松浦寿輝「「そこでゆっくりと死んでいきたい気持ちをそそる場所」読了
本書は平成16年に新潮社から刊行されたものです。全部で12の作品が収められた短編集です。自分の感覚では、本書のような作品とか「花腐し」とか「ひたひたと」といったものが初期の作品群で、それからのち「あやめ 鰈 ひかがみ」「半島」のような内田百閒を彷彿とさせるような作風に変遷していったと思っていたのですが、どうやらそうではなく、いろいろなテイストの作品をその時その時で書いている人のようです。例えて言うなら辻原登のようなタイプというところでしょうか。
まぁそれはいいとして、どれもこれも松浦寿輝らしい作品で楽しめました。自分が好きなのは「singes/signes」という短編。男と女がそれぞれの境遇でそれぞれの思索を凝らすのだが、昔の記憶として、居間のようなところに4人掛けのテーブルがあり、そのひとつの椅子に自分が坐っていて、その向かいに男と女が坐っている。明かりが点いてないので部屋はほの暗く、向かいに坐っているのも多分気配で男と女であろうことが察しられるくらい。自分の隣には誰も坐っていない。
この記憶が男の側にも女の側にも同様に表れる。そして向かいに坐っているのは人間ではなく、猿なのではないかという思いにとらわれていくあたり、読んでいてぞくりとさせられました。
全体に退廃と倦怠の空気が横溢していて、松浦寿輝特有の世界を作っています。
松浦寿輝、やっぱりいいです。