてどう見ても挽回は不可能なはずなのに、岳家軍がどうして勝てたのかわからないという戦闘描写や、秦檜がなかなか小満の正体に気付かないこと、そして英明な資質を具えた不遇の皇子→ヤンデレ→猜疑心の塊の暗君と、ブレまくるにも程がある高宗の人格など、本格的な歴史物と見せかけて意外と細部が雑な作りになっていたのが残念です。全体的なクオリティは新版『水滸伝』の方が上という印象です。
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『精忠岳飛』その11

2014年03月24日 | 中国古典小説ドラマ
『精忠岳飛』第58~63話まで見ました。

軍務に復帰した後、朝廷の掌返しに怯えつつも順調に寡兵で金の大軍を打ち破る岳飛。兀朮に仕える漢人の宇文虚中は彼の活躍ぶりを知ると、宋側のボランティア工作員を買って出て金に潜入した素素を助けたり、やはり漢人で金将となった韓常を宋側に寝返らそうとしたりします。

しかし韓常の寝返りは、金に降伏した岳飛の元上司杜充によって事前に露見。小商河で韓常と合流する予定だった楊再興は金将の夏金烏に討ち取られてしまいます。第57話で楊再興が岳家の侍女小慧に「この戦いから戻ったら結婚しよう」とプロポーズしていたのが死亡フラグとなってしまいました(´;ω;`) もちろん宇文虚中の裏切りも露見し、韓常とともに処刑されることになりますが、刑場で杜充と刺し違えてせめてもの無念を晴らします。

さて、秦檜によって謀殺された相国趙鼎の娘小満は、素素らによって助け出された後に張用の経営する酒場で匿われておりましたが、父の仇討ちのため侍女に扮して秦檜の邸宅に潜入することに。父親の趙鼎は秦檜の同僚だったので、互いの家を行き来したりして小満の顔は秦檜本人や家族らに割れているはず……と思いきや、誰一人として小満の正体に気付きません(^^;) やはり料理人として秦檜宅で働くことになった張用の子分劉半仙の推薦もあり、侍女として採用されます。

しかし劉半仙が料理に毒を仕込んで秦檜を暗殺しようとしたことが発覚し、彼は自分の作った毒入り料理を食べるよう強要されて死んでしまいますが、その彼の推薦で入ったはずの小満はまったく怪しまれません。さすがにそれはおかしいやろ(´Д`;) ここは問答無用で免職or処罰されてもおかしくないところ。

一方、岳飛は秦檜の細かい嫌がらせによって食糧不足に悩まされながらも、潁昌の戦いで兀朮の「鉄浮屠」部隊を打ち破り、更には金の拠点のひとつ朱仙鎮を陥落させ、順調に金に占領された汴京へと迫ります。そこで斡離不の意を承けた秦檜がまたぞろ高宗の猜疑心を煽ることに。捷報に浮かれて最初はまじめに取り合わなかった高宗も、街中で民衆が岳飛の廟を建てて彼を生き神様として崇めているのを目撃したことで不快感が絶頂に達し、遂に岳飛に撤退を命じます。

当初は撤退命令を無視した岳飛ですが、高宗が畳みかけるように使者に自分の身代わりとなる金牌を持たせて撤退を命じたことにより、遂に撤退に応じるかまえを見せ…… この前後に岳飛を長年支えてきた「忠義社」のリーダー梁興が秦檜の義子秦熺によって殺害されております。楊再興といい、岳飛側の主要人物が一人また一人と退場していくのを見ると何だか寂しくなってきますが……
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『精忠岳飛』その10

2014年03月17日 | 中国古典小説ドラマ
『精忠岳飛』第52~57話まで見ました。

金との和議をめぐって紛糾する南宋の宮廷。事態を収拾できるのは秦檜しかいないということで、高宗が直々に秦檜を訪ねて朝政に復帰させます。そしてそれと入れ替わるように亡くなった母の喪に服すということで岳飛が辞職して廬山に引きこもってしまいます。

で、秦檜は斡離不と連繋して金側に有利な形で和議を取りまとめ、梁興・素素ら忠義社による妨害を物ともせず、高宗の代理として跪いて金の詔書を受け取って和議を成立させます。この場面の秦檜さんの「世間の者は儂が岳飛を憎んでいると思っているが、それは間違いだ。儂は岳飛に感謝しておるのだよ。奴がいなければ金との和議に至ることは無かっただろうからな」という台詞が素晴らしいです(^^;) なおかつそれに飽き足らず、同じ相国の地位に就き主戦派の趙鼎が流罪となると、刺客を派遣して殺害を謀るという徹底ぶり……

一方、岳飛は廬山で周辺の住民が「金との和議が成立して良かったなあ。これで故郷の磁州に帰れるね!」などと話しているのを聞いてしまい、むきになって「金との和議などまやかしだ!私の見通しでは一年以内に金がまた攻めこんでくる!」などと反論しております。何だか和平が崩れた方がいいような口ぶりなんですがw しかも人々にはてんで相手にされておりません。失意の岳飛は酒に溺れ、不摂生から長年患った眼病を悪化させて失明してしまいます。岳飛はここまで軍務でも普段の生活でも割と完璧超人的な描き方だったんですが、唐突にこういう描写を入れてくるあたり、作り手のそこはかとない悪意が感じられるなと(^^;)

しかし事態は岳飛の読み通りとなり、金側は兀朮を総大将として南征を開始。瞬く間に汴京を占領してしまいます。高宗は秦檜らを通じて岳飛に軍務復帰を求めますが、それにはまず岳飛の目を治せる医師が必要ということで、医術に秀でた名僧の噂を聞きつけ訪問したところ、なんとその名僧の正体は15年前に崖から落ちて死んだはずの岳飛の最初の上官劉韐でありました!!その2を参照)やっぱり崖から落ちて死んだ人なんておらんかったんや!!ワロタ、ワロタ……

劉韐あらため信空和尚の治療により視力を取り戻す岳飛。「たとえ金軍を打ち破ったとしても、狡兎死して走狗烹らるということになりはしないでしょうか?」と不安を訴えますが、「そんなんじゃないんだよ!お前は朝廷のためじゃなくて民のために戦うんだ!」と、ありがたいんだかありがたくないんだかよくわからないお言葉を頂戴し、軍務に復帰することを決意。高宗への謁見に臨みますが……
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『精忠岳飛』その9

2014年03月10日 | 中国古典小説ドラマ
『精忠岳飛』第46~51話まで見ました。

岳家軍は金の傀儡政権斉国の根拠地である襄陽六郡の奪回に成功。斉国皇帝劉予は金国に救援を求めますが、帝位の夢を絶たれた大将軍粘罕は「斉がどうなっても関係ないやろ」とやる気ナッシング。まるで反抗期の中高生男子のようなふて腐れた態度をとっております。更に追い打ちをかけるように岳飛は宋・斉間の偽書簡が兀朮の手に渡るようにし、兀朮の手で劉予を始末するよう仕組みます。

で、粘罕は帝位簒奪を謀り、新帝完顔亶を狩猟に連れ出してクーデタを決行しますが、兀朮が完顔亶を救出して妻の兄にあたる粘罕を自らの手で殺害。粘罕には宋の妃である鄭娘娘が嫁いで男児まで生まれていましたが、粘罕の妹(そして兀朮の妻でもある)翎児が手引きして金国より脱出させ、秦檜を頼ることに。かつて秦檜は鄭娘娘によって引き立てられたという経緯があるのです。しかし関わり合いを恐れた秦檜が彼女ら母子を密かに始末させようとしたところ、秦檜の動きを見張っていた岳雲らに救出され、高宗に事が露見することに。たちまち相国を罷免されてしまう秦檜……

しかしこんなことでめげる秦檜さんではありませんw 有力武官の張俊を抱き込んで復権を図ります。まず劉光世が統轄していた淮西軍五万を岳飛に移管するという話が持ち上がると、張俊を通じて高宗に岳飛に対する疑念をおこさせます。そこで高宗は岳飛・岳雲父子を揚州への巡行に同行させ、どの程度野心を持っているか試してみることに。美食や美女に一切関心を示さない岳飛。 高宗「ヤツは富貴も美女もいらんと言う。ならヤツが欲するものは……権力?」 そうなりますよねー(^^;)

おまけに金国が斉国の後釜として宋の皇族を据えようとしていることを踏まえ、岳飛が高宗に立太子を薦めたことから高宗の怒りが炸裂。高宗は後宮の妃たちとの間に子が生まれないことを気に病み、長年男性不妊の治療に励んでいたのでした……

結局高宗は岳飛への淮西軍移管の話を無かったことにし、劉光世の副将その1だった王徳に統轄させ、劉光世の副将その2の酈瓊を王徳の副将にしようとしますが、ここで酈瓊が元々同格だった王徳の配下に甘んじるはずがないと岳飛が反対。果たして岳飛の予見通りに酈瓊がこの人事を不満として王徳を殺害。更には高宗の首を獲って金国に投降しようとしますが、間一髪のところで岳雲が駆けつけて高宗を救出。しかし酈瓊はそのまま淮西軍五万の兵とともに金国へと逃亡してしまいます。

この一件で危うい立場に立たされた張俊ですが、やはり秦檜の入れ知恵で無罪放免。そんな折りに和議を求める金国の使者が臨安に到来し……
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『精忠岳飛』その8

2014年03月04日 | 中国古典小説ドラマ
『精忠岳飛』第40~45話まで見ました。

金軍の南征により、明州から更に海上へと退避を迫られる高宗。陸戦の代表格となった岳飛は水戦を得意とする韓世忠と連繋し、まずは金軍より建康を奪回。高宗を臨安の宮廷へと帰還させます。そして韓世忠は長江で兀朮の水軍と対峙し、黄天蕩に追い詰めます。この水戦のシーンをちゃんと作り込んでいるのが素晴らしい。数年前のドラマ『鄭和下西洋』なんか海が舞台のドラマにも関わらず、航海のシーンはスタジオで撮影した船上に海の背景を合成したのが丸わかりの作りでしたからね。今回のもパッと見でわからないだけで実際はCGを使いまくっているんでしょうけど、そんなのと比べると隔世の感があります。

しかしここで金国に使者として赴いていた秦檜が斡離不より兀朮救出の密命を受けます。帰還した秦檜は高宗に吹き込んで山賊曹成の残党討伐を理由に岳飛を臨安に召喚させ、黄天蕩には現地の地勢に詳しい技師を派遣して兀朮を脱出させます。こうして兀朮は取り逃がしたものの宋側の勝利ということで、岳飛・韓世忠は高宗より労いの宴に招かれます。

ここでまた時が流れたようで、岳飛らは髭面に、岳雲ら岳飛の子供達もハイティーンへと成長。そして金国では太宗が重病となり、後継争いが激化。次の皇帝の座を狙う大太子粘罕に対し、太宗は太祖の長孫(夭折した太祖の長男の子)完顔亶の擁立を図っておりました。

そんな中、兀朮は黄天蕩の仇討ちとばかりに韓世忠の駐屯する楚州へと進撃。実は兀朮は黄天蕩の戦いの際に身重の妻(粘罕の妹)を伴っており、戦いのショックでお腹の子が流産してしまったという怨みがあるのでした。「オレが黄天蕩で韓世忠に負けたのは、ヤツの妻梁紅玉がサポートしたからだ」というわけで、まずは韓世忠が留守の隙に梁紅玉を楚州城よりおびき出し、血祭りに揚げます。韓世忠が救援に駆けつけた時には既に彼女は息を引き取っており、「どちらが先に死んでも生き残った方が相方を宋国の山河の間に葬ってやる」という生前の約束通り、妻の遺体を長江に流す韓世忠……

しかしここで兀朮に、太宗の不予を承けて義兄の粘罕が帝位簒奪を謀っているという情報が入り、急遽金国に引き返すことに。そしていまわの際の太宗に拝謁して後事を託されると、完顔亶の即位を支持して粘罕の動きを押さえ込みます。

その頃、宋では岳飛が金国の傀儡政権斉国の根拠地となっている襄陽六郡の奪取を高宗に上奏し……
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2014年2月に読んだ本

2014年03月01日 | 読書メーター
2014年2月の読書メーター
読んだ本の数:8冊
読んだページ数:2691ページ
ナイス数:12ナイス

戦争の世界史(上) (中公文庫)戦争の世界史(上) (中公文庫)感想
上巻は古代からフランス革命・産業革命の前後まで。軍事史との関連で経済史や産業史にもかなり紙幅を割いているので、同じ著者の『世界史』を先に読むべきだったかと後悔中…… 鉄砲を得たことによって国内の統一が進んだ日本を、大砲を原動力として急成長したムガール帝国・モスクワ大公国・オスマン帝国などと対比したりと、拾い出すべき個別のネタが多い。桑原武夫はナポレオンの軍隊が無敵を誇ったのは、徴兵制によって兵員の数で他国を圧倒したからだというようなことを書いていたが、本書によるとそう単純なもんでもないらしい。
読了日:2月2日 著者:ウィリアム・H・マクニール

戦争の世界史(下) (中公文庫)
戦争の世界史(下) (中公文庫)感想
下巻は戦争の産業化や列強の軍備拡張競争について。訳者あとがきに倣って近現代の「戦争の日本史」が「戦争の世界史」の中にどう位置づけられるかに注目して読んでみたが…… 「両大戦の間には栄養学が発達して……食糧配給をずっと科学的に行うことができた。……イギリスにおいては実際、国民の健康状態は戦争中にかえって改善したが、これは主に食糧配給のためだといわれる。」(本書287~288頁)他の本でドイツでも同様の状況だったという話を読んだが、日本の配給制が単に食糧をケチる結果にしかならなかったのはなぜなのか?
読了日:2月7日 著者:ウィリアム・H・マクニール

新京都学派: 知のフロンティアに挑んだ学者たち (平凡社新書)
新京都学派: 知のフロンティアに挑んだ学者たち (平凡社新書)感想
戦後に京大人文研の再建や日文研の創設に関わった桑原武夫・梅原武・梅棹忠夫・今西錦司ら「新京都学派」の研究者たちの銘々伝。貝塚茂樹・吉川幸次郎ら中国学者の話題に期待したが、そちらは少なめ。個人的に面白かったトピックは、日文研創設の経緯や上山春平の大嘗祭は京都でやるのかという問題提起(現在の『皇室典範』には大嘗祭の実施地に関する規定はなく、大正・昭和期には京都で行われた)など。
読了日:2月10日 著者:柴山哲也

ナポレオン~覇道進撃~ 6 (ヤングキングコミックス)
ナポレオン~覇道進撃~ 6 (ヤングキングコミックス)感想
今回のメインはアウステルリッツの戦いということで、振り出しに戻ってきました。アレクサンドル1世とかクトゥーゾフのキャラ付けは変わってますけどw しかしクロイセもちゃんと『獅子の時代』1巻に登場してるんですね。そしてラストでナポレオンと会話しているロシア人はアンドレイ青年ということでいいんでしょうか?
読了日:2月14日 著者:長谷川哲也

世界史 上 (中公文庫 マ 10-3)
世界史 上 (中公文庫 マ 10-3)感想
『戦争の世界史』に続いてこちらを読んでみることに。『戦争の世界史』より訳文が読みやすい。上巻は西暦1500年前後、すなわちヨーロッパ人による「地理上の発見」の手前まで。本書でも基本的に「独立して発生した」とされる中国文明だが、戦車に関しては他の地域からの伝来を想定し、いわゆる「刑は大夫に上さず、礼は庶人に下さず」が各地の青銅時代に一般的に見られる現象だったとする。また日本の封建制を中世ヨーロッパの封建制と比較するなど、世界史の中の「日本史」の位置づけもなかなか面白い。
読了日:2月15日 著者:ウィリアム・H.マクニール

世界史 下 (中公文庫 マ 10-4)
世界史 下 (中公文庫 マ 10-4)感想
下巻は「地理上の発見」以後の「西欧の優勢」が主題。アメリカとロシアの発展や、日本と清・オスマントルコ・ムガール帝国などとの対比が面白い。日本などではそれぞれ1850年頃に欧米の進出や政府統治の弱体化などの危機を迎えるが、異民族王朝である清などでは国民のナショナリズムに訴えて「西欧の優勢」に対抗しようとすることは自殺行為であったとのこと。また日本と同様に支配者層と一般民衆とが同一民族であったアフガニスタンでは、西欧の進出に対してかなり強い抵抗が可能であったとする。
読了日:2月19日 著者:ウィリアム・H.マクニール

東アジア海域に漕ぎだす4 東アジアのなかの五山文化
東アジア海域に漕ぎだす4 東アジアのなかの五山文化感想
にんぷろ一般書シリーズの4巻目。今回は鎌倉・京都五山の禅僧によって日本に「中国」が持ち込まれ、それが「日本」になっていく過程について。留学には外国の制度や技術を持ち帰ることを目的とする取込指向と、外国文化に染まってその価値観を共有しようとする共有指向の二つの方向性があり、日本の歴史では遣唐使や明治期の留学生など取込指向の方が強いのが一般的であるが、鎌倉時代から室町初期にかけての留学僧は例外的に共有指向の方が強かったという指摘が面白い。
読了日:2月23日 著者:

古代日本外交史 東部ユーラシアの視点から読み直す (講談社選書メチエ)
古代日本外交史 東部ユーラシアの視点から読み直す (講談社選書メチエ)感想
従来の中国中心の冊封体制論に拠らず、日本・中国諸王朝・朝鮮半島諸国・吐蕃・突厥など「東部ユーラシア」の諸「帝国」による複数の国際秩序が併存していたという観点から古代の外交史を描く。著者は日本史畑の研究者で、外国語の研究はあまり読んでいないということだが、日本人による研究成果を把握し、整理できているという印象。従来は日本が朝鮮諸国を巻き込んで「小中華」の形成をはかっていたとされていたのが、朝鮮諸国など他の国も似たようなことをやっていて、時には中国諸王朝も従属する立場になることがあったということになるのか。
読了日:2月28日 著者:廣瀬憲雄

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