旬刊・上原直彦 「浮世真ん中」の内『おきなわ日々記』」アーカイブ版

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十二支シリーズ⑦ 酉・鳥・鶏

2010-03-18 00:20:00 | ノンジャンル
 暁を告げる鶏の鳴き声を聞かなくなってから久しくなる。
 鶏はいつから鳴かなくなったのだろう。いや、鳴いてはいるだろうが、かつてはどこの家でも飼っていた鶏は、ほとんどが養鶏場住まいをして肉用、卵用としての育ち方を選び、時を告げる役目を目覚まし時計にゆだねてしまっている。その点、野鳥は意のままに空を飛べるぶん、朝な夕なわが家の庭先まで義理堅く訪ねて来てくれて、美声の挨拶を受けている。


 ※とり【酉】十二支の第10。昔の「酉の刻」は現在の午後5時から7時。方角は西。
 普通、トリと言えば、鶏をふくめあらゆる鳥類をさすが、世界には約8600種、日本には約520種いるそうな。これらを科・目別に分類するとなると専門家でも分厚い数冊の本を要するだろう。
 トリとは「飛翔生活に適応した脊椎動物。体は羽毛で覆われ、前肢は翼となる。恒温動物で卵生。口は嘴となり歯はない。肺で呼吸」と辞書にある。
 [鳥]を用いた日常語は実に多く、沖縄の場合「飛び鳥=とぅびとぅゐ」にも、いくつかの慣用句があって、自由に空を飛翔することから「自由」を意味したり、余所からやってきたかと思えば、すぐに去っていく人のさまを「飛び鳥のようだ」と表現する。また、食が細いさまを。トリがエサを突っつく様子に例えて「鳥ぬ物突ちゅんねぇ=とぅゐぬ むぬ ちちちゅんねぇ」と言い、食の細い若者には「娘を嫁がせるなッ。ロクな働きは出来ない。妻子は養育できないッ」として敬遠される。
 すぐれた人のいない所で、能のない者が威張る例えに「鳥無き里の蝙蝠」と言う。
 では、蝙蝠はトリかケモノか。

 ※こうもり【蝙蝠】自由に飛行できる哺乳類。前肢の骨が特殊な発達をし、その骨の間に飛膜を張って翼を形成する。昆虫などを主食とする小形コーモリ類と、果実を主食とするオオコーモリ類に大別できる。世界には約800種、日本には約30種生息している翼手種である。
トリともケモノともつかないことから、争っている双方に要領よく味方する者を「こうもり人間」。仲間としては異質だが仲間は仲間とする考えの例えを「蝙蝠も鳥の内」と言う。また一方では、ふさわしくない者が賢者の中に交じっているさまも意味している。蝙蝠の沖縄口はカーブヤー。少年のころは夏の夜、カーブヤー狩りをよくしたものだが昨今はその姿さえとんと見かけなくなった。
 蝙蝠が翼を広げたような形をした黒布張りの傘に「こうもり傘」があるが、いくら直訳でも「カーブヤー傘」とは言わない。西洋を総称して[ウランダ]とした時代の名残りで、沖縄的には「こうもり蘭傘=らんがさ・オランダ傘」と称した。


 鶏について。
 キジ科の家禽。世界中でもっとも多く飼育されている。卵用・肉用・卵肉兼用・愛玩用・闘鶏用と多くの品種がいることはご存じの通り。原種は東南アジア産のセキシュクヤケイと言うそうだが、日本にはフタカケ、ナガナキドリの古語もあるという。
 沖縄の鶏は、いつごろどのように飼育され始めたか定かではない。卵用、肉用の他に薬用の烏骨鶏、闘鶏用のタウチー、鳴き声を楽しむチャーンなどは、いずれも中国から輸入されたものと言われている。それが明確に記述されているのは、沖縄学の父伊波普猷の全集5の「朝鮮南島漂流記」に見ることができる。文明9年〈1477〉、朝鮮人7名が航海中に遭難して、琉球列島八重山与那国に漂着。やがて乗組員や積荷もろとも島々を経由して、沖縄本島に送られた経緯が記録されている。その積荷の中に鶏も記されているが、種類は不明。鶏の名称を「庭鶏」と書いて「みやとり」とあり。これが今日的に言う「みゃーどぅゐ」「なぁどぅゐ」になったと思われる。鴨は「がぁどぅゐ」。

 鶏は鶯とともに多くの琉歌に詠み込まれている。

 symbol7鶏ぬ卵や 二十日目に孵でぃる 我身や里逢ちゃてぃ 今どぅ孵でぃる
 〈なぁどぅいぬ くがや はちかみに しでぃる わみや さとぅ いちゃてぃ なまどぅ しでぃる

 *孵でぃーん=しでぃーん=は〈クーガ=卵=が孵化するように〉生れ出る・生まれ変わる・新しい命を得るの意。歓びを得て生まれ変わる幸福を意味する言葉「孵でぃ果報=しでぃがふう」もそのひとつ。
 歌意=鶏の卵は、親鶏に抱かれてから二十日目に孵化し雛になる。わたしは好きなあの人に出逢い抱かれて今、大人の女性になった。
 遊び唄の三線に乗せて歌うには、色気と情緒がからみ合ったお勧めの1首。



 symbol7干瀬に居る鳥や 満潮恨みゆゐ 二人や暁ぬ鶏どぅ恨む
 〈ふぃしに WUるトゥイや みちす うらみゆゐ たいや あかちちぬ トゥイどぅ うらむ

 歌意=干潮時の岩瀬に羽を休める鳥は、満潮を恨む。飛び立たなければならないから。夜を徹して語り合う二人が恨むのは、暁を告げる鶏。人目につく前に別れなければならないから。
 岩瀬にいた鳥は、ウミドゥイ〈海鳥・代表してカモメ〉かサージャー〈白鷺〉か。



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