★連載NO.321
冬至は、年を越す前の12月22日だった。
沖縄では冬至を「トゥンジー」と言い(寒さを覚えるころ)の代名詞になっている。この日は、青ものや細切れにした肉を具にジューシー<雑炊>を作り、フウフウいいながら食する。「トゥンジー・ジューシー」がそれだ。結構、体も温まり消化もよく何杯でもいける。それでも気温は20度を切ることはなかったが、季節感を味わうには十分だ。
冬至を辞書で引いてみる。
*24節季の一つ。太陽が横道上で、黄経270度(冬至点)に達したとき。また、その日太陽は最も南に寄り、南緯23、4度の地点の真上にくる。北半球では昼間が年間で最短となる。12月21日、22日ごろ。
とある。言い換えると、夏至からだんだん昼間が短くなり冬至がその最短。したがって翌日からは昼間が長くなり始め、夜が短くなっていくことになる。では、どの程度ずつ昼間が長くなるのか。「畳の目一つだけ長くなる」。これは大和の場合。沖縄では例になるのは畳ではなく、ネズミである。
冬至の翌日から沖縄の昼は「ウェンチュぬジューんたきなぁ長くないん=ネズミの尾ほどずつ長くなる」としている。
畳の目はごく細かくミリ単位だが、ネズミの尾っぽはそう短くない。ここに沖縄と大和の気候差・気象の異なりを覚える。夏の日没は7時近く。冬でも5時を過ぎる。雪はふらず、紅葉もそうそうないにひとしい。つまり、冬至から日が長くなるのも畳の目一つではなく、ネズミの尾の長さほどの速さをもって、あたりが明るくなるということになる。
ネズミは「なぞなぞ・謎々」いまで言うクイズにも登場した。
問い=ハルぬ早馬、何うやが<ハルぬハインマ、ヌーやが=野原や畑を走る早馬は何んだ。
答え=ウェンチュ<鼠>。
これは、ハル・ウェンチュ=野鼠をさしている。
ハル・ウェンチュに対して家鼠をヤー・ウェンチュと言い、気配りをしなければならない。なにしろ、人間の言葉を解し、こやつの悪口でも言おうものなら、家ぬクビー<家屋の壁>やケー<箪笥>の中の衣類などをかじって意趣返しをするとされる。そこで人間は、ティンジョー<天井。ここでは屋根裏>でネズミが運動会並みの騒ぎをすると「ティンジョーぬウスメー<屋根裏の長老。主。あるじ>と敬称し、目配せでもってウェンチュヤーマ=鼠取り=の配置を気付かれないように仕掛けた。因みに、ヤーマは仕掛け物全般の総称。糸車などもヤーマである。
はたまた、悪巧みの男、泥棒風の男、怪しい男、間男を「チブルクルーぬウェンチュ=頭の黒いネズミ」と言い、一方、厚化粧をして男をたぶらかす女を「クビ・シルーウェンチュ=白首ネズミ」と称して、大いに警戒している。
このように、ネズミは生活の中の言葉に多く用いられている。
鼠色。鼠算。鼠返し。鼠いらず。鼠花火。鼠取りなどなど。
十二支の子。
昔の時刻子の刻は、いまの午前零時およびその前後2時間。怪盗ねずみ小僧次郎吉は、子の刻に江戸市中を駆けめぐったから、その名があるのか。それとも、義賊とは言っても賊は賊。つまりは(鼠賊)扱いの名がついたのか。恵みを受けた側からは義賊。盗まれた大名側からは鼠賊だろう。物事の価値判断は、立場によって異なるようだ。
子の方角は北。
夜、子の方角に輝く星は北斗七星。その星を沖縄では「子ぬ方星=ニぬファブシ」と言う。島うたの「てぃんさぐぬ花」にも歌われている。
「てぃんさぐ」は鳳仙花のこと。紅白2種ある。昔の乙女たちはそれで爪先を染めておしゃれをした。「てぃんさぐの花は爪先に染めて。親の言葉は心に染めよう」と歌いだすので、この節名がついている。いわゆる「裂開果=れっかいか」で熟すると果皮が乾いて裂け、種子を散らす果実がある。「つまくれない」の名もあるが、繁殖のためあたりに種を飛ばすことから九州地方では「飛びしゃご」「てんしゃご」の名もあるそうな。
♪夜走らす船や子ぬ方星目当てぃ 我ん産ちぇる親や我んどぅ目当てぃ
<ゆる はらす ふにや にぬふぁぶし みあてぃ わん なちぇる うやや わんどぅ みあてぃ>
歌意=夜、暗い大海を行く船は、北斗七星の位置を羅針盤代わりにし、航路を違わず航行する。同様、私を生んでくれた親は私の成長を見守り、健全な成長を最大の希望として生きている。
沖縄人なら誰もが親に教わり、また子や孫に教えている県民歌のひとつだ。
かくのごとく(子)は、ちょっと悪さをするネズミだけでなく、人生を説く(子)でもあるのだ。
今年子年をネズミのようにちょこまか動き回るだけにするか、子ぬ方星を仰いで行動するか。十二支を5回と9年回した私としては、考えどころの年の始めである。
次号は2008年1月10日発刊です!
上原直彦さん宛てのメールはこちら⇒ltd@campus-r.com
冬至は、年を越す前の12月22日だった。
沖縄では冬至を「トゥンジー」と言い(寒さを覚えるころ)の代名詞になっている。この日は、青ものや細切れにした肉を具にジューシー<雑炊>を作り、フウフウいいながら食する。「トゥンジー・ジューシー」がそれだ。結構、体も温まり消化もよく何杯でもいける。それでも気温は20度を切ることはなかったが、季節感を味わうには十分だ。
冬至を辞書で引いてみる。
*24節季の一つ。太陽が横道上で、黄経270度(冬至点)に達したとき。また、その日太陽は最も南に寄り、南緯23、4度の地点の真上にくる。北半球では昼間が年間で最短となる。12月21日、22日ごろ。
とある。言い換えると、夏至からだんだん昼間が短くなり冬至がその最短。したがって翌日からは昼間が長くなり始め、夜が短くなっていくことになる。では、どの程度ずつ昼間が長くなるのか。「畳の目一つだけ長くなる」。これは大和の場合。沖縄では例になるのは畳ではなく、ネズミである。
冬至の翌日から沖縄の昼は「ウェンチュぬジューんたきなぁ長くないん=ネズミの尾ほどずつ長くなる」としている。
畳の目はごく細かくミリ単位だが、ネズミの尾っぽはそう短くない。ここに沖縄と大和の気候差・気象の異なりを覚える。夏の日没は7時近く。冬でも5時を過ぎる。雪はふらず、紅葉もそうそうないにひとしい。つまり、冬至から日が長くなるのも畳の目一つではなく、ネズミの尾の長さほどの速さをもって、あたりが明るくなるということになる。
ネズミは「なぞなぞ・謎々」いまで言うクイズにも登場した。
問い=ハルぬ早馬、何うやが<ハルぬハインマ、ヌーやが=野原や畑を走る早馬は何んだ。
答え=ウェンチュ<鼠>。
これは、ハル・ウェンチュ=野鼠をさしている。
ハル・ウェンチュに対して家鼠をヤー・ウェンチュと言い、気配りをしなければならない。なにしろ、人間の言葉を解し、こやつの悪口でも言おうものなら、家ぬクビー<家屋の壁>やケー<箪笥>の中の衣類などをかじって意趣返しをするとされる。そこで人間は、ティンジョー<天井。ここでは屋根裏>でネズミが運動会並みの騒ぎをすると「ティンジョーぬウスメー<屋根裏の長老。主。あるじ>と敬称し、目配せでもってウェンチュヤーマ=鼠取り=の配置を気付かれないように仕掛けた。因みに、ヤーマは仕掛け物全般の総称。糸車などもヤーマである。
はたまた、悪巧みの男、泥棒風の男、怪しい男、間男を「チブルクルーぬウェンチュ=頭の黒いネズミ」と言い、一方、厚化粧をして男をたぶらかす女を「クビ・シルーウェンチュ=白首ネズミ」と称して、大いに警戒している。
このように、ネズミは生活の中の言葉に多く用いられている。
鼠色。鼠算。鼠返し。鼠いらず。鼠花火。鼠取りなどなど。
十二支の子。
昔の時刻子の刻は、いまの午前零時およびその前後2時間。怪盗ねずみ小僧次郎吉は、子の刻に江戸市中を駆けめぐったから、その名があるのか。それとも、義賊とは言っても賊は賊。つまりは(鼠賊)扱いの名がついたのか。恵みを受けた側からは義賊。盗まれた大名側からは鼠賊だろう。物事の価値判断は、立場によって異なるようだ。
子の方角は北。
夜、子の方角に輝く星は北斗七星。その星を沖縄では「子ぬ方星=ニぬファブシ」と言う。島うたの「てぃんさぐぬ花」にも歌われている。
「てぃんさぐ」は鳳仙花のこと。紅白2種ある。昔の乙女たちはそれで爪先を染めておしゃれをした。「てぃんさぐの花は爪先に染めて。親の言葉は心に染めよう」と歌いだすので、この節名がついている。いわゆる「裂開果=れっかいか」で熟すると果皮が乾いて裂け、種子を散らす果実がある。「つまくれない」の名もあるが、繁殖のためあたりに種を飛ばすことから九州地方では「飛びしゃご」「てんしゃご」の名もあるそうな。
♪夜走らす船や子ぬ方星目当てぃ 我ん産ちぇる親や我んどぅ目当てぃ
<ゆる はらす ふにや にぬふぁぶし みあてぃ わん なちぇる うやや わんどぅ みあてぃ>
歌意=夜、暗い大海を行く船は、北斗七星の位置を羅針盤代わりにし、航路を違わず航行する。同様、私を生んでくれた親は私の成長を見守り、健全な成長を最大の希望として生きている。
沖縄人なら誰もが親に教わり、また子や孫に教えている県民歌のひとつだ。
かくのごとく(子)は、ちょっと悪さをするネズミだけでなく、人生を説く(子)でもあるのだ。
今年子年をネズミのようにちょこまか動き回るだけにするか、子ぬ方星を仰いで行動するか。十二支を5回と9年回した私としては、考えどころの年の始めである。
次号は2008年1月10日発刊です!
上原直彦さん宛てのメールはこちら⇒ltd@campus-r.com