トシの読書日記

読書備忘録

愛と喪失の物語

2010-04-27 18:33:50 | ら行の作家
ジュンパ・ラヒリ著 小川高義訳「見知らぬ場所」読了



この新潮クレストブックというシリーズは、素晴らしい本をたくさん出版しているのはいいんですが、ちょっと高いのが(2300円!)玉にキズですねぇ。

それはさておき…


デビュー作「停電の夜に」で幾多の賞を独占し、2作目の「その名にちなんで」も映画化されて話題になるなど、飛ぶ鳥を落とす勢いのラヒリの第3作目の短編集です。短編といっても50~80ページくらいの、まぁ中篇ですね。あと、第二部として「へーマとカウシク」という、インド出身の男女の織り成す物語が載せられています。


やっぱりラヒリ、いいですねぇ。じわっときます。「停電の夜」、「その名にちなんで」から考えると、訳者も指摘するように作風はそのままに、その描くテーマというものが少しづつ変わってきている感じがします。


以前は、インドで生まれ、後にアメリカへ移住することになる人達の文化や生活習慣の違いに対するとまどい、また、この地に根を張る気持ちを決めきれない不安、焦燥といったものを主に描いてきたという印象があるんですが、本作品はそこからもう一歩進んで彼らの二世世代に焦点を当て、同世代のアメリカ人との軋轢、また旧弊な感覚の親に対する批判的なまなざし等、まさに今現在のところへ話を持ってきている点に新味を感じます。


表題作になっている「見知らぬ場所」。これが良かった。アメリカ人と結婚した娘とその父親との言葉に表せない心の交流が行間からしずかに滲み出てきます。


また「へーマとカウシク」という中篇。これもよくできた小説でした。それぞれの人物からの視点で話を進めていくという、ラヒリお得意の手法もさることながら、ともすれば安易なメロドラマに陥りそうなラブストーリーを、この小説家は見事な純文学に仕立て上げています。

いやはや感服つかまつりました。

クールなのに熱い

2009-07-31 17:23:27 | ら行の作家
リディア・デイヴィス著 岸本佐知子訳「ほとんど記憶のない女」読了


さっきの筒井康隆ではないけれど、これもすごい小説です。普通の厚さの単行本なんですが、その中になんと51もの短篇が収められています。最長で30項くらい、短いのはほんの数行という、それは小説とよんでいいのかと思えるものまで、実にさまざまな物語が詰め込まれてます。


この作家は、言葉をもて遊ぶのがお好きらしく、例えばこんな文章。


「…読みかえすメモは、ほとんどが未知のものだったが、ときおり読んだ瞬間に、これは見覚えがあると感じ、たしかにかつて自分が書き、考えたものだとわかることがあった。そういうときは、たとえそのことを考えたのが何年も前のことだったとしても、まるで同じその日に考えたことのように完璧になじみのあるものとして感じられたが、実際にはそれについて読みかえすことはそれについてもう一度考えることと同じではなかったし、ましてその時はじめて考えつくこととも同じではなかった。…(ほとんど記憶のない女 より)」


よーく読まないと何を言ってるのかさっぱりわかりません(笑)もうひとつ。



「もし私が私でなく下の階の住人で、私と彼が話している声を下から聞いたなら、きっとこう思うだろう。ああ私が彼女でなくてよかった。彼女みたいな話し方で、彼女みたいな声で、彼女みたいな意見を言うなんて。だが私は私の話しているところを下の階の住人になって下から聞くことはできないから、私がどんなにひどい話し方なのか聞くことはできないし、彼女でなくてよかったと喜ぶこともできない。そのかわり私がその彼女なのだから、彼女の声を下から聞くことができず、彼女でなくてよかったと喜ぶことのできないこの上の部屋にいることを、私は悲しんでいない。(下の階から)」


そりゃそうだねと言うしかないっすね(笑)ちなみに「下の階から」という短篇は、上に書いてあるものが全てです。抜粋ではありません。念のため(笑)




あー世界は広い!おもしろい作家がたくさんいます!

不条理の極み

2009-03-30 09:56:06 | ら行の作家
レーモン・クノー著 塩塚秀一郎訳「あなたまかせのお話」読了


以前、Tさんのブログで、同作家の「文体練習」という本が紹介されていて、気になっていたのです。この作家は「地下鉄のザジ」という小説が有名です。これはテレビの映画で見ました。なかなかおもしろかったのですが…

「あなたまかせのお話」、この本は、なんといったらいいんでしょうか・・・ある意味、実験ですね。言葉で、文章でなにができるか、どこまでできるかといったことを果敢に試してるかんじです。たとえばこんな具合。


「・・・天文学は破綻した学問であって、太陽は地球のまわりを回り続けているのだ。何光年離れているかといった問題は啓蒙書作家の興味を引くだけであるし、星々の数も数え切れないように思われるが、無限とはまったく関係がない。」


なかなか読み進めるのがつらい本でした(笑)しかもずいぶんぶ厚い本なんですが、後の3分の1は、著者と文芸ジャーナリストのジョルジュ・シャルポニエによる対談になっていて、これがまたむずかしい!(笑)

まぁ、いろいろといい勉強になりました。二度と手を出さないと思いますが(笑)

不条理とユーモアと

2009-03-24 15:21:36 | ら行の作家
ルイス・キャロル著 福島正実訳「不思議の国のアリス」読了


今さら言うまでもなく、最も有名な児童文学の傑作のひとつであります。

改めて読み返して思うのは、登場人物(というか、動物ですが)とアリスとの会話が、子供には理解しづらいんじゃないかと思えるような不条理さとウィットに富んでいて、それはそれで大人である自分には充分に楽しめるんですが、ある意味、児童文学の名にふさわしくないのではと懸念を抱いてしまいました。

まぁ、自分が楽しめればもちろんそれでいいんですがね。圧倒的な想像力を駆使したこの作品は、常識で凝り固まった頭の方には是非おすすめです。

破滅に突き進む愛

2008-11-17 10:21:10 | ら行の作家
レーモン・ラディゲ著 中条省平訳「肉体の悪魔」読了

カミュの「異邦人」の興奮がいまださめやらぬ今、なんとなくその勢いで読んでみました。

ちょっと拍子抜けですねぇ。これっていわゆる「古典の名作」として世に名高い作品ですよね。なんだかなぁ・・・。

簡単に言ってしまうと、15歳の男が19歳の人妻と出会い、愛し合い、彼女が妊娠し、出産したのち彼女が病気で死んでしまうというお話です。

訳者あとがきの一部を引用します。

「ラディゲの心理分析は、私たちの心を、その最高の喜びから最低の愚劣さまで、それはもう外科医のメスのように縦横に、残酷に切り刻んでいきます。しかし、その文章はけっして透明なものとはいえません。つまり、読者に明晰な意味を譲りわたしたあと、あっさりと消滅するような文章ではないのです。もっと言葉の物質的手ごたえとでもいいましょうか、ずっしりと重く、稠密な質量を感じさせる文章なのです。」

うーん・・・そうは思えないんですがねぇ。読み込み方が足りないんでしょうかね。とりあえず自分の心には響いてきませんでした。残念です。