竹取翁と万葉集のお勉強

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万葉集 集歌3970から集歌3974まで

2022年12月22日 | 新訓 万葉集
集歌3970 安之比奇能 夜麻佐久良婆奈 比等目太尓 伎美等之見氏婆 安礼古悲米夜母
訓読 あしひきの山桜花(さくらはな)一目だに君とし見てば吾(あれ)恋(こ)ひめやも
私訳 葦や檜の生える山の、その山桜の花を一目だけでも、貴方と思ってみたら、どうして私はこんなに貴方に会いたいと思うでしょうか。

集歌3971 夜麻扶枳能 之氣美等眦久々 鴬能 許恵乎聞良牟 伎美波登母之毛
訓読 山吹の茂み飛びくく鴬の声を聞くらむ君は羨(とも)しも
私訳 山吹の茂みを飛び潜る鶯の鳴く声を聞いているでしょう、その貴方が羨ましい。

集歌3972 伊泥多々武 知加良乎奈美等 許母里為弖 伎弥尓故布流尓 許己呂度母奈思
訓読 出で立たむ力を無(な)みと隠(こも)り居て君に恋ふるに心神(こころと)もなし
私訳 出で立つと思う気力が無いと部屋に隠り居て、貴方に会いたいと思うが、その気力が湧きません。
三月三日、大伴宿祢家持
左注 三月三日に、大伴宿祢家持

七言、晩春三日遊覧一首并序
標訓 七言、晩春の三月三日に遊覧せる一首并せて序
上巳名辰、暮春麗景、桃花昭瞼以分紅、柳色含苔而競緑。于時也、携手曠望江河之畔、訪酒迥過野客之家。既而也、琴樽得性、蘭契和光。嗟乎、今日所恨徳星己少欠。若不扣寂含之章、何以壚逍遥野趣。忽課短筆、聊勒四韻云尓、 (壚は、土偏でなく手偏の当字)
餘春媚日宜怜賞 上巳風光足覧遊
柳陌臨江縟袨服 桃源通海泛仙舟
雲罍酌桂三清湛 羽爵催人九曲流
縦酔陶心忘彼我 酩酊無處不淹留
三月四日、大伴宿禰池主

標訓 上巳の名辰(めいしん)は、暮春の麗景(れいけい)、桃花(とうくわ)瞼を昭(あ)かし以ちて紅(くれなゐ)を分ち、柳は色を含みて苔(こけ)と緑を競う。その時に、手を携へて曠(はる)かに江河の畔を望み、酒を訪(とぶら)ひて迥(はる)かに野客の家を過ぐ。既にして、琴樽(きんそん)の性(さが)を得、蘭契(らんけい)光を和(やわら)ぐ。嗟乎(ああ)、今日、恨むるは徳星己(すで)に少きことか。若(も)し寂(じゃく)を扣(たた)き之の章を含(ふふ)まずは、何を以ちて野を逍遥する趣(こころ)を壚(の)べむ。忽(たちま)ちに短筆に課(おほ)せ、聊(いささ)かに四韻を勒(ろく)し云ふに、

餘春の媚日(びじつ)は怜賞(あは)れぶに宜(よろ)しく 上巳(じやうし)の風光は覧遊するに足る
柳陌(りうはく)は江に臨みて袨服(げんふく)を縟(まだらか)にし 桃源は海に通ひて仙舟を泛(うか)ぶ
雲罍(うんらい)に桂(けい)を酌(く)みて三清を湛(たた)へて 羽爵(うしゃく)は人を催(うなが)して九曲に流る
縦酔(しょうすい)に心を陶して彼我(ひが)を忘れて 酩酊し處として淹留(えんりう)せぬなし

三月四日に、大伴宿禰池主

標訳 三月三日の佳日には、暮春の風景は美しく、桃花は瞼を輝かしその紅色を見せ、柳は色を含んで苔とその緑を競う。その時に、友と手を携えて遥かに入り江や川のほとりを眺め、酒を供に遠くの野に住む人の家を行き過ぎる。そして、琴を奏で酒を楽しむことを得、君子の交わりは人の気を和らぐ。ああ、今日の日を怨むことは賢人を最初から欠くことでしょうか。もし、この風景に心を結びて文章としなければ、何をもって野をそぞろ歩く、その趣を顕そう。そこで拙い文才でもって、いささかな四韻の詩をしるし云うには、

暮春の媚日は称賛するにふさわしく、 三月三日の風光は遊覧するのに十分だ。
堤の柳は入り江に臨んで晴れの姿を美しくし、 桃源郷は海に通じて仙人の舟が浮かぶ。
雲雷の酒樽に桂の酒を酌んで盃に清酒を湛え、 羽爵の盃は人に酒を勧めて曲水を流れる。
酔うままに心は陶酔してすべてを忘れ、 酩酊して一つ所に留まることはない。

三月三日に、大伴宿禰池主。

昨日述短懐、今朝汗耳目。更承賜書、且奉不次。死罪々々。
不遺下賎、頻恵徳音。英雲星氣。逸調過人。智水仁山、既韞琳瑯之光彩、潘江陸海、自坐詩書之廊廟。騁思非常、託情有理、七歩成章、數篇満紙。巧遣愁人之重患、能除戀者之積思。山柿謌泉、比此如蔑。彫龍筆海、粲然得看矣。方知僕之有幸也。敬和謌。其詞云
標訓 昨日短懐(たんくわい)を述べ、今朝耳目(じもく)を汗(けが)す。更に賜書(ししょ)を承(うけたまは)り、且、不次(ふじ)を奉る。死罪々々。
下賎を遺(わす)れず、頻(しきり)に徳音を恵む。英雲星氣あり。逸調(いつてう)人に過ぐ。智水仁山は、既に琳瑯(りんらう)の光彩を韞(つつ)み、潘江(はんかう)陸海は、自(おのづ)から詩書の廊廟(ろうべう)に坐す。思(おもひ)を非常に騁(は)せ、情(こころ)を有理に託(よ)せ、七歩章(あや)を成し、數篇紙に満つ。巧みに愁人の重患を遣り、能く戀者(れんしゃ)の積思(せきし)を除く。山柿の謌泉は、此(これ)に比(くら)ぶれば蔑(な)きが如し。彫龍(てうりゅう)の筆海は、粲然(さんぜん)として看るを得たり。方(まさ)に僕が幸(さきはひ)あることを知りぬ。敬みて和(こた)へたる謌。その詞に云ふに、
標訳 昨日、拙い思いを述べ、今朝、貴方のお目を汚します。さらにお手紙を賜り、こうして、拙い便りを差し上げます。死罪々々(漢文慣用句)。
下賤のこの身をお忘れなく頻りにお便りを頂きますが、英才があり優れた気韻があって、格調の高さは群を抜いています。貴方の智と仁とはもはや美玉の輝きを含んでおり、潘岳や陸機の如き貴方の詩文は、おのずから文学の殿堂に入るべきものです。詩想は高く駆けめぐり、心は道理に委ね、たちどころに文章を作り、多くの詩文が紙に満ちることです。愁いをもつ人の心の重い患いを巧みに晴らすことができ、恋する者の積る思いを除くことができます。山柿の歌はこれに比べれば、物の数ではありません。龍を彫るごとき筆は輝かしく目を見るばかりです。まさしく私の幸福を思い知りました。謹んで答える歌。その詞は、

集歌3973 憶保枳美能 弥許等可之古美 安之比奇能 夜麻野佐婆良受 安麻射可流 比奈毛乎佐牟流 麻須良袁夜 奈邇可母能毛布 安乎尓余之 奈良治伎可欲布 多麻豆佐能 都可比多要米也 己母理古非 伊枳豆伎和多利 之多毛比尓 奈氣可布和賀勢 伊尓之敝由 伊比都藝久良之 餘乃奈加波 可受奈枳毛能曽 奈具佐牟流 己等母安良牟等 佐刀眦等能 安礼邇都具良久 夜麻備尓波 佐久良婆奈知利 可保等利能 麻奈久之婆奈久 春野尓 須美礼乎都牟等 之路多倍乃 蘇泥乎利可敝之 久礼奈為能 安可毛須蘇妣伎 乎登賣良婆 於毛比美太礼弖 伎美麻都等 宇良呉悲須奈理 己許呂具志 伊謝美尓由加奈 許等波多奈由比
訓読 大王(おほきみ)の 御言(みこと)畏(かしこ)み あしひきの 山野(やまの)障(さは)らず 天離る 鄙も治むる 大夫(ますらを)や なにか物思ふ 青丹(あをに)よし 奈良道来(き)通(かよ)ふ 玉梓の 使絶えめや 隠(こも)り恋ひ 息づきわたり 下(した)思(もひ)に 嘆かふ吾(わ)が背 古(いにしへ)ゆ 言ひ継ぎくらし 世間(よのなか)は 数なきものぞ 慰むる こともあらむと 里人の 吾(あれ)に告ぐらく 山傍(やまび)には 桜花散り 貌鳥(かほとり)の 間(ま)なくしば鳴く 春の野に 菫(すみれ)を摘むと 白栲の 袖折り返し 紅の 赤裳裾引き 娘女(をとめ)らは 思ひ乱れて 君待つと うら恋(こひ)すなり 心ぐし いざ見に行かな 事はたなゆひ
私訳 大王の御命令を尊んで、足を引くような険しい山や野も障害とせず、都から離れた鄙も治める立派な大夫が、どうして物思いをしましょうか。青葉が美しい奈良への道を行き来する立派な梓の杖を持つ官の使いがどうして途絶えるでしょう。部屋に隠って人恋しく、ため息をついて心の底から嘆いている私の大切な貴方、昔から語り継いできたように、世の中は取るに足らないもののようです。貴方の気持ちを慰めることができないかと、里の人が云うには「山には桜花が散り、郭公が間も空けず続けて鳴く、春の野に菫を摘もうと紅の赤い裳の裾を引き、娘女たちは心を乱して恋人を待っていると、心の内で恋している」と。鬱陶しいことです。さあ、会いに行きましょう。行くことは決まっているのです。

集歌3974 夜麻夫枳波 比尓々々佐伎奴 宇流波之等 安我毛布伎美波 思久々々於毛保由
訓読 山吹は日(ひ)に日に咲きぬ愛(うるは)しと我が思ふ君はしくしく思ほゆ
私訳 山吹は日一日と咲きます。うるわしいと私が思う貴方のことは、しきりに気に掛ります。

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