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靖国 YASUKUNI

2013年01月23日 05時55分51秒 | 映画

 2007年に中国人映画監督が撮影し、右翼の脅迫により多くの劇場で上演が実現しなかったという、いわくつきのドキュメンタリー映画「靖国 YASUKUNI」をDVDで見た。これは思った以上に印象に残る作品である。
 この映画には本当に様々な人が登場する。昔の軍服姿でコスプレし行進する者たち、小泉首相の靖国参拝を支持するアメリカ人、戦没者親族の合祀に抗議する台湾人と韓国人の遺族団体、戦没者遺族の集いに乱入して反靖国を叫び、周囲の者にボコボコにされる若者、などなど。通常の世界では目にすることはない連中が、8月15日の靖国神社には結集するのである。それを見るだけでも、この映画には価値がある。
 娯楽性は少ない面もあるが、これは日本人が靖国神社というものを考えるうえで、必ず見るべき映画だと思う。決して単純な反日映画というわけではないのだ。これを見ると、靖国神社というものが抱える矛盾、いびつさを、どうしても認識せざるをえない。それはそのまま、日本という国の現代史が抱える矛盾、いびつさでもある。この映画には、それを考えさせる力がある。劇場であまり上映されることがなかったのは残念だが、ぜひDVDで見ていただきたい。
 特に私が感じたのは、靖国で行われる「合祀」というものの概念が分からなくなってきた、ということだ。映画では台湾人女性が、戦没者親族が靖国に合祀されていることに激怒し、猛抗議していた。日本人であろうはずがないのに、なぜ靖国などに奉られ、位牌を祖国に持ち帰ることができないのか、ということだ。しかし、いったん合祀してしまった魂は他の魂とともに一体の「神様」となり、神様を分離するなどということはできないため、分祀ということ自体が無理、とのことである。また、戦没者である以上、その位牌は国が奉るものであって、そのことについて国は遺族よりも優先する、という論理らしい。
 しかしそうであるなら、靖国神社は「国」という非常に公共性の高いものの代理として、戦没者を奉っていることになる。そんなことを「いち宗教法人」がやる、ということ自体がおかしいんじゃないのか? 靖国神社は、そのやり方を政府が口を出すことのできない「いち宗教法人」というのは本当なのか? 国際的に通用する説明が、どうしても思いつかない。

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