トシの読書日記

読書備忘録

詩人を縊き殺す

2016-06-21 14:08:41 | ま行の作家


松浦寿輝「「そこでゆっくりと死んでいきたい気持ちをそそる場所」読了


本書は平成16年に新潮社から刊行されたものです。全部で12の作品が収められた短編集です。自分の感覚では、本書のような作品とか「花腐し」とか「ひたひたと」といったものが初期の作品群で、それからのち「あやめ 鰈 ひかがみ」「半島」のような内田百閒を彷彿とさせるような作風に変遷していったと思っていたのですが、どうやらそうではなく、いろいろなテイストの作品をその時その時で書いている人のようです。例えて言うなら辻原登のようなタイプというところでしょうか。


まぁそれはいいとして、どれもこれも松浦寿輝らしい作品で楽しめました。自分が好きなのは「singes/signes」という短編。男と女がそれぞれの境遇でそれぞれの思索を凝らすのだが、昔の記憶として、居間のようなところに4人掛けのテーブルがあり、そのひとつの椅子に自分が坐っていて、その向かいに男と女が坐っている。明かりが点いてないので部屋はほの暗く、向かいに坐っているのも多分気配で男と女であろうことが察しられるくらい。自分の隣には誰も坐っていない。


この記憶が男の側にも女の側にも同様に表れる。そして向かいに坐っているのは人間ではなく、猿なのではないかという思いにとらわれていくあたり、読んでいてぞくりとさせられました。


全体に退廃と倦怠の空気が横溢していて、松浦寿輝特有の世界を作っています。


松浦寿輝、やっぱりいいです。

臆面もない実験小説

2016-06-21 13:35:41 | か行の作家


金井美恵子「文章教室」読了


ブログを更新しようとして、ふと画面を見るとブログの開設から3604日とありました。ほぼ10年やってるんですね。ちょっと感慨深いものがあります。


それはさておき…


本書は河出文庫より平成11年に刊行されたものです。初出」は昭和58年文芸誌「海燕」とのことです。以前、同作家の「軽いめまい」を読み、そのあとPCであちこち見ていたとき、本書の存在を知り、買ってみたのでした。


なんだかなぁと思いながら読み継ぎ、読了後「文庫本のためのあとがき」にある次の一節を読んでびっくり仰天しました。


<(前略)この小説を、ほとんど10年ぶりに読みかえして、作者である私が思ったのは、「傑作」というか「ケッサク!」という言葉でした。ですから(それほどの小説ですから)、私はこれが誰か別の作者によって書かれていて、それを初めて読む読者でありたかったと、溜息をついたほどです。>


どうですか、この堂々たる自惚れっぷり。金井美恵子面目躍如といった感があります。


小説の内容はというと、普通の(都心に住む、ややアッパー系の)主婦が、文章教室というカルチャースクールに通い、「自分を見つめ直す」ことにより、本当の自分に出会い、目覚めていく、といってもはたから見れば日常に退屈した主婦が単に浮気するといった体のものなんですが。そして結婚に向かってまっしぐらのその「娘」とか、頭の中の知識は膨大でも小市民で下世話な「現役作家」とか、まぁいろんな人のいろんな思いが交錯して物語の厚みを作っているわけです。


自分は元々金井美恵子の皮肉たっぷりの諧謔、シニカルなところが好きだったわけですが、ちょっとこの小説はどうなんですかねぇ。作り方も結構凝っていて、いろんな引用がはさまれ、一筋縄ではいかないようなところもあるんですが、まぁそれはいいとして、金井美恵子の持てる知識を総動員したような博覧強記ぶりにちょっと辟易したのでした。スノッブな臭いもするし、そこまでやらなくても、というのが正直な感想です。


好きな人にはそこがこたえられない魅力なんでしょうがね。自分にはちょっとついていけませんでした。


少し残念でした。