1984年に生まれて (単行本)の
感想1984年に国外に出奔し、放浪を続ける父の人生と、1984年に女性として中国に生まれ、人生に疑問を抱き続ける主人公軽雲、2人の人生の軌跡と交錯を描く。また軽雲の同級生たち21世紀の若者の人生の歩みは、我々日本人にとっても身につまされるものではないかと思う。そこへオーウェルの『1984年』的な世界観が薄く覆い被さるという構造となっている。大仰なディストピア小説を期待すると肩透かしを食らうかもしれないが、中国現代社会の切り取り方としては充分面白い。
読了日:12月02日 著者:
郝 景芳
ユリイカ 2020年12月号 特集=偽書の世界 ーディオニュシオス文書、ヴォイニッチ写本から神代文字、椿井文書までーの
感想偽書というよりは偽史の考察といった方がよさそうな論考も並ぶ。中国学に関係するものが少ないのが残念だが、宮紀子氏の文章は『東方見聞録』偽書説から話が「清明上河図」偽作説に及び、新居洋子氏の文章は、西洋人が『尚書』に注目したいきさつから、話がド・ギーニュのエジプト人中国植民説に及び、偽史のリンク史とでも言うべきか、ともに思わぬ方向に話が広がっていくのが面白い。越野優子氏の源氏物語に関する文章は、逆に「偽」でないもの=「真」とは何かを考えさせる。
読了日:12月05日 著者:
馬部隆弘,小澤実,原田実,乗代雄介,呉座勇一
「中国史」が亡びるとき―地域史から医療史へ (研文選書)の
感想著者のここ10年ほどのエッセー、評論をまとめたもの。時勢と著者の専門柄、新型コロナに関する話題も含まれている。日本に中国史の学会がないことで、歴史的事実をめぐる暴論に歯止めを掛けられないなどの種々の不具合が生じていること、中国論で問題となりやすい中国は特殊か普遍かという話、「資料はあるものではなく、つくるもの」という問題意識、日中韓で「世界史」が歴史を共有するきっかけになるのではないかという指摘が印象に残った。
読了日:12月07日 著者:
飯島 渉
文字とことば (シリーズ古代史をひらく)の
感想漢字使用のはじまり、識字層の範囲、訓読の問題、口頭と文字との関係、仮名の位置づけ、和歌との関係、出土文字資料による成果と従来の研究との摺り合わせ等々、内容が思ったより多岐にわたっている。口頭から文字へという従来想定されていた変化は、実際には口頭から口頭プラス文字へという変化だったのではないかという指摘や、日本への漢字伝来の際の中継地点である朝鮮半島の重要性、記紀において万葉仮名の甲類・乙類を使い分けていたのが実は特別な措置だったという指摘が面白い。
読了日:12月10日 著者:
吉村 武彦,吉川 真司,川尻 秋生
中国の歴史5 中華の崩壊と拡大 魏晋南北朝 (講談社学術文庫)の
感想「民族の時代」としての魏晋南北朝史を描き出す。「漢」に反発していたかに見えた「胡」が「中華」であると自認しはじめ、たとえば五胡から出たはずの北魏が自らを五胡から弁別しようとするといった動きをおこしていく。そして「中華」としての意識は「中国」の外の朝鮮半島諸国や倭国も持つようになっていくということで、古代の日本史も「中華」の歴史の中にうまく取り込んでいる。
読了日:12月13日 著者:
川本 芳昭
西洋美術とレイシズム (ちくまプリマー新書)の
感想ノアの息子のハム、ハガルとイシュマエルの母子、イエスの誕生を祝福した東方三博士など、聖書にまつわる絵画の中の人物の描写を通して、レイシズム、更にはセクシズムやオリエンタリズムを読み取る。絵画が制作された、あるいは聖書が著述された当時の文脈を読み取るうちに、近現代の優生思想、現代の難民など、現在の問題を反映した文脈へとつながっていく。歴史的文脈と現在の解釈、この2つは容易に切り離せるものではないのだろう。
読了日:12月15日 著者:
岡田 温司
中国の歴史6 絢爛たる世界帝国 隋唐時代 (講談社学術文庫)の
感想通史としてシリーズ中最もオーソドックスな構成かつ内容。唐王朝では皇后が空位の期間が長いこと、それを皇太子の地位が不安定で、嫡長子相続の制度が確立しなかったのと結びつけて考えていること、外交面では吐蕃の位置づけに注目していることが特徴か。煬帝墓誌や吉備真備関係の石刻など近年の大発見も承けて、文庫版の補遺は他の巻より比較的充実している。
読了日:12月18日 著者:
氣賀澤 保規
北魏史 洛陽遷都の前と後 東方選書54の
感想孝文帝時代を画期として、隋唐へとつながる存在としての北魏(+前身の代国と後継王朝)を描き出す。孝文帝の改革が単なる漢化ではなく中華の地の支配者となることを目指したものであったこと、北魏の仏教政策が廃仏を経て国家宗教化していくなど、従来とは異なる大きな性格の変化があったことなどを指摘。一方で隋唐を拓跋国家として評価することは、隋唐は北朝だけでなく南朝からも多くのものを継承しているという観点から違和感を示している。この点は逆説的で面白い。
読了日:12月21日 著者:
窪添慶文
太平天国――皇帝なき中国の挫折 (岩波新書, 新赤版 1862)の
感想近代中国の「ありえた可能性」として見る太平天国。太平天国では人間が皇帝を名乗ることを認めておらず、「天王」洪秀全とその他の王たちとの間で決定的な違いはないといった、従来の中国の政権とは異なる点と、「革命」勢力として後の中国共産党と共通する点とを取り上げる。また、彼らを鎮圧する側となった曾国藩を太平天国と表裏の関係で見る。強国化の道を突き進む中国に対して、中国社会が持っていた異なる可能性を提示するという手法は、歴史イフの果たすことのできる役割を示しているようで面白い。
読了日:12月23日 著者:
菊池 秀明
アメリカ黒人史: 奴隷制からBLMまで (ちくま新書, 1539)の
感想奴隷船からBLMまでアメリカで黒人たちが歩んだ道のり。黒人たちのよき保護者を自認しながらも、彼らの本音をまるでわかっていなかった南部白人たち、白人と協調しながら黒人の地位向上をめざすという方針をとり、白人から話のわかる人物として受け入れられたブッカー・T・ワシントンへの賛否両論、北部黒人の垢抜けない南部黒人に対する複雑な思いなどは、他の差別問題でも似たような局面があるかもしれない。
読了日:12月25日 著者:
ジェームス・M・バーダマン
書聖 王羲之: その謎を解く (岩波現代文庫 文芸 330)の
感想王羲之の評伝かと思いきや、無論評伝の部分もあるのだが、その後の中国や日本での受容史、蘭亭序の真偽をめぐる論争など、関連する議論が中心で、王羲之(受容・評価)を軸とする中日書道史という趣きが強い。
読了日:12月28日 著者:
魚住 和晃
82年生まれ、キム・ジヨン (単行本)の
感想現代韓国女性が幼い頃から歩まされる道のり。彼氏の兵役など韓国ならではの要素もあるが、心性の面では日本も大差ないのではないか。ラストの一段に「現実」が示される。伊東順子氏の解説も良い補足となっている。
読了日:12月29日 著者:
チョ・ナムジュ