博客 金烏工房

中国史に関する書籍・映画・テレビ番組の感想などをつれづれに語るブログです。

2024年6月に読んだ本

2024年07月01日 | 読書メーター
頼山陽──詩魂と史眼 (岩波新書 新赤版 2016)頼山陽──詩魂と史眼 (岩波新書 新赤版 2016)感想
頼山陽の生涯と漢詩、『日本外史』など、その作品について。弱年の頃の脱藩騒動によって廃嫡されたこと、廃嫡された後に神辺に移っても現地での生活に満足できずに京都に移ることになり、支援者と関係が悪化したこと、書籍を集めるよりは書画を収集するのに熱心で、そのために門人とトラブルを起こしたことなどを見ると、はたから見るとかなり困った人だったようである。作品論については『日本外史』の執筆の際に『史記』や『左伝』の筆法や描写を参照したことなどが触れられている。全般的に山陽の漢詩の紹介が多い。
読了日:06月01日 著者:揖斐 高

印綬が創った天下秩序: 漢王朝の統治と世界観印綬が創った天下秩序: 漢王朝の統治と世界観感想
印綬制度から見る漢代の官制と行政機構、そして国際秩序。正直なところ印綬でここまで話が広がるとき思わず、面白く読んだ。漢代において周制は単に儒学的観点からいたずらに理想化されていたのではなく、統治の安定のための権威づけとして「漢の伝統」とともにうまく活用されていたという話や、公印が周代の青銅器に相当する役割を担っていたという話が個人的にポイントだった。
読了日:06月03日 著者:阿部 幸信

戦国ブリテン アングロサクソン七王国の王たち (集英社新書)戦国ブリテン アングロサクソン七王国の王たち (集英社新書)感想
イングランド七王国時代の覇王たちの物語。覇王の事跡は晋の文公など中国の春秋時代の覇者たちを思わせるところがあり、またイングランドにも「春秋の筆法」めいたものがあったようである。タイトルは『戦国ブリテン』よりも『春秋ブリテン』の方がふさわしい気がする。内容自体は本書の著者による『イングランド王国前史』と重なる部分が多い
読了日:06月04日 著者:桜井 俊彰

日本の動物絵画史 (NHK出版新書 713)日本の動物絵画史 (NHK出版新書 713)感想
ユーモラスな、あるいはかわいい動物絵画の系譜。鳥獣戯画のルーツを発掘によって得られた「落書き」から見出したり、江戸時代の漫画的な虎の目付きのルーツを中世の禅画に見出すといった分析が面白い。こういった古代からのいとなみが「ちいかわ」などに繋がっているのかもしれない。しかし著者の言うように西洋流の芸術では動物を描くことが低く見られたとすると、中国で活躍した西洋人画家郎世寧が西洋の画風による動物絵画を多く残しているのはどういう位置づけになるのだろう?

読了日:06月06日 著者:金子 信久

最終講義 挑戦の果て (角川ソフィア文庫)最終講義 挑戦の果て (角川ソフィア文庫)感想
最終講義というのは何かひとつ専門に関係するテーマを定めて講演を行うというものだと思っていたが、本書を見ると案外これまでの半生であるとか研究者としての来し方であるとか「自分語り」に終始しているものが多い。その中にあって京大人文研の甲骨の来歴や中国の研究者の評価を行う貝塚茂樹、慶應SFCのあり方に苦言を呈する江藤淳、今日の米中関係を予見した中嶋嶺雄の章なとどを面白く読んだ。
読了日:06月09日 著者:桑原 武夫,貝塚 茂樹,清水 幾太郎,遠山 啓,芦原 義信,家永 三郎,猪木 正道,梅棹 忠夫,江藤 淳,木田 元,加藤 周一,中嶋 嶺雄,日野原 重明

闇の中国語入門 (ちくま新書 1798)闇の中国語入門 (ちくま新書 1798)感想
「闇」というよりはネガティブ中国語入門といった趣。本書で取り上げられている単語には「内卷」「躺平」など近年の流行語もあるが、実の所現地の大学で使われている留学生用の語学の教科書に普通に出てくるものもある。単語や例文そのものよりは著者によるその社会的背景の解説が読みどころ。流行歌の歌詞や中国版Yahoo!知恵袋の「知乎」からの引用が面白い。
読了日:06月11日 著者:楊 駿驍

馮道 (法蔵館文庫)馮道 (法蔵館文庫)感想
中公文庫版からの再読。「夷狄」の契丹を含む五朝八姓十一君に仕えたということで乱世にあって無節操、恥知らずの代表格と見なされてきた馮道再評価の書。乱世にあって人民をまもるという意志があったことや九経木版印刷の開始といった彼の功績とともに、六朝以来の貴族の没落・衰退を個別の人物のありさまによって示し、当時の節度使の幕僚がいわば影の内閣を構成していたといった指摘をするなど、中世の終わりという時代性を意識した記述となっているのが読みどころ。
読了日:06月13日 著者:礪波 護

恐竜大陸 中国 (角川新書)恐竜大陸 中国 (角川新書)感想
恐竜や化石そのものより化石をめぐる人間模様の方を面白く読んだ。(特に戦前・戦中の)研究者の武勇伝、近年の若手研究者とネットとの親縁性、化石の発見に農民が多く関わってきたこと、化石の盗掘、研究機関がブラックマーケットとの取り引きを厭わないこと、それに対する出土地などの情報が失われるなどの学術的批判、海外からのコンプライアンスをめぐる批判など、多くの事項が青銅器や竹簡など中国の出土文献をめぐる事項や問題と共通していることに驚かされる。その他、中国語ピンイン表記をめぐる不都合など恐竜の学名をめぐる問題も面白い 
読了日:06月14日 著者:安田 峰俊

アッシリア 人類最古の帝国 (ちくま新書 1800)アッシリア 人類最古の帝国 (ちくま新書 1800)感想
古代オリエントの専制君主による軍事大国という程度のイメージしかなかったアッシリア。本書は出土した粘土板による文書類、図像、遺跡などの史資料を駆使して国家の興りから帝国化、サルゴン2世、アッシュルバニパルなど最盛期の王の治世、そして滅亡後に残された記憶までを描き出す。思いのほか詳しいことまでわかるものだと驚かされる。卜占に関する文書が多い点は殷周王朝を連想させる。母后サムラマトがセミラミスとして欧米でも伝承されているというのは面白い。
読了日:06月17日 著者:山田 重郎

アーリヤ人の誕生 新インド学入門 (講談社学術文庫)アーリヤ人の誕生 新インド学入門 (講談社学術文庫)感想
西欧での言語学の成立、あるいはインド・ヨーロッパ語族、「アーリヤ人」概念、「アーリヤ人侵入」説の誕生の経緯について。ダーウィンが言語学から影響を受けていたということや、考古学の立場から「アーリヤ人侵入」説に疑問を死すのに「言語学の暴虐」が持ち出されたという点を面白く読んだ。第Ⅴ章で展開されるインド学がテキスト偏重という問題や、補章で言及される固有名詞のカタカナ表記の問題などは中国学でもかなりの程度あてはまるのではないか。
読了日:06月19日 著者:長田 俊樹

広東語の世界-香港、華南が育んだグローバル中国語 (中公新書, 2808)広東語の世界-香港、華南が育んだグローバル中国語 (中公新書, 2808)感想
街角の表記、香港映画やポップスの歌詞などを利用しつつ広東語の歴史と特徴を探る。実は広東語話者が世界に広がっていることはスペイン語やポルトガル語の広がりを連想させる。また広東語が抱える問題としてローマ字表記が一定していない点や言文一致ではない点を挙げる。ただ言文不一致であることにより、却って広東語が北京語と同様に「話す・聞く・読む・書く」のすべてを達成できているという。広東語に触れることで、北京語や中国語全体の評価が変わってきそうである。
読了日:06月21日 著者:飯田 真紀

文房具の考古学: 東アジアの文字文化史 (599) (歴史文化ライブラリー)文房具の考古学: 東アジアの文字文化史 (599) (歴史文化ライブラリー)感想
いわゆる文房四宝だけでなく、広く文字使用のはじまりや書写行為そのものを対象としており、「文房具の考古学」というより「書写の考古学」と題した方が良さそうな内容。地域も中国と日本だけでなく、著者の専門らしい朝鮮半島の状況も大きく取り上げている。また、実験考古学的な試みもある。本書で大きく問題としているのは、文字、あるいは文房具(らしきもの)の登場・導入と普及とは異なるということである。これは書写行為にまつわるものだけでなく、たとえば鉄製兵器などの登場と普及についても同じことが言えるだろう。
読了日:06月26日 著者:山本 孝文

百年の孤独 (新潮文庫 カ 24-2)百年の孤独 (新潮文庫 カ 24-2)感想
南米のマコンドという未開地に入植したブエンディア一族の六世代にわたる物語。壮大なサーガとか人間の業を描いた 物語のようなものを予想していたが、実際読んでみたらひたすら下世話で突拍子のない話ばかりが続く、一種のファンタジーだった。序盤はとっつきにくいが、世界観というかノリに慣れてきたらそれが快感になる。そんな物語。
読了日:06月30日 著者:ガブリエル・ガルシア=マルケス
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2024年5月に読んだ本

2024年06月01日 | 読書メーター
後期日中戦争 華北戦線 太平洋戦争下の中国戦線2 (角川新書)後期日中戦争 華北戦線 太平洋戦争下の中国戦線2 (角川新書)感想
河北では八路軍との戦い、山東では毒ガス・細菌兵器の投入、河南では蒋介石による黄河決壊のような人災も含めた災害、山西では閻錫山の動向という具合に華北の省ごとの特色を強調した構成となっている。ただ、特に細菌戦については日本軍側の記録の有無がネックになっているようだ。本書終盤では8/15以後も戦闘が継続したことが触れられている。閻錫山と残留日本兵側との関係の実相は、あるいは現地の解放のために戦ったと信じられている東南アジアの残留日本兵の実態をも示唆するのではないか?
読了日:05月04日 著者:広中 一成

地中海世界の歴史2 沈黙する神々の帝国 アッシリアとペルシア (講談社選書メチエ 802)地中海世界の歴史2 沈黙する神々の帝国 アッシリアとペルシア (講談社選書メチエ 802)感想
アッシリア、アケメネス朝ペルシアなどメソポタミアを支配した大帝国の興亡。今巻のテーマは一神教、アルファベット、貨幣の発明ということになると思うが、多神教から一神教を求める動きと多数の文字を擁するヒエログリフからアルファベットが生まれる動きを関連したものと見ているのは面白い。今回ペルシア戦争についても触れられているが、ペルシア戦争は次巻でもギリシア人の視点から取り上げられるようだ。
読了日:05月07日 著者:本村 凌二

派閥の中国政治―毛沢東から習近平まで―派閥の中国政治―毛沢東から習近平まで―感想
民国期の国民党・中共から現在まで、林彪集団、石油閥、上海閥などの派閥を軸に中国の政治史を辿る。自他ともに対比される習近平と毛沢東だが、毛沢東が鄧小平ともども派閥に対して超然的な態度を取ったのに対し、習近平は江沢民ともども派閥に依存した指導者であるという。また日本の自民党など各国の派閥との比較も行っており、国政選挙がないという点では日本などとは派閥の形成やそのあり方が違っているが、派閥を単位とした党内の競争が党内の多様性を高め、危機への対応力が高まり、政権の持続に寄与するなど共通点も存在するようだ。
読了日:05月09日 著者:李 昊

初学者のための中国書道史入門 (文芸社セレクション)初学者のための中国書道史入門 (文芸社セレクション)感想
時代ごとに動向、主要な書家と作品、そして「双鉤填墨」「蚕頭燕尾」のような基本的な用語を解説。書道通史というよりは書道史に関する便覧的な使い方ができる作りになっている(ただ、図版はほとんどないが)。ハンディなので手元に置いておけば便利かもしれない。
読了日:05月11日 著者:中山 不動

哲学史入門II: デカルトからカント、ヘーゲルまで (2) (NHK出版新書 719)哲学史入門II: デカルトからカント、ヘーゲルまで (2) (NHK出版新書 719)感想
今巻は近世・近代編。一読してわかったような気になる度は前巻より上がっているような気がする。「我思うゆえに我あり」は順番が逆という話や、大陸の合理論とイギリスの経験論、あるいはフィヒテ→シェリング→ヘーゲルの順番のような現在の哲学史の枠組みが最初から所与のものというわけではなかったという話を面白く読んだ。哲学から科学がどう芽生えたかという話も盛り込まれている。
読了日:05月13日 著者:上野 修,戸田 剛文,御子柴 善之,大河内 泰樹,山本 貴光,吉川 浩満

隠された聖徳太子 ――近現代日本の偽史とオカルト文化 (ちくま新書 1794)隠された聖徳太子 ――近現代日本の偽史とオカルト文化 (ちくま新書 1794)感想
近現代における偽史言説としての聖徳太子論というか、特に前半は聖徳太子が間接的にしか絡まず、ほとんど秦氏とユダヤ人、景教論となっている。梅原猛『隠された十字架』(これは本書のタイトルの由来にもなっているであろう)や山岸凉子『日出処の天子』も俎上に挙げられている。聖徳太子にまつわる偽史言説がアカデミズムによる通説を批判しつつもアカデミズムの権威に寄りかかることによって成立するという指摘は、漢字の字源説など他の分野についてもあてはまるだろう。
読了日:05月15日 著者:オリオン・クラウタウ

秦帝国と封泥 社会を支えた伝送システム秦帝国と封泥 社会を支えた伝送システム感想
谷論文は封泥についてのわかりやすい概説になっている。鶴間論文は従来36郡とされていた秦の郡の変遷を時期ごとに追い、それとの関連で始皇帝の巡行についても俎上に挙げている。もっとも面白く読んだのは髙村論文2編である。「始皇帝の手足の指の先」では地方で史官になりたがらない人々が多くいたという所から秦帝国の滅亡に議論が及ぶ。「官印は誰が捺したのか」は県令・県丞の印は書記官が捺印することもままあったのではないかという議論は、現代の文書類の捺印を想起させるよい議論。
読了日:05月16日 著者:谷 豊信,瀨川敬也,籾山 明,青木俊介,高村武幸,鶴間和幸,松村一徳

王墓の謎 (講談社現代新書 2745)王墓の謎 (講談社現代新書 2745)感想
比較考古学の観点から世界の王墓の果たした役割や造営の経緯などを議論する。威信財経済学の考え方や王墓が築かれなかった社会も検討対象とするという方針、エジプトと中国の始皇陵の葬送複合体の設計プランが一致するといった指摘などは面白い。しかし当時の人々がある種の原罪意識によって自ら進んで過酷な王墓の造営に参加したのではないかという想定など、所々疑問に思いつつ読んだ。
読了日:05月18日 著者:河野 一隆

臨済録のことば 禅の語録を読む (講談社学術文庫 2818)臨済録のことば 禅の語録を読む (講談社学術文庫 2818)感想
「麻三斤」「柏樹子」など、今では意味不明なやりとりという意味での「禅問答」とされているものも、唐代にまでさかのぼると哲学を感じさせるような脈絡があったのだということと、それが宋代になると哲学的な脈絡を読み取る態度を「死句」と否定し、本来の脈絡と切り離して「活句」に仕立て上げたという話が面白い。禅問答に対するイメージが変わりそう。
読了日:05月20日 著者:小川 隆

台湾のデモクラシー-メディア、選挙、アメリカ (中公新書, 2803)台湾のデモクラシー-メディア、選挙、アメリカ (中公新書, 2803)感想
政治的な意図もあってか日本との関係ばかりが取り沙汰されがちな台湾論だが、本書はアメリカ政治学の専門家がアメリカ(文化)の影響という視点から台湾の民主主義を論じている点に特色がある。また在米華人の動向やSNSを通じた中国の影響にもかなりの紙幅を割いている。台湾国内で、苦慮しつつも原住民や客家の、特に言語面での多様性をできる限り認めようとしているのは、中国に対して台湾の独自性を訴える都合上そうせざるを得ないという面もあるのではないかと思うが。
読了日:05月24日 著者:渡辺 将人

中国の信仰世界と道教: 神・仏・仙人 (598)中国の信仰世界と道教: 神・仏・仙人 (598)感想
『風俗通義』などの記述を手がかりにしつつ古代から現代までの民間信仰の中の神仙の変遷を追う。内容的にはかなり雑多だが、孫悟空の設定の変遷、日本に持ち込まれた道教や民間信仰の神々、『封神演義』の信仰に与えた影響、地域ごとの信仰される神仙や廟の建築様式の違い、イエスやムハンマドなど民間信仰の世界観の中に取り込まれた外国の宗教の始祖たち、儒仏道の神仙とジェンダー、海外で信仰される神仙等々興味深い話題が多い。
読了日:05月26日 著者:二階堂 善弘

台湾老卓遊 台湾レトロテーブルゲーム図鑑台湾老卓遊 台湾レトロテーブルゲーム図鑑感想
ボードゲーム、カードゲームなど、台湾の様々なテーブルゲームとその歴史を紹介。モノポリーをローカライズした大富翁のように海外のゲームを持ち込んだものもあれば、陞官図のように前近代中国に起源のあるものもあり、台湾オリジナルのヒット作もあれば、映画やドラマ、アイドル、日本の漫画などのキャラクター物もありと、様々なゲームが系統立てて紹介されている。印刷されているメッセージやデザインからは当時の時代性をうかがうこともできる。ボードの図版も豊富で、本書を読めばいくつも遊んでみたいゲームが出てくることだろう。
読了日:05月27日 著者:陳介宇,陳芝婷

元朝秘史―チンギス・カンの一級史料 (中公新書, 2804)元朝秘史―チンギス・カンの一級史料 (中公新書, 2804)感想
モンゴル帝国史の基礎文献『元朝秘史』の概要と読みどころ、そしてその記述に関連して近年の発掘や研究の成果を紹介する。序章が『元朝秘史』の解題、本編がその内容、終章が考古学の成果による補足という構成。神出鬼没のジャムカの活躍ぶりなどを見ると、『元朝秘史』は歴史書というより歴史物語集、説話集という印象を強く受ける。
読了日:05月29日 著者:白石 典之
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2024年4月に読んだ本

2024年05月01日 | 読書メーター
BLと中国—耽美(Danmei)をめぐる社会情勢と魅力BLと中国—耽美(Danmei)をめぐる社会情勢と魅力感想
歴史上の男性同性愛の位置づけ、BL小説をめぐる事件と当局の政策、そしてそれを原作として制作された実写ドラマやラジオドラマをめぐる制作者側の検閲を掻い潜るための戦略と、ドラマ化作品を利用しようとする政治的思惑、日本側の評価等々、小冊ながら内容が濃い。取り上げる作品は『魔道祖師』『鎮魂』などが中心。現地での原作者の評価など、海外からはなかなか見えてこない事情も多々盛り込まれている。BLやブロマンスだけでなく、中国エンタメとその検閲に興味がある向きは読んで損はないと思う。
読了日:04月01日 著者:周密

暴力のありか: 中国古代軍事史の多角的検討暴力のありか: 中国古代軍事史の多角的検討感想
戦争における暴力や「暴力機関」としての軍隊についての論集。以下個人的に興味深く読んだポイントを挙げる。金秉駿論文では諸子から『史記』に至るまでの正戦論を概観。佐藤論文では田猟賦と画像石が共通の説話に基づいている可能性に触れる。古勝論文では軍事面で期待される仏僧像を議論。これは後世の物語での軍師・国師像につながるかもしれない。宮宅第二論文では秦による統一戦争に伴う貨幣の増産について言及。鷹取論文では「五十歩百歩」の故事が当時の戦争の実態に基づいていたと指摘。
読了日:04月04日 著者:

魔女狩りのヨーロッパ史 (岩波新書 新赤版 2011)魔女狩りのヨーロッパ史 (岩波新書 新赤版 2011)感想
近世という時代性特有のものとしての魔女狩りのメカニズムを紹介する。魔女狩りは裁判にゴーサインを与える国家や地域の政治上の問題、あるいはジェンダーや、老人と若者、子どもといった世代間の問題とも関係していたことを指摘している。ルネサンスの画家が題材として取り上げることで却って魔女のイメージをステレオタイプ化させてしまったことや、印刷技術との関わり、魔女の判定に関与した大学の罪を取り上げ、魔女狩りは理性的でないから起こったのではなく、むしろ理性の陥りやすい罠にはまったからこそ発生したとまとめている。
読了日:04月06日 著者:池上 俊一

漢文の読法 史記 游侠列伝漢文の読法 史記 游侠列伝感想
別途出版された漢文の語法解説書をベースにまとまった篇を講読するという変わった漢文入門。しかも『史記』游侠列伝というのは刺客列伝などと比べて一般にあまり読まれていない篇ではないかと思う。ただ講読といっても語法解説、あるいは漢文を読むこと自体が目的なので、時代背景などの解説は抑えめ(それでも所々関係の論文を引いたりはしているが)。
読了日:04月07日 著者:齋藤 希史,田口 一郎

香港の水上居民―中国社会史の断面 (1970年) (岩波新書)香港の水上居民―中国社会史の断面 (1970年) (岩波新書)感想
かつて「蜑民」などと呼ばれることもあった香港水上居民の生活、生態、信仰などについてまとめる。半世紀以上前の本なので、これ自体が歴史資料と化している感がある。彼らの漁業について拘束時間が長いように見えて実働時間は以外に短く、休憩時間が長いというのは、2020年代の現在と比べると当時の労働自体が一般的にそういうものだったのかもしれない。
読了日:04月09日 著者:

日本思想史と現在 (筑摩選書 272)日本思想史と現在 (筑摩選書 272)感想
渡辺浩の雑文集というか自著も含めた書籍の紹介・書評・解題を中心とする文集。「可愛い」ことを求められる日本の女性、「性」を学界の重要課題として見なしてこなかった日本の政治学会の問題(これは歴史学に対する批判として現在も有効であろう)、「儒教」を宗教と見なすべきかという問題など、読みどころが多いというより著者が取り上げる論著が読みたくなるという仕掛け。テキストを適切に理解するためにまず自分の名乗りからしてそれらしく変えたという荻生徂徠たちの試みはなかなか真似できそうにないが、面白い。
読了日:04月10日 著者:渡辺 浩

地中海世界の歴史1 神々のささやく世界 オリエントの文明 (講談社選書メチエ)地中海世界の歴史1 神々のささやく世界 オリエントの文明 (講談社選書メチエ)感想
メソポタミア、エジプトの歴史をメインにしてヘブライ人、フェニキア人なども扱う。本巻で引き込まれたのはタイトルにもある神々の世界である。アクエンアテンの一神教信仰は彼の死後完全に忘れ去られてしまったわけでもなく、個人が直接に神に語りかけるという形での個人信仰のめばえに影響を与えたのではないかと言う。個人的にはオリエントの人々が神の声を聞いたとしたら、同時代の中国人は神の声を聞けたのかどうか気になるところである。
読了日:04月12日 著者:本村 凌二

中国古典小説史 ――漢初から清末にいたる小説概念の変遷 (ちくま学芸文庫 オ-38-1)中国古典小説史 ――漢初から清末にいたる小説概念の変遷 (ちくま学芸文庫 オ-38-1)感想
『荘子』の「小説」に始まり、志怪から伝奇へという出だしの構成こそオーソドックスだが、基本的にはジャンルや類話ごとに文言・白話小説を織り交ぜて発展の跡を追っていくという構成になっている。しかも三国演義や西遊記といった有名作品を大きく取り上げないなど、内容もなかなか野心的である(しかし後年の著者とは違ってトンデモでない)。太古の夔から財神への有為転変、先行作品では活躍しながらも梁山泊に加われなかった好漢たちの事情などの話を面白く読んだ。
読了日:04月14日 著者:大塚 秀高

清代知識人が語る官僚人生 (東方選書 62)清代知識人が語る官僚人生 (東方選書 62)感想
清代の官箴書『福恵全書』を中心にして見る地方官のキャリアと生活。科挙受験から始まり任地での知県の仕事ぶり、官吏同士の関係、そして離任までを解説。正規の役人だけでなく胥吏や衙役、幕友の生態についても紙幅を割いている。清初には挙人止まりでも知県として任用される道があったというのが意外。本書で取り上げられている黄六鴻は会試には受からなかったのに、後年会試の同考官を務めているのも思しい。知県や衙役などは中国時代劇でも登場することが多く、鑑賞のうえで必要な知識を提供してくれるだろう。
読了日:04月17日 著者:山本英史

哲学史入門I: 古代ギリシアからルネサンスまで (1) (NHK出版新書 718)哲学史入門I: 古代ギリシアからルネサンスまで (1) (NHK出版新書 718)感想
インタビュー形式ということもあって取っつきはいいが、内容は決してわかりやすいわけではない。今巻で扱われる範囲のうち、中世とルネサンスの哲学は一般に馴染みがない分野であろう。しかし古代から時代を追って解説されることで何となく脈絡のようなものが見えてくるような気がする。その古代についても、哲学のはじまりは固定されているわけではなく、後から振り返ることではじまりの地点も変化していくという議論がおもしろい。
読了日:04月19日 著者:千葉 雅也,納富 信留,山内 志朗,伊藤 博明

訟師の中国史 ――国家の鬼子と健訟 (筑摩選書 227)訟師の中国史 ――国家の鬼子と健訟 (筑摩選書 227)感想
訴訟社会だったという近世中国。「水際対策」のような形で訴訟を減らそうとするお役所に対していかに訴状を受理させるかで腕を振るう訴状の代書屋にあたる訟師は、歴代王朝によって弾圧の対象となり、社会的に蔑まれてきた。しかし彼らは政府の儒家的な理念と政策によって生み出された「必要悪」とも言うべき存在だった。本書では彼らの姿を他地域や近現代中国の状況との比較の上で描き出している。同時期に出た『清代知識人が語る官僚人生』の裏面的な内容で、セットで読むと面白い。
読了日:04月21日 著者:夫馬 進

神聖ローマ帝国-「弱体なる大国」の実像 (中公新書, 2801)神聖ローマ帝国-「弱体なる大国」の実像 (中公新書, 2801)感想
歴代皇帝の事跡とともに帝国の体制に着目した通史。「ドイツ国民の神聖ローマ帝国」など各段階での国号変更の事由や選帝侯位の推移などについても詳しい。菊地良生も新書で同じタイトルの本を出しているが、帝国クライスや帝国議会など、帝国の政治制度についてはほとんどまり語っていなかったように思う。帯の背に「強くない国家が長く続いたのはなぜか」とあるが、長く続くには続くだけの理由があるというのが本書によって見えてくる。
読了日:04月25日 著者:山本 文彦

日本語と漢字: 正書法がないことばの歴史 (岩波新書, 新赤版 2015)日本語と漢字: 正書法がないことばの歴史 (岩波新書, 新赤版 2015)感想
漢字・漢語の読みからたどる日本語(彙)論。話は古代→中世→近世と時代順に進んでいくが、各章で議論されるポイントはそれぞれ異なる。個別のテキストの中での字形などの細かな差異に着目した議論が目立ち、「生のテキスト」を丁寧に読むことの大切さを教えてくれる。万葉の頃には日本語を書き表す文字として漢字をどう使うかという試みは一通り終わっていたのではないかという議論や、かな書きの連綿活字の話、近代中国語の取り込みの話などを面白く読んだ。
読了日:04月27日 著者:今野 真二

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2024年3月に読んだ本

2024年04月01日 | 読書メーター
西遊記 ビギナーズ・クラシックス 中国の古典 (角川ソフィア文庫)西遊記 ビギナーズ・クラシックス 中国の古典 (角川ソフィア文庫)感想
同シリーズの『水滸伝』より訳文が多くて長い印象。解説やコラムも呉承恩作者説の出所や『西洋記』との比較、先行作品や版本間の比較、火焔山にまつわる地理学、ないしは元ネタの問題等々、『水滸伝』ほどではないが読ませるものが多い。初心者はもちろん西遊記ファンも読んで損はないだろう。
読了日:03月01日 著者:

図解 諸子百家の思想 (角川ソフィア文庫)図解 諸子百家の思想 (角川ソフィア文庫)感想
出土文献からの成果も豊富に取り入れた諸子百家入門。今回の文庫版では名家、陰陽家など章節新たに追加し、その後発見された出土文献や新たな研究の成果を参照して追記がなされている。儒家や孔子に関する理解が浅野流なので、その点だけは個人的に支持できないが、それ以外はおおむねまとまった概説となっている。欲を言えばね雑家すなわち諸子の成果を総合した『呂氏春秋』の章もあれば良かった。
読了日:03月03日 著者:浅野 裕一

アジア経済史 (上)アジア経済史 (上)感想
日本も含めた東アジア、東南アジア、南アジア地域の経済史概説。時代は近世以降が中心で、上巻はおおむね19世紀末まで。今まで読んだ中国経済史と比べて、特に第Ⅰ部で社会生活史に関する記述が多いのが特徴か。東インド会社の活動や商品作物としての茶葉の栽培・輸出地の変遷など、各地域を関連させた記述も特徴的。疾病に関する項があるのは今風を感じさせる。
読了日:03月06日 著者:

房思琪の初恋の楽園 (白水Uブックス)房思琪の初恋の楽園 (白水Uブックス)感想
尊敬する37歳年上の塾講師の慰み者となり、しかも彼を愛させられてしまった少女の物語。加害者はこれまでにも同じような「恋愛」を積み重ねており、また主人公の周辺には夫からのDVに苦しむ女性がいる。救われないのは、主人公も加害者も富裕層の出身であり、平均以上の教養に恵まれていることだ。高い生活水準や教養は決して性被害に遭う確率を低くはしない。そんな現実を突き付けられているようである。
読了日:03月09日 著者:林 奕含

戴天 (文春文庫 ち 12-2)戴天 (文春文庫 ち 12-2)感想
『震雷の人』と同じく安史の乱の時期の唐を舞台とし、話の中心となるのが男女3人という構図は同じだが、その男女3人が入れ替わり、舞台となる主要な地域も異なるという趣向。今回中心となるテーマは宦官と胡人。ラスボス的な存在である辺令誠も宦官であるが、単純に切って捨てられる悪役というわけでもない。「人は変わる」あるいは「人の評価は変わる」という所に注目して読むと面白い作品。
読了日:03月12日 著者:千葉 ともこ

冷戦史(上)-第二次世界大戦終結からキューバ危機まで (中公新書 2781)冷戦史(上)-第二次世界大戦終結からキューバ危機まで (中公新書 2781)感想
冷戦通史の前半部分だが、特に終戦直後の米ソ対立が決定的になっていない時点では米国の世界構想が多くの可能性に満ちており、ソ連側もイデオロギー性の重視が逆説的に外交に柔軟性を与えていたこと、キューバ危機に対してソ連側がベルリン危機と関係づけていたように、同時期の他地域の動向が密接に関わっていることが強調されている点、中南米地域の反米の動きにありもしない共産主義の影を見るななど、ソ連とともにアメリカもイデオロギーにとらわれていたことなどが印象的。
読了日:03月15日 著者:青野 利彦

冷戦史(下)-ベトナム戦争からソ連崩壊まで (中公新書 2782)冷戦史(下)-ベトナム戦争からソ連崩壊まで (中公新書 2782)感想
冷戦史後半。ソ連型共産主義の破綻が目に見えた時に権威主義を温存したまま市場経済を導入した中国のあり方が第三世界の諸国の国家発展モデルとなったことや、多国間の枠組みを形成していったヨーロッパに対して東アジアの国際関係の改善が二国間関係の締結に終始したことが、現在まで続く東アジア地域の分断の継続に影響しているといった指摘が興味深い。米ソ中に加えて分断解消に対する日本の努力不足も問われている。
読了日:03月16日 著者:青野 利彦

近代日本の陽明学 (講談社学術文庫)近代日本の陽明学 (講談社学術文庫)感想
文庫化を機に三回目の読書。大塩平八郎から三島由紀夫まで近代日本の陽明学徒の系譜を辿る。増補部分は中江兆民や西田幾多郎、渋沢栄一など本書の内容と関係する人物と朱子学・陽明学との関わりについて。西洋の概念の訳語としての「自由」が『論語』顔淵篇の「克己復礼」の章に見える「己に由る」という言葉と同義語であるという指摘が面白い。著者は儒教との関係でしか議論していないが、これは当然近代日本の漢文脈の話にもなってくるだろう。
読了日:03月18日 著者:小島 毅

ローマ帝国の誕生 (講談社現代新書)ローマ帝国の誕生 (講談社現代新書)感想
後に属州として位置づけられることになる征服地や従属地の人々との関係を軸にたどる、(皇帝が支配する国家ということではなく)多様な民族を統治する国家としてのローマ帝国誕生の軌跡。一口に属州と言っても時期によってローマ側の対応が異なるや、属州を得たことがローマ自身の政治危機の淵源となったこと、後に属州となる外地との戦争や国内の危機に対して執政官の再任などの例外を認め、それを積み重ねたことがアウグストゥス、すなわち元首、ローマ皇帝の登場につながったという逆説的な議論が面白い。
読了日:03月21日 著者:宮嵜 麻子

両京十五日 2: 天命 (ハヤカワ・ミステリ)両京十五日 2: 天命 (ハヤカワ・ミステリ)感想
昨日の敵は今日の友、今日の友は……という展開。黒幕は明朝宮廷物のドラマを見ていればある程度予想することができると思うが、中国エンタメでお馴染みの漢方や食べ物はもちろんのこと、白蓮教に水運、土木建築、殉死と作者の歴史に対する広い知識や考証が嫌味にならず、物語を面白くする結果につながっている。日本の中国物だとなかなかこの域に達するのは難しいだろう(中国でもこの年代の作家としては彼ぐらいかもしれないが)。馬伯庸の他の作品の翻訳も是非どんどん出してほしい。
読了日:03月24日 著者:馬伯庸

統治されない技法: 太湖に浮かぶ〈梁山泊〉統治されない技法: 太湖に浮かぶ〈梁山泊〉感想
歴史文献とオーラルヒストリーの両方を駆使し、歴史的に平地民から蔑視されてきた太湖の漁民の生態を、彼らの宗教信仰を軸に追っていくという内容(だと思う)。賛神歌が地域の非物質文化遺産に指定されるうえでの漁民と役所の思惑のズレが興味深い。中国政府の政策もさることながら、市場経済の導入と環境破壊が漁民としてのくらしを成り立たなくさせているというのが何だ世知辛い。
読了日:03月27日 著者:太田 出
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2024年2月に読んだ本

2024年03月01日 | 読書メーター
カーストとは何か-インド「不可触民」の実像 (中公新書 2787)カーストとは何か-インド「不可触民」の実像 (中公新書 2787)感想
カーストの歴史的な展開についての本かと思いきや、それは第1章のみでメインは不可触民の置かれた現状の話。フィールドワークによる実感やインタビューによる個別事例、映画での描写なども盛り込まれていて具体的な状況が想像しやすいようになっている。元々はそれほど厳密というわけでもなかったカーストが顕在化・実体化したのはイギリスによる植民地統治がきっかけだったというのが意外。不可触民の置かれた状況を見ると、日本の部落問題に対しても示唆する所が多そうである。
読了日:02月01日 著者:鈴木 真弥

ヨーロッパ史 拡大と統合の力学 (岩波新書 新赤版 2003)ヨーロッパ史 拡大と統合の力学 (岩波新書 新赤版 2003)感想
英仏独などの各国史ではなくヨーロッパ世界を一体のものとして見るヨーロッパ史……だと思う。古代末期から中世にかけての大帝の時代の部分が私にとっての読みどころだった。著者の専門柄「ビザンツ」に関する話が多いが、西暦が誕生したのはユスティニアヌスの時代であるという点や、コンスタンティノス7世が息子のために作ったという『帝国の統治について』の百科全書的な性質が『呂氏春秋』に似通っていること、ビザンツ帝国が周辺諸地域を子ども、兄弟など擬制的親族関係に擬えていたのが宋王朝のそれを連想させることなどが興味深い。
読了日:02月03日 著者:大月 康弘

アテネ 最期の輝き (講談社学術文庫)アテネ 最期の輝き (講談社学術文庫)感想
デモステネスの生涯を軸に、カイロネイア以後のアテネの社会と民主政の終焉の過程を描く。デモステネスが当事者となった裁判、特にハルパロス裁判が対マケドニア政策といった政治的対立とは無縁の、積年の怨み辛みを晴らす個人的対立の場となっていたというのが面白い。しかし民主政転覆罪を名目とした裁判の頻発が民主政への傾倒の現れだったというのはどうだろうか?文庫版のあとがきで触れられている、アルキメデス・パリンプセストの発見により、デモステネスの弁論に対する評価が変わってきたという話は興味深い。
読了日:02月05日 著者:澤田 典子

技術革新と不平等の1000年史 上技術革新と不平等の1000年史 上感想
21世紀版『人間不平等起源論』といった趣。レセップスとパナマ運河の下りは西欧版『失敗の本質』という感じだが。農耕の開始から産業革命に至るまで、テクノロジーの発展は庶民を幸せにしないどころか、それ以前より生活を苦しくさせるということが議論されている。19世紀アメリカの綿花栽培にボリシェヴィキ・ロシアの姿を見るという視点や、中国のように(というよりイギリス以外の)一定程度科学が発展していた国でも工業化出来なかったのはなぜかという議論も面白い。
読了日:02月08日 著者:ダロン・アセモグル,サイモン・ジョンソン

世界史のリテラシー 「中国」は、いかにして統一されたか: 始皇帝の六国平定 (教養・文化シリーズ)世界史のリテラシー 「中国」は、いかにして統一されたか: 始皇帝の六国平定 (教養・文化シリーズ)感想
伝世文献の記述を中心とした比較的オーソドックスというか教科書的な作りの本。「古典中国」を押し出してる所がこの著者らしいといったところか。これは著者というより「世界史のリテラシー」シリーズ全体のコンセプトでもあるかもしれないが…… 目新しさはないが、特に間違ったことを書いてあるわけでもないので、手堅い内容を求める向きには悪くない本だと思う。
読了日:02月10日 著者:渡邉 義浩

技術革新と不平等の1000年史 下技術革新と不平等の1000年史 下感想
下巻の射程範囲は20世紀から現代まで。19世紀末から戦後まで経済成長の恩恵が下々にまで及ぼされ、下層階級もそれなりに豊かな生活を送ることができたのは、企業に対する世論の高まりと労働組合などの対抗勢力の活動が活発だったからである。しかしデジタル・テクノロジーの発展、特にAIの登場によりそれも怪しくなってきた……という主旨だと思う。歴史の話と思わせてといて現在、そして未来の話の比重が大きいという作りは『サピエンス全史』と共通している。結論としてはやはり声を上げ続けることが大事ということになるだろうか。
読了日:02月10日 著者:ダロン・アセモグル,サイモン・ジョンソン

老神介護 (角川文庫)老神介護 (角川文庫)感想
「老神介護」は『折りたたみ北京』収録のものと同じものだと思うが、続編(しかも趣が全く異なる)があるとは思わなかった。「地球大砲」も「彼女の眼を連れて」とは全く趣が異なる続編。本編で描かれている、病気を理由とする人工冬眠という趣向は『三体』でも存在する。本書の中では恐竜と蟻との共生、そしてその破綻を描く「白亜紀往時」を最も面白く読んだ。同じタイトルで出版された単行本はその長編版ということらしく、そのうち読んでみたい。
読了日:02月12日 著者:劉 慈欣

古代西アジアとギリシア ~前1世紀 (岩波講座 世界歴史 第2巻)古代西アジアとギリシア ~前1世紀 (岩波講座 世界歴史 第2巻)感想
ローマとセットにして西アジア地域と二項対立的に論じられがちだった古代ギリシアを西アジア史の文脈に位置づけたというのが特色ということになるだろうか。山花コラムで触れられている古代エジプトの女王が王朝末期に現れるというのは、日本の女帝と比較すると面白そうである。栗原焦点では古代ギリシアの少年愛について、愛され役の少年が長じて愛し役として成長しないと蔑視の対象となったというのが興味深い。阿部焦点のペルシアとギリシアが互いにどう見ていたのかという話も面白い。
読了日:02月14日 著者:

両京十五日 1: 凶兆 (ハヤカワ・ミステリ)両京十五日 1: 凶兆 (ハヤカワ・ミステリ)感想
皇族内の皇位簒奪を狙う者が白蓮教と結託して、南京から北京に戻ろうとする皇太子・朱瞻基の命を狙おうとし、于謙や白蓮教徒と因縁のある捕快の呉定縁、女医・蘇荊渓が太子を守って北京へと送り届けようとするという構図。朱瞻基と呉定縁の成長物語ということになると思うが、そのあおりということか朱瞻基のダメダメ度が他のエンタメ作品より高くなっている印象。于謙は早々と世に出た後の死亡フラグが立っている感じ。下巻にも期待。
読了日:02月18日 著者:馬伯庸

中国農村の現在-「14億分の10億」のリアル (中公新書 2791)中国農村の現在-「14億分の10億」のリアル (中公新書 2791)感想
現地調査、歴史的展開、日本や印度の農村との比較、理論の四方向から今の中国農村のリアルを描き出す。古典とされる費孝通の『郷土中国』はどうにも話がわかりにくかったが、本書は具体性でもって理論を肉付けしてくれている。現代中国に家族主義のもとでの「官」は存在しても庶民の代表となるような代議士・政治家が存在しないというのは歴史的な科挙の影響の大きさを示しているし、中国の民主主義が議会制民主主義とは大きく違った形を取らざるを得ない理由を示していよう。農民が都市化された県城に包摂されているという指摘も興味深い。
読了日:02月22日 著者:田原 史起

老虎残夢 (講談社文庫)老虎残夢 (講談社文庫)感想
武侠にミステリーをかませるというのは中国エンタメではよく見られるものだし、作者も金庸、古龍作品は一通り読んでいるようで、おそらくそれを承知で書いている。私も武侠物のバリエーションとして読んだ。しかし出版社側や評価する側はそういう予備知識がまったくないようで、基本的に歴史ミステリーとして評価しており、中国の歴史物、あるいは武侠物にミステリーをかませるのは新鮮だと考えているようである。そのギャップにそれでよいのかと考えさせられた。
読了日:02月23日 著者:桃野 雑派

ジェンダー史10講 (岩波新書 新赤版 2009)ジェンダー史10講 (岩波新書 新赤版 2009)感想
取り上げる地域は近代以降の欧米、就中ドイツ、そして日本とほぼ限られているが、テーマは歴史教育、家族、労働、植民地・戦争・レイシズムといったように幅広い。フランス革命によって女性が政治に関与する幅が却って狭くなったこと、外交史などジェンダーとは無縁と考えられてきた領域でも新しい視点が提示されていること、ルイ14世の服装から見出せるジェンダー、一定不変と思われてきた男女の身体観の変化、女性参政権の実現が女性の戦争協力の直接的な帰結とはいえないこと等々、興味深い指摘が多々見られ、啓発性に富む書となっている。
読了日:02月25日 著者:姫岡 とし子

世界哲学のすすめ (ちくま新書 1769)世界哲学のすすめ (ちくま新書 1769)感想
『世界哲学史』シリーズの補編というかダイジェスト的なものというか今後の展望的な内容。哲学そのものというより哲学研究を取り巻く現状の話が中心。話題が多岐に渡るが、翻訳のディレンマの話、アフリカ哲学の位置づけの問題、ギリシア哲学と印度哲学との邂逅の話を面白く読んだ。
読了日:02月28日 著者:納富 信留

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2024年1月に読んだ本

2024年02月01日 | 読書メーター
アフリカ史 (講談社学術文庫)アフリカ史 (講談社学術文庫)感想
著者の専門柄ということか『新書アフリカ史』と比べて各地の神話が占める比重が多い。そして人物などについて日本史に例える箇所が目立つが、ボルヌーのイドリス2世、ズールーのシャカ王、エチオピアのメネリック2世ら英雄たちの物語は確かに魅力的である。特にエチオピアは独立を保ち続けたということもあり、アフリカ人民の解放の象徴となったということである。近代になって西欧からキリスト教が伝来すると、コンゴのシモン・キンバングーのように救世主を称して宗主国への反抗を説く者が現れたのは、中国の太平天国を連想させる。
読了日:01月08日 著者:山口 昌男

中国学の近代的展開と日中交渉 (アジア遊学)中国学の近代的展開と日中交渉 (アジア遊学)感想
複数の論文で指摘されている近代日本の漢学の先進性の指摘のほか、古勝論文で議論されている余嘉錫の章学誠評価の矛盾の真意、周論文で言及されている、明治以後の日本の漢学家たちによる現地体験や中国の学者との学術交流は過去には考えられなかったことであるという指摘や、山田論文で議論されている竹内好の「支那」呼称と「中国」呼称をめぐる葛藤などを面白く読んだ。私の専門に関係する甲骨文の研究や『古史弁』運動(この二つについても本書でカバーされているが)についても、近代の日中学術交流全般の中に位置づける必要があるのだろう。
読了日:01月11日 著者:

繁花 上繁花 上感想
90年代の話と文革の前後の話が交互に語られる群像劇というか風俗小説と言った方がいいのだろうか?筋はあるようでなく、ないようであるという感じで、ひたすら原著の上海語を関西弁に置き換えて下世話な話が続く。かと思えば古典詩詞なども適宜会話に織り交ぜてくるので、ちょっと不思議な感覚がする。取り敢えずウォン・カーワイのドラマは登場人物の名前を借りただけの別物だと思う。
読了日:01月15日 著者:金宇澄

国民国家と帝国 19世紀 (岩波講座 世界歴史 第16巻)国民国家と帝国 19世紀 (岩波講座 世界歴史 第16巻)感想
北村氏の展望ではフランス革命の起点に諸説があること、西欧諸国の植民地獲得の動機について「文明化の使命」が注目されていることなどが示唆されている。「文明化の使命」は、並河論文によると英仏による奴隷制廃止の拡散にも影響したとのこと。「文明化の使命」はまた、中澤論文で触れられる西欧のスロヴァキアなどに対する「歴史なき民」という視線とも関係するであろう。貴堂論文では、「移民国家」の印象が強いアメリカではあるが、南北戦争の頃までは「奴隷国家」「奴隷主国家」と位置づけるべきであるという議論を紹介する。
読了日:01月18日 著者:

繁花 下繁花 下感想
文革期の話と90年代の話がまったく交わらないまま展開していき、終盤まで2種類の違う話を読んでる気にすらなった(登場人物も半数以上は重ならないのではないか)。それが最後に……ということでこのままオチが付かないまま終わるのでないかと思われた話に一応の決着がついて完結する。しかし本書を読んでもドラマ版の参考にはまったくなりませんw
読了日:01月22日 著者:金宇澄

感染症の歴史学 (岩波新書 新赤版 2004)感染症の歴史学 (岩波新書 新赤版 2004)感想
新型コロナとの対比から天然痘、ペスト、マラリアの流行や対策を読み解こうという試み。第一章はコロナ禍の簡潔にしてよいまとめとなっている。しかし新型コロナに関する記憶や記録は急速に失われつつあるとして、「デマ」とされた動画なども含めて保存の必要を訴える。新型コロナが中国政府によって人為的に開発されたという言説から731部隊の話などウイルスや細菌の兵器利用の試みを話題に出したり、日本による橋本イニシアティブの発想が中国に継承されているといった点を面白く読んだ。
読了日:01月24日 著者:飯島 渉

清朝滅亡:戦争・動乱・革命の中国近代史一八九四―一九一二清朝滅亡:戦争・動乱・革命の中国近代史一八九四―一九一二感想
日清戦争から溥儀の退位までの流れをドキュメンタリーチックに描く。「海軍の予算を頤和園の修築費として流用」したという話の真相、康有為の公車上書の史実性、義和団事件の際の東南互保が清朝の中央集権体制の瓦解を決定づけたとする視点、袁世凱や孫文の人物評価などが読みどころか。
読了日:01月27日 著者:杉山 祐之

平安貴族とは何か 三つの日記で読む実像 (NHK出版新書 707)平安貴族とは何か 三つの日記で読む実像 (NHK出版新書 707)感想
一条には長らく天皇としての呼び名が定まっていなかった(意外なことに息子の後一条の方が先に定められたとのよし)というような豆知識も面白いが、『御堂関白記』の墨で消された部分の判読、『御堂関白記』『権記』などの間の一条の辞世の句の食い違い、藤原実資だけが著者とは言い切れない『小右記』の形成過程の問題など、それぞれの日記のテキスト的な問題の方がなお面白い。
読了日:01月30日 著者:倉本 一宏

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2023年12月に読んだ本

2024年01月01日 | 読書メーター
君主号と歴史世界 (史学会シンポジウム叢書)君主号と歴史世界 (史学会シンポジウム叢書)感想
第6章のセルジューク朝のバグダード入城に伴うスルターン号承認の虚実、第8章の、元来国制的な裏付けや職権の付与を伴わなかったアウグストゥス号の位置づけと歴史的展開に関する議論を面白く読んだ。第10章のハプスブルク帝国の複合的君主号や第11章の護国卿の位置づけに関する議論を読むと、日本の征夷大将軍についても君主号と位置づけるような議論があっても良かったのではないかと思う。
読了日:12月02日 著者:

海外の日本中世史研究: 「日本史」・自国史・外国史の交差海外の日本中世史研究: 「日本史」・自国史・外国史の交差感想
日本中世史の外国籍研究者、在外研究の経験がある日本人研究者、日本で外国史を研究する研究者の三者それぞれの立場からの研究動向+外国籍研究者による著書の書評という構成。韓国では韓国史との接点が弱い中世史の研究者が困難に直面しているなど、それぞれの国での研究事情や研究の特質が興味深い。それと同時に、日本人の日本史研究者が海外で研究する意義も理解できるような記述になっている。『新ケンブリッジヒストリーオブジャパン』で、すべての章で出来る限りジェンダー概念を取り入れているというのは、日本の学界も重く見るべきである。
読了日:12月05日 著者:

仇討ちはいかに禁止されたか? 「日本最後の仇討ち」の実像 (星海社新書)仇討ちはいかに禁止されたか? 「日本最後の仇討ち」の実像 (星海社新書)感想
「もうひとつの忠臣蔵」とも言うべき、幕末の赤穂志士によって引き起こされた高野の仇討ち。幕末とあって、土佐や長州、京都の公家などが関係してくるというのが面白いところ。仇討ちのきっかけとなった村上真輔の殺害にも尊皇攘夷が関係してくる。これが明治六年の仇討ち禁止令の制定につながったということで、制定に至るまでどういう議論があったのかなど社会史的なアプローチを期待したが、そこが詳しく紹介されているわけでもなく、タイトルが看板倒れになっている感があるのが残念。
読了日:12月07日 著者:濱田 浩一郎

パッキパキ北京パッキパキ北京感想
女版阿Qとも言うべき楽天的な菖蒲の北京生活。とにかく痛快で笑いたくなってくる。コロナ禍のもとでの中国事情も読みどころ。(コロナ以前からのものであるが)交通事情や住宅修繕のおじさんの発想など、中国で暮らした経験のある人には頷くポイントが多いのではないかと思う。綿矢先生のファンだけでなく中国に興味・関心のある人も是非読んで感想、特にラストの主人公のを語りあいたい。『すばる』掲載版から、王一博の広告など細かい加筆がなされている。
読了日:12月08日 著者:綿矢 りさ

古代人の一生──老若男女の暮らしと生業 (シリーズ 古代史をひらくⅡ)古代人の一生──老若男女の暮らしと生業 (シリーズ 古代史をひらくⅡ)感想
各章で興味深かったポイントを書いておくと、吉村論文では夫だけでなく妻や子の戦争参加について言及されている。菱田論文では、ジェンダーの観点から『土偶を読む』とその批判本『土偶を読むを読む』について触れている。吉川論文では古代の女官の役割について、日本では宦官が存在しないということと関係している部分があるという。鉄野論文では、万葉集に見られる個々人の男女関係について、基本的には虚構であり、歌に見える表現と現実との関係を勘定に入れる必要があるという。巻末の対談では学界のジェンダー事情について触れられている。
読了日:12月11日 著者:

風水講義 (法蔵館文庫)風水講義 (法蔵館文庫)感想
今まで風水の解説書を読んでもよくわからなかったが、本書は、風水の基本的な発想は大地を人体に見立てることであるとか、儒学との結びつき、そして朱子が風水に理解があったことにより近世以降風水が広まることになった等々、要点を押さえてくれている(しかしそれでもまだ飲み込めない所が多々あるが……)前近代中国での広まりのほか、現代中国、朝鮮半島や沖縄の状況についても触れている。文庫版で追加された付篇も本編のよいまとめ、補足となっている。
読了日:12月14日 著者:三浦 國雄

台湾の歴史 (講談社学術文庫)台湾の歴史 (講談社学術文庫)感想
多重族群国家としての台湾、あるいは中華民国第二共和制の成立に重点を置いて辿る台湾現代史。二・二八事件から陳水扁政権成立までを中心とし、日本統治時代以前については記述が控えめ。文化史についての言及もほとんどなく、あくまで政治史・経済史が中心。台湾史について断片的な知識しかなかったのが、通史として見ることで点と点が線でつながったという感じになった。
読了日:12月16日 著者:若林 正丈

台湾の半世紀 ――民主化と台湾化の現場 (筑摩選書 269)台湾の半世紀 ――民主化と台湾化の現場 (筑摩選書 269)感想
台湾政治研究の泰斗による、半世紀にわたる研究と「選挙見物」などの現地滞在記。同時刊行の同じ著者の『台湾の歴史』の舞台裏のような内容。そして同書の後の政治状況も補足としてまとめられている。著者の研究生活はほぼ台湾の民主化、あるいは「中華民国台湾化」、更には日本で台湾に対する印象が変化していく過程と重なっており、ダイナミックである。政治研究者としては当たり前だが、後々政界の大物となる人物とも早くから接触している。台湾政治研究を語る言葉として「動いているものは面白い」というのが印象に残った。
読了日:12月19日 著者:若林 正丈

台湾のアイデンティティ 「中国」との相克の戦後史 (文春新書 1434)台湾のアイデンティティ 「中国」との相克の戦後史 (文春新書 1434)感想
内容的に若林正丈『台湾の歴史』『台湾の半世紀』とかぶる部分も多い。本書の特徴は、劉彩品ら活動家の事績や言動を多く取り上げている点、批判されがちな馬英九の政治的スタンスや施策に一定の評価を与えている点などだろうか。その他PCゲーム『返校』をめぐる議論や八田与一をめぐる日台の認識のズレなども取り上げている。
読了日:12月20日 著者:家永 真幸

戦狼中国の対日工作 (文春新書)戦狼中国の対日工作 (文春新書)感想
低レベルな人材による拙劣な工作を繰り広げる海外派出所の話に対し、習近平自身の現地体験と深い現地の歴史への理解が生かされた黄檗宗や沖縄へのアプローチのアンバランスさが印象的。農村土豪ムーブによる中国の圧力に対して、著者が毛沢東の戦略を参考にしろと説くのが面白い。著者の中国体験に中国理解が有機的に結びついている。竹内亮夫妻が政治に興味がないにも関わらず結果的に中国政府のプロパガンダに加担してしまっているというのは、日本のノンポリなクリエーターが国家のプロパガンダに加担するという姿と二重写しのようである。
読了日:12月22日 著者:安田 峰俊
天狗説話考天狗説話考感想
現在流布している天狗像がいかに形成されてきたかを、古代から近代までの天狗説話を辿ることで考察。飛行能力、カラスなど鳥類のイメージ、石つぶて、高い鼻、山伏や修験道の関わりなどが各時代にそれぞれの文脈で付加されてきたことを論じている。また天狗道と西洋の煉獄との比較なども興味深い。天狗説話のうち、中国の天狗が日本に飛来してきて酷い目に遭う是害坊説話については、何やら日本側の歪みというかコンプレックスのようなものが感じられる所ではあるが。
読了日:12月24日 著者:久留島 元

水滸伝 ビギナーズ・クラシックス 中国の古典 (角川ソフィア文庫)水滸伝 ビギナーズ・クラシックス 中国の古典 (角川ソフィア文庫)感想
同シリーズの従来作とは異なり原文に当たるものが現代語訳だけというのは体裁上さすがに無理があるが、水滸伝研究の第一人者によるコラムがその不備を補って余りある。コラムでは版本上の問題を解説するほか、『大宋宣和遺事』や元雑劇など先行する水滸伝物語群に基づいて作中の矛盾などを読み解き、より深い読、時には現代的視点からの読みを提示するなど、読み応えがある。コラムのためだけに本書を読む価値がある。ビギナーだけでなく年季の入った水滸伝マニアにもお薦め。
読了日:12月28日 著者:

謎の平安前期―桓武天皇から『源氏物語』誕生までの200年 (中公新書, 2783)謎の平安前期―桓武天皇から『源氏物語』誕生までの200年 (中公新書, 2783)感想
奈良時代から我々が何となくイメージしている「平安時代」が形作られるまでの変化の時期として見る平安前期の歴史。女官から女房への社会的地位や性質の変化、文人官僚が恠異に注目した理由、正史が作られなくなった事情、和歌と歌人の扱いや地位の変化等々、類書があまり注目してこなかったポイントから時代の変化を読み解いている。来年の大河の(裏)副読本として使えるかもしれない。斎王、女官、女房など女性に関する記述が豊富なので、女性史に関心がある向きにもお薦め。
読了日:12月31日 著者:榎村 寛之

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2023年11月に読んだ本

2023年12月01日 | 読書メーター
教養の人類史 ヒトは何を考えてきたか? (文春新書 1431)教養の人類史 ヒトは何を考えてきたか? (文春新書 1431)感想
日本古代史に関する一般書を発表してきた著者がこのタイトルでどういう内容を書いているのかに興味を持って手に取った。勤務先の短大での講義内容が中心ということだが、「知の巨人」を取っかかりにして人類の進化から新型コロナまで、文学、歴史、哲学、宗教等々幅広い分野にわたって学ぶべき教養へと導いている。古典から最近話題になった本まで様々な本を取り上げているので、ブックガイドとしても使えそうである。
読了日:11月01日 著者:水谷 千秋

歴史と文学のはざまで 唐代伝奇の実像を求めて (東方選書61)歴史と文学のはざまで 唐代伝奇の実像を求めて (東方選書61)感想
序章で中国では古来文字による記録は〈実録〉として読まれ、『桃花源記』などもフィクションとして読まれなかったというようなことが述べられているのだが、それではそういうものを書く層は他人の手による文字記録を物語として読まなかったのだろうか?序章での議論を大いに疑問である。本編で訳出される唐人伝奇にも「たんなる怪異譚と馬鹿にできようか」という一文があるが、これは伝奇を「たんなる怪異譚と馬鹿」にする立場も一定程度存在したことを示すのではないだろうか?
読了日:11月03日 著者:高橋文治

ケマル・アタテュルク-オスマン帝国の英雄、トルコ建国の父 (中公新書 2774)ケマル・アタテュルク-オスマン帝国の英雄、トルコ建国の父 (中公新書 2774)感想
文字改革などの施策についてはこれまで過大に評価されてきた面があるようで、その裏返しで独裁者という評価も権威主義的な傾向は否めないにしても、現代のエルドアンなんかと比べると、当時の法的権限の制限や複数政党制も視野に入れていた点などから、やはり過大評価となるようである。また本書では公定歴史学の導入、太陽言語理論の提唱など、その施策の負の面についても言及されている。キャリアの初期において軍事的英雄として評価された点や後世に評価が大きく揺れた点など、建国の父としては中国の毛沢東と好対照となりそうである。
読了日:11月06日 著者:小笠原 弘幸

大学の先生と学ぶ はじめての歴史総合大学の先生と学ぶ はじめての歴史総合感想
予備校講師の実況中継本のような感覚で読める高校の新課程科目歴史総合の参考書。資料やグラフなどの図の読み取りによる分析が多い。また教科書が扱われるすべての事項を解説しているわけではなく、教科書などを使って読者に自分で調べてまとめさせる箇所が多い。章末の設問も歴史総合の趣旨を生かしたものになっている。(念のため簡単な解答例を付けておいても良かったと思うが)
読了日:11月09日 著者:北村 厚

デパートの誕生 (講談社学術文庫)デパートの誕生 (講談社学術文庫)感想
ブシコー夫妻によるデパート誕生記。当時の流行品店から発展したデパート、ボン・マルシェの革新性を、同店などに取材したゾラの小説なども参照しつつ描き出す。まずは薄利多売にバーゲン・セール、顧客を教育するという発想、返品の受付、無料の休憩室、カタログ商法等々の販売戦略を紹介し、ついで歩合給制、社員食堂、社員寮、営業時間外の教育やクラブ活動、退職金・養老年金制度など、社員教育と福利厚生制度について触れる。デパートの歴史のみならず、19世紀後半以降の大衆社会化の一側面をうまく描き出している。
読了日:11月11日 著者:鹿島 茂

ガンディーの真実 ――非暴力思想とは何か (ちくま新書 1750)ガンディーの真実 ――非暴力思想とは何か (ちくま新書 1750)感想
ガンディーとその非暴力思想の「真実」、あるいは限界。非暴力不服従運動が日常での実践を背景としたものであったこと、その服装に思想的変遷があったこと、果実食を追求していたこと、ソウル・メイトとの交流、家族との関係等々、思いもしなかったガンディーの姿と思想を窺い知ることができる。今後ガンディーとその活動を語る上で基本になる書ではないかと思う。ただ、衣服を自分の手で作ることにこだわっていたとなると、トレードマークとなる眼鏡の使用についてはどう考えていたのだろうか?
読了日:11月13日 著者:間 永次郎

『大漢和辞典』の百年『大漢和辞典』の百年感想
諸橋轍次と大修館書店の創業者である鈴木一平による『大漢和辞典』の編纂・刊行について。著者が元大修館書店社員ということもあってか、どちらかというと編集や印刷にまつわる話が多い。戦前の出版社事情や、大漢和と漢字制限論、漢字復権といったような政治・社会事情との関わりの話が面白い。
読了日:11月19日 著者:池澤正晃

物語 江南の歴史-もうひとつの中国史 (中公新書, 2780)物語 江南の歴史-もうひとつの中国史 (中公新書, 2780)感想
江南といっても、本書では広く長江以南の地域を対象としている。地域史的な要素もないではないが、南方の視点からの中国史といった方が適切な内容。各章それぞれテーマを設けているので、章が変わるごとに時代が行ったり来たりしてちょっとややこしい。正直「南から目線」の中国史としては、菊地秀明『越境の中国史』の方が内容が濃くて面白い。軽い中国史読み物が読みたい層向けの本という感じがする。
読了日:11月21日 著者:岡本 隆司

中国殷代の青銅器と酒 (ブックレット《アジアを学ぼう》)中国殷代の青銅器と酒 (ブックレット《アジアを学ぼう》)感想
殷代の醴酒を用いた儀礼の興りと衰退、その容器と見られる青銅卣と、その卣に付けられた饕餮紋の展開、そして醴酒を用いた儀礼の衰退の歴史的背景について。酒の種類によって器種や紋様が固定されていたのではないかという発想が読みどころ。青銅器の紋様が現代の酒のラベルのようなものではないかという喩えは面白い。ただ、醴酒衰退の背景に環境的要因を推測として持ち出すのはありきたりでいまひとつ説得力がない。ここは環境学方面の研究やデータなどでの実証が欲しかったところ。
読了日:11月21日 著者:内田純子(うちだ じゅんこ)

ヒッタイト帝国 「鉄の王国」の実像 (PHP新書)ヒッタイト帝国 「鉄の王国」の実像 (PHP新書)感想
ヒッタイトの歴史と社会・文化。図版も多く、専門に研究したいという学生にとって、良き入門書の定番になるのではないかと思う。ただ、参考文献欄がないのが難点だが。ヒッタイトが「鉄の王国」と見なされるに至った事情が面白い。日本以外ではヒッタイトと鉄の関係がそれほど強調されることはないようだ。また粘土板に宗教文書が多いということや祭祀が国事の最優先事項といった点は、殷周王朝との類似性を連想してしまう。
読了日:11月23日 著者:津本 英利

サピエンス全史 上: 文明の構造と人類の幸福 (河出文庫)サピエンス全史 上: 文明の構造と人類の幸福 (河出文庫)感想
認知革命、農業革命、科学革命の3つの画期を中心にたどる人類史。上巻は帝国の形成とグローバル化まで。ここまでは先史時代から古代にかけての話がメイン。動物の絶滅の話に関して気候変動に原因を求める発想をすっぱり否定しているのが面白い。そして人類が小麦を栽培化したのではなく小麦が人類を家畜化したであるとか、文字と書記体系の話であるとか、人種差別と男女差別を対比的に扱っている点など、読者に発想の転換を求める点が読みどころか。
読了日:11月26日 著者:ユヴァル・ノア・ハラリ

サピエンス全史(下)文明の構造と人類の幸福サピエンス全史(下)文明の構造と人類の幸福感想
下巻は近世の科学革命以後の世界が中心。読みどころはほぼ上巻で尽きていたという感じ。全書を通して、正直『銃・病原菌・鉄』を読んだ時ほどの興奮はない。終盤では未来への展望として生物工学の話が出て来るが、人類学や歴史の話にこういう話がくっつく所が本書の特徴ということになるだろうか。
読了日:11月29日 著者:ユヴァル・ノア・ハラリ

スポーツの日本史: 遊戯・芸能・武術 (580) (歴史文化ライブラリー 580)スポーツの日本史: 遊戯・芸能・武術 (580) (歴史文化ライブラリー 580)感想
相撲、蹴鞠など先史時代から江戸時代までの前近代を中心にスポーツの展開、特に時代が進むにつれて貴族から武家、庶民に広まっていたことをまとめる。古代のスポーツには現代に通じる国際性があったこと、江戸時代には蹴鞠の用具職人が庶民に蹴鞠の手ほどきをして競技人口を増やしたこと、古来の水術が現代のシンクロ競技の素地となった点などが面白い。近現代中心なのかと思いきや、いい意味で期待を裏切ってくれる良書。
読了日:11月30日 著者:谷釜 尋徳

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2023年10月に読んだ本

2023年11月01日 | 読書メーター
インド―グローバル・サウスの超大国 (中公新書 2770)インド―グローバル・サウスの超大国 (中公新書 2770)感想
インドの国政、地方政治、産業と経済、財閥、人口問題、カーストや宗教とも関係する貧困や格差の問題、環境問題、外交、日本との関係等々、思いつく限りの話題が取り上げられている。足りない部分といえば、近年注目されている映画など文化面ぐらいか。地方で地域政党が強いことや、ロシアとの歴史的な結びつき、ITなど中国と比較する形での産業の特徴と限界については勉強になった。
読了日:10月03日 著者:近藤 正規

トランスジェンダー入門 (集英社新書)トランスジェンダー入門 (集英社新書)感想
学校、就職など、人生の様々な場面トランスジェンダーの置かれた現状、医療や貧困など、彼ら/彼女たちの抱える困難、法的な扱いとその問題点、フェミニズムや男性学との関わりなど、トランスジェンダーに関する基礎知識を一通り得られるようになっている。本書を読んで、「心の性と身体の性が一致しない人」というよく使われる説明など、その定義からして問題があったことを知った。性的マイノリティに限らず、日本ではマイノリティ集団への差別を禁止する法律が存在しないというのには唖然としてしまったが……
読了日:10月08日 著者:周司 あきら,高井 ゆと里

体育がきらい (ちくまプリマー新書 437)体育がきらい (ちくまプリマー新書 437)感想
体育ぎらいの理由と背景を様々な角度から考察。体育の授業の淵源と歴史、運動部との関わりの話は面白い。結論としては「体育の授業はきらいになっても、自分のからだはきらいにならないでください」といったところだろうか。しかし体育ぎらいのかなりの部分は実のところ、学校、あるいは学校の授業がきらいというのと通底するのではないかと感じた。
読了日:10月10日 著者:坂本 拓弥

王朝貴族と外交: 国際社会のなかの平安日本 (567) (歴史文化ライブラリー 567)王朝貴族と外交: 国際社会のなかの平安日本 (567) (歴史文化ライブラリー 567)感想
894年から蒙古襲来までの王朝を中心とする外交を概観。半島諸国との外交が神功皇后による三韓征伐伝説を基調としたこと、白村江の戦い以後、対外的な武力を持たなくなった朝廷が「積極的孤立主義」を志向したことなど、注目すべき論点が多い。清盛の日宋貿易についても従来とは異なる評価が提示されている。そして蒙古襲来に際して日本がなぜあのような対応を取ったのかも、外交についての歴史的な展開を辿ると「さもありなん」と思えてくる。対外的な武力を持たなくなった政権の外交という点に着目すると、現代でも学びがありそうである。
読了日:10月12日 著者:渡邊 誠

昭和ブギウギ: 笠置シヅ子と服部良一のリズム音曲 (NHK出版新書 703)昭和ブギウギ: 笠置シヅ子と服部良一のリズム音曲 (NHK出版新書 703)感想
思ったよりガッツリと音楽論が続き、2人の生涯の詳細については控えめ。「男装の麗人」が宝塚ではなく松竹から生まれていること、お笑い芸人、特に吉本興業の動きとの関係、戦時中の軽音楽と戦後の歌謡との連続性、笠置シヅ子が夜の街の女性たちのアイドルだったことなどが読みどころか。私の現住地に関わる記述があったのも個人的なツボ。
読了日:10月15日 著者:輪島 裕介

龍の世界 (講談社学術文庫)龍の世界 (講談社学術文庫)感想
龍の起源や殷周青銅器など古代の美術における龍の造型、西洋のドラゴンなどとの比較が話の中心かと思いきや、それらに加えて「登竜門」「逆鱗」など関係の故事や民話伝説、甲骨文で知られる龍骨、龍門など「龍」のつく地名とその地形といった具合に、龍にちょっとでも関係する話題を盛り込んだ本となっている。本書初刊時のタイトルである『龍の百科』が本書の内容を最も的確に示している。ただ、本書で挙げられている甲骨文字の「龍」に「龍」字でないものも混ざっているなど、所々アラが見られるのが残念。
読了日:10月17日 著者:池上 正治

戦争と人類 (ハヤカワ新書)戦争と人類 (ハヤカワ新書)感想
有史以前から21世紀まで戦争の歴史を、軍事学的視点のみならず広い視野から概観しているが、読みどころとなるのは近世以後の部分から。近世の西欧において、三十年戦争、七年戦争など既に世界大戦と言えるものが登場していたということ、中東で大規模な戦争が起こらないという構図(これは最近のガザでの紛争で理論の当否が試されそうである)、農村ゲリラは自国民に支持された政府には通用しないというセオリーを打破した毛沢東等々、個別の項目の解説に注目すべき指摘が多い。
読了日:10月20日 著者:グウィン・ダイヤー,Gwynne Dyer

亀甲獣骨 蒼天有眼 雲ぞ見ゆ亀甲獣骨 蒼天有眼 雲ぞ見ゆ感想
甲骨文発見の物語かと見せかけて、タイムスリップ物にして西泠印社創設の物語だった。(丁仁も実際に甲骨文に興味を持っていたようだが)全体の半ばで「秘術」という言葉が出た時にはジャンルが変わったのかと思ってしまったが、伝奇小説ではなくギリギリ歴史小説の範囲内で軟着陸した感じ。中国史物は初めてのせいか、所々アラが見えるのは残念だが。
読了日:10月22日 著者:山本 一力

世界史の中の戦国大名 (講談社現代新書)世界史の中の戦国大名 (講談社現代新書)感想
大友義鎮をはじめとする西国大名による中国などとの外交や貿易をグローバル・ヒストリーの観点から位置づけ直す試み。西国大名が「地域国家」として二国間外交を進めてきたのを、家康による統一政権が外交の一元化を図ったという見取り図を提示する。その間の秀吉政権は冊封体制による伝統的・中華的な外交思想から抜け出せなかったと評価している。従来の陸域中心、あるいは「暴力」で語られる戦国時代観とは違う視点を提示しようという試みは評価できるが、それを思想的に幕末の外交までつなげようとするのはどうだろう?
読了日:10月28日 著者:鹿毛 敏夫

神武天皇伝承の古代史 (志学社選書 009)神武天皇伝承の古代史 (志学社選書 009)感想
神武伝承に関係する氏族の動向を中心に、伝承の形成時期や背景を探る連作論文集。伝承の形成時期を4世紀・5世紀の交と見積もり、神武天皇との婚姻など、ヤマト王権と隼人系集団との結びつきが窺える点を重視する。また、八咫烏伝承から、前著『雄略天皇の古代史』でも扱われていた賀茂氏の動向や、渡来系の神と位置づけるアヂスキタカヒコネ神の信仰との関係も議論している。門外漢には少し理解が難しい所もあったが、次回作も既に用意しているということで楽しみである。

読了日:10月30日 著者:平林章仁

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2023年9月に読んだ本

2023年10月01日 | 読書メーター
客観性の落とし穴 (ちくまプリマー新書 427)客観性の落とし穴 (ちくまプリマー新書 427)感想
数値に代表される「客観性」を偏重することで見落とされるものを個々人の経験と語りを重視することで埋めていこうという内容で、想像していたものとはかなり違う方向の議論となっていた(少なくとも本書の帯にある「それって個人の感想ですよね」「エビデンスはあるんですか」などのフレーズの問題点を挙げる本ではないと思う)。私と同様に肩透かしを食らったように感じる読者も多いと思うが、内容は確かに「客観性の落とし穴」についてであるし、著者の言いたいこともわかるという内容。
 
読了日:09月01日 著者:村上 靖彦

はじめての人類学 (講談社現代新書)はじめての人類学 (講談社現代新書)感想
マリノフスキ、レヴィ・ストロース、ボアズ、インゴルドといった著名な人類学者の事績を通じて学ぶ人類学入門。「交叉いとこ婚」「トーテミズム」など人類学の重要な基本用語もいくつか途中で触れられるという作りになっている。終章で多少言及されているが、日本の人類学のあゆみについても触れて欲しかったというのは無い物ねだりか。
読了日:09月03日 著者:奥野 克巳

ハイチ革命の世界史 奴隷たちがきりひらいた近代 (岩波新書 新赤版 1984)ハイチ革命の世界史 奴隷たちがきりひらいた近代 (岩波新書 新赤版 1984)感想
世界では初めて黒人の手で独立国が成立するという画期的な革命であったことが、フランスの軍事的圧力による、独立承認と引き換えの多額の賠償金など、現在にまでつながる苦難のもととなったという過程と理不尽を描く。アメリカのハイチへの軍事介入は、戦後の日米関係や現代アメリカの国際的な振る舞いの淵源が見て取れるだろう。欲を言うと、ジャレド・ダイアモンドがハイチの貧困について、隣のドミニカと比較して環境決定論的な分析をしていたと思うが、これについてのコメントも欲しかったところ。
読了日:09月07日 著者:浜 忠雄

古代史講義【海外交流篇】 (ちくま新書 1746)古代史講義【海外交流篇】 (ちくま新書 1746)感想
読みどころは日本と百済、新羅、高句麗など朝鮮半島の諸国との関係や渡来人に関する章だろうか。(個人的に日中関係についてはある程度知識を有しているという事情もあるが……)日本と新羅の関係は、両国が対立しつつも自国中心の国際秩序を形成するうえで互いに互いを必要としていたというのは、著者は現在の日韓関係になぞらえているが、日中関係の方が当たっているような気もする。その他の章では鑑真の章が存外に面白く、鑑真の専著を読んでみたくなった。
読了日:09月09日 著者:

Z世代のアメリカ (NHK出版新書 700)Z世代のアメリカ (NHK出版新書 700)感想
軍事費の増強よりも社会保障費など「人間の安全保障」を求めるサンダースに共感し、バイデンやハリスに失望を隠さず、「現実主義」の観点から米中協調を支持してTikTokなど中国製アプリの規制に抵抗感を覚え、対外関係での自国の偽善とダブルスタンダードを批判する。本書から見えてくるアメリカのZ世代の姿はこのようなものになるだろうか。そしてあとがきに見える、ロシアを批判するのであれば、アメリカもきっちり批判するべきである、そうしてこそ自分たちのロシア批判に説得力が生じるという意見には同意しかない。
読了日:09月11日 著者:三牧 聖子

中国の城郭都市 ――殷周から明清まで (ちくま学芸文庫 オ-36-1)中国の城郭都市 ――殷周から明清まで (ちくま学芸文庫 オ-36-1)感想
中国の各時代の都市の城郭の形状、大きさ、都市内部の構造や都城プラン、都市の地理的位置に加え、州郡県といった各時代の行政単位の変遷や戦争の変化など、都市に関係する政治・社会上の変化を追う。先秦の都市についてはさすがに古さが目立つが、巻末の解説が補っている。解説では新石器時代の城壁都市の発見や許宏の「大都無城」説など、本書刊行後の研究の進展や発見を紹介している。
読了日:09月13日 著者:愛宕 元

ルポ 大学崩壊 (ちくま新書 1708)ルポ 大学崩壊 (ちくま新書 1708)感想
最初の文科省による国公立大学の学長、総長等大学幹部の人事介入の話だけでも、軍事研究に否定的な候補者の排除、特に下関市立大学では安倍絡みの人事であることが疑われる(もっと言えば、個人的には統一教会も関係しているのではないかと疑っている)等々が示唆され、お腹いっぱいになる。最後の章を見ると山形大の事例なんかは天下り人事が引き金となっているようなので、究極的には大学のすべての問題は文科省、ひいては統制を志向する国家の問題ということになるのだろう。
読了日:09月15日 著者:田中 圭太郎

北京の歴史 ――「中華世界」に選ばれた都城の歩み (筑摩選書 263)北京の歴史 ――「中華世界」に選ばれた都城の歩み (筑摩選書 263)感想
農耕文化と遊牧文化とが接触する境界都市としての北京の歴史を新石器時代から現代まで辿っている。燕国が置かれた西周時代など、古い時代についてもガッツリ書いていて読み応えがある。また都城の構造だけでなく明清の紫禁城の双肩
構造についても詳述している。明清以前では、安禄山が北京地区に強いアイデンティティを持ち、北京の地域性が安史の乱のバックボーンとなったことや、金の海陵王による中都(=北京)への遷都に彼の先見性を評価しているのが面白い。
読了日:09月19日 著者:新宮 学

隋―「流星王朝」の光芒 (中公新書, 2769)隋―「流星王朝」の光芒 (中公新書, 2769)感想
前史から建国、滅亡まで、たかだか30~40年程度、実質2代で滅んだ隋について、よくこれだけ書くことがあったなと思いつつ読んだ。高涼の洗夫人や「忠臣」堯君素、沈光、隋室を外から支えた義城公主ら和蕃公主たちといったように、知られざる人物やエピソードも多々掘り起こしている。隋の君主には皇帝、河汗、菩薩天子の3つの顔があったこと、隋室が鮮卑、突厥、漢人のハイブリッドと言うべき存在であったこと、煬帝が漢の武帝を目標としていたこと、そして李世民と煬帝の関係などが印象に残った。
読了日:09月23日 著者:平田 陽一郎

紫式部と藤原道長 (講談社現代新書)紫式部と藤原道長 (講談社現代新書)感想
表題の二人の生涯と関わりを、紫式部らの和歌を交えて描き出している。『源氏物語』の執筆に道長が関与していたことについて、当時の紙の値段も踏まえて考証しているのは面白い。また、作中の政治状況などについても、当時の実際の朝廷の状況を参照しているようだ。本書後半は紫式部の動向が不明確となることから、「藤原道長と藤原実資」といった方がふさわしくなっているのがナンであるが……(そして実資は本書のもうひとりの主役と言うべき人物である)
読了日:09月27日 著者:倉本 一宏

1973年に生まれて: 団塊ジュニア世代の半世紀1973年に生まれて: 団塊ジュニア世代の半世紀感想
団塊ジュニア世代の視点を中心に振り返る世相史といった内容。それこそ世代的な問題か野球の話題が多い。著者は元コンピュータ誌の編集者ということだが、意外とゲームの話題は少ない。意外なのは、この世代の大学進学率から、子どもの人口増加に大学の枠の増設が間に合ってなかったのでははないか、あるいはこれはその後の人口減少を見据えていたところがあるのではないかと見る議論。普通は大学を作りすぎという方向になりがちだが……
読了日:09月30日 著者:速水 健朗

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