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日本の「失われた20年」というのは果たして本当か?

2019年03月03日 07時19分09秒 | その他

https://ecodb.net/country/JP/imf_gdp.html
 前回の記事で紹介したビデオカメラもそうだが、昔と比べて今はいろんなものがとにかく安く買えるようになっている。例えば20年ほど前であればワープロ機能しかない機械が一体10万円をしていたが、今ではもちろん誰も買わない。考えられないほど低い機能しかなかったパソコンは30万円近く出さなければ買えなかったが、今では数万円ではるかに高機能なパソコンが買える。機械類だけではない。衣類、生活雑貨などあらゆる商品とサービスが20年以上前と比べれば安価に手に入るようになった。
 これは若い人では実感がわかないだろうが、90年代前半以前の時代を知る人間であれば、よくわかるのではないかと思う。つまり中国が本格的に工業化し、IT関連の技術が 飛躍的に発展するより前の時代と比べて、ということである。バブル時代が幸せだったと思う人間は、あの時代は現在よりもレベルの低い製品やサービスに、えらく高い金を払わされていたことを思い出してみると良い。それに比べて今は、商品がさらに多様化し、なおかつ質も高くなっている。ネットを利用することによりそれらを安く手に入れることも可能となった。
 その代わり日本人が手にする収入額はどんどん下がっていったわけで、それこそがデフレというものであるが、ここで考えたいのは、果たしてそのデフレが本当に日本人を貧しくしたのであろうか、ということである。単純に平均的な収入だけを見ていれば日本の経済が凋落したかのように思えるが、本当にそれで日本人が貧しくなったと言えるのであろうか。重要なのは、必要な財やサービスを手に入れ快適な生活ができるかどうか、ということである。そういう視点で考えれば、質の向上した様々な商品を安価に手に入れることが可能となった現在は、生活レベルが悪化したとは決して言えないのではないか。
 ネットや IT機器の発展により、日本人の暮らしがどれだけ便利に、効率的になったのかよく考えてみると良い。 生活に必要な財やサービスを手に入れ、快適な暮らしができているかどうかという視点で言えば、日本人はむしろ最近の30年で平均的に豊かになった、とさえ言えるのではないか。
 上の図は、日本の実質 GDP総額 の推移を表したものである。 1990年と2018年を比較してみると、中国における工業製品のおびただしい大量生産、技術発展による生産手段の低コスト化、といった強力なデフレ要因がありながらも、 GDP はそれほど変わらないどころかむしろ向上していることが分かる。この間、日本の人口に大きな差はない 。失われた20年やら失われた30年などという言葉があるが、これを見ると、特に何も失われていないと感じる。バブル期の途方もない豊かさを考えると、むしろ「豊かさを保ち続けた30年」と言うべきではないか。
 この30年で日本経済の国際的地位はかなり低下したが、それは他の国が貧困から脱し豊かになったというだけのことで、決して日本そのものが貧しくなったことを意味しない。
 もちろん、可働人口が減っていき、実質 GDP も減っていくであろう今後の時代をどうするか、日本企業の国際競争力をどう回復するか、といった問題は別の話であるが。ただ、最近の30年が言われるほどそんなに悪い時代だったのかというと、そうとは思えないのである。