旬刊・上原直彦 「浮世真ん中」の内『おきなわ日々記』」アーカイブ版

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歌い分け・かじゃでぃ風節=その4

2011-04-01 00:10:00 | ノンジャンル
 トゥシビー祝儀は、生れ年の厄祓いを兼ねた長寿祝いであることを記してきたが、85歳と次の97歳のそれとの間に、いまひとつ祝い事があり、これには沖縄ならではの歴史的背景がある。
 すなわち、本土でなされている88歳の〔米寿祝〕だ。沖縄ではこれを「米ぬ御祝=ゆにぬ うゆえー」「トーカチ祝儀=スウジ」という。伝来の年代は明確ではないが、慶長14年<1609>薩摩の琉球侵攻=通商・薩摩の琉球入り=後、10数年を経て採用されたものと言われている。
 鹿児島には古来、八十八歳の賀・トカキイエ・トカツユエがあった。それが琉球化したと思われるのが「トーカチ祝儀」である。鹿児島では、トカキイエは男性の米寿祝の呼称で、女性の場合はイトヨイイエと言い分けていたそうな。トカキイエ<斗掻き祝>イトヨイイエ<糸縒り祝>である。トカキイエの語は俵に詰めた米の品質を調べるときに使う竹製の斗掻き=とかき=を来客に配ったことに由来する。これに対しイトヨイイエは、木綿糸もしくは絹糸をチュカナ<1束>配ったことに語源はあるが、時代とともにそれは廃退して、男女ともに斗掻き祝に統一されている。つまり、薩摩支配が濃厚になるにつれて琉球では、85歳の3年後に薩摩風俗の斗掻き祝を「トーカチ祝儀」として、新たに加えて定着させたのである。
 もちろん、米寿祝は現在でも催されていて、生れ年祝の中では最も盛大である。そのときに用いられる「かじゃでぃ風節」の歌詞は、次の八八八六の30音だ。

 【八十八歳・トーカチ祝儀歌】
 symbol7米ぬ寿ぬ 御祝酌盛ゆし 子孫打ち揃るてぃ 百歳みしょり   
 <ゆにぬ くとぅぶちぬ うゆえ さくむゆし くぁ・んまが するてぃ ひゃくしぇ みしょり

 〔歌意〕
 祝座に揃った近親者の総意を詠んでいる。
 壮健にして米寿を迎えました。駆けつけた一人ひとりの盃に「長寿肖り=あやかり」のお神酒なみなみと注いで福徳をつけてくださる。なんとありがたいことか。これからは、子や孫に囲まれて、百歳まで長命なさいませ。

 ひとは「自分はもう歳だ~」と思った瞬間から老い始めるという。年齢は人それぞれで、己の年齢を常に「いい年頃」と受け入れることが出来れば、肉体はともかく心が老いることはない。長寿祝いの琉歌に「若々」の文字が多用されているのは、こうした観念を持ち合わせているからだろう。元旦の若水しかり。毎朝昇る太陽を若太陽<わかティーダ・ティダ>としているのも、この発想から生まれた言葉。
 ところで。
 模擬葬儀を見聞きしたことがあるだろうか。85歳に行なう地域もあるが、88歳の場合も、地域限定ながら「模擬葬儀」が現存する。トーカチ祝の当日の真夜中、当人に白い死装束を着せて、仏壇のある座敷に寝かせることから儀式は始まる。手を胸に組ませ、顔に白い布をかぶせる。周囲には子や孫はもちろん、近親者が神妙な面持ちで座し、当人を見守るさまは、本葬儀そのものの光景。そして、準備が整ったところで「御願=うぐぁん」を捧げる。御願の仕切りは、たいてい長男の役目。その祝詞は地域によって相違するが、ほぼ次の内容。
 「あなたは、八十八歳の長命をなさり、子や孫に福徳をつけて下さいました。われわれにも子孫繁栄、無病息災をあらしめて下さるよう、お願い申し上げます」
 まるで仏にたいする祝詞のようだが、その後が儀式の本旨になる。時を見計らい長男、もしくは長老が当人に声を掛けると、寝ていた当人はおもむろに起き上がる。つまり、蘇生するのである。地域によっては、歌三線の演奏があり、当人を中心に家人一同が「かじゃでぃ風」を舞う。これが丸1日掛けてなされるトーカチ祝のプロローグとなる。模擬葬儀には、儀礼的名称はなく、単に「御願」と言っている。
 この風習は、戦後のアメリカ文化に押し流されたかして、急速に消えつつある。だが、皆無ではない。本島北部、中部、南部。そして、宮古、八重山の1部には現存すると聞いている。私の知る模擬葬儀の例は、うるま市屋慶名にあった。

 まったくの蛇足になるが、屋慶名の例の見聞と聞き取りを基にして脚本を書いた。題して「トーカチ物語・命果報孵でぃ果報=ぬちがふう しでぃがふう」。
 芝居や琉歌、諺、俗語などをテキストとし沖縄語の勉強を楽しんでいる北村三郎・芝居塾「ばん」は、開塾10年になる。その節目公演と銘打って、来る4月29日夕刻7時から沖縄市民小劇場「あしびなぁ」の舞台に、この脚本を乗せる。素人集団に過ぎないが、沖縄芝居の役者北村三郎の演出を得て、そこそこの芝居になる。よろしければ、観覧いただきたい。
問い合わせ:電話098-932-3801 キャンパスレコード。
       

 高年齢者にとって生きにくく住み辛いニッポンになってしまったが「長生きも芸の内」。若い内からトーカチ祝目指して、世にはばかってみようではないか。

  〔歌い分け・かじゃでぃ風節〕は、4月10日号につづく。

 ※お知らせ  
  上原直彦・北村三郎
  今年から文化・芸能講演会等の講師として活動します。
    

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  連絡先:(有)キャンパス  TEL:098-932-3801

    

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