博客 金烏工房

中国史に関する書籍・映画・テレビ番組の感想などをつれづれに語るブログです。

もし京大出身の西洋史研究者がビルマでイギリス軍の捕虜になったら

2013年12月30日 | 世界史書籍
会田雄次『アーロン収容所 西欧ヒューマニズムの限界』(中公新書、1962年)

中公新書の中で最も印刷回数が多いという本書。いろんな意味で涙無しには読めません(´;ω;`) 著者の会田氏は著名なルネサンス史の研究者ですが、太平洋大戦末期にビルマに出征してイギリス軍の捕虜となり、西洋文明()のありさまを実地で体験することに…… 以下、印象に残ったエピソードを紹介していきます。

日本陸軍の主計部は倹約()を旨として、滅多なことでは前線の兵士に物品を支給しようとはしませんでしたが、結局それらの物品の多くは大事に保管されたまま敵軍の砲撃によって灰と化してしまうのでありました…… 今でも充分ありそうな話でワロエナイ(´;ω;`)

で、著者がイギリス軍の捕虜となり、イギリス側の将校に「私は京大を出てカレッジの講師をしている」と言っても「ウソをつくな!大学を出た男が兵卒のはずがない。講師であれば中尉以上のはずだ!」と叱られ、信じてもらえないというシーンがこれまた泣けます(´;ω;`)

ついで著者が牢内で出会ったラングーン大学英文科出身のビルマ人の話。彼はイギリス人教授のもとでシェークスピアに関する卒論を書き、『カンタベリ物語』も読んだとのこと。そこでそのテキストを見せてもらったところ、戦前の日本の中学生も読めるような絵入り本でありました。しかも彼はそれらを本物のシェークスピア作品、『カンタベリ物語』だと思っていたのでした。ラングーン大学の英文学士()…… そして所詮ビルマ人だと思ってそういう舐めた所業を平気でやらかすイギリス人教授……

著者はビルマの村で日本人の将兵と現地人との間に生まれた子供が、父親がいなくなった後も「日本人の血を引いてるからきっと頭が良くなるよ」と、村人に大切に育てられている光景を目にすることに。……あれ?90年代にPKOでカンボジアに派遣された自衛隊員と現地人との間に生まれた子供が、やっぱり同じようにして村人たちに育てられているという話を西原理恵子の漫画で読んだ記憶があるのですが?しかもやっぱり「日本人の血を引いてるから頭が良くなる」とか言われてました(´・ω・`)  
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『聖書考古学』

2013年12月28日 | 世界史書籍
長谷川修一『聖書考古学 ―遺跡が語る史実』(中公新書、2013年2月)

文字通り聖書の舞台となった古代イスラエルの考古学について解説した本ですが、特に第二章で考古学は何を明らかにする学問かということと、考古学と歴史学との関係をわかりやすく説明しており、良質な考古学の入門書ともなっています。(聖書については第一章にてざっくりと解説してます)

で、第七章に出て来る聖書学のミニマリストとマキシマリストというのは、中国の古史研究における疑古派と釈古派みたいなもんかなと思いつつ読んでいると、こんな一文が……「昨今、少なからぬ良心的な研究者たちは、骨董市場に出回ったものを購入したり、研究対象にしたりすることを控えている。」(223頁) その理屈でいくと、骨董市場から買い取られた戦国竹簡やら周代の青銅器を史料として使用している中国古史の研究者には良心が無いということになりますな(´・ω・`)
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『物語 近現代ギリシャの歴史』

2012年03月17日 | 世界史書籍
村田奈々子『物語 近現代ギリシャの歴史』(中公新書、2012年2月)

19世紀のギリシア独立戦争から21世紀の経済危機まで、近現代のギリシャ史をまとめた本ですが、「どうしてこうなったorz」と言いたくなる話ばかりで読み進めるのが辛いです(^^;)

どうしてこうなった その1
独立後、共和制ではなく君主制を選択したことで、他国から国王を迎えることになりましたが、バイエルン王室から迎えられた初代国王オトンはクーデタで国を追われ、ついでデンマーク王室から迎えられた2代目のゲオルギオス1世は暗殺されるという憂き目に遭い、以後も国を追われる国王が続出し、最終的に1974年に君主制が廃止されることに。初代ギリシャ国王の座を寸手の所で辞退してベルギー国王となったレオポルドが超絶な勝ち組に見えてきます……

どうしてこうなった その2
近現代のギリシャでは民衆の口語であるディモティキと、文章語として継承されてきた古代ギリシャ語を口語と折衷させたカサレヴサという二つのギリシャ語が通行し、どちらが正しいあるべきギリシャ語であるか、どちらをギリシャの公用語とすべきであるかをめぐって国民が二つに切り裂かれた。これと比較すると、中国近代の白話運動なんかかわいいものに見えてきますなあ……

どうしてこうなった その3
1910年代から30年代にかけてギリシャの政治を牛耳ったヴェニゼロス。しかし彼の台頭により、ギリシャはヴェニゼロス派は反ヴェニゼロス派に二分され、国家の分裂をもたらした。これと比較すると、橋下派と反橋下派が対立する今の大阪の状況など(以下ry

どうしてこうなった その4
ナチス・ドイツによる占領を脱したのも束の間、今度は共産主義勢力に対する白色テロが横行し、ギリシャ人同士が殺し合うという「兄弟殺し」の状態に。やはりどうしてこうなったとしか……

おまけ
本国では食えないのでアメリカに移住してみたら、アメリカ人から「お前ら本当に古代ギリシャ人の子孫なのかよ?とてもそうは見えないぜw m9(^Д^)プギャー」と、あからさまに侮蔑されるギリシャ人。もうやめて、ギリシャ人のライフはゼロよっ!
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『ギリシアの古代』

2012年01月31日 | 世界史書籍
ロビン・オズボン著、佐藤昇訳『ギリシアの古代 歴史はどのように創られるか?』(刀水書房、2011年6月)

英国の古代ギリシア史研究者による入門書。古代ギリシアでは、体育訓練場(ギュムナシオン)が成年男性と少年の出会いの場になっていたという「アッー!」な話題を取っかかりとして、いわゆる「暗黒時代」からアレクサンドロスの時代まで、古代ギリシア史がどのようにして創られたかを追っています。読み応えがあるのも古代ギリシア史の史料について述べた部分です。以下にそれを二、三拾い出してみます。

実際、ギリシア考古学は大方のところ、文献によって突き動かされてきました。シュリーマンをトロイアに導いたのは『イリアス』でしたし、主要なギリシア遺跡の発掘とその解釈に決定的な影響を及ぼしてきたのは、多くの場合、文字史料だったのです。(本書62~63頁)

……どこの世界の考古学もそこだけは一緒なんですなorz

ところが前古典期の考古遺物を読み解こうにも、同時代の文字史料を参照できないこともしばしばあるのです。そうすると、どんなに早くとも前五世紀以降の文献史料を対照して読まねばなりません。モーゼス・フィンリーはそうしたものを「一次」史料と呼ぶ人たちを見ると、軽蔑しながら、ガミガミののしったものです。そうした史料は実際、歴史を反映しているというよりは、むしろ歴史を「創り出して」いるわけですから。ですがその一方で、私たち自身が初期ギリシアの歴史を「創り出す」ときだって(それこそが初期ギリシアの歴史なのですから)、それら後代の記述を無視する余裕はないのです。(本書65頁)

……古代史を専攻するうえでのジレンマですな(´・ω・`) これは中国史で言うと、西周史を『尚書』・『逸周書』や『詩経』、『史記』周本紀を用いずに叙述する、あるいは春秋史を『春秋左氏伝』や『国語』を用いずに叙述しようとするような行為であると例えられるでしょう。ただ実を言うと、私個人としてはモーゼス・フィンリーの態度に非常にシンパシーを感じるですが……

その他にも、口承による伝承も文字による伝承と同じく、自分たちの利害や関心に合わせて話が取捨選択されていくとか、文字による記述は口承伝統に対する批判から始まったとか、史料に対する見方や考え方として色々と面白いトピックが取り上げられています。

本書を読みつつ、考古学の発掘の成果を文献資料の内容にあてはめて解釈しようとする手法が世界的に見て一般的であるのに対し、戦前の反動もあってか考古学の成果をなるたけ文献をまじえずに解釈しようとする日本の考古学のあり方はもっと評価されてしかるべきではないかと考えた次第です。
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『ナポレオンのエジプト』

2011年12月04日 | 世界史書籍
ニナ・バーリー著、竹内和世訳『ナポレオンのエジプト 東方遠征に同行した科学者たちが遺したもの』(白揚社、2011年7月)

ナポレオンのエジプト遠征に随行したサヴァン(学者)たちの動向をまとめた本です。しかし当時の学者や学生たちは行き先も知らないまま(そう、エジプト遠征の行き先は兵士も含めて従軍した人々にすら知らされていなかったのです)よくナポレオンに着いて行く気になったなあと思いました。まあ、私も当時のフランスに生まれて学者になってたら、「何だかよく分からないけど乗るしかない、このビッグウェーブに!」とばかりに、ホイホイ着いて行ったんでしょうけど(^^;)

そして船に詰め込まれた実験・調査用具などの器具類は早々にイギリス海軍の攻撃によって海の藻屑となり、現地では病気や将兵たちの無理解・嘲弄に苦しめられ、本国フランスとの連絡の術が断たれてヨーロッパでの学問の進歩から取り残され、帰国する直前には自分達の収拾した標本やノートがイギリスの手に渡りそうになりと、様々な苦難に遭遇していきます。そして帰国してからも、エジプトでの調査や体験の精算を迫られ、エジプトでの日々を懐かしみつつもがき苦しむサヴァンたち。

彼らサヴァンたちにとってエジプト遠征とはどういうものであったのかを絵で表現すると、こういう具合になるんだろうなあと思うわけですが……



長谷川哲也『ナポレオン 覇道進撃』第1巻(少年画報社、2011年7月)、33頁より。ただしこれはサヴァンではなく、エジプト遠征に従軍した元兵士の心象風景を描いたものですが。
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『新しい世界史へ』

2011年11月27日 | 世界史書籍
羽田正『新しい世界史へ 地球市民のための構想』(岩波新書、2011年11月)

これまでイスラーム史を専攻されてきた羽田正氏による世界史教育本です。これからの世界史教育のあり方として、「ヨーロッパ世界」や「中国」などの中心を敢えて据えない、時系列史にこだわらない、「世界はひとつ」というメッセージさえ込められていればどのような描き方でもよい、といった提案は面白いですし、頷くところも多いのですが、正直「私は具体的にこういう風にやりたいんです」と、指導要領案なり教科書なりを出して貰わないとピンと来ない部分もあるなあと。

著者は世界史教育に関して複数のプロジェクトを進めているということなので、将来的に何か具体的な形になって出て来るのでしょうけど。

本書を読んで、歴史教科書だけを対象にして学習指導要領を視野に入れなかった某会の活動は、(イデオロギー的な面はさておくにしても)根本的な所から間違っていたのだなあと思いました(^^;)

あと、小ネタで面白い指摘があったので、1つ2つ紹介しておきます。

○他国の歴史教科書を見た場合、日本の世界史の教科書みたいに全地域・全時代を網羅しようとしているのは実は少数派。

本書ではフランスと中国の例が挙げられてますが、フランスの高校の歴史教科書では自国史と世界史とが分けられておらず、教科書の内容も必然的にフランスが中心となっています。(他のヨーロッパ諸国でもだいたい同じ形式とのこと。)そして中国では日本と同様に自国史(中国史)と世界史との二本立てになっており、世界史の教科書の構成は日本のそれと近い部分もあります。(自国史と世界史とのリンクや「イスラーム世界」の扱いなど、異なる部分も当然あるのですが。)

○本書の記述より。「最近は、中国中心の歴史の見方を、中央ユーラシアから見直そうという主張が大きな力を持っている。」「しかし、逆に、中央ユーラシアを世界史の中心に置き、中央ユーラシアが世界史を作ったと唱えては、せっかくの提言が台無しである。」

これは一体誰のことを指して言っているのでしょうか(^^;)
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『仏教、本当の教え』

2011年11月07日 | 世界史書籍
植木雅俊『仏教、本当の教え インド、中国、日本の理解と誤解』(中公新書、2011年10月)

インド・中国・日本3カ国での仏教の受容のされ方を比較してみよう!という主旨の本ですが、日本の仏教が仏教本来のあり方とはかなり違ったものというか、最早別物になってしまっている!ということで、日本仏教に対して手厳しい意見が多いです。この本の著者は文化比較を通して日本の伝統文化のダメな面を見過ぎちゃったんだろうなあという気が……

以下、本書で面白かったネタ。

○中国では漢訳仏典が成立すると、それが一人歩きするようになっていき、パーリ語やサンスクリット語の原典が顧みられなくなっていった。

……そういや汲冢竹書も古文字から隷定がなされた後は、元の竹簡は顧みられなくなったんですよね。

○中国でもチベットでもモンゴルでも仏典は自国の言葉に翻訳して読まれてきたのに、日本でだけ自前の翻訳を用意せずに漢訳のままで読まれてきたのって、おかしくね?

……言われてみればそうですね。そういや韓国でも日本と似たり寄ったりの状況なんでしょうか。前近代の朝鮮半島で朝鮮語訳の仏典が広く読まれていたなんて話は聞いたこともないですし。

○欧米の研究者の間では、観音菩薩はジェンダー・フリーを体現する存在として評価されている。

……マジですか(^^;) あと、「比丘」を"comparative hill"と訳した人がいるというネタにも笑ってしまいましたが。

○日本の僧侶の飲酒・妻帯を厳しく批判する東南アジアの僧侶だが、そんな彼らも喫煙はする。その理由は、仏典では喫煙は禁止されていないから。

……しかしお釈迦様の時代にはタバコなんて存在しないのだから、喫煙に関する戒律が無いのも当然だという作者のツッコミにワロタw
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『世界史をつくった最強の三〇〇人』

2011年10月16日 | 世界史書籍
小前亮『世界史をつくった最強の三〇〇人』(星海社新書)

中国史物を中心に歴史小説を発表されている小前亮氏による世界史人物伝です。新書のページ数でどうやって300人も紹介するのかと思ったら、1人につき1ネタを紹介というスタイルなんですね。クフ王から始まってヒトラーで締めていますが、割と時代・洋の東西偏らずバランス良く紹介されています。人物の選定基準は教科書に載ってるような人+著者が小説の題材にしたい人物(もしくは過去に題材にした人物)ということですが、ビザンツ帝国の人物が割と多く拾われているのは著者の趣味でしょうか。

本書では人物ごとにそれぞれキャッチフレーズがつけられているのですが、竹林の七賢の1人嵆康のフレーズが「働け!」だったり、耶律楚材のフレーズが「嘘・大げさ・まぎらわしい」だったり(これは杉山正明氏の評伝『耶律楚材とその時代』の内容を反映したものでしょう。)なかなか気の利いたものが多いです。もっとも、私が嵆康と同じ時代の貴族に生まれていたとしたら、やっぱり「清談が楽しすぎて生きるのが辛いw」とか言いながら同じようにニート生活を送ってたと思いますが。 

そして本文のネタ部分。足利義満の項で「『一休さん』の将軍様だが、小僧の知恵でどうにかできる人物ではない。」なんて書いてますが、あれは子供のやることにまともに取り合っている将軍様が実は偉いというアニメだと思うのですが(^^;)
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『ローマ人の物語 ローマ世界の終焉』

2011年09月05日 | 世界史書籍
塩野七生『ローマ人の物語41~43 ローマ世界の終焉』(新潮文庫、2011年9月)

長らく続いてきた『ローマ人の物語』シリーズもいよいよ最終刊。今回はローマ帝国の東西分裂が決定的となった西暦395年から476年の西ローマ帝国滅亡を経て、一度はイタリア半島をローマの勢力下に取り戻した東ローマ帝国のユスティニアヌス大帝と、実際にイタリア経略に当たった軍人ベリサリウスの死までを扱っています。

教科書的には395年をもってローマ帝国の滅亡とされることが多いのですが、その年をもって急にローマ的なものが消え失せたわけではないので、本書では敢えてそこからずーっと引き延ばして、ローマを象徴する元老院や水道施設のようなインフラが破壊されるまでを範囲としているわけですね。

しかし西ローマ帝国、あるいはその後のオドアケルのイタリア王国や東ゴート王国統治下のイタリアは、どう見てもモヒカンがいたいけな村人から種籾を収奪しまくる『北斗の拳』の世界ですね。もちろんアラリックやアッティラ大王やテオドリックが世紀末覇者とか南斗六聖拳にあたるわけです(^^;) 洋の東西を問わず中世とくると、こうやってすぐに『北斗の拳』を連想するのは私の悪い癖ですが、いっそのこと開き直って中世=核の炎に包まれた後の世紀末説を強弁すべきなんでしょうか……

そして本書で印象に残ったのは西ローマ帝国が滅亡するさま。西ローマ帝国では初代のホノリウス帝及びそれに続くヴァレンティニアヌス3世が長い在位期間を保った後は、短期間で皇帝の首をすげ替えまくるという事態が発生し、それを見かねた東ローマ皇帝が2回ほど西ローマ皇帝を自国から派遣したりしますが、それもうまくいかず、最後の皇帝とされるロムルス・アウグストゥスがオドアケルによって退位させれられた後は皇帝のなり手がおらず、西ローマ帝国は何となく滅亡。その後はオドアケルが東ローマ皇帝の代理者としてイタリアを統治することになります。

「一国の最高権力者がしばしば変わるのは、痛みに耐えかねるあまりに寝床で身体の向きを始終変える病人に似ている」という著者のコメントに何だか胸が痛くなります(´・ω・`) 同じく頻繁に国のトップの首がすげ替えられつつも、まだ首相のなり手がいる日本はマシな状況なのかもしれません……
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『ナポレオン 覇道進撃』第1巻

2011年09月02日 | 世界史書籍
長谷川哲也『ナポレオン 覇道進撃』第1巻(少年画報社、2011年9月)

『獅子の時代』編から引き継いで新章に突入した長谷川哲也の『ナポレオン』ですが、これがもう最初から最後までひどい(^^;) 前シリーズより更にひどさのレベルがアップしてます。具体的にどうひどいかは以下に挙げるキーワードを参照して察してください。

ということで、今巻の内容を象徴するキーワード。

お誕生会
うさぎ狩りと見せかけて王党派を合法的に虐殺できるイベント。

レジオン・ドヌール勲章
地獄のような体験を人生最高の思い出に変えてくれる魔法のアイテム。

エマ・ハミルトンの裸体画
その所有者及び周囲の人々を死地に追い込む呪いのアイテム。

「争っている場合じゃない!ここはひとつ祖国のためにがんばろうじゃないか」
過去の恩讐を乗り越えさせ、かつての敵と味方を団結させる魔法の言葉。

「フランスは男性原理の時代だった」
こう言っておけば、どんなにひどいことをしても何となく納得してもらえるという魔法の言葉。

「愛が男を狂わせる」
こう言っておけば、どんなにひどいことをしても(以下ry

サン・ピエール村に残された借用書
ナポレオンにかかれば、ちょっといい話もかなりひどい話になってしまうという象徴的なアイテム。

「赤字だから増税するとか国債を発行するとかは子供(ガキ)だって言えるんだよ」
「自粛で何か良くなるとでも」
…………これはいったい誰に向けて言っているセリフなのか(^^;) 
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