★連載NO.303
昔々。首里城下の真和志間切真壁村に下級武士の屋敷があった。そのひとつに住む真三戸<まさんどぅ>と真鶴<まじる>は、評判の相思相愛の夫婦。
実直で温和な性格そのままに城勤めをする夫。夫に仕える家庭的な妻。二人の日々は、はた目も羨む(夫婦の理想像)だった。しかし、夫真三戸には気に掛かってならないことがひとつある。
(わが妻は、美しすぎる。他の男が縣想しはしないか。奪われはしまいか)
このことだった。心に巣くった懸念は、日を追って膨らみ、心労となって夫の神経をもむしばみ、遂には病の床に臥すにいたった。その様子に近所の人たちは(あまりにもイイカーギ<美人>を妻にするのも、手放しでは喜べない)なぞと噂し合い、成り行きをそれとなく注目していた。
ことは、悪い方へ転開した。真三戸は、床を離れることができず、遂には死を口にするようになった。
「真鶴。オレはもうダメだ。このまま朽ち果てるだろう。そのことは恐れない・・・が・・・・オレが死んだらお前は、すぐに再婚するだろうなぁ・・・・。その美貌を他の男が無視するはずがない・・・・。それを思うとオレは・・・・オレは・・・・」
献身的に看病する妻に、繰り返し言う夫。
「何をおっしゃるのですか。骨壷の底までの契り、愛を誓った二人ではありませんか。万が一、貴方が先に逝っても、2夫にまみえる私ではありません。私を信じて、早くよくなることだけを考えて下さい。私のためにも」
その思いのみを胸に看病する真鶴だったが、夫の肉体の衰弱は(気)を萎えさせてしまう。
「お前を残して死ぬのは残念だ・・・・。お前が他の男に抱かれるであろうことが無念でならない」
同じことを口走り、病状は快方に向かう様子がない。
「そこまで気掛かりならば、貴方への真実の愛の証拠を見せましょう」
真鶴は、夫が日ごろ使っている剃刀を持ち出すや、夫の目の前で、その美貌を引き立たせている(鼻)を一気に削いでしまったのである。
「ま、真鶴ッ。お前はそこまでオレのことをッ」
妻の真実の愛を知り、ひしッと彼女を抱きしめる夫であった。
そのことがあって、ひと月ふた月。心の闇が明けたのか、真三戸の病はみるみる快癒。元の身体になった。しかし、ここにまた、ひとつの感情が頭をもたげてきた。
「元の美形だけに、鼻の削げた女はゾッっとする。一生この女と暮らすのかッ。生きている甲斐がないッ」
そして・・・・。真三戸は、他に女を囲って、真鶴のもとへは帰らなくなった。それどころか、その女と計って、こともあろうか真鶴の命を断ち葬ってしまった。
真三戸は(真鶴は病死した)と、世間に公表する一方、新しく家に入れた女と堂々と暮らしを始めた。その年のシチグァチ<お盆>をすませ、翌月の十五夜。新夫婦は野辺に出て月見を楽しんでいたのだが、一陣の風に乗って女の吟詠が二人の耳に入った。
“月や昔から変わる事ねさみ 変わり易く無情なのは人の心”
(月は昔から時・形を変えない。変わり易く無情なのは人の心・・・・)
まぎれもなく真鶴の泣くような声である。
その声が消えたときだった。冴え渡っていた十五夜の空がかき曇ったかと思うと、天地が裂けんばかりの雷鳴風雨。そして、その雷のひとつが身動きひとつせず、茫然自失で立ちつくす真三戸と女の上に落ち、2人は絶命したのだった。
これは、夫婦愛を説いた夏の夜ばなしである。
物語は、大正3年<1914>。役者渡嘉敷守良によって劇化。「逆立ち幽霊=さかだちユーリー」の芸題で上演された(納涼公演)の代表作である。「逆立ち幽霊」としたのは、昔ばなしを脚色した故。芝居では、真鶴の幽霊が夜な夜な現れるのにおののいた真三戸が、墓を掘り起こし、真鶴の遺体の両足に5寸釘を打ち込む。(これで、ここまでは歩いてこれまいぞ)そう算段してのこと。しかし、愛を裏切られた女の怨念は深く、幽霊は逆立ちして現れる。結末としては、真鶴の心情に同情した仏法に通じた人物によって、恨みは晴らされることになる。
所は、わが家に移る。
夜。この原稿を読んでいるバーチー<女房>がそばにいる。パソコン画面の光のせいか顔が青白い。読み終えたバーチー。何を思ったのか横目で私を見、低い鼻をうごめかし、無言でニヤリッ。猛暑の残る夜なのに、背筋だけが一瞬、冷えた。
次号は2007年9月6日発刊です!
上原直彦さん宛てのメールはこちら⇒ltd@campus-r.com
昔々。首里城下の真和志間切真壁村に下級武士の屋敷があった。そのひとつに住む真三戸<まさんどぅ>と真鶴<まじる>は、評判の相思相愛の夫婦。
実直で温和な性格そのままに城勤めをする夫。夫に仕える家庭的な妻。二人の日々は、はた目も羨む(夫婦の理想像)だった。しかし、夫真三戸には気に掛かってならないことがひとつある。
(わが妻は、美しすぎる。他の男が縣想しはしないか。奪われはしまいか)
このことだった。心に巣くった懸念は、日を追って膨らみ、心労となって夫の神経をもむしばみ、遂には病の床に臥すにいたった。その様子に近所の人たちは(あまりにもイイカーギ<美人>を妻にするのも、手放しでは喜べない)なぞと噂し合い、成り行きをそれとなく注目していた。
ことは、悪い方へ転開した。真三戸は、床を離れることができず、遂には死を口にするようになった。
「真鶴。オレはもうダメだ。このまま朽ち果てるだろう。そのことは恐れない・・・が・・・・オレが死んだらお前は、すぐに再婚するだろうなぁ・・・・。その美貌を他の男が無視するはずがない・・・・。それを思うとオレは・・・・オレは・・・・」
献身的に看病する妻に、繰り返し言う夫。
「何をおっしゃるのですか。骨壷の底までの契り、愛を誓った二人ではありませんか。万が一、貴方が先に逝っても、2夫にまみえる私ではありません。私を信じて、早くよくなることだけを考えて下さい。私のためにも」
その思いのみを胸に看病する真鶴だったが、夫の肉体の衰弱は(気)を萎えさせてしまう。
「お前を残して死ぬのは残念だ・・・・。お前が他の男に抱かれるであろうことが無念でならない」
同じことを口走り、病状は快方に向かう様子がない。
「そこまで気掛かりならば、貴方への真実の愛の証拠を見せましょう」
真鶴は、夫が日ごろ使っている剃刀を持ち出すや、夫の目の前で、その美貌を引き立たせている(鼻)を一気に削いでしまったのである。
「ま、真鶴ッ。お前はそこまでオレのことをッ」
妻の真実の愛を知り、ひしッと彼女を抱きしめる夫であった。
そのことがあって、ひと月ふた月。心の闇が明けたのか、真三戸の病はみるみる快癒。元の身体になった。しかし、ここにまた、ひとつの感情が頭をもたげてきた。
「元の美形だけに、鼻の削げた女はゾッっとする。一生この女と暮らすのかッ。生きている甲斐がないッ」
そして・・・・。真三戸は、他に女を囲って、真鶴のもとへは帰らなくなった。それどころか、その女と計って、こともあろうか真鶴の命を断ち葬ってしまった。
真三戸は(真鶴は病死した)と、世間に公表する一方、新しく家に入れた女と堂々と暮らしを始めた。その年のシチグァチ<お盆>をすませ、翌月の十五夜。新夫婦は野辺に出て月見を楽しんでいたのだが、一陣の風に乗って女の吟詠が二人の耳に入った。
“月や昔から変わる事ねさみ 変わり易く無情なのは人の心”
(月は昔から時・形を変えない。変わり易く無情なのは人の心・・・・)
まぎれもなく真鶴の泣くような声である。
その声が消えたときだった。冴え渡っていた十五夜の空がかき曇ったかと思うと、天地が裂けんばかりの雷鳴風雨。そして、その雷のひとつが身動きひとつせず、茫然自失で立ちつくす真三戸と女の上に落ち、2人は絶命したのだった。
これは、夫婦愛を説いた夏の夜ばなしである。
物語は、大正3年<1914>。役者渡嘉敷守良によって劇化。「逆立ち幽霊=さかだちユーリー」の芸題で上演された(納涼公演)の代表作である。「逆立ち幽霊」としたのは、昔ばなしを脚色した故。芝居では、真鶴の幽霊が夜な夜な現れるのにおののいた真三戸が、墓を掘り起こし、真鶴の遺体の両足に5寸釘を打ち込む。(これで、ここまでは歩いてこれまいぞ)そう算段してのこと。しかし、愛を裏切られた女の怨念は深く、幽霊は逆立ちして現れる。結末としては、真鶴の心情に同情した仏法に通じた人物によって、恨みは晴らされることになる。
所は、わが家に移る。
夜。この原稿を読んでいるバーチー<女房>がそばにいる。パソコン画面の光のせいか顔が青白い。読み終えたバーチー。何を思ったのか横目で私を見、低い鼻をうごめかし、無言でニヤリッ。猛暑の残る夜なのに、背筋だけが一瞬、冷えた。
次号は2007年9月6日発刊です!
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