旬刊・上原直彦 「浮世真ん中」の内『おきなわ日々記』」アーカイブ版

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春から夏へ・おきなわ

2008-03-20 12:44:35 | ノンジャンル
★連載NO.332

 ♪深山鶯ぬ節や知らにどぅん 梅ぬ匂ゐしちどぅ春や知ゆる
 〈みやま うぐゐしぬ しちや しらにどぅん んみぬ にうぃしちどぅ はるや しゆる〉
 歌意=奥山の木立ちの中で孵化した今年の鶯。暦を知るよしなく、冬・春の推移は知らないはずだが、あたりに梅の香りがただよいはじめたことで春の到来を察知。里へ下りる支度をする。
 名曲「揚作田節=あぎちくてんぶし」に用いられる1首。しかし、いまごろ深山にいる鶯は成鳥ではなく幼鳥、藪鶯だ。したがって「ホーホケキョ」とは未だ鳴けず「チョッ!チョッ」もしくは「キョッ!キョッ」で「ホーホケッ!」が発声できない。この藪鶯を沖縄口では、鳴き声・ささ鳴きからして「チョッチョー」もしくは「チョッチョィ」と称している。
 これらチョッチョーは、高くは飛べないのか、あるいは護身の術を本能的に心得ているのか、木の下枝あたりを飛び渡っている。それが4月になるまでには一段、また一段と上枝へ上がるようになり、そこで初めて「ホーホケキョ!」の美声を発揮するようになる。
 沖縄芸能史及び風俗史研究家崎間麗進先生の庭木の多い自宅における観察によると成鳥の鶯は、朝の太陽から生まれたかのように東方から5羽、7羽と群れをなして飛んできて毎日、決まった木の枝でしばし遊び、昼頃南の方角に飛んでいくそうな。そして、赤太陽〈あかてぃだ・夕日〉の残っているうちに帰ってきて、朝に止まった木の枝を同じように渡った後、東方へ飛び去るという。おそらく、マーキング行為だろうということだ。

崎間麗進先生

 藪鶯を例にした言葉がある。
 ◇「ぶりチョッチョィしんか」
 「ぶり」は群れ。「ぶり星=ぶし。ふし」「むり星」「むりか星」なる言葉もあるように「群れ」を意味し「しんか」は、家来、家臣を意味する「臣下」が転じて、仲間、グループ、気の合う者同士を指す。「仕事しんか」「酒飲みしんか」などなどと広く用いられる言葉で、いまでも日常語の中に生きている。したがって[ブリチョッチョィしんか]は、成鳥になりきっていない藪鶯同様、まとまりのない、大勢の人の寄り集まりを意味する烏合の衆のこと。
 ◇「チョッチョィわらばぁ」
 「わらばぁ・わらび」は童。経験の浅い若者が、実力を伴わない理屈を口角泡を飛ばしている場合に大人が投げかける言葉。ホーホケキョと鳴けないチョッチョィ同様としているのだ。因みに「わらばぁ」には、若者を見下した言葉のニュアンスがある。子ども・童は「わらび」と使ったほうがよろしかろう。
 チョッチョィも、やがて成鳥になりホーホケキョと春を歌う。人間の「チョッチョィわらばぁ」も、長じて立派な大人になる。その春を待って会話を重ねるのは、親と周辺の大人ということになろうか。


チョッチョィとは関係ないが、死語になった「ぶり屋敷。やしち」がある。
 粟石囲いの屋敷ではなく、庶民が借りて住んだ謂わば長屋群を「ぶり屋敷」と称した。ぶり屋敷人〈やしちんちゅ〉と言われるのがイヤで彼らは「早く儲けて一戸建ての家屋・屋敷に住もう」。これが殊に、首里那覇のぶり屋敷に住む人たちの夢であった。終戦直後は沖縄中が皆、ぶり屋敷の暮らしだったことを覚えている。
 いまのアパートやマンションは、ぶり屋敷が近代化した住居なのかも知れないが、昔のぶり屋敷の暮らしを支えていたものは、隣人同士の[義理・人情]だったと聞く。現代のそれは[隣の人は何をする人ぞ]らしいがどうか。

♪鶯の外に知る人やねさみ 奥山に咲ちゅる梅ぬ色香
 〈うぐゐすぬ ふかに しるふぃとぅや ねさみ うくやまに さちゅる んみぬ いるか〉
 歌意=早春の奥山に咲く梅の美しさ・色香をいち早く知るのは鶯以外にはなかろう。それを鶯とともに知ることができないのは、いかにも残念。
 この1首を人間界に当てはめてみよう。
 街方の梅〈女性〉は、メイク・ファッションに長けていて美しく色香を放
っている。それはそれでよし。一方、地方の梅は、とり立てて着飾ることはしないが、自然美を日常として、楚々とした色香を誇っている。いずれが[善し悪し]ではなく、それぞれの梅の香りを放ってくれるほうが鶯〈男性〉としては嬉しい。
 

 春の彼岸に入り、そして明ける。風もすっかり南に回り、太陽も気温を24、5度に上げている。慶良間島〈けらま〉の海を回遊している鯨も、もうすぐ北の海へ旅立つ。海開きも声も聞こえ、野山の色も日1日濃さを増して、うるじんの侯。沖縄の春は短く、夏に向かってまっしぐらである。

次号は2008年3月27日発刊です!

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