博客 金烏工房

中国史に関する書籍・映画・テレビ番組の感想などをつれづれに語るブログです。

2024年10月に読んだ本

2024年11月01日 | 読書メーター
/>検察官の遺言 (ハヤカワ・ミステリ文庫)検察官の遺言 (ハヤカワ・ミステリ文庫)感想
『バッド・キッズ』の作者による官場ミステリー。弁護士による交友関係のもつれかと思われた殺人事件。しかし背後関係を探っていくうちに十数年前の不可解な事件に辿り着き……という筋。中国では力がある者のみが義や侠を実行することができる。さもなくば自分や身内が破滅に追い込まれるという話を思い起こさせるような展開が続く。何かモデルなった事件があるのかと思いきや、解説によると周永康事件を意識して書かれたとのこと。
読了日:10月01日 著者:紫金陳

桃源亭へようこそ 中国料理店店主・陶展文の事件簿 (徳間文庫)桃源亭へようこそ 中国料理店店主・陶展文の事件簿 (徳間文庫)感想
神戸を舞台にした在日華人連作ミステリー。本作収録のむ諸篇では陶展文の料理人、拳法家、漢方医という盛りに盛った設定がいまひとつ生かされていないのではという気もしないではない。戦時中の台湾人に対する扱いが鍵となる「軌跡は消えず」、歴史や考古ネタ満載の「王直の財宝」(水中考古学の話題もあり!)を面白く読んだ。最後の一篇は陶展文が登場しない別物の作品だが、戦争を挟んだ時期の華人社会の模様が描かれていてこれも面白い。
読了日:10月02日 著者:陳舜臣

創価学会 現代日本の模倣国家 (講談社選書メチエ 811)創価学会 現代日本の模倣国家 (講談社選書メチエ 811)感想
「模倣国家」としての創価学会、牧口・戸田・池田の三代の会長の事跡、学会における女性の扱いと彼女たちが果たした役割等々話題は多岐にのぼるが、最も印象的なのは会員に読書に試験、そして丸暗記を含めた学習が求められることである。特に読書は『人間革命』など学会の出版物だけでなく、『三国志』や『巌窟王』など池田大作の愛読書についても求められることがあるらしく、他の宗教団体と比べても出色ではないかと思う。思わぬ形で読書と学習の効用を思い知らされた。その他生々しい参与観察の成果も読みどころ。
読了日:10月05日 著者:レヴィ・マクローリン

198Xのファミコン狂騒曲198Xのファミコン狂騒曲感想
ファミ通元編集長東府屋ファミ坊の回顧録。話としては編集長から編集人に昇格したあたりまででアスキーを辞めてアクセラを立ちあげる話はなし。組織としては長らくファミ通独自の編集部を持てなかったこと、雑誌としては後発で売り上げに苦しんだ話や、元職も含めて他誌の編集者から雑誌作りの技術を学んだこと、後発ゆえに一般誌にあってゲーム雑誌にはない要素を取り入れていったことなどが印象的。『オホーツクに消ゆ』など、自身が関わったゲーム制作の話の占める比重が思ったより多い。後任の編集長浜村氏の回顧録も読んでみたい。
読了日:10月07日 著者:塩崎剛三

犬は「びよ」と鳴いていた: 日本語は擬音語・擬態語が面白い (光文社新書 56)犬は「びよ」と鳴いていた: 日本語は擬音語・擬態語が面白い (光文社新書 56)感想
日本語の擬音語・擬態語の変遷。前半では多くの表現が消えていったようで、その実形を変えつつ現代まで生き残ったものも多いという議論が展開される。あとは「チウき殺す」→「突き殺す」、「モウぎう」→『蒙求』といったように、動物の鳴き声などを掛詞として使用する例も多かったとのこと。これは忘れられた伝統として今こそ日本語表現に復興させるべきではないかと思う。タイトルにある犬の鳴き声「びよ」が「わん」へと変遷していった背景として、野犬と飼い犬の鳴き声の違いを挙げているのは面白い。
読了日:10月09日 著者:山口 仲美

愛と欲望のナチズム (講談社学術文庫 2838)愛と欲望のナチズム (講談社学術文庫 2838)感想
旧来の健全な道徳を標榜しつつも、ゲルマン民族の「健康的な肉体」をアピールし、「産めよ殖やせよ」を推進せざるを得ないという都合から、夫婦以外の形も含めた男女の性的関係を肯定せざるを得ないという矛盾を抱えていたナチ政権下の性をめぐるあれこれ。街中にヌード誌が氾濫し、前線の兵士が女性を求めるのと同時に銃後の女性たちも行きずりの相手を求め、少女も含めた青少年の性的非行も横行していた。同じ同盟国側ながら同時代の日本国内の状況と随分違うが、あるいは日本でも知られていないだけでそういう動きが見られたのだろうか?
読了日:10月12日 著者:田野 大輔

中国の思想 (ちくま学芸文庫ム-14-1)中国の思想 (ちくま学芸文庫ム-14-1)感想
先秦から新中国成立までの中国思想史の展開をわかりやすい語り口で辿る。諸子の成立年代をとかく引き下げがちだったり、『周礼』『左伝』を前漢末の儒者の創作としたりと、先秦の部分に関してはさすがに古さが目立つが、それでも『孟子』の性善説と『荀子』の性悪説を対比し、人性論において実は根本的な対立はないのではないかという疑問を提示したり、名家には論理的錯誤を利用して説を立てるのに強い関心があり、彼らのそうした詭弁的な側面が他の学派からの反論を招いたのではないかとする点など、なかなか面白い評価が多い。
読了日:10月14日 著者:村山 吉廣

ゼロからの著作権──学校・社会・SNSの情報ルール (岩波ジュニア新書 990)ゼロからの著作権──学校・社会・SNSの情報ルール (岩波ジュニア新書 990)感想
中高生が手に取るという想定からか、教員が授業で作文を読み上げる行為や、図工の時間に作った粘土細工に手を加えて出展する行為に問題はないか?クラスのみんなで作詩作曲した歌をネットにアップする際の注意点は?他人の文章を引用する際のルールは?など学校生活に即した問題が多く取り上げられている。ただ、本の表紙をネットにアップすることについては昔講演で専門家からまったく逆の見解を聞いたのだが……
読了日:10月15日 著者:宮武 久佳

加耶/任那―古代朝鮮に倭の拠点はあったか (中公新書 2828)加耶/任那―古代朝鮮に倭の拠点はあったか (中公新書 2828)感想
加耶ないしは任那について、戦前の学説から近年の見解までよく整理されていると思う。『日本書紀』分注に引かれる百済三書の史料的性格についての議論や、いわゆる任那日本府が倭国の統制下にはない、独立的な性格を持った現地で土着した反百済・親加耶の倭系の人々の総称であり、百済の倭系官僚の裏返しのような存在で、その捉え方は倭国と百済とで相違があったという議論を面白く読んだ。これは言い換えれば倭と加耶、百済間のマージナルな存在であり、後の時代の倭寇のマージナル性とも通じるのではないか。
読了日:10月23日 著者:仁藤 敦史

就職氷河期世代-データで読み解く所得・家族形成・格差 (中公新書 2825)就職氷河期世代-データで読み解く所得・家族形成・格差 (中公新書 2825)感想
統計から読み解く氷河期世代の就職状況と経済、家族。氷河期世代として色々身につまされる指摘や論点が満載だが、印象に残ったのは氷河期世代もさることながら、その直後のポスト氷河期世代も当時「売り手市場」などと言われながらも実は就職状況は氷河期前半と同水準だったということと、世間的な論調とは逆に氷河期世代以降の女性の高学歴化が少子化に影響を与えたという事実は読み取れず、むしろ高卒女性より大卒女性の方が結婚と出産をする可能性が高くなっていること、また直前の段階ジュニア世代より子どもの数が多いという指摘である。
読了日:10月24日 著者:近藤 絢子

女たちの平安後期―紫式部から源平までの200年 (中公新書 2829)女たちの平安後期―紫式部から源平までの200年 (中公新書 2829)感想
道長の時代から承久の乱あたりまで。道長の前後から登場する女院を軸に、彼女たちのサロンに出入りした女房歌人、斎王、天皇の乳母など、前著に引き続き女性たちの動きや彼女たちのもとに集積された荘園などの財、人材を辿る。その絡みで女院たちに仕えた武人貴族の動きや、武士の起こり問題についても言及がある。女性を中心に見ていくと、政治にしろ人間関係にろ平安時代の見え方が随分変わってくるんだなと感じる。
読了日:10月27日 著者:榎村 寛之

出雲神話 (講談社学術文庫)出雲神話 (講談社学術文庫)感想
出雲と大和を対立する勢力として見ないというのが新鮮。国譲り神話が出雲国内の状況の反映で、元々の伝承は大社の鎮座縁起であるというのも面白い。ただ、出雲が「宗教王国」であるというの議論はいまひとつピンと来ないが、あの時代の倭に中国でいえば三国志に出てくる張魯の五斗米道のような勢力があったのだろうか?また神話上で不本意な書かれ方を押しつけられたアメノホヒの後裔を称する出雲国造氏らはそれで納得したのだろうか?
読了日:10月28日 著者:松前 健

風呂と愛国: 「清潔な国民」はいかに生まれたか (NHK出版新書 729)風呂と愛国: 「清潔な国民」はいかに生まれたか (NHK出版新書 729)感想
江戸時代の入浴習慣が近代になってから西洋的な「清潔」の観念から評価されるようになり、外国人と比較のうえで「日本人は入浴好きである」と国民性と結びつけられ、修身の授業や家庭教育を通じて子どもたちやアイヌ、沖縄といった外地の人々にも入浴習慣を徹底するに至る過程を描く。戦前・戦中までは清潔さが国家によって押しつけられたということになりそうだが、昨今は逆に精神的不潔さというか悪どさのようなものが押しつけられがちに見えるのが何とも皮肉なことである。
読了日:10月30日 著者:川端 美季

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2024年9月に読んだ本

2024年10月01日 | 読書メーター
安田峰俊『中国ぎらいのための中国史』についてはこちらにレビューを書きました。

紫禁城の至宝を救え: 日中戦争惨禍から美術品を守った学芸員たち紫禁城の至宝を救え: 日中戦争惨禍から美術品を守った学芸員たち感想日中戦争を承けての北京から上海、そこから更に武漢、重慶、楽山、宝鶏などへの故宮の文物の疎開作業と関係者について。特に当時の故宮博物院院長にして古文字学者としても著名な馬衡や、後に台湾に渡ることになる荘厳、那志良らの生涯について詳述している。日本軍の爆撃以外にも現地での思わぬトラブル、船や自動車などの運搬上の問題、関係人員や文物を避難させた土地の地元民による問題、避難所での湿気や害虫の存在、火災の危険性、日本軍に見つかりやすい目立つ屋根といった、関係者が見舞われた様々な苦難を描き出す。読了日:09月01日 著者:アダム・ブルックス

出世と恋愛 近代文学で読む男と女 (講談社現代新書)出世と恋愛 近代文学で読む男と女 (講談社現代新書)感想日本近代文学に見える男と女のすれ違い。『三四郎』『金色夜叉』『友情』『野菊の墓』『不如帰』『真珠夫人』など有名作品が中心。印象づけられるのは身勝手さや鈍感さにより、女性と向き合わない近代の男たちの姿、そしてそんな男たちと作者の都合により翻弄される女性たちの姿である。山本有三は時代が変わったということで戦後は『路傍の石』の続きを書こうとしなかったということだが、こちらも取り上げられてる小説の男たちには感情移入できそうにない。と言いつつ『真珠夫人』など、読んでみたい気にさせられる作品もあったが。読了日:09月02日 著者:斎藤 美奈子

笑いで歴史学を変える方法 歴史初心者からアカデミアまで (星海社新書 306)笑いで歴史学を変える方法 歴史初心者からアカデミアまで (星海社新書 306)感想「笑い」を基調とした歴史学雑誌で有名になった著者による歴史学本。タイトルにある「笑い」による歴史学よりは、大学教員の仕事、学会の業務、学会誌の査読など、その前提となるアカデミズムとしての歴史学回りの話が読みどころ。アマチュアが歴史家として活動する方法も紹介されているので、歴史学に限らず人文系の分野で何かしら学術に関することで関わりたいアマチュアは参考になることが多いのではないかと思う。「笑い」については、決して賛同はしないが、著者の「やじ」に対する偏愛ぶりは伝わる。読了日:09月04日 著者:池田 さなえ

成瀬は信じた道をいく成瀬は信じた道をいく感想大学生となり、地元の観光大使にもなった成瀬。ノリは前作と変わらず楽しいが、前作の登場人物が島崎以外はあまり絡んでこず、寂しい気も。観光大使の相方篠原は母世代と同じく成瀬と長い付き合いになるんだろうか?成瀬の話は今回でひとまず幕ということになりそうだが、彼女が就職(あるいは進学後)どうマイペースを保ちながら地元愛を貫徹していくのか気になる。読了日:09月05日 著者:宮島 未奈

増補 日本霊異記の世界 (角川ソフィア文庫)増補 日本霊異記の世界 (角川ソフィア文庫)感想記紀神話と『今昔物語集』など中世説話をつなぐ存在として『日本霊異記』を読み解く。一連の動物報恩譚から、動物の恩返しを語る説話が日本人の心の優しさを示すというような言説を否定し、そういったものが現れてくるのは仏教の伝来や流布によるものであると再三にわたって論じている。また、討債鬼説話など、中国の説話の影響を受けたものも結構存在するようだ。『今昔物語集』なんかと比べると影が薄い文献だが、手軽な形での訳本が読みたくなってくる。読了日:09月07日 著者:三浦 佑之

ことばの危機 大学入試改革・教育政策を問う (集英社新書)ことばの危機 大学入試改革・教育政策を問う (集英社新書)感想特に国語科の学習指導要領の改定と大学入試改革を承けての東大文学部の教員による議論。ネットでもよく取り沙汰される読解力の定義の問題、『論語』から孔子の対人配慮が読み取れるという議論、昨今流行りの古典の複合問題が、複合的な材料を用いるということ自体が目的化しているという批判、文学とそうでないものとを区別したがる人は文学が怖いのではないかという指摘など、話題は多岐に渡っている。一時期話題になった古典不要論とも通じそうな議論もある。論理や実用にこだわる向きには一読されたい。読了日:09月08日 著者:阿部 公彦,沼野 充義,納富 信留,大西 克也,安藤 宏,東京大学文学部広報委員会

沖縄について私たちが知っておきたいこと (ちくまプリマー新書 457)沖縄について私たちが知っておきたいこと (ちくまプリマー新書 457)感想沖縄の近現代史や基地問題など、「構造的差別」につながるトピックをわかりやすく簡潔にまとめている。沖縄が米軍基地に経済的に依存しているといったよまあるデマについても反論がなされている。明治期には尖閣諸島も含めた宮古・八重島が切り離し可能な領土とされていたこと、終戦交渉時には沖縄全体が日本の「固有本土」とされていなかったことについてや、最後の対談では沖縄好きの本土人によるコロニアリズムの問題についても言及されている。読了日:09月09日 著者:高橋 哲哉

歴史学はこう考える (ちくま新書 1815)歴史学はこう考える (ちくま新書 1815)感想著者の専門である日本近代史を中心として、著者の論文、あるいは政治史・経済史・社会史の一定の定評のある論文を素材に、論文の書かれ方、読み方を解説することで、歴史研究とはどういう営みなのかを説く。それに付随して史料批判の実際、時代区分の問題などについても言及している。とにかく具体的なので、従来の歴史学入門や史学概論が雲を掴むような話でよくわからないという人にも有用かもしれない。歴史はともすると「使えてしまう」危険な存在、文書館を利用するのは研究者だけではないという話が印象に残った。読了日:09月12日 著者:松沢 裕作

中国文学の歴史 元明清の白話文学 (東方選書63)中国文学の歴史 元明清の白話文学 (東方選書63)感想金元の曲や元の雑劇から元明の白話小説が生まれ、四大奇書が白話を用いつつも知識人によって洗練され、『紅楼夢』の段階で近代文学を受け入れる素地が整うまでの展開を描く。小説などの文章の引用を織り交ぜつつ、四大奇書をはじめとする当時の代表的な作品の新しさと魅力、そしてその時々の出版文化などについても解説している。『三国』『水滸伝』や『金瓶梅』の背景にある政治性の話が面白い。読了日:09月15日 著者:小松謙

張騫 シルクロードの開拓者 (講談社学術文庫)張騫 シルクロードの開拓者 (講談社学術文庫)感想張騫の生涯だけでなく、広くその後人たちの事跡や漢の西域経営についてまとめる。著者がNHKの『シルクロード』のチーフディレクターということで、所々で現地の体験についても触れられるが、本編よりそちらの方がおもしろい。後人たちについては烏孫公主、解憂公主など女性たちの活躍についても紹介されている。
読了日:09月20日 著者:田川 純三

『韓非子』入門『韓非子』入門感想入門書として面白みもないかわりにそう変なことも書いていない。割とオーソドックスな概説だと思う。著者の特色が現れているのは終章の秦以後の法思想の展開、中国の律令が儒家思想を法源とするに至るまでを述べた部分ということになるか。読了日:09月21日 著者:渡邉義浩

レコンキスタ―「スペイン」を生んだ中世800年の戦争と平和 (中公新書, 2820)レコンキスタ―「スペイン」を生んだ中世800年の戦争と平和 (中公新書, 2820)感想実は19世紀にスペインの国民統合のために創られた神話だというレコンキスタ。その実情はといえば、キリスト教徒、ムスリムといった宗教勢力ごとにまとまっているわけでもなく、それぞれ内部で対立を繰り返し、ムスリム勢力がキリスト教勢力と同盟を結び、エル・シッドのようにキリスト教徒がムスリム勢力に仕えるというのもしばしば見られた。よく言われるこの地域での信仰の寛容さはといえば、これも寛容とも言えるし不寛容とも言えるといった具合。期待した大航海時代に絡めた記述はないこともないという程度。読了日:09月23日 著者:黒田 祐我

女の氏名誕生 ――人名へのこだわりはいかにして生まれたのか (ちくま新書 1818)女の氏名誕生 ――人名へのこだわりはいかにして生まれたのか (ちくま新書 1818)感想『氏名の誕生』の姉妹編で、前著で描ききれなかった女性の氏名について。「お」のつく名前と近代の「~子」との関係、表記の揺れ社会的身分の変化に伴う改名、苗字をつけないものとされていた女性の名前、そして近代以後の氏名政策と氏名の混乱のはじまりといった話題を扱う。しかし実際のところ、本書は女性の氏名にとどまらず、男性の氏名も含めた印鑑の問題、近代以後の漢字表記の問題、姓名判断の流行など、幅広い内容を扱っている。漢字表記の問題に関心のある向きも読んで損はないだろう。読了日:09月28日 著者:尾脇 秀和
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2024年8月に読んだ本

2024年09月01日 | 読書メーター
その悩み、古典が解決します。その悩み、古典が解決します。感想
自己啓発本の体裁をとった古典入門(でいいんですよね?)参照されている古典は江戸時代のものというのが珍しいかもしれない。西鶴、近松、『雨月物語』といったメジャー名作品もあるかと思えば本草書もあり。作品は時によって作者の意図を超えた所に面白さがあるだとか、古典の世界は先行作品を踏まえてなんぼだとか、文学・古典理解に資するような解説もある。
読了日:08月01日 著者:菱岡憲司

日ソ戦争-帝国日本最後の戦い (中公新書 2798)日ソ戦争-帝国日本最後の戦い (中公新書 2798)感想
8/8のソ連参戦から9月上旬までのソ連との戦争について。満洲の状況だけでなく南樺太や千島列島の状況にも紙幅を割いている。日本側の満洲からの引き上げの苦労ばかり語られがちだが、ソ連軍は軍紀は緩かったが情報業務を重視したとか、日本側が中国人に対しては身に覚えがあったので報復を警戒していたが、ソ連に対しては全く警戒していなかったこと、満洲国の崩壊が日本の敗北と直結していたことが国家としての本質を示しているという指摘、シベリア抑留でのソ連兵の「恩義」を感じさせる話などを面白く読んだ。
読了日:08月03日 著者:麻田 雅文

読めない文字に挑んだ人々: ヒエログリフ解読1600年史読めない文字に挑んだ人々: ヒエログリフ解読1600年史感想
前半がヒエログリフなど古代エジプト文字の基礎知識、後半が古代ギリシア・ローマから現代までの研究者列伝という構成。シャンポリオン以前の古代・中世の学者もコプト語との関係に注目するなど、後につながる研究をしていたりしてなかなかバカにしたものではないと感じる。また近世以後の西欧の学者に中国語の研究もしている人が目立つ(ほかならぬシャンポリオンもそうである)。ギーニュは中国文明起源説で知られるが、フン=匈奴同一説も提唱していたことは本書によってはじめて知った。
読了日:08月05日 著者:宮川 創

講義 宗教の「戦争」論: 不殺生と殺人肯定の論理講義 宗教の「戦争」論: 不殺生と殺人肯定の論理感想
世界の宗教は戦争、そしてその前提となる不殺生戒についてどのように議論してきたかをそれぞれの専門家が講義する。総じて当初教義レベルでは殺人を禁じ、戦争には否定的だが、国家とつながりを持つことで戦争を正当化するようになるという流れはおおむね共通しているようだ。徹底的な不殺生を説くジャイナ教が戦争については微妙な態度を採っていること、正教会の教権と俗権の一致の伝統がウクライナ戦争での教会の態度に影響を及ぼしていること、儒教の正戦論が戦前・戦中の日本の戦争観に大きな影響を与えているといったあたりが注目ポイント。
読了日:08月07日 著者:

成瀬は天下を取りにいく成瀬は天下を取りにいく感想
変人優等生・成瀬と凡人の島崎、あるいはぬっきーとの友情物語プラスアルファという感じ。取り敢えず予想とは少し違う話だった。タクローをめぐる話など、成瀬たちの親世代の大人の物語も盛り込まれてるのもよい。個人的に私もその世代なんで、むしろそっちの方に感情移入したぐらい。氷河期世代の読者だとそういう人も多いのではないか?
読了日:08月08日 著者:宮島 未奈

中国共産党vsフェミニズム (ちくま新書 1812)中国共産党vsフェミニズム (ちくま新書 1812)感想
一読して、中国共産党がフェミニズムを槍玉に挙げているというより、習近平政権が社会運動全体を警戒しており、その中にフェミニズムも含まれているだけのことではないかという印象を抱いた(無論それはそれで問題なのだが)。最後の天安門事件の指導者王丹が性加害で告発されたことを取り上げ、彼を含む民連が家父長制的な感覚を持っているということでは共産党と何ら変わりないという指摘は興味深く読んだ。近年中国ドラマでは現代劇も時代劇もフェミニズムが底流にある作品が主流となっているが、それについて全く言及されていないのも不満。
読了日:08月09日 著者:中澤 穣

ヨーロッパ近世史 (ちくま新書 1811)ヨーロッパ近世史 (ちくま新書 1811)感想
複合国家論(あるいは複合君主政論)から見るヨーロッパ近世史。従来中央集権敵性格が強いとされてきたスペインやフランスも実は複合国家としての性質を備えていたこと、複合国家が王権や議会を統合の紐帯とし、その過程で各国でユダヤ人やカトリック教徒などの異分子を排除してきたこと、アメリカ合衆国も州を単位とした複合国家であるといった指摘が面白い。そして各国とも複合国家としての性質を現在も引き継いでおり、それがEUをめぐる問題など現在の欧州地域の問題にも影響しているのである。
読了日:08月12日 著者:岩井 淳

モノからみた中国古代文化 衣食住行から科学芸術まで (東方学術翻訳叢書)モノからみた中国古代文化 衣食住行から科学芸術まで (東方学術翻訳叢書)感想
先秦時代から明清時代までの中国社会生活史、工業史のよい概説。農業、食、服装、建築、家具等々の各方面についての知識と考古学的発見がまとめられている。古文字の解説など所々にアラが見えるものの、春秋時代の餛飩の出土例が存在するとか、胡服の実際、東西の古代の車馬には繋駕法に大きな違いがあること、中国で船の舵が発意されたのは漢代であること、金縷玉衣はあくまで棺の一種であって衣服ではないといった知識が得られる。
読了日:08月19日 著者:孫機

世界の歴史〈10〉フランス革命とナポレオン (中公文庫)世界の歴史〈10〉フランス革命とナポレオン (中公文庫)感想
革命の前段階から革命の展開、そしてナポレオンの登場から退場までをバランスよくまとめている。フランス革命が世界に与えた影響、日本への影響についても紙幅を割いている。革命にはフランス革命的要素とナポレオン的要素とがあり、日本の場合は明治維新以来ナポレオン的要素が先行し、フランス革命的要素は後から着いてくる形になったという。新中国に対する展望があるのも面白い。
読了日:08月20日 著者:桑原 武夫

アメリカ革命-独立戦争から憲法制定、民主主義の拡大まで (中公新書 2817)アメリカ革命-独立戦争から憲法制定、民主主義の拡大まで (中公新書 2817)感想
独立革命時に13州側にも英国王に愛着を抱く人が大半であったこと、「代表なくして課税なし」の実相、異論百出して「妥協の産物」として制定された連邦憲法、それが一旦世に出ると制定会議で異論を唱えた者も憲法を擁護したり拠り所としたこと、建国初期から「帝国」の様相を呈していた合衆国など、最新の研究に沿って独立の前後から南北戦争の頃までのアメリカについて新しい気付きを与えてくれる。
読了日:08月22日 著者:上村 剛

妖怪を名づける: 鬼魅の名は (607) (歴史文化ライブラリー 607)妖怪を名づける: 鬼魅の名は (607) (歴史文化ライブラリー 607)感想
江戸時代の妖怪の(認知と命名の)急増は、江戸幕府がそれまでの政府と違って危機管理としての怪異には関知しないという方針を採ったことや怪異が知的好奇心の対象となったことが影響し、とりわけ俳人が大きな役割を担ったことを指摘する。松尾芭蕉や西鶴、蕪村ら著名な俳人も妖怪の命名に関わり、芭蕉をモデルとしたと見られる妖怪も存在するという。怪異論として意外背生のある議論になっているが、俳諧論としても意外であることだろう。江戸時代の俳諧を研究している人の評価も聞きたいところ。
読了日:08月24日 著者:香川 雅信

物語フランス革命: バスチ-ユ陥落からナポレオン戴冠まで (中公新書 1963)物語フランス革命: バスチ-ユ陥落からナポレオン戴冠まで (中公新書 1963)感想
フランス革命の背景、展開、ポイントなどを要領よくまとめている。改革派の国王だったルイ16世、「合法性の人」ロベスピエールといった革命の主役たちに新たな光を当て、特にルイ16世に対しては肯定的再評価を行っている。テロワーニュ・ド・メリクール、ロラン夫人、王妹エリザベトといった、今まで知られていなかった人々も含めて女性たちの動きや役割を重点的に紹介しているのも特徴。もちろん日本の明治維新との対比や、革命の日本への影響についても触れられている。
読了日:08月26日 著者:安達 正勝

王の逃亡:フランス革命を変えた夏王の逃亡:フランス革命を変えた夏感想
フランス革命の展開に決定的な影響を与えたヴァレンヌ逃亡事件の経過と、関係者の述懐、諸派の議員たちや国民の反応、その後の展開を追う。逃亡の失敗により、国王に対する国民の敬愛や信頼が失われ、また国王の存在を前提としていた革命後の政治体制や憲法のあり方に疑念が突き付けられ、フランスは君主制から共和制へと向かうことになる。その様子も丁寧に描き出している。真に問うべきは国王がなぜ逃亡に失敗したかではなく、なぜあわや成功しそうになったかであるという視点が面白い。
読了日:08月29日 著者:ティモシー・タケット

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2024年7月に読んだ本

2024年08月01日 | 読書メーター
古墳と埴輪 (岩波新書 新赤版 2020)古墳と埴輪 (岩波新書 新赤版 2020)感想
古代中国の墓制・葬制の影響という観点から、日本の古墳の時期的な変化と、古墳・埴輪から見出せる葬送儀礼、他界観を議論。キーワードは死者の魂が鳥の先導する船に乗って他界に行くという「天鳥船信仰」ということになるだろうか。中国の影響に関する結びつけがやや安直な気がしないでもないが、古墳建造と王権に関する議論は同時期に出た『王墓の謎』よりは説得力がある。
読了日:07月02日 著者:和田 晴吾

草の根の中国: 村落ガバナンスと資源循環草の根の中国: 村落ガバナンスと資源循環感想
『中国農村の現在』の元になった論集ということで読む。こちらは特に特定の農村を対象として農村のガバナンスに焦点を当てる。自分たちの住む地域の問題について自力更生を図るというのは当たり前のことだという気もするが、インドなんかと比較するとそうではないらしい。道路建設と比べて村の廟の再建については自力更生度が上がるという指摘も面白い。基本的に選挙が存在しないことが、中国農村の個性(ユニークさと言ってしまってもいいだろう)を形作っているということが本書を通して見えてくる。
読了日:07月10日 著者:田原 史起

中国古代軍事制度の総合的研究中国古代軍事制度の総合的研究感想
科研費論集の再版。日本では政治的事情から軍事史研究が手薄と言われることもあるが、本書の研究動向編によると、身近に軍事と接しているはずの韓国でも同様の状況なのだという。論文編では戦車、個別の戦役・戦争、軍功・将軍号といった官制に関わる問題りほか、軍礼についても対象となっている。軍の規模や軍構成と絡める形で戦国秦の戦役についてまとめた宮宅論文、対匈奴・南越戦と比較の上で漢と古朝鮮の戦争について論じた金論文を面白く読んだ。
読了日:07月11日 著者:

沈黙の中世史 ――感情史から見るヨーロッパ (ちくま新書 1805)沈黙の中世史 ――感情史から見るヨーロッパ (ちくま新書 1805)感想
キリスト教、教会や修道院との関係を中心として、西欧中世の沈黙のあり方、そして女性たちが沈黙を破っていくさまを追う。沈黙を破るといっても、その背景、沈黙の破り方は様々なようである。感情史とはどういうものかと思って本書を手に取ったが、文学作品を割と史料として積極的に使っているなという印象。
読了日:07月13日 著者:後藤 里菜

始皇帝の戦争と将軍たち 秦の中華統一を支えた近臣軍団 (朝日新書)始皇帝の戦争と将軍たち 秦の中華統一を支えた近臣軍団 (朝日新書)感想
始皇帝による十年戦争(中国統一戦争)と戦争に従軍した将軍たち、そして六国と李牧など六国の将軍たちの状況と事跡を、岳麓秦簡など近年発見されたものも含めて様々な史料から丹念に読み解く。岳麓秦簡の『算数書』など意外な史料からも戦争に関する記述を見逃さず有効に利用しているのが魅力。始皇帝の近臣集団を漢の高祖集団と比較しているのも面白い。『キングダム』のファンが知りたそうな情報も多く盛り込まれており、ファンには大満足の内容ではないかと思う。
読了日:07月15日 著者:鶴間 和幸

地中海世界の歴史3 白熱する人間たちの都市 エーゲ海とギリシアの文明 (講談社選書メチエ)地中海世界の歴史3 白熱する人間たちの都市 エーゲ海とギリシアの文明 (講談社選書メチエ)感想
前巻ではペルシア側の視点から見たペルシア戦争を今巻ではギリシア側の立場から見る。近年オリエントの文明の影響を強く受けたと評価されるギリシア文化だが、その関係性や立場は中国文明の影響を強く受けた日本と似通っているという。そして否定的に評価されがちなスパルタの気風について、女性は子どもさえ産んでしまえば放縦でも許されたとか、市民の間に貧富の対立が生じるのを恐れていたのではないかとか、アテナイとは対称的に海外に積極的に領土を求めようとしなかったといったような意外な評価が展開されている。
読了日:07月17日 著者:本村 凌二

日本人 (ちくま学芸文庫 ヤ-2-2)日本人 (ちくま学芸文庫 ヤ-2-2)感想
柳田国男とその門下による、民俗学の立場からの日本論。日本民俗学で話題になるようなことは一通り簡単にまとられている感じで、民俗学の簡易便覧のような趣がある。意外なところでは日本語で漢語が多く用いられていることの問題といった言語学に属するようなトピックも盛り込まれている。ただ、本書のテーマであるらしい「大勢順応の国民性」はどこの国でもありそうな問題なので、日本民俗学というよりは比較民族学とか文化人類学、社会学などの分野で普遍性の問題として考えるべきではないかと思うが。
読了日:07月20日 著者:柳田 國男

吾妻鏡-鎌倉幕府「正史」の虚実 (中公新書, 2814)吾妻鏡-鎌倉幕府「正史」の虚実 (中公新書, 2814)感想
古記録と歴史叙述という相反する性質を具有し、更に頼朝と各世代の北条氏の頭領を称揚し、その正統性を主張するという構想を持ちつつも、そのために曲筆を重ねることで結果として義経をはじめとする敗者の動きや心情も詳述することで豊かな文学的彩りを添えることになったと述べる。このことは『左伝』や『史記』『三国志』など中国の史書との類似性を想起させる。著者は歴史畑ではなく文学畑のようたが、文学研究からの視点が存分に生かされた吾妻鏡論となっている。
読了日:07月22日 著者:藪本 勝治

モンゴル帝国 草原のダイナミズムと女たち (講談社現代新書)モンゴル帝国 草原のダイナミズムと女たち (講談社現代新書)感想
ジェンダー史の視点から見るモンゴル帝国史。失礼ながらこの著者もこういう切り口から書くのねと思いつつ興味本位で読んだ。「大元ウルスは実質的にコンギラート王朝である」といったような視点が面白い。チンギスの母ウゲルンやフビライ兄弟の母・ソルカクタニ・ベキを高く評価しているのはともかく、とかく悪く言われがちなトゥレゲネ・ガトンを再評価しているのが特徴か。マンドハイなど、他書ではあまり触れられてなさそうなフビライ以降の女性たちの活動についても詳しい。
読了日:07月24日 著者:楊 海英

東アジアの死生学・応用倫理へ東アジアの死生学・応用倫理へ感想
中国古代宗教史を専攻してきた著者による生命倫理・死生学論。この分野の中国や台湾の主要な論者、研究を欧米・日本のそれと対比する形で紹介し、議論するという形を採るが、議論そのものよりは中国・台湾での末期癌の告知や臨終の場所といった終末医療に関係する医療慣行の紹介が興味深い。それらと儒教などとの影響関係についても議論されている。一応著者の元々の専攻の中国古代宗教史とは別立てということになっているようだが、関係の古文献の記述もその都度紹介されている。
読了日:07月29日 著者:池澤優

古代アメリカ文明 マヤ・アステカ・ナスカ・インカの実像 (講談社現代新書 2729)古代アメリカ文明 マヤ・アステカ・ナスカ・インカの実像 (講談社現代新書 2729)感想
中南米のマヤ、アステカ、インカ文明の概要のほか、ナスカの地上絵については文字の問題とひっくるめて1章を立てている。マヤやインカを「帝国」と評価することの問題、鉄器や文字のないことが文明の発達が遅れていることを意味しないという議論が面白い。エジプトのそれとは役割や形態が異なるマヤのピラミッド、ナスカの地上絵の制作方法と制作目的についても言及されている。
読了日:07月31日 著者:青山 和夫,井上 幸孝,坂井 正人,大平 秀一
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2024年6月に読んだ本

2024年07月01日 | 読書メーター
頼山陽──詩魂と史眼 (岩波新書 新赤版 2016)頼山陽──詩魂と史眼 (岩波新書 新赤版 2016)感想
頼山陽の生涯と漢詩、『日本外史』など、その作品について。弱年の頃の脱藩騒動によって廃嫡されたこと、廃嫡された後に神辺に移っても現地での生活に満足できずに京都に移ることになり、支援者と関係が悪化したこと、書籍を集めるよりは書画を収集するのに熱心で、そのために門人とトラブルを起こしたことなどを見ると、はたから見るとかなり困った人だったようである。作品論については『日本外史』の執筆の際に『史記』や『左伝』の筆法や描写を参照したことなどが触れられている。全般的に山陽の漢詩の紹介が多い。
読了日:06月01日 著者:揖斐 高

印綬が創った天下秩序: 漢王朝の統治と世界観印綬が創った天下秩序: 漢王朝の統治と世界観感想
印綬制度から見る漢代の官制と行政機構、そして国際秩序。正直なところ印綬でここまで話が広がるとき思わず、面白く読んだ。漢代において周制は単に儒学的観点からいたずらに理想化されていたのではなく、統治の安定のための権威づけとして「漢の伝統」とともにうまく活用されていたという話や、公印が周代の青銅器に相当する役割を担っていたという話が個人的にポイントだった。
読了日:06月03日 著者:阿部 幸信

戦国ブリテン アングロサクソン七王国の王たち (集英社新書)戦国ブリテン アングロサクソン七王国の王たち (集英社新書)感想
イングランド七王国時代の覇王たちの物語。覇王の事跡は晋の文公など中国の春秋時代の覇者たちを思わせるところがあり、またイングランドにも「春秋の筆法」めいたものがあったようである。タイトルは『戦国ブリテン』よりも『春秋ブリテン』の方がふさわしい気がする。内容自体は本書の著者による『イングランド王国前史』と重なる部分が多い
読了日:06月04日 著者:桜井 俊彰

日本の動物絵画史 (NHK出版新書 713)日本の動物絵画史 (NHK出版新書 713)感想
ユーモラスな、あるいはかわいい動物絵画の系譜。鳥獣戯画のルーツを発掘によって得られた「落書き」から見出したり、江戸時代の漫画的な虎の目付きのルーツを中世の禅画に見出すといった分析が面白い。こういった古代からのいとなみが「ちいかわ」などに繋がっているのかもしれない。しかし著者の言うように西洋流の芸術では動物を描くことが低く見られたとすると、中国で活躍した西洋人画家郎世寧が西洋の画風による動物絵画を多く残しているのはどういう位置づけになるのだろう?

読了日:06月06日 著者:金子 信久

最終講義 挑戦の果て (角川ソフィア文庫)最終講義 挑戦の果て (角川ソフィア文庫)感想
最終講義というのは何かひとつ専門に関係するテーマを定めて講演を行うというものだと思っていたが、本書を見ると案外これまでの半生であるとか研究者としての来し方であるとか「自分語り」に終始しているものが多い。その中にあって京大人文研の甲骨の来歴や中国の研究者の評価を行う貝塚茂樹、慶應SFCのあり方に苦言を呈する江藤淳、今日の米中関係を予見した中嶋嶺雄の章なとどを面白く読んだ。
読了日:06月09日 著者:桑原 武夫,貝塚 茂樹,清水 幾太郎,遠山 啓,芦原 義信,家永 三郎,猪木 正道,梅棹 忠夫,江藤 淳,木田 元,加藤 周一,中嶋 嶺雄,日野原 重明

闇の中国語入門 (ちくま新書 1798)闇の中国語入門 (ちくま新書 1798)感想
「闇」というよりはネガティブ中国語入門といった趣。本書で取り上げられている単語には「内卷」「躺平」など近年の流行語もあるが、実の所現地の大学で使われている留学生用の語学の教科書に普通に出てくるものもある。単語や例文そのものよりは著者によるその社会的背景の解説が読みどころ。流行歌の歌詞や中国版Yahoo!知恵袋の「知乎」からの引用が面白い。
読了日:06月11日 著者:楊 駿驍

馮道 (法蔵館文庫)馮道 (法蔵館文庫)感想
中公文庫版からの再読。「夷狄」の契丹を含む五朝八姓十一君に仕えたということで乱世にあって無節操、恥知らずの代表格と見なされてきた馮道再評価の書。乱世にあって人民をまもるという意志があったことや九経木版印刷の開始といった彼の功績とともに、六朝以来の貴族の没落・衰退を個別の人物のありさまによって示し、当時の節度使の幕僚がいわば影の内閣を構成していたといった指摘をするなど、中世の終わりという時代性を意識した記述となっているのが読みどころ。
読了日:06月13日 著者:礪波 護

恐竜大陸 中国 (角川新書)恐竜大陸 中国 (角川新書)感想
恐竜や化石そのものより化石をめぐる人間模様の方を面白く読んだ。(特に戦前・戦中の)研究者の武勇伝、近年の若手研究者とネットとの親縁性、化石の発見に農民が多く関わってきたこと、化石の盗掘、研究機関がブラックマーケットとの取り引きを厭わないこと、それに対する出土地などの情報が失われるなどの学術的批判、海外からのコンプライアンスをめぐる批判など、多くの事項が青銅器や竹簡など中国の出土文献をめぐる事項や問題と共通していることに驚かされる。その他、中国語ピンイン表記をめぐる不都合など恐竜の学名をめぐる問題も面白い 
読了日:06月14日 著者:安田 峰俊

アッシリア 人類最古の帝国 (ちくま新書 1800)アッシリア 人類最古の帝国 (ちくま新書 1800)感想
古代オリエントの専制君主による軍事大国という程度のイメージしかなかったアッシリア。本書は出土した粘土板による文書類、図像、遺跡などの史資料を駆使して国家の興りから帝国化、サルゴン2世、アッシュルバニパルなど最盛期の王の治世、そして滅亡後に残された記憶までを描き出す。思いのほか詳しいことまでわかるものだと驚かされる。卜占に関する文書が多い点は殷周王朝を連想させる。母后サムラマトがセミラミスとして欧米でも伝承されているというのは面白い。
読了日:06月17日 著者:山田 重郎

アーリヤ人の誕生 新インド学入門 (講談社学術文庫)アーリヤ人の誕生 新インド学入門 (講談社学術文庫)感想
西欧での言語学の成立、あるいはインド・ヨーロッパ語族、「アーリヤ人」概念、「アーリヤ人侵入」説の誕生の経緯について。ダーウィンが言語学から影響を受けていたということや、考古学の立場から「アーリヤ人侵入」説に疑問を死すのに「言語学の暴虐」が持ち出されたという点を面白く読んだ。第Ⅴ章で展開されるインド学がテキスト偏重という問題や、補章で言及される固有名詞のカタカナ表記の問題などは中国学でもかなりの程度あてはまるのではないか。
読了日:06月19日 著者:長田 俊樹

広東語の世界-香港、華南が育んだグローバル中国語 (中公新書, 2808)広東語の世界-香港、華南が育んだグローバル中国語 (中公新書, 2808)感想
街角の表記、香港映画やポップスの歌詞などを利用しつつ広東語の歴史と特徴を探る。実は広東語話者が世界に広がっていることはスペイン語やポルトガル語の広がりを連想させる。また広東語が抱える問題としてローマ字表記が一定していない点や言文一致ではない点を挙げる。ただ言文不一致であることにより、却って広東語が北京語と同様に「話す・聞く・読む・書く」のすべてを達成できているという。広東語に触れることで、北京語や中国語全体の評価が変わってきそうである。
読了日:06月21日 著者:飯田 真紀

文房具の考古学: 東アジアの文字文化史 (599) (歴史文化ライブラリー)文房具の考古学: 東アジアの文字文化史 (599) (歴史文化ライブラリー)感想
いわゆる文房四宝だけでなく、広く文字使用のはじまりや書写行為そのものを対象としており、「文房具の考古学」というより「書写の考古学」と題した方が良さそうな内容。地域も中国と日本だけでなく、著者の専門らしい朝鮮半島の状況も大きく取り上げている。また、実験考古学的な試みもある。本書で大きく問題としているのは、文字、あるいは文房具(らしきもの)の登場・導入と普及とは異なるということである。これは書写行為にまつわるものだけでなく、たとえば鉄製兵器などの登場と普及についても同じことが言えるだろう。
読了日:06月26日 著者:山本 孝文

百年の孤独 (新潮文庫 カ 24-2)百年の孤独 (新潮文庫 カ 24-2)感想
南米のマコンドという未開地に入植したブエンディア一族の六世代にわたる物語。壮大なサーガとか人間の業を描いた 物語のようなものを予想していたが、実際読んでみたらひたすら下世話で突拍子のない話ばかりが続く、一種のファンタジーだった。序盤はとっつきにくいが、世界観というかノリに慣れてきたらそれが快感になる。そんな物語。
読了日:06月30日 著者:ガブリエル・ガルシア=マルケス
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2024年5月に読んだ本

2024年06月01日 | 読書メーター
後期日中戦争 華北戦線 太平洋戦争下の中国戦線2 (角川新書)後期日中戦争 華北戦線 太平洋戦争下の中国戦線2 (角川新書)感想
河北では八路軍との戦い、山東では毒ガス・細菌兵器の投入、河南では蒋介石による黄河決壊のような人災も含めた災害、山西では閻錫山の動向という具合に華北の省ごとの特色を強調した構成となっている。ただ、特に細菌戦については日本軍側の記録の有無がネックになっているようだ。本書終盤では8/15以後も戦闘が継続したことが触れられている。閻錫山と残留日本兵側との関係の実相は、あるいは現地の解放のために戦ったと信じられている東南アジアの残留日本兵の実態をも示唆するのではないか?
読了日:05月04日 著者:広中 一成

地中海世界の歴史2 沈黙する神々の帝国 アッシリアとペルシア (講談社選書メチエ 802)地中海世界の歴史2 沈黙する神々の帝国 アッシリアとペルシア (講談社選書メチエ 802)感想
アッシリア、アケメネス朝ペルシアなどメソポタミアを支配した大帝国の興亡。今巻のテーマは一神教、アルファベット、貨幣の発明ということになると思うが、多神教から一神教を求める動きと多数の文字を擁するヒエログリフからアルファベットが生まれる動きを関連したものと見ているのは面白い。今回ペルシア戦争についても触れられているが、ペルシア戦争は次巻でもギリシア人の視点から取り上げられるようだ。
読了日:05月07日 著者:本村 凌二

派閥の中国政治―毛沢東から習近平まで―派閥の中国政治―毛沢東から習近平まで―感想
民国期の国民党・中共から現在まで、林彪集団、石油閥、上海閥などの派閥を軸に中国の政治史を辿る。自他ともに対比される習近平と毛沢東だが、毛沢東が鄧小平ともども派閥に対して超然的な態度を取ったのに対し、習近平は江沢民ともども派閥に依存した指導者であるという。また日本の自民党など各国の派閥との比較も行っており、国政選挙がないという点では日本などとは派閥の形成やそのあり方が違っているが、派閥を単位とした党内の競争が党内の多様性を高め、危機への対応力が高まり、政権の持続に寄与するなど共通点も存在するようだ。
読了日:05月09日 著者:李 昊

初学者のための中国書道史入門 (文芸社セレクション)初学者のための中国書道史入門 (文芸社セレクション)感想
時代ごとに動向、主要な書家と作品、そして「双鉤填墨」「蚕頭燕尾」のような基本的な用語を解説。書道通史というよりは書道史に関する便覧的な使い方ができる作りになっている(ただ、図版はほとんどないが)。ハンディなので手元に置いておけば便利かもしれない。
読了日:05月11日 著者:中山 不動

哲学史入門II: デカルトからカント、ヘーゲルまで (2) (NHK出版新書 719)哲学史入門II: デカルトからカント、ヘーゲルまで (2) (NHK出版新書 719)感想
今巻は近世・近代編。一読してわかったような気になる度は前巻より上がっているような気がする。「我思うゆえに我あり」は順番が逆という話や、大陸の合理論とイギリスの経験論、あるいはフィヒテ→シェリング→ヘーゲルの順番のような現在の哲学史の枠組みが最初から所与のものというわけではなかったという話を面白く読んだ。哲学から科学がどう芽生えたかという話も盛り込まれている。
読了日:05月13日 著者:上野 修,戸田 剛文,御子柴 善之,大河内 泰樹,山本 貴光,吉川 浩満

隠された聖徳太子 ――近現代日本の偽史とオカルト文化 (ちくま新書 1794)隠された聖徳太子 ――近現代日本の偽史とオカルト文化 (ちくま新書 1794)感想
近現代における偽史言説としての聖徳太子論というか、特に前半は聖徳太子が間接的にしか絡まず、ほとんど秦氏とユダヤ人、景教論となっている。梅原猛『隠された十字架』(これは本書のタイトルの由来にもなっているであろう)や山岸凉子『日出処の天子』も俎上に挙げられている。聖徳太子にまつわる偽史言説がアカデミズムによる通説を批判しつつもアカデミズムの権威に寄りかかることによって成立するという指摘は、漢字の字源説など他の分野についてもあてはまるだろう。
読了日:05月15日 著者:オリオン・クラウタウ

秦帝国と封泥 社会を支えた伝送システム秦帝国と封泥 社会を支えた伝送システム感想
谷論文は封泥についてのわかりやすい概説になっている。鶴間論文は従来36郡とされていた秦の郡の変遷を時期ごとに追い、それとの関連で始皇帝の巡行についても俎上に挙げている。もっとも面白く読んだのは髙村論文2編である。「始皇帝の手足の指の先」では地方で史官になりたがらない人々が多くいたという所から秦帝国の滅亡に議論が及ぶ。「官印は誰が捺したのか」は県令・県丞の印は書記官が捺印することもままあったのではないかという議論は、現代の文書類の捺印を想起させるよい議論。
読了日:05月16日 著者:谷 豊信,瀨川敬也,籾山 明,青木俊介,高村武幸,鶴間和幸,松村一徳

王墓の謎 (講談社現代新書 2745)王墓の謎 (講談社現代新書 2745)感想
比較考古学の観点から世界の王墓の果たした役割や造営の経緯などを議論する。威信財経済学の考え方や王墓が築かれなかった社会も検討対象とするという方針、エジプトと中国の始皇陵の葬送複合体の設計プランが一致するといった指摘などは面白い。しかし当時の人々がある種の原罪意識によって自ら進んで過酷な王墓の造営に参加したのではないかという想定など、所々疑問に思いつつ読んだ。
読了日:05月18日 著者:河野 一隆

臨済録のことば 禅の語録を読む (講談社学術文庫 2818)臨済録のことば 禅の語録を読む (講談社学術文庫 2818)感想
「麻三斤」「柏樹子」など、今では意味不明なやりとりという意味での「禅問答」とされているものも、唐代にまでさかのぼると哲学を感じさせるような脈絡があったのだということと、それが宋代になると哲学的な脈絡を読み取る態度を「死句」と否定し、本来の脈絡と切り離して「活句」に仕立て上げたという話が面白い。禅問答に対するイメージが変わりそう。
読了日:05月20日 著者:小川 隆

台湾のデモクラシー-メディア、選挙、アメリカ (中公新書, 2803)台湾のデモクラシー-メディア、選挙、アメリカ (中公新書, 2803)感想
政治的な意図もあってか日本との関係ばかりが取り沙汰されがちな台湾論だが、本書はアメリカ政治学の専門家がアメリカ(文化)の影響という視点から台湾の民主主義を論じている点に特色がある。また在米華人の動向やSNSを通じた中国の影響にもかなりの紙幅を割いている。台湾国内で、苦慮しつつも原住民や客家の、特に言語面での多様性をできる限り認めようとしているのは、中国に対して台湾の独自性を訴える都合上そうせざるを得ないという面もあるのではないかと思うが。
読了日:05月24日 著者:渡辺 将人

中国の信仰世界と道教: 神・仏・仙人 (598)中国の信仰世界と道教: 神・仏・仙人 (598)感想
『風俗通義』などの記述を手がかりにしつつ古代から現代までの民間信仰の中の神仙の変遷を追う。内容的にはかなり雑多だが、孫悟空の設定の変遷、日本に持ち込まれた道教や民間信仰の神々、『封神演義』の信仰に与えた影響、地域ごとの信仰される神仙や廟の建築様式の違い、イエスやムハンマドなど民間信仰の世界観の中に取り込まれた外国の宗教の始祖たち、儒仏道の神仙とジェンダー、海外で信仰される神仙等々興味深い話題が多い。
読了日:05月26日 著者:二階堂 善弘

台湾老卓遊 台湾レトロテーブルゲーム図鑑台湾老卓遊 台湾レトロテーブルゲーム図鑑感想
ボードゲーム、カードゲームなど、台湾の様々なテーブルゲームとその歴史を紹介。モノポリーをローカライズした大富翁のように海外のゲームを持ち込んだものもあれば、陞官図のように前近代中国に起源のあるものもあり、台湾オリジナルのヒット作もあれば、映画やドラマ、アイドル、日本の漫画などのキャラクター物もありと、様々なゲームが系統立てて紹介されている。印刷されているメッセージやデザインからは当時の時代性をうかがうこともできる。ボードの図版も豊富で、本書を読めばいくつも遊んでみたいゲームが出てくることだろう。
読了日:05月27日 著者:陳介宇,陳芝婷

元朝秘史―チンギス・カンの一級史料 (中公新書, 2804)元朝秘史―チンギス・カンの一級史料 (中公新書, 2804)感想
モンゴル帝国史の基礎文献『元朝秘史』の概要と読みどころ、そしてその記述に関連して近年の発掘や研究の成果を紹介する。序章が『元朝秘史』の解題、本編がその内容、終章が考古学の成果による補足という構成。神出鬼没のジャムカの活躍ぶりなどを見ると、『元朝秘史』は歴史書というより歴史物語集、説話集という印象を強く受ける。
読了日:05月29日 著者:白石 典之
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2024年4月に読んだ本

2024年05月01日 | 読書メーター
BLと中国—耽美(Danmei)をめぐる社会情勢と魅力BLと中国—耽美(Danmei)をめぐる社会情勢と魅力感想
歴史上の男性同性愛の位置づけ、BL小説をめぐる事件と当局の政策、そしてそれを原作として制作された実写ドラマやラジオドラマをめぐる制作者側の検閲を掻い潜るための戦略と、ドラマ化作品を利用しようとする政治的思惑、日本側の評価等々、小冊ながら内容が濃い。取り上げる作品は『魔道祖師』『鎮魂』などが中心。現地での原作者の評価など、海外からはなかなか見えてこない事情も多々盛り込まれている。BLやブロマンスだけでなく、中国エンタメとその検閲に興味がある向きは読んで損はないと思う。
読了日:04月01日 著者:周密

暴力のありか: 中国古代軍事史の多角的検討暴力のありか: 中国古代軍事史の多角的検討感想
戦争における暴力や「暴力機関」としての軍隊についての論集。以下個人的に興味深く読んだポイントを挙げる。金秉駿論文では諸子から『史記』に至るまでの正戦論を概観。佐藤論文では田猟賦と画像石が共通の説話に基づいている可能性に触れる。古勝論文では軍事面で期待される仏僧像を議論。これは後世の物語での軍師・国師像につながるかもしれない。宮宅第二論文では秦による統一戦争に伴う貨幣の増産について言及。鷹取論文では「五十歩百歩」の故事が当時の戦争の実態に基づいていたと指摘。
読了日:04月04日 著者:

魔女狩りのヨーロッパ史 (岩波新書 新赤版 2011)魔女狩りのヨーロッパ史 (岩波新書 新赤版 2011)感想
近世という時代性特有のものとしての魔女狩りのメカニズムを紹介する。魔女狩りは裁判にゴーサインを与える国家や地域の政治上の問題、あるいはジェンダーや、老人と若者、子どもといった世代間の問題とも関係していたことを指摘している。ルネサンスの画家が題材として取り上げることで却って魔女のイメージをステレオタイプ化させてしまったことや、印刷技術との関わり、魔女の判定に関与した大学の罪を取り上げ、魔女狩りは理性的でないから起こったのではなく、むしろ理性の陥りやすい罠にはまったからこそ発生したとまとめている。
読了日:04月06日 著者:池上 俊一

漢文の読法 史記 游侠列伝漢文の読法 史記 游侠列伝感想
別途出版された漢文の語法解説書をベースにまとまった篇を講読するという変わった漢文入門。しかも『史記』游侠列伝というのは刺客列伝などと比べて一般にあまり読まれていない篇ではないかと思う。ただ講読といっても語法解説、あるいは漢文を読むこと自体が目的なので、時代背景などの解説は抑えめ(それでも所々関係の論文を引いたりはしているが)。
読了日:04月07日 著者:齋藤 希史,田口 一郎

香港の水上居民―中国社会史の断面 (1970年) (岩波新書)香港の水上居民―中国社会史の断面 (1970年) (岩波新書)感想
かつて「蜑民」などと呼ばれることもあった香港水上居民の生活、生態、信仰などについてまとめる。半世紀以上前の本なので、これ自体が歴史資料と化している感がある。彼らの漁業について拘束時間が長いように見えて実働時間は以外に短く、休憩時間が長いというのは、2020年代の現在と比べると当時の労働自体が一般的にそういうものだったのかもしれない。
読了日:04月09日 著者:

日本思想史と現在 (筑摩選書 272)日本思想史と現在 (筑摩選書 272)感想
渡辺浩の雑文集というか自著も含めた書籍の紹介・書評・解題を中心とする文集。「可愛い」ことを求められる日本の女性、「性」を学界の重要課題として見なしてこなかった日本の政治学会の問題(これは歴史学に対する批判として現在も有効であろう)、「儒教」を宗教と見なすべきかという問題など、読みどころが多いというより著者が取り上げる論著が読みたくなるという仕掛け。テキストを適切に理解するためにまず自分の名乗りからしてそれらしく変えたという荻生徂徠たちの試みはなかなか真似できそうにないが、面白い。
読了日:04月10日 著者:渡辺 浩

地中海世界の歴史1 神々のささやく世界 オリエントの文明 (講談社選書メチエ)地中海世界の歴史1 神々のささやく世界 オリエントの文明 (講談社選書メチエ)感想
メソポタミア、エジプトの歴史をメインにしてヘブライ人、フェニキア人なども扱う。本巻で引き込まれたのはタイトルにもある神々の世界である。アクエンアテンの一神教信仰は彼の死後完全に忘れ去られてしまったわけでもなく、個人が直接に神に語りかけるという形での個人信仰のめばえに影響を与えたのではないかと言う。個人的にはオリエントの人々が神の声を聞いたとしたら、同時代の中国人は神の声を聞けたのかどうか気になるところである。
読了日:04月12日 著者:本村 凌二

中国古典小説史 ――漢初から清末にいたる小説概念の変遷 (ちくま学芸文庫 オ-38-1)中国古典小説史 ――漢初から清末にいたる小説概念の変遷 (ちくま学芸文庫 オ-38-1)感想
『荘子』の「小説」に始まり、志怪から伝奇へという出だしの構成こそオーソドックスだが、基本的にはジャンルや類話ごとに文言・白話小説を織り交ぜて発展の跡を追っていくという構成になっている。しかも三国演義や西遊記といった有名作品を大きく取り上げないなど、内容もなかなか野心的である(しかし後年の著者とは違ってトンデモでない)。太古の夔から財神への有為転変、先行作品では活躍しながらも梁山泊に加われなかった好漢たちの事情などの話を面白く読んだ。
読了日:04月14日 著者:大塚 秀高

清代知識人が語る官僚人生 (東方選書 62)清代知識人が語る官僚人生 (東方選書 62)感想
清代の官箴書『福恵全書』を中心にして見る地方官のキャリアと生活。科挙受験から始まり任地での知県の仕事ぶり、官吏同士の関係、そして離任までを解説。正規の役人だけでなく胥吏や衙役、幕友の生態についても紙幅を割いている。清初には挙人止まりでも知県として任用される道があったというのが意外。本書で取り上げられている黄六鴻は会試には受からなかったのに、後年会試の同考官を務めているのも思しい。知県や衙役などは中国時代劇でも登場することが多く、鑑賞のうえで必要な知識を提供してくれるだろう。
読了日:04月17日 著者:山本英史

哲学史入門I: 古代ギリシアからルネサンスまで (1) (NHK出版新書 718)哲学史入門I: 古代ギリシアからルネサンスまで (1) (NHK出版新書 718)感想
インタビュー形式ということもあって取っつきはいいが、内容は決してわかりやすいわけではない。今巻で扱われる範囲のうち、中世とルネサンスの哲学は一般に馴染みがない分野であろう。しかし古代から時代を追って解説されることで何となく脈絡のようなものが見えてくるような気がする。その古代についても、哲学のはじまりは固定されているわけではなく、後から振り返ることではじまりの地点も変化していくという議論がおもしろい。
読了日:04月19日 著者:千葉 雅也,納富 信留,山内 志朗,伊藤 博明

訟師の中国史 ――国家の鬼子と健訟 (筑摩選書 227)訟師の中国史 ――国家の鬼子と健訟 (筑摩選書 227)感想
訴訟社会だったという近世中国。「水際対策」のような形で訴訟を減らそうとするお役所に対していかに訴状を受理させるかで腕を振るう訴状の代書屋にあたる訟師は、歴代王朝によって弾圧の対象となり、社会的に蔑まれてきた。しかし彼らは政府の儒家的な理念と政策によって生み出された「必要悪」とも言うべき存在だった。本書では彼らの姿を他地域や近現代中国の状況との比較の上で描き出している。同時期に出た『清代知識人が語る官僚人生』の裏面的な内容で、セットで読むと面白い。
読了日:04月21日 著者:夫馬 進

神聖ローマ帝国-「弱体なる大国」の実像 (中公新書, 2801)神聖ローマ帝国-「弱体なる大国」の実像 (中公新書, 2801)感想
歴代皇帝の事跡とともに帝国の体制に着目した通史。「ドイツ国民の神聖ローマ帝国」など各段階での国号変更の事由や選帝侯位の推移などについても詳しい。菊地良生も新書で同じタイトルの本を出しているが、帝国クライスや帝国議会など、帝国の政治制度についてはほとんどまり語っていなかったように思う。帯の背に「強くない国家が長く続いたのはなぜか」とあるが、長く続くには続くだけの理由があるというのが本書によって見えてくる。
読了日:04月25日 著者:山本 文彦

日本語と漢字: 正書法がないことばの歴史 (岩波新書, 新赤版 2015)日本語と漢字: 正書法がないことばの歴史 (岩波新書, 新赤版 2015)感想
漢字・漢語の読みからたどる日本語(彙)論。話は古代→中世→近世と時代順に進んでいくが、各章で議論されるポイントはそれぞれ異なる。個別のテキストの中での字形などの細かな差異に着目した議論が目立ち、「生のテキスト」を丁寧に読むことの大切さを教えてくれる。万葉の頃には日本語を書き表す文字として漢字をどう使うかという試みは一通り終わっていたのではないかという議論や、かな書きの連綿活字の話、近代中国語の取り込みの話などを面白く読んだ。
読了日:04月27日 著者:今野 真二

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2024年3月に読んだ本

2024年04月01日 | 読書メーター
西遊記 ビギナーズ・クラシックス 中国の古典 (角川ソフィア文庫)西遊記 ビギナーズ・クラシックス 中国の古典 (角川ソフィア文庫)感想
同シリーズの『水滸伝』より訳文が多くて長い印象。解説やコラムも呉承恩作者説の出所や『西洋記』との比較、先行作品や版本間の比較、火焔山にまつわる地理学、ないしは元ネタの問題等々、『水滸伝』ほどではないが読ませるものが多い。初心者はもちろん西遊記ファンも読んで損はないだろう。
読了日:03月01日 著者:

図解 諸子百家の思想 (角川ソフィア文庫)図解 諸子百家の思想 (角川ソフィア文庫)感想
出土文献からの成果も豊富に取り入れた諸子百家入門。今回の文庫版では名家、陰陽家など章節新たに追加し、その後発見された出土文献や新たな研究の成果を参照して追記がなされている。儒家や孔子に関する理解が浅野流なので、その点だけは個人的に支持できないが、それ以外はおおむねまとまった概説となっている。欲を言えばね雑家すなわち諸子の成果を総合した『呂氏春秋』の章もあれば良かった。
読了日:03月03日 著者:浅野 裕一

アジア経済史 (上)アジア経済史 (上)感想
日本も含めた東アジア、東南アジア、南アジア地域の経済史概説。時代は近世以降が中心で、上巻はおおむね19世紀末まで。今まで読んだ中国経済史と比べて、特に第Ⅰ部で社会生活史に関する記述が多いのが特徴か。東インド会社の活動や商品作物としての茶葉の栽培・輸出地の変遷など、各地域を関連させた記述も特徴的。疾病に関する項があるのは今風を感じさせる。
読了日:03月06日 著者:

房思琪の初恋の楽園 (白水Uブックス)房思琪の初恋の楽園 (白水Uブックス)感想
尊敬する37歳年上の塾講師の慰み者となり、しかも彼を愛させられてしまった少女の物語。加害者はこれまでにも同じような「恋愛」を積み重ねており、また主人公の周辺には夫からのDVに苦しむ女性がいる。救われないのは、主人公も加害者も富裕層の出身であり、平均以上の教養に恵まれていることだ。高い生活水準や教養は決して性被害に遭う確率を低くはしない。そんな現実を突き付けられているようである。
読了日:03月09日 著者:林 奕含

戴天 (文春文庫 ち 12-2)戴天 (文春文庫 ち 12-2)感想
『震雷の人』と同じく安史の乱の時期の唐を舞台とし、話の中心となるのが男女3人という構図は同じだが、その男女3人が入れ替わり、舞台となる主要な地域も異なるという趣向。今回中心となるテーマは宦官と胡人。ラスボス的な存在である辺令誠も宦官であるが、単純に切って捨てられる悪役というわけでもない。「人は変わる」あるいは「人の評価は変わる」という所に注目して読むと面白い作品。
読了日:03月12日 著者:千葉 ともこ

冷戦史(上)-第二次世界大戦終結からキューバ危機まで (中公新書 2781)冷戦史(上)-第二次世界大戦終結からキューバ危機まで (中公新書 2781)感想
冷戦通史の前半部分だが、特に終戦直後の米ソ対立が決定的になっていない時点では米国の世界構想が多くの可能性に満ちており、ソ連側もイデオロギー性の重視が逆説的に外交に柔軟性を与えていたこと、キューバ危機に対してソ連側がベルリン危機と関係づけていたように、同時期の他地域の動向が密接に関わっていることが強調されている点、中南米地域の反米の動きにありもしない共産主義の影を見るななど、ソ連とともにアメリカもイデオロギーにとらわれていたことなどが印象的。
読了日:03月15日 著者:青野 利彦

冷戦史(下)-ベトナム戦争からソ連崩壊まで (中公新書 2782)冷戦史(下)-ベトナム戦争からソ連崩壊まで (中公新書 2782)感想
冷戦史後半。ソ連型共産主義の破綻が目に見えた時に権威主義を温存したまま市場経済を導入した中国のあり方が第三世界の諸国の国家発展モデルとなったことや、多国間の枠組みを形成していったヨーロッパに対して東アジアの国際関係の改善が二国間関係の締結に終始したことが、現在まで続く東アジア地域の分断の継続に影響しているといった指摘が興味深い。米ソ中に加えて分断解消に対する日本の努力不足も問われている。
読了日:03月16日 著者:青野 利彦

近代日本の陽明学 (講談社学術文庫)近代日本の陽明学 (講談社学術文庫)感想
文庫化を機に三回目の読書。大塩平八郎から三島由紀夫まで近代日本の陽明学徒の系譜を辿る。増補部分は中江兆民や西田幾多郎、渋沢栄一など本書の内容と関係する人物と朱子学・陽明学との関わりについて。西洋の概念の訳語としての「自由」が『論語』顔淵篇の「克己復礼」の章に見える「己に由る」という言葉と同義語であるという指摘が面白い。著者は儒教との関係でしか議論していないが、これは当然近代日本の漢文脈の話にもなってくるだろう。
読了日:03月18日 著者:小島 毅

ローマ帝国の誕生 (講談社現代新書)ローマ帝国の誕生 (講談社現代新書)感想
後に属州として位置づけられることになる征服地や従属地の人々との関係を軸にたどる、(皇帝が支配する国家ということではなく)多様な民族を統治する国家としてのローマ帝国誕生の軌跡。一口に属州と言っても時期によってローマ側の対応が異なるや、属州を得たことがローマ自身の政治危機の淵源となったこと、後に属州となる外地との戦争や国内の危機に対して執政官の再任などの例外を認め、それを積み重ねたことがアウグストゥス、すなわち元首、ローマ皇帝の登場につながったという逆説的な議論が面白い。
読了日:03月21日 著者:宮嵜 麻子

両京十五日 2: 天命 (ハヤカワ・ミステリ)両京十五日 2: 天命 (ハヤカワ・ミステリ)感想
昨日の敵は今日の友、今日の友は……という展開。黒幕は明朝宮廷物のドラマを見ていればある程度予想することができると思うが、中国エンタメでお馴染みの漢方や食べ物はもちろんのこと、白蓮教に水運、土木建築、殉死と作者の歴史に対する広い知識や考証が嫌味にならず、物語を面白くする結果につながっている。日本の中国物だとなかなかこの域に達するのは難しいだろう(中国でもこの年代の作家としては彼ぐらいかもしれないが)。馬伯庸の他の作品の翻訳も是非どんどん出してほしい。
読了日:03月24日 著者:馬伯庸

統治されない技法: 太湖に浮かぶ〈梁山泊〉統治されない技法: 太湖に浮かぶ〈梁山泊〉感想
歴史文献とオーラルヒストリーの両方を駆使し、歴史的に平地民から蔑視されてきた太湖の漁民の生態を、彼らの宗教信仰を軸に追っていくという内容(だと思う)。賛神歌が地域の非物質文化遺産に指定されるうえでの漁民と役所の思惑のズレが興味深い。中国政府の政策もさることながら、市場経済の導入と環境破壊が漁民としてのくらしを成り立たなくさせているというのが何だ世知辛い。
読了日:03月27日 著者:太田 出
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2024年2月に読んだ本

2024年03月01日 | 読書メーター
カーストとは何か-インド「不可触民」の実像 (中公新書 2787)カーストとは何か-インド「不可触民」の実像 (中公新書 2787)感想
カーストの歴史的な展開についての本かと思いきや、それは第1章のみでメインは不可触民の置かれた現状の話。フィールドワークによる実感やインタビューによる個別事例、映画での描写なども盛り込まれていて具体的な状況が想像しやすいようになっている。元々はそれほど厳密というわけでもなかったカーストが顕在化・実体化したのはイギリスによる植民地統治がきっかけだったというのが意外。不可触民の置かれた状況を見ると、日本の部落問題に対しても示唆する所が多そうである。
読了日:02月01日 著者:鈴木 真弥

ヨーロッパ史 拡大と統合の力学 (岩波新書 新赤版 2003)ヨーロッパ史 拡大と統合の力学 (岩波新書 新赤版 2003)感想
英仏独などの各国史ではなくヨーロッパ世界を一体のものとして見るヨーロッパ史……だと思う。古代末期から中世にかけての大帝の時代の部分が私にとっての読みどころだった。著者の専門柄「ビザンツ」に関する話が多いが、西暦が誕生したのはユスティニアヌスの時代であるという点や、コンスタンティノス7世が息子のために作ったという『帝国の統治について』の百科全書的な性質が『呂氏春秋』に似通っていること、ビザンツ帝国が周辺諸地域を子ども、兄弟など擬制的親族関係に擬えていたのが宋王朝のそれを連想させることなどが興味深い。
読了日:02月03日 著者:大月 康弘

アテネ 最期の輝き (講談社学術文庫)アテネ 最期の輝き (講談社学術文庫)感想
デモステネスの生涯を軸に、カイロネイア以後のアテネの社会と民主政の終焉の過程を描く。デモステネスが当事者となった裁判、特にハルパロス裁判が対マケドニア政策といった政治的対立とは無縁の、積年の怨み辛みを晴らす個人的対立の場となっていたというのが面白い。しかし民主政転覆罪を名目とした裁判の頻発が民主政への傾倒の現れだったというのはどうだろうか?文庫版のあとがきで触れられている、アルキメデス・パリンプセストの発見により、デモステネスの弁論に対する評価が変わってきたという話は興味深い。
読了日:02月05日 著者:澤田 典子

技術革新と不平等の1000年史 上技術革新と不平等の1000年史 上感想
21世紀版『人間不平等起源論』といった趣。レセップスとパナマ運河の下りは西欧版『失敗の本質』という感じだが。農耕の開始から産業革命に至るまで、テクノロジーの発展は庶民を幸せにしないどころか、それ以前より生活を苦しくさせるということが議論されている。19世紀アメリカの綿花栽培にボリシェヴィキ・ロシアの姿を見るという視点や、中国のように(というよりイギリス以外の)一定程度科学が発展していた国でも工業化出来なかったのはなぜかという議論も面白い。
読了日:02月08日 著者:ダロン・アセモグル,サイモン・ジョンソン

世界史のリテラシー 「中国」は、いかにして統一されたか: 始皇帝の六国平定 (教養・文化シリーズ)世界史のリテラシー 「中国」は、いかにして統一されたか: 始皇帝の六国平定 (教養・文化シリーズ)感想
伝世文献の記述を中心とした比較的オーソドックスというか教科書的な作りの本。「古典中国」を押し出してる所がこの著者らしいといったところか。これは著者というより「世界史のリテラシー」シリーズ全体のコンセプトでもあるかもしれないが…… 目新しさはないが、特に間違ったことを書いてあるわけでもないので、手堅い内容を求める向きには悪くない本だと思う。
読了日:02月10日 著者:渡邉 義浩

技術革新と不平等の1000年史 下技術革新と不平等の1000年史 下感想
下巻の射程範囲は20世紀から現代まで。19世紀末から戦後まで経済成長の恩恵が下々にまで及ぼされ、下層階級もそれなりに豊かな生活を送ることができたのは、企業に対する世論の高まりと労働組合などの対抗勢力の活動が活発だったからである。しかしデジタル・テクノロジーの発展、特にAIの登場によりそれも怪しくなってきた……という主旨だと思う。歴史の話と思わせてといて現在、そして未来の話の比重が大きいという作りは『サピエンス全史』と共通している。結論としてはやはり声を上げ続けることが大事ということになるだろうか。
読了日:02月10日 著者:ダロン・アセモグル,サイモン・ジョンソン

老神介護 (角川文庫)老神介護 (角川文庫)感想
「老神介護」は『折りたたみ北京』収録のものと同じものだと思うが、続編(しかも趣が全く異なる)があるとは思わなかった。「地球大砲」も「彼女の眼を連れて」とは全く趣が異なる続編。本編で描かれている、病気を理由とする人工冬眠という趣向は『三体』でも存在する。本書の中では恐竜と蟻との共生、そしてその破綻を描く「白亜紀往時」を最も面白く読んだ。同じタイトルで出版された単行本はその長編版ということらしく、そのうち読んでみたい。
読了日:02月12日 著者:劉 慈欣

古代西アジアとギリシア ~前1世紀 (岩波講座 世界歴史 第2巻)古代西アジアとギリシア ~前1世紀 (岩波講座 世界歴史 第2巻)感想
ローマとセットにして西アジア地域と二項対立的に論じられがちだった古代ギリシアを西アジア史の文脈に位置づけたというのが特色ということになるだろうか。山花コラムで触れられている古代エジプトの女王が王朝末期に現れるというのは、日本の女帝と比較すると面白そうである。栗原焦点では古代ギリシアの少年愛について、愛され役の少年が長じて愛し役として成長しないと蔑視の対象となったというのが興味深い。阿部焦点のペルシアとギリシアが互いにどう見ていたのかという話も面白い。
読了日:02月14日 著者:

両京十五日 1: 凶兆 (ハヤカワ・ミステリ)両京十五日 1: 凶兆 (ハヤカワ・ミステリ)感想
皇族内の皇位簒奪を狙う者が白蓮教と結託して、南京から北京に戻ろうとする皇太子・朱瞻基の命を狙おうとし、于謙や白蓮教徒と因縁のある捕快の呉定縁、女医・蘇荊渓が太子を守って北京へと送り届けようとするという構図。朱瞻基と呉定縁の成長物語ということになると思うが、そのあおりということか朱瞻基のダメダメ度が他のエンタメ作品より高くなっている印象。于謙は早々と世に出た後の死亡フラグが立っている感じ。下巻にも期待。
読了日:02月18日 著者:馬伯庸

中国農村の現在-「14億分の10億」のリアル (中公新書 2791)中国農村の現在-「14億分の10億」のリアル (中公新書 2791)感想
現地調査、歴史的展開、日本や印度の農村との比較、理論の四方向から今の中国農村のリアルを描き出す。古典とされる費孝通の『郷土中国』はどうにも話がわかりにくかったが、本書は具体性でもって理論を肉付けしてくれている。現代中国に家族主義のもとでの「官」は存在しても庶民の代表となるような代議士・政治家が存在しないというのは歴史的な科挙の影響の大きさを示しているし、中国の民主主義が議会制民主主義とは大きく違った形を取らざるを得ない理由を示していよう。農民が都市化された県城に包摂されているという指摘も興味深い。
読了日:02月22日 著者:田原 史起

老虎残夢 (講談社文庫)老虎残夢 (講談社文庫)感想
武侠にミステリーをかませるというのは中国エンタメではよく見られるものだし、作者も金庸、古龍作品は一通り読んでいるようで、おそらくそれを承知で書いている。私も武侠物のバリエーションとして読んだ。しかし出版社側や評価する側はそういう予備知識がまったくないようで、基本的に歴史ミステリーとして評価しており、中国の歴史物、あるいは武侠物にミステリーをかませるのは新鮮だと考えているようである。そのギャップにそれでよいのかと考えさせられた。
読了日:02月23日 著者:桃野 雑派

ジェンダー史10講 (岩波新書 新赤版 2009)ジェンダー史10講 (岩波新書 新赤版 2009)感想
取り上げる地域は近代以降の欧米、就中ドイツ、そして日本とほぼ限られているが、テーマは歴史教育、家族、労働、植民地・戦争・レイシズムといったように幅広い。フランス革命によって女性が政治に関与する幅が却って狭くなったこと、外交史などジェンダーとは無縁と考えられてきた領域でも新しい視点が提示されていること、ルイ14世の服装から見出せるジェンダー、一定不変と思われてきた男女の身体観の変化、女性参政権の実現が女性の戦争協力の直接的な帰結とはいえないこと等々、興味深い指摘が多々見られ、啓発性に富む書となっている。
読了日:02月25日 著者:姫岡 とし子

世界哲学のすすめ (ちくま新書 1769)世界哲学のすすめ (ちくま新書 1769)感想
『世界哲学史』シリーズの補編というかダイジェスト的なものというか今後の展望的な内容。哲学そのものというより哲学研究を取り巻く現状の話が中心。話題が多岐に渡るが、翻訳のディレンマの話、アフリカ哲学の位置づけの問題、ギリシア哲学と印度哲学との邂逅の話を面白く読んだ。
読了日:02月28日 著者:納富 信留

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2024年1月に読んだ本

2024年02月01日 | 読書メーター
アフリカ史 (講談社学術文庫)アフリカ史 (講談社学術文庫)感想
著者の専門柄ということか『新書アフリカ史』と比べて各地の神話が占める比重が多い。そして人物などについて日本史に例える箇所が目立つが、ボルヌーのイドリス2世、ズールーのシャカ王、エチオピアのメネリック2世ら英雄たちの物語は確かに魅力的である。特にエチオピアは独立を保ち続けたということもあり、アフリカ人民の解放の象徴となったということである。近代になって西欧からキリスト教が伝来すると、コンゴのシモン・キンバングーのように救世主を称して宗主国への反抗を説く者が現れたのは、中国の太平天国を連想させる。
読了日:01月08日 著者:山口 昌男

中国学の近代的展開と日中交渉 (アジア遊学)中国学の近代的展開と日中交渉 (アジア遊学)感想
複数の論文で指摘されている近代日本の漢学の先進性の指摘のほか、古勝論文で議論されている余嘉錫の章学誠評価の矛盾の真意、周論文で言及されている、明治以後の日本の漢学家たちによる現地体験や中国の学者との学術交流は過去には考えられなかったことであるという指摘や、山田論文で議論されている竹内好の「支那」呼称と「中国」呼称をめぐる葛藤などを面白く読んだ。私の専門に関係する甲骨文の研究や『古史弁』運動(この二つについても本書でカバーされているが)についても、近代の日中学術交流全般の中に位置づける必要があるのだろう。
読了日:01月11日 著者:

繁花 上繁花 上感想
90年代の話と文革の前後の話が交互に語られる群像劇というか風俗小説と言った方がいいのだろうか?筋はあるようでなく、ないようであるという感じで、ひたすら原著の上海語を関西弁に置き換えて下世話な話が続く。かと思えば古典詩詞なども適宜会話に織り交ぜてくるので、ちょっと不思議な感覚がする。取り敢えずウォン・カーワイのドラマは登場人物の名前を借りただけの別物だと思う。
読了日:01月15日 著者:金宇澄

国民国家と帝国 19世紀 (岩波講座 世界歴史 第16巻)国民国家と帝国 19世紀 (岩波講座 世界歴史 第16巻)感想
北村氏の展望ではフランス革命の起点に諸説があること、西欧諸国の植民地獲得の動機について「文明化の使命」が注目されていることなどが示唆されている。「文明化の使命」は、並河論文によると英仏による奴隷制廃止の拡散にも影響したとのこと。「文明化の使命」はまた、中澤論文で触れられる西欧のスロヴァキアなどに対する「歴史なき民」という視線とも関係するであろう。貴堂論文では、「移民国家」の印象が強いアメリカではあるが、南北戦争の頃までは「奴隷国家」「奴隷主国家」と位置づけるべきであるという議論を紹介する。
読了日:01月18日 著者:

繁花 下繁花 下感想
文革期の話と90年代の話がまったく交わらないまま展開していき、終盤まで2種類の違う話を読んでる気にすらなった(登場人物も半数以上は重ならないのではないか)。それが最後に……ということでこのままオチが付かないまま終わるのでないかと思われた話に一応の決着がついて完結する。しかし本書を読んでもドラマ版の参考にはまったくなりませんw
読了日:01月22日 著者:金宇澄

感染症の歴史学 (岩波新書 新赤版 2004)感染症の歴史学 (岩波新書 新赤版 2004)感想
新型コロナとの対比から天然痘、ペスト、マラリアの流行や対策を読み解こうという試み。第一章はコロナ禍の簡潔にしてよいまとめとなっている。しかし新型コロナに関する記憶や記録は急速に失われつつあるとして、「デマ」とされた動画なども含めて保存の必要を訴える。新型コロナが中国政府によって人為的に開発されたという言説から731部隊の話などウイルスや細菌の兵器利用の試みを話題に出したり、日本による橋本イニシアティブの発想が中国に継承されているといった点を面白く読んだ。
読了日:01月24日 著者:飯島 渉

清朝滅亡:戦争・動乱・革命の中国近代史一八九四―一九一二清朝滅亡:戦争・動乱・革命の中国近代史一八九四―一九一二感想
日清戦争から溥儀の退位までの流れをドキュメンタリーチックに描く。「海軍の予算を頤和園の修築費として流用」したという話の真相、康有為の公車上書の史実性、義和団事件の際の東南互保が清朝の中央集権体制の瓦解を決定づけたとする視点、袁世凱や孫文の人物評価などが読みどころか。
読了日:01月27日 著者:杉山 祐之

平安貴族とは何か 三つの日記で読む実像 (NHK出版新書 707)平安貴族とは何か 三つの日記で読む実像 (NHK出版新書 707)感想
一条には長らく天皇としての呼び名が定まっていなかった(意外なことに息子の後一条の方が先に定められたとのよし)というような豆知識も面白いが、『御堂関白記』の墨で消された部分の判読、『御堂関白記』『権記』などの間の一条の辞世の句の食い違い、藤原実資だけが著者とは言い切れない『小右記』の形成過程の問題など、それぞれの日記のテキスト的な問題の方がなお面白い。
読了日:01月30日 著者:倉本 一宏

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