竹取翁と万葉集のお勉強

楽しく自由に万葉集を楽しんでいるブログです。
初めてのお人でも、それなりのお人でも、楽しめると思います。

再読、今日のみそひと謌 火

2017年10月31日 | 再読、今日のみそひと...
再読、今日のみそひと謌 火

集歌1556 秋田苅 借蘆毛未壊者 鴈鳴寒 霜毛置奴我二
訓読 秋田(あきた)刈る仮廬(かりほ)もいまだ壊(こぼ)たねば雁が音(ね)寒し霜も置きぬがに
私訳 秋の田を刈る仮りの小屋を未だに取り壊していないのに、雁の鳴き声が寒々しく、霜も仮りの小屋に置きそうです。

集歌1557 明日香河 逝廻岳之 秋芽者 今日零雨尓 落香過奈牟
訓読 明日香川逝(い)き廻(み)る岳(おか)し秋萩は今日(けふ)降る雨に落(ち)りか過ぎなむ
私訳 明日香川が流れ巡っていく丘に咲く秋萩の花は、今日降る雨に散ってしまうのでしょうか。

集歌1558 鶉鳴 古郷之 秋芽子乎 思人共 相見都流可聞
訓読 鶉(うずら)鳴く古(ふ)りにし里し秋萩を思ふ人どち相見つるかも
私訳 野の鶉が鳴くような古寂びた里の秋萩の花を、貴方が尊敬する人の気持ちとなって、一緒に萩の花を見たでしょうか。

集歌1559 秋芽子者 盛過乎 徒尓 頭刺不捶 還去牟跡哉
訓読 秋萩は盛(さか)り過ぐるをいたづらに頭刺(かざさ)ず捶(う)ちて還(かへ)りなむとや
私訳 秋萩はすぐに盛りが過ぎますね。何もなさらないで空しく、その萩の花を手折って挿頭(かざし)をせず花枝を鞭のように振るだけで、花を愛でずに還ろうとなさるのですか。

集歌1560 妹目乎 始見之埼乃 秋芽子者 此月其呂波 落許須莫湯目
訓読 妹し目を始見(はつみ)し崎の秋萩はこの月ごろは散りこすなゆめ
私訳 恋人の目を始見(はつみ=わずか)に見る、その言葉の響きのような始見の崎の秋萩は、今月ばかりはけっして散らないで欲しい。

コメント

再読、今日のみそひと謌 月

2017年10月30日 | 再読、今日のみそひと...
再読、今日のみそひと謌 月

集歌1551 待時而 落鐘礼能 雨令零収 開朝香 山之将黄變
訓読 時待ちに降れる時雨(しぐれ)の雨やまめ明けむ朝(あした)か山し黄変(もみ)たむ
私訳 秋分の季節を待って降ってきた時雨の雨よ降り止めよ。明日の朝には山は黄葉しているだろう。

集歌1552 暮月夜 心毛思努尓 白露乃 置此庭尓 蟋蟀鳴毛
訓読 夕(ゆふ)月夜(つくよ)心もしのに白露の置くこの庭に蟋蟀(こほろぎ)鳴くも
私訳 夕月が照る夜、気持ちもしなえるように、草をしなえるように沢山の白露を置く、この庭にコオロギが鳴いている。

集歌1553 鐘礼能雨 無間零者 三笠山 木末歴 色附尓家里
訓読 時雨(しぐれ)の雨間(あまま)無くし降れば三笠山(みかさやま)木末(こぬれ)あまねく色付きにけり
私訳 時雨が絶え間なく降るので、三笠山の梢がすべて色付いて黄葉したよ。

集歌1554 皇之 御笠乃山能 秋黄葉 今日之鐘礼尓 散香過奈牟
訓読 皇(すめろぎ)し御笠の山の黄葉(もみちは)は今日(けふ)し時雨(しぐれ)に散りか過ぎなむ
私訳 天皇が使う御笠、その言葉のひびきのような、三笠の山の黄葉は、今日に降る時雨に散り過ぎて逝くのだろうか。

集歌1555 秋立而 幾日毛不有者 此宿流 朝開之風者 手本寒母
訓読 秋立ちに幾日(いくか)もあらねばこの寝(ね)ぬる朝明(あさけ)し風は手本(たもと)寒しも
私訳 秋になって幾日も立っていないが、こうして寝る朝明け方の風は手元が寒いことです。

コメント

万葉集 長歌を鑑賞する 集歌3281

2017年10月29日 | 万葉集 長歌を楽しむ
万葉集 長歌を鑑賞する 集歌3281

或本歌曰
標訓 或る本の歌に曰く、
集歌3281 吾背子者 待跡不来 鴈音毛 動而寒 烏玉乃 宵文深去来 左夜深跡 阿下乃吹者 立待尓 吾衣袖尓 置霜文 氷丹左叡渡 落雪母 凍渡奴 今更 君来目八 左奈葛 後文将會常 大舟乃 思憑迹 現庭 君者不相 夢谷 相所見欲 天之足夜尓

<標準的な解釈(「萬葉集 釋注」伊藤博、集英社文庫)>
訓読 我が背子は 待てど来まさず 雁が音も 響(とよ)みて寒し ぬばたまの 夜も更(ふ)けにけり さ夜更くと あらしの吹けば 立ち待つに 我が衣手に 置く霜も 氷(ひ)にさえわたり 降(ふ)る雪も 凍(こほ)りわたりぬ 今さらに 君来まさめや さな葛(かづら) 後も逢はむと 大船の 思ひ頼めど うつつには 君には逢はず 夢にだに 逢ふと見えこそ 天の足(た)り夜(よ)に
標準 いとしいあの方はいくら待ってもおいでにならない。雁の鳴き声も響きわたって寒々と聞こえる。夜もすっかり更けてしまった。折しも、この夜更けを待ちうけるように山下ろし風が吹くので、門に立って待っているうちに、私の袖口に置いた霜も、氷のように冷えきり、降る雪もすっかり凍てついてしまった。こうなっては今さらあの方がいらっしゃるはずはあるまい。またいつかのちの日に逢えることもあろうと、大船に乗ったように頼りにしてはいるが、現実にはお逢いできないのだから、せめて夢でなりとありありと姿を見せてほしいと乞い願っている。この満ち足りたて天夜にこそ。

<西本願寺本万葉集の原文を忠実に訓むときの解釈>
訓読 吾が背子は 待てど来まさず 雁が音も 響(とよ)みて寒し ぬばたまの 夜も更(ふ)けにけり さ夜更くと 嵐の吹けば 立ち待つに 吾が衣手に 置く霜も 氷(さむ)きにさえと 降る雪も 凍(さむ)き渡りぬ 今さらに 君し来めや さな葛(かづら) 後も逢はむと 大舟の 思ひ頼めど 現(うつつ)には 君には逢はず 夢しだに 逢ふと見えこそ 天し足(たる)夜(よ)に
私訳 私の愛しいあの人は待っていてもやっていらっしゃらない。雁の音も響いて寒い漆黒の夜も更けていった。夜も更けて嵐が吹くので、外で立って待っている私の衣の袖に降りる霜も寒いのにまして、降る雪も寒さがつのる。今さらに貴方はやって来ないのでしょう。さな葛の蔓根のように後では逢えるでしょうと、大船のように思い信頼していても、実際は貴方には逢えずに、夢だけでも愛しい貴方に逢えると想うから、年に一度の天の原での恋人たちの夜も満ち足りると思えます。

コメント

万葉雑記 色眼鏡 二三八 今週のみそひと歌を振り返る その五八

2017年10月28日 | 万葉集 雑記
万葉雑記 色眼鏡 二三八 今週のみそひと歌を振り返る その五八

 今回は巻八に載る集歌1535の歌に遊びます。最初に弊ブログの解釈を、次にHP「楽しい万葉集」からのものを紹介します。

藤原宇合卿謌一首
標訓 藤原(ふじわらの)宇合卿(うまかひのまへつきみ)の謌一首
集歌1535 我背兒乎 何時曽且今登 待苗尓 於毛也者将見 秋風吹
訓読 我が背子をいつぞ今かと待つなへに面(おも)やは見えむ秋し風吹く
私訳 (その人は)私の愛しい貴方を、訪れはいつだろう、今でしょうかと待つままに、さて、その御方の姿を見たのでしょうか。秋の風が(簾を揺らして)吹きます。

参考歌 額田王思近江天皇作謌一首
集歌488 君待登 吾戀居者 我屋戸之 簾動之 秋風吹
訓読 君待つと吾が恋ひ居れば我が屋戸(やと)し簾動かし秋し風吹く
私訳 貴方の訪れを待つと私が恋い慕っていると、人の訪れかのように私の家の簾を動かして秋の風が吹く。


楽しい万葉集より
原歌 我背兒乎 何時曽且今登 待苗尓 於毛也者将見 秋風吹
訓読 我(わ)が背子(せこ)を、いつぞ今かと、待つなへに、面(おも)やは見えむ、秋の風吹く
鑑賞 あの方が、いついらっしゃるのかと待っていると、秋の風が吹いてきました。お目にかかれるのでしょうか 

 さて、弊ブログに源氏物語に引用された万葉集の歌を「源氏物語引歌万葉集部」と云う資料名称で紹介しています。引歌とは先行する詩歌集などの歌の一部を引用し、その引用した歌の世界を読み手に想像させることで新たな詩歌や文章に奥行きを持たせる技法です。こと、源氏物語での引歌は二句もしくは三句を古歌から用いる本歌取技法による和歌創作とは違い、文章中にキーワードとしてほのかににじませるため、わかりづらい面があります。そのためか、源氏物語引歌研究は鎌倉時代から連綿と続いていますが、鎌倉時代、江戸時代、現代と研究が進むに連れ、引歌と思われる箇所は増えてきています。つまり、それほどに精密に古典文学が研究されているということになるでしょうか。
 参考として、源氏物語に引用された万葉集の歌三首を紹介します。

源氏物語 第二帖 帚木
引歌文 あるまじき我が頼みにて見直したまふ後瀬をも、思ひたまへ慰めましを、
万葉集巻四 集歌737 大伴坂上大嬢
原文 云々 人者雖云 若狭道乃 後瀬山之 後毛将念君
読下 かにかくにひとはいふともわかさぢのあとせのやまのゆりももはむきみ
私訓 かにかくに人は云ふとも若狭(わかさ)道(ぢ)の後瀬(あとせ)し山し後(ゆり)も念(も)はむ君
私訳 あれやこれやと人は噂を云っても、若狭への道にある後瀬の山の名のように、貴方との逢瀬の後もお慕いします。愛しい貴方。

源氏物語 第三帖 空蝉
引歌文 紀伊守国に下りなどして、女どちのどやかなる夕闇の道たどたどしげなる紛れに、
万葉集巻四 集歌709 豊前國娘子大宅女
原文 夕闇者 路多豆頭四 待月而 行吾背子 其間尓母将見
読下 ゆふやみはみちたづとほしつきまちていませわがせこそのまにもみむ
私訓 夕闇(ゆふやみ)は路たづとほし月待ちて行ませ吾が背子その間(ほ)にも見む
私訳 夕闇は道が薄暗くておぼつかなく不安です。月が出るのを待って帰って行きなさい。私の愛しい貴方。その月が出る間も貴方と一緒にいられる。

源氏物語 四帖 夕顔
引歌文 あさけの姿は、げに、人のめできこえんもことわりなる御さまなりけり。
万葉集巻十二 集歌2841 人麻呂歌集
原文 我背子之 朝明形 吉不見 今日間 戀暮鴨
読下 わがせこのあさけのすがたよくみずてけふのあひたをこひくらすかも
私訓 我が背子し朝明(あさけ)し姿よく見ずて今日し間(あひだ)し恋ひ暮らすかも
私訳 私の貴方がまだ薄暗い朝明けの中を帰っていく姿をはっきりと見ないまま、おぼつかなく、今日の一日を恋しく暮らすのでしょうか。

 一方、本歌取技法の歌を古今和歌集に探しますと額田王が詠う歌を紀貫之が引用したものがあります。紹介します例ですと頭二句が同じ表現ですから非常に判り易いと思います。

古今和歌集 巻2-94番歌 紀貫之
三輪山を しかも隠すか 春霞 人に知られぬ 花や咲くらむ

万葉集 巻1-18番歌 額田王
三輪山を しかも隠すか 雲だにも 心あらなも かくさふべしや


 標準的な和歌の本歌取技法からしますと、集歌1535の歌に本歌取技法を見出すのは非常に困難ではないでしょうか。しかし、源氏物語で使われる引歌技法からしますと、集歌1535の歌に額田王が詠う集歌488の歌の世界を見出すことは容易と考えます。
 当然、集歌488の歌の世界を踏まえて集歌1535の歌の世界を鑑賞しますと、歌い手は恋人を待つ女性でもその相手の男性でもありません。その世界を知る第三者です。弊ブログではそのような立場で解釈しています。宮中サロンか何かで、恋話が盛り上がり、その最中に秋風(旧暦7月から9月;現在の8月中旬から10月中旬)が吹きだし、部屋に下げられた御簾が揺れ動いたと想像しています。それも「何時曽且今登待苗尓」との表現がありますから、新暦八月下旬頃の遅い午後、遠雷を聞きながらの冷気の風かも知れません。当然、宮中サロンの人々にとって額田王の歌は教養事項であったでしょうから、当時の若き教養人筆頭の藤原宇合が詠う歌の世界は共通理解の内であったと思います。
 他方、標準的な「楽しい万葉集」の鑑賞する世界は、文字から受けた表面の鑑賞です。そのため、非常に中途半端なものにならざるを得ません。

 今回もまた独善・酔論・暴論からの展開でした。
コメント

再読、今日のみそひと謌 金

2017年10月27日 | 再読、今日のみそひと...
再読、今日のみそひと謌 金

集歌1546 妹許登 吾去道乃 河有者 附目緘結跡 夜更降家類
訓読 妹許(いもがり)と吾が行く道の川あれば付目(つくめ)緘結(むす)ぶと夜ぞ更けにける
私訳 恋しい貴女の許へと私が行く道の途中に川があるので、舟の櫓を留める付目の綴じ縄を縛る間に、夜が更けてしまった。

集歌1547 棹四香能 芽二貫置有 露之白珠 相佐和仁 誰人可毛 手尓将巻知布
訓読 さ雄鹿(をしか)の萩に貫(な)り置く露し白玉(しらたま)あふさわに誰し人かも手に纏(ま)かむちふ
私訳 角の立派な鹿が萩の花にいつも置いている露の白玉を、それを見つけたからと、どのような人が、その白玉を手に巻こうなどと云うのか。

集歌1548 咲花毛 宇都呂波厭 奥手有 長意尓 尚不如家里
訓読 咲く花も移(うつろ)は厭(うき)をし晩(おくて)なる長き心になほ如(し)かずけり
私訳 咲く花も、花として色付くの嫌う。晩熟(おくて)の気長い心持ちには、それでも及びません。

集歌1549 射目立而 跡見乃岳邊之 瞿麦花 總手折 吾者将去 寧樂人之為
訓読 射目(いめ)立てに跡見(とみ)の岳辺(おかへ)し撫子(なでしこ)し花ふさ手折(たを)り吾(あ)は持ちて行く寧樂人(ならひと)しため
私訳 獣の跡を見つける射目を設ける跡見(とみ)の岳のほとりに咲く撫子の花、たくさん手折って私は持って行く。奈良の都で待っている人のために。

集歌1550 秋芽之 落乃乱尓 呼立而 鳴奈流鹿之 音遥者
訓読 秋萩し散りの乱(まが)ひに呼びたてに鳴くなる鹿(しか)し声し遥(はる)けさ
私訳 秋萩の花の散る逝く萩の茂みの中に乱れて、雌鹿を呼び立てて鳴いている雄鹿の声が遥かに聞こえる。
コメント