旬刊・上原直彦 「浮世真ん中」の内『おきなわ日々記』」アーカイブ版

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琉歌・雪へのあこがれ

2013-12-01 10:01:00 | ノンジャンル
 「もう雪。炬燵頼りの半年を過ごさなければならない。ふるさと沖縄を恋しがる日々・・・・」云々。返事をする。
 「こちらは霜さえ降りず、そちらの冬景色が羨ましい。冷蔵庫ぐらしに入ったわけだ。それが年が明けると冷凍庫暮らしになるのだろう」。
 それに対する返事は「チェッ!」のひと言。北国に住む友人とのメールのやり取りである。日本列島は南北に長いせいだろう。
 このところの挨拶言葉はこうだ。
 「シービークなたんや=薄ら寒くなったね」。
 あるいは「肌持ち ゆたしくなたんや=(長い暑さがようやく遠退き)肌持ち=肌に快い、いい気候になったね」。この「肌持ち=はだむち」なる言葉は、春3月、冬が行き、周囲が明るくなったころにも使う。
 霜が降りるのも年に数度。霰(あられ)にいたっては、よほど寒波の厳しい年でなければ降りず、降ろうものなら新聞のトップを飾る。まして、雪はまったくなし。もっとも昔々、北部地方の山頂に「雪の結晶」を確認したという話はある。しかし、それも定かではない。
 それでも、ないものねだりだろうか「雪」とういう言葉は「白いもの」を言い当てるのに多々引用されている。
 *雪ぬ真米=ゆちぬまぐみ。真っ白な米。豊作の意。
 *雪ぬ色ぬ歯口=ゆちぬいるぬはぐち。白い歯並び。
 *雪白髪=ゆちしらぎ。美しい白髪。
 *雪ぬ真肌=ゆちぬまはだ。白い肌。

 琉歌の中の「雪」を拾ってみよう。

 ♪春ぬ初花ん 秋ぬ夜ぬ月ん 忘してぃ眺みゆる 雪ぬ清らさ
 <はるぬ はちはなん あちぬゆぬ ちちん わしてぃ ながみゆる ゆちぬ ちゅらさ>

 歌意=春に咲く花も美しい。秋の夜の月も美しい。それらを忘れて飽きずに眺め、見とれてしまうのは雪景色である。
 詠み人は義村王子(1763~1821)。名は朝宜(ちょうぎ)。父は第二尚氏王統14代目・尚穆王(しょう ぼく)。王子は王府の高官として行政に携わり「和文に通ず」とされることから推察するに、和文書から「雪」を読みとって、琉歌にしたのではないかと考えられる。
 「雪」1語は、琉球と大和の交流を濃密に示していると言えないだろうか。

 ♪降ゆる雪霜ん 与所になち語る 埋ん火ぬむとぅ 春ぬ心
 <ふゆる ゆちしむん ゆすになち かたる うんじゅびぬ むとぅや はるぬくくる>

 *埋ん火=火種を絶やさないように、竈や火鉢の中に被せた炭火。この場合は、火鉢そのもん。
 歌意=外は厳しい寒さ。外の雪霜を与所ごとにして、親しい人が相揃い、暖をとりながら歓談をする。心身ともに温かく、春の心地そのものである。
 詠み人は護得久朝常(ごえく ちょうじょう。1850~1910)。公儀の平等等学校所(ふぃらがっこうじゅ)奉行などを歴任した教育者・歌人。琉歌はもちろんのこと「沖縄集二編」に66首の和歌を残している。

 [余談]
 我が家には火鉢はない。炬燵もない。夏用に冷暖房器は設置しているものの、暖房はつけない。つけなくても冬は越せる。沖縄に生まれた至福と言うべきだろう。しかし、終戦直後の幼年時代はそうはいかなかった。なにしろ、家屋は仮設住宅。春、夏、秋は過ごせても冬は(南国)とは言え寒かった。隙間風が容赦してはくれなかった。米軍が捨てた小型ドラム缶を半分に切って、親父が作った火鉢があるにはあった。それも、1年でもっとも寒い1月下旬から2月いっぱいの使用。夜間だけ炭火が入る。我が家だけがそうだったのではなく、当時は皆、平等に貧しかったのである。大人たちは生活を支えるのに精いっぱい。火にあたる暇はない。漸く夜になっても、暖をとるのは年寄りと子ども。父と母は火鉢の傍らで下駄の鼻緒作りの内職をしたり、これまた米軍払い下げの布などで、それぞれの着衣を縫っていた。皆、黙って冬の夜を過ごしていた。前記の琉歌のように「埋ん火」を囲んで歓談するようになったのは、ずっと後のことになる。

 ♪梅でんし雪に 詰みらりてぃ後どぅ 花ん匂い増する浮世でむぬ
 〈んみでんし ゆちに ちみらりてぃ あとぅどぅ はなん にうぃます うちゆでむぬ

 *でんし=ナニナニでさえ。ナニナニも。
 歌意=美しく香り高い梅でさえ、長い冬の雪に耐えて色も香りも増し放つのである。まして人間、いかなる艱難辛苦をも乗り越えてこそ、願望成就は達成される。それが浮世、人生そのものだ。
 この1首は、舞踊「松竹梅」の(梅の踊り)に用いられている。
 「松竹梅」は、大正元年(1912)舞踊家玉城盛重(たまぐすく せいじゅう。1868~1945)によって振付けられた群舞。踊り手が頭に松、竹、梅、そして鶴、亀をあしらった被りものを乗せて踊る祝儀舞踊だ。初演では松竹梅の三者で踊られたが、後に鶴亀が加わり五者になった。音曲も八重山の歌をふくむ7節の構成になっていて、見応えのある演目。

 北国は雪という。
 私が何日か経験した北国の冬は「寒い!」というより「痛い!」だった。しかし、雪国の方々はそれを受け入れざるを得ない。この原稿を書いている11月末の私は、部屋の窓はさすがに閉めているが、短パンにTシャツだ。申し訳ないが「梅でんし雪に・・・・」の1首のように「忍耐」の2文字に徹して、梅が花をつけ、桜が咲時節を待っていただきたいとメッセージするのみである。

 ※12月上旬の催事。
 *第26回名護・やんばるツーデーマーチ
 開催日:12月7日(土)~8日(日)
 場所:名護市内一円

 *第25回ぎのわん車いすマラソン大会
 開催日:12月8日(日)
 場所:宜野湾市海浜公園スタート



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