竹取翁と万葉集のお勉強

楽しく自由に万葉集を楽しんでいるブログです。
初めてのお人でも、それなりのお人でも、楽しめると思います。

万葉集 集歌1754から集歌1758まで

2021年04月30日 | 新訓 万葉集巻九
万葉集 集歌1754から集歌1758まで

反謌
集歌一七五四 
原文 今日尓 何如将及 筑波嶺 昔人之 将来其日毛
訓読 今(いま)し日(ひ)にいかにか及(し)かむ筑波嶺(つくばね)に昔し人し来(き)けむその日も
私訳 今日、この日にどうして及びましょうか。筑波の嶺に昔に人(倭建命)が来たと云う、その日にも。

詠霍公鳥一首并短哥
標訓 霍公鳥(ほととぎす)を詠める一首并せて短哥
集歌一七五五 
原文 鴬之 生卵乃中尓 霍公鳥 獨所生而 己父尓 似而者不鳴 己母尓 似而者不鳴 宇能花乃 開有野邊従 飛翻 来鳴令響 橘之 花乎居令散 終日 雖喧聞吉 幣者将為 遐莫去 吾屋戸之 花橘尓 住度鳥
訓読 鴬し 生卵(かひこ)の中に 霍公鳥(ほととぎす) 独り生(う)まれて 己(な)し父に 似ては鳴かず 己(な)し母に 似ては鳴かず 卯の花の 咲きたる野辺(のへ)ゆ 飛び翔(かけ)り 来鳴き響(とよ)もし 橘し 花を居(ゐ)散らし 終日(ひねもす)し 鳴けど聞きよし 幣(まひ)はせむ 遠くな行きそ 吾が屋戸(やと)し 花橘に 住み渡れ鳥
私訳 鶯の産む卵の中に霍公鳥は独り生まれて、お前の父鳥に似た声では鳴かず、お前の母鳥に似た声では鳴かず、卯の花の咲いている野辺を飛び翔けて、やって来て鳴き声を響かし、橘の花を枝に留まって散らし、一日中、鳴いているがその鳴き声は聞き好い。贈り物をしよう。遠くには行くな。私の家の花咲く橘に住み渡って来い。霍公鳥よ。

反謌
集歌一七五六 
原文 掻霧之 雨零夜乎 霍公鳥 鳴而去成 可怜其鳥 (可は、忄+可の当字)
訓読 かき霧(き)らし雨し降る夜を霍公鳥鳴きて去(い)くなりあはれその鳥
私訳 林に霧が立ち流れ雨の降る夜を霍公鳥は鳴きながら去っていく、風情のある、その霍公鳥よ。

登筑波山謌一首并短歌
標訓 筑波の山に登りし謌一首并せて短歌
集歌一七五七 
原文 草枕 客之憂乎 名草漏 事毛有武跡 筑波嶺尓 登而見者 尾花落 師付之田井尓 鴈泣毛 寒来喧奴 新治乃 鳥羽能淡海毛 秋風尓 白浪立奴 筑波嶺乃 吉久乎見者 長氣尓 念積来之 憂者息沼
訓読 草枕 旅し憂(うれ)へを 慰(なぐさ)もる 事もありやと 筑波嶺(つくばね)に 登りて見れば 尾花(をばな)散る 師付(しづく)し田居(たゐ)に 雁がねも 寒く来鳴きぬ 新治(にひはり)の 鳥羽(とば)の淡海(あふみ)も 秋風に 白浪立ちぬ 筑波嶺の 吉(よけ)くを見れば 長き日(け)に 思ひ積み来し 憂(うれ)へは息(や)みぬ
私訳 草を枕にするような旅の辛さを慰めることもあるのだろうかと、筑波の嶺に登って見ると、尾花が散る師付の田には雁も寒さの到来に連れてやって来て鳴いている。新しく開墾した鳥羽の湖にも秋風に白波が立っている。筑波の嶺のすばらしい眺めを見ると、旅の長い日々に思い出を積み重ねてやって来た、旅の辛さは癒される。

反謌
集歌一七五八 
原文 筑波嶺乃 須蘇廻乃田井尓 秋田苅 妹許将遺 黄葉手折奈
訓読 筑波嶺(つくばね)の裾廻(すそみ)の田居(たゐ)に秋田刈る妹がり遣(や)らむ黄葉(もみち)手折(てを)らな
私訳 筑波の嶺の裾野の田に、秋の収穫の田を刈る。愛しい貴女に贈るにふさわしい黄葉を手折ましょう。

コメント

万葉集 集歌1749から集歌1753まで

2021年04月29日 | 新訓 万葉集巻九
万葉集 集歌1749から集歌1753まで

集歌一七四九 
原文 白雲乃 立田山乎 夕晩尓 打越去者 瀧上之 櫻花者 開有者 落過祁里 含有者 可開継 許知斯智乃 花之盛尓 雖不見左右 君之三行者 今西應有
訓読 白雲の 龍田(たつた)し山を 夕暮(ゆふぐれ)に うち越え行けば 瀧(たき)し上(へ)し 桜の花は 咲きたるは 散り過ぐりきり 含(ふふ)めるは 咲き継ぐるべし 彼方(こち)此方(ごち)の 花し盛りに 見ずさへし 君し御行(みゆき)は 今しあるべし
私訳 白雲の立つ龍田の山を夕暮れに丘を越えて行くと、激流の岸辺の桜の花は、咲いているのは散り過ぎて逝き、つぼみは散る花に咲き継ぐでしょう。だからと、あちらこちらの桜の花の盛りを見ることさえもしない。あの御方の御幸は今行われるのです。

反謌
集歌一七五〇 
原文 暇有者 魚津柴比渡 向峯之 櫻花毛 折末思物緒
訓読 暇(いとま)あばなづさひ渡り向(むか)つ峯(を)し桜の花も折(を)らましものを
私訳 もし、時間があれば、どうにかして川を渡って、向かいの峯に咲く桜の花を手折りたいものです。

難波經宿明日還来之時謌一首并短哥
標訓 難波に經宿(やど)りて明日(あくるひ)還り来(こ)し時の歌一首并せて短歌
集歌一七五一 
原文 嶋山乎 射徃廻流 河副乃 丘邊道従 昨日己曽 吾越来壮鹿 一夜耳 宿有之柄二 岑上之 櫻花者 瀧之瀬従 落堕而流 君之将見 其日左右庭 山下之 風莫吹登 打越而 名二負有社尓 風祭為奈
訓読 島山を い行き廻(めぐ)れる 川副(そ)ひの 丘辺(おかへ)し道ゆ 昨日(きのふ)こそ 吾が越え来(こ)しか 一夜(ひとよ)のみ 寝(ね)たりしからに 岑(を)し上(うへ)し 桜の花は 瀧(たぎ)し瀬ゆ 散らひて流る 君し見む その日さへには 山下(やまおろし)し 風な吹きそと うち越えて 名に負(お)へる杜(もり)に 風祭(かざまつり)せな
私訳 島山をめぐって流れいく川沿いの丘の裾の道を通って、たしか昨日に私は越えて来た。その昨夜の一夜だけ過ごしただけで、峯の上の桜の花は激しい川の流れに散り流れて逝く、あの御方が見るその日までは山からの吹き下ろしの風よ吹くなと、丘を越えて風神の名を持つ龍田の杜で風祭りをしよう

反謌
集歌一七五二 
原文 射行相乃 坂之踏本尓 開乎為流 櫻花乎 令見兒毛欲得
訓読 い行(ゆき)会(あ)ひの坂し麓(ふもと)に咲きををる桜の花を見せむ児もがも
私訳 行き会う国境の坂の麓に咲き誇っている桜の花を見せるような女性がほしいな

検税使大伴卿登筑波山時謌一首并短謌
標訓 検税使(けんぜいし)大伴卿の筑波の山に登りし時の謌一首并せて短謌
集歌一七五三 
原文 衣手 常陸國 二並 筑波乃山乎 欲見 君来座登 熱尓 汗可伎奈氣 木根取 嘯鳴登 峯上乎 公尓令見者 男神毛 許賜 女神毛 千羽日給而 時登無 雲居雨零 筑波嶺乎 清照 言借石 國之真保良乎 委曲尓 示賜者 歡登 紐之緒解而 家如 解而曽遊 打靡 春見麻之従者 夏草之 茂者雖在 今日之樂者
訓読 衣手(ころもて)し 常陸(ひたち)し国し 二(ふた)並(なみ)し 筑波の山を 見まく欲(ほ)り 君来(き)ませりと 熱(あつ)けくに 汗かき嘆(な)け 木(こ)し根取り 嘯(うそ)ぶき登り 峯(を)し上(うへ)を 公に見すれば 男(を)し神も 許し賜まひ 女(め)し神も ちはひ給ひて 時となく 雲居雨(くもゐあめ)降る 筑波嶺(つくばね)を 清(さや)し照らして いふかりし 国しま秀(ほ)らを 委曲(つぶらか)に 示し賜へば 歓(うれ)しみと 紐し緒解(と)きて 家し如 解けてぞ遊ぶ うち靡く 春見ましゆは 夏草し 茂くはあれど 今日(けふ)し楽しさ
私訳 衣手を濡(ひた)す常陸の国にある二つの山が並ぶ筑波の山を見たいと思い、貴方がいらっしゃったので、日差しが暑く汗をかき辛い思いをし、木の根にすがり悪態を吐いて登り、嶺の頂を貴方に見せると、男岳の神も許しなされ、女岳の神も霊験を現しなさって、のべつ雲が懸かり雨が降る筑波の嶺をくっきりと照らして、明らかでなかった国の宝の山容をはっきりとお示しなされたので、嬉しさに上着の紐を解いて、家に居るかのように気持ちを解いて風景を楽しむ。霞の棚引く春に見るよりは、夏草が茂ってはいるが、今日の風景はすばらしい。

コメント

万葉集 集歌1744から集歌1748まで

2021年04月28日 | 新訓 万葉集巻九
見武蔵小埼沼鴨作謌一首
標訓 武蔵(むさし)の小埼(をさき)の沼の鴨を見て作れる謌一首
集歌一七四四 
原文 前玉之 小埼乃沼尓 鴨曽翼霧 己尾尓 零置流霜乎 掃等尓有斯
訓読 埼玉(さきたま)し小埼(をさき)の沼に鴨ぞ羽(は)霧(き)おのし尾に降り置ける霜を掃(はら)ふとに有らし
私訳 埼玉の小埼の沼の水に浮かぶ鴨が飛沫を上げて羽を振るわせ、自分の尾に降りた霜を払うかのようです。

那賀郡曝井謌一首
標訓 那賀郡(なかのこほり)の曝井(さらしゐ)の謌一首
集歌一七四五 
原文 三栗乃 中尓向有 曝井之 不絶将通 従所尓妻毛我
訓読 三栗(みつくり)の那賀(なか)に向へる曝井(さらしゐ)し絶えず通(かよ)はむそこに妻もが
私訳 栗のイガの中に実が三つあるような、那賀に向かって流れる川の源の曝しの泉の水が絶えることがないように、私は絶えず通って来ましょう。そこに愛しい貴女がいるから。

手綱濱謌一首
標訓 手綱(たづな)の濱の謌一首
集歌一七四六 
原文 遠妻四 高尓有世婆 不知十方 手綱乃濱能 尋来名益
訓読 遠妻(とほつま)し多珂(たか)にありせば知らずとも手綱(たづな)の浜の尋ね来なまし
私訳 遠くに住む愛しい貴女が多珂にいるしたら、場所を知らなくても手綱の浜のように、人の手伝(てずな)を頼って尋ねて来ましょう。

春三月諸卿大夫等下難波時謌二首并短謌
標訓 春三月に、諸(もろもろ)の卿大夫等(まへつきみたち)の難波(なには)に下(くだ)りし時の謌二首并せて短謌
集歌一七四七 
原文 白雲之 龍田山之 瀧上之 小鞍嶺尓 開乎為流 櫻花者 山高 風之不息者 春雨之 継而零者 最末枝者 落過去祁利 下枝尓 遺有花者 須臾者 落莫乱 草枕 客去君之 及還来
訓読 白雲し 龍田(たつた)し山し 瀧(たき)し上(へ)し 小椋(をぐら)し嶺(みね)に 咲きををる 桜の花は 山高み 風し止(や)まねば 春雨し 継ぎてし降れば 秀(ほ)つ枝(え)は 散り過ぎにけり 下枝(しづえ)に 残れる花は しましくは 散りな乱ひそ 草枕 旅行く君し 還り来るまで
私訳 白雲の立つ龍田の山の急流の岸辺の小椋の嶺に枝が咲きしなだるような桜の花は、山が高く風が止まないし、春雨がしきりに降るので、上の方の枝の花は散り過ぎてしまった。下の方の枝に残る花は、しばらくは、散らないでくれ。草を枕にするような旅を行くあの御方が、ここに還り来るまで。

反謌
集歌一七四八 
原文 吾去者 七日不過 龍田彦 勤此花乎 風尓莫落
訓読 吾(わ)が行きは七日(なぬか)し過ぎじ龍田彦(たつたひこ)ゆめこの花を風にな散らし
私訳 私の旅往きは七日を超えることはないでしょう。龍田彦よ、どうか、この花を風に散らさないでくれ。

コメント

万葉集 集歌1739から集歌1743まで

2021年04月27日 | 新訓 万葉集巻九
万葉集 集歌1739から集歌1743まで

反謌
集歌一七三九 
原文 金門尓之 人乃来立者 夜中母 身者田菜不知 出曽相来
訓読 金門(かなと)にし人の来(き)立(た)てば夜中(やなか)にも身はたな知らず出(い)でてぞ逢ひける
私訳 家の立派な門に人がやって来て立つと、夜中でも自分の都合を考えないで出て行って尋ねてきた人に逢ったことだ。

詠水江浦嶋子一首并短謌
標訓 水江(みずのえ)の浦嶋の子を詠める一首并せて短歌
集歌一七四〇 
原文 春日之 霞時尓 墨吉之 岸尓出居而 釣船之 得乎良布見者 古之 事曽所念 水江之 浦嶋兒之 堅魚釣 鯛釣矜 及七日 家尓毛不来而 海界乎 過而榜行尓 海若 神之女尓 邂尓 伊許藝多 相誂良比 言成之賀婆 加吉結 常代尓至 海若 神之宮乃 内隔之 細有殿尓 携 二人入居而 耆不為 死不為而 永世尓 有家留物乎 世間之 愚人乃 吾妹兒尓 告而語久 須臾者 家歸而 父母尓 事毛告良比 如明日 吾者来南登 言家礼婆 妹之答久 常世邊 復變来而 如今 将相跡奈良婆 此篋 開勿勤常 曽己良久尓 堅目師事乎 墨吉尓 還来而 家見跡 宅毛見金手 里見跡 里毛見金手 恠常 所許尓念久 従家出而 三歳之間尓 垣毛無 家滅目八跡 此筥乎 開而見手歯 如本 家者将有登 玉篋 小披尓 白雲之 自箱出而 常世邊 棚引去者 立走 叨袖振 反側 足受利四管 頓 情消失奴 若有之 皮毛皺奴 黒有之 髪毛白斑奴 由奈由奈波 氣左倍絶而 後遂 壽死祁流 水江之 浦嶋子之 家地見
訓読 春し日し 霞(かす)める時に 墨吉(すみのへ)し 岸に出で居(い)て 釣船し とをらふ見れば 古(いにしへ)し 事ぞ思ほゆる 水江(みづのへ)し 浦島(うらしま)し子し 堅魚(かつを)釣り 鯛釣り矜(ほこ)り 七日(なぬか)まで 家にも来ずて 海境(うなさか)を 過ぎて漕ぎ行くに 海若(わたつみ)し 神し女(をとめ)に たまさかに い漕ぎ向ひ 相(あひ)眺(あとら)ひ 言(こと)し成しかば かき結び 常世(とこよ)に至り 海若(わたつみ)し 神し宮(みや)の 内し重(へ)し 妙なる殿(あらか)に 携(たづさ)はり ふたり入り居(ゐ)て 老(おひ)もせず 死にもせずして 永き世に ありけるものを 世間(よのなか)し 愚人(おろかひと)の 吾妹子に 告(つ)げて語らく しましくは 家し帰りて 父母に 事も告(の)らひ 明日(あす)しごと 吾は来(き)なむと 言ひければ 妹し答へく 常世辺(とこよへ)し また帰り来て 今しごと 逢はむとならば この篋(くしげ) 開くなゆめと そこらくに 堅(かた)めし言(こと)を 墨吉(すみのへ)に 還り来(きた)りて 家見れど 家も見かねて 里見れど 里も見かねて 恠(あや)しみと そこに思はく 家ゆ出でて 三歳(みとせ)し間(ほど)に 垣もなく 家滅(う)せめやと この箱を 開きて見てば もとし如(ごと) 家はあらむと 玉篋(たまくしげ) 少し開くに 白雲し 箱より出でて 常世辺(とこよへ)に 棚引(たなび)きぬれば 立ち走り 叫び袖振り 反(こひ)側(まろ)び 足ずりしつつ たちまちに 情(こころ)消失(かう)せぬ 若ありし 膚も皺(しわ)みぬ 黒(ぐろ)かりし 髪も白(しろ)けぬ ゆなゆなは 気(き)さへ絶えて 後(のち)つひに 命死にける 水江(みづのへ)し 浦島し子し 家地(いへところ)見ゆ
私訳 春の日の霞んでいる時に、住吉の岸に出て佇み、釣舟が波に揺れているのを見ると、遠い昔のことが偲ばれる。水江の浦の島子が、鰹を釣り、鯛を釣って皆にその腕を誇り、七日間も家に帰らず、海の境を越えて漕いで行くと、海神の神の娘に偶然行き遭って、互いに求め合い、愛し合う約束が出来たので、夫婦の契りを結び、常世に至り、海神の宮殿の奥深くの立派な御殿に、手を取り合って二人で入って暮した。そうして老いもせず、死にもせず、永遠に生きていられたというのに、人の世の愚か者が妻に告げて言うことには、すこしだけ家に帰って、父と母に事情を告げて、明日にでも帰って来ようと云うので、妻が言うことには、この常世の国の方にまた帰って来て、今のように夫婦で暮そうと言うのなら、この箱をあけていけません、きっと。と、そんなにも堅くした約束を、島子は住吉に帰って来て、家はどこかと見るけれども家は見つからず、里はどこかと見るけれども里は見当たらず、不思議がって、そこで思案することには、家を出て三年の間に、垣根も無く家が消え失せてしまうとはと、この箱を開けてみれば、昔のように家はあるだろうと、玉の箱を少し開けると、白い雲が箱から出て来て、常世の国の方まで棚引いて行ったので、立ち走り、叫びながら袖を振り、転げ回り、地団駄を踏みながら、すぐに気を失ってしまった。島子の若かった肌も皺ができ、黒かった髪の毛も白くなった。後々は息さえ絶え絶えになり、挙句の果て死んでしまったという。その水江の浦の島子の家のあったところを見たよ。

反謌
集歌一七四一 
原文 常世邊 可住物乎 劔刀 己之行柄 於曽也是君
訓読 常世辺(とこのへ)し住むべきものを剣太刀(つるぎたち)汝(な)し心から鈍(おそ)やこの君
私訳 常世の国に住むべきはずを、鋭い剣太刀とは違いお前は心根から鈍い奴、ほんにこの人は。

見河内大橋獨去娘子謌一首并短謌
標訓 河内(かふち)の大橋を獨り去(ゆ)く娘子(をとめ)を見たる謌一首并せて短謌
集歌一七四二 
原文 級照 片足羽河之 左丹塗 大橋之上従 紅 赤裳十引 山藍用 摺衣服而 直獨 伊渡為兒者 若草乃 夫香有良武 橿實之 獨歟将宿 問巻乃 欲我妹之 家乃不知久
訓読 級(しな)照(て)る 片足羽(かたしは)川(かは)し さ丹(に)塗(ぬ)りし 大橋し上(へ)ゆ 紅(くれなゐ)し 赤裳裾引き 山(やま)藍(あゐ)もち 摺(す)れる衣(きぬ)着て ただ独り い渡らす子は 若草の 夫(せを)かあるらむ 橿(かし)し実し 独りか寝(ぬ)らむ 問はまくの 欲(ほ)しき我妹(わぎも)し 家の知らなく
私訳 光輝く片足羽川の美しく丹に塗られた大橋の上を、紅色の赤裳を裾に着け山藍で染めた緑色の上衣を着て、ただ独りで渡って行く娘(こ)は、若々しい夫がいるのだろうか、それとも、橿の実のように一つ身で、夜を過すのだろうか。名を聞いてみたいような、私が恋する貴女の氏・素性を知らない。

反謌
集歌一七四三 
原文 大橋之 頭尓家有者 心悲久 獨去兒尓 屋戸借申尾
訓読 大橋し頭(つめ)に家(へ)あらば心(うら)悲(かな)く独り去(い)く子に屋戸(やと)借りましを
私訳 もし、大橋のほとりにあの娘の家があるのなら、何か、もの悲しげに独り去っていくあの娘に、今宵の宿を借りるのですが。

コメント

万葉集 集歌1734から集歌1738まで

2021年04月26日 | 新訓 万葉集巻九
少辨謌一首
標訓 少辨(せうべん)の歌一首
集歌一七三四 
原文 高嶋之 足利湖乎 滂過而 塩津菅浦 今者将滂
訓読 高島(たかしま)し阿渡(あと)し湖(みなと)を滂(こ)ぎ過ぎて塩津(しほつ)菅浦(すがうら)今は滂(こ)ぐらむ
私訳 高島にある阿渡の湖を船を操って行き過ぎ、塩津の菅浦を、今、船は行くのでしょう。

伊保麻呂謌一首
標訓 伊保麻呂(いほまろ)の歌一首
集歌一七三五 
原文 吾疊 三重乃河原之 礒裏尓 如是鴨跡 鳴河蝦可物
訓読 吾(あが)畳(たたみ)三重(みへ)の川原(かはら)し礒(いそ)裏(うら)にかくしもかもと鳴くかはづかも
私訳 私の畳を三重に重ねるような、三重の川原の水辺の磐の裏で、このように「そうでしょうかとばかりに「かも」と鳴く蛙よ。

式部大倭芳野作謌一首
標訓 式部(しきぶ)の大倭(やまと)の芳野にして作れる歌一首
集歌一七三六 
原文 山高見 白木綿花尓 落多藝津 夏身之川門 雖見不飽香開
訓読 山(やま)高(たか)み白(しろ)木綿花(ゆふはな)に落ち激(たぎ)つ夏身(なつみ)し川門(かはと)見れど飽(あ)かぬかも
私訳 山が高く、白い木綿の花のように流れ落ちて渦巻く夏身の川の狭間を見ると、心を奪われ見飽きることがありません。

兵部川原謌一首
標訓 兵部(ひょうぶ)の川原(かはら)の歌一首
集歌一七三七 
原文 大瀧乎 過而夏箕尓 傍為而 浄川瀬 見何明沙
訓読 大瀧(おほたき)を過ぎて夏身(なつみ)に近きして清(きよ)き川瀬し見るしさやけさ
私訳 大瀧を行き過ぎて激流渦巻く夏身に近いので、清らかな川の瀬を見ると底が透けて見えるように清らかです。

詠上総末珠名娘子一首并短謌
標訓 上総(かみつふさ)の末(すゑ)の珠名娘子を詠める一首并せて短歌
集歌一七三八 
原文 水長鳥 安房尓継有 梓弓 末乃珠名者 胸別之 廣吾妹 腰細之 須軽娘子之 其姿之 端正尓 如花 咲而立者 玉桙乃 道徃人者 己行 道者不去而 不召尓 門至奴 指並 隣之君者 預 己妻離而 不乞尓 鎰左倍奉 人皆乃 如是迷有者 容艶 縁而曽妹者 多波礼弖有家留
訓読 御長鳥(みながとり) 安房(あほ)に継ぎたる 梓弓(あずさゆみ) 周淮(すゑ)の珠名(たまな)は 胸別(むねわ)けし 広き吾妹(わぎも) 腰細(こしほそ)し すがる娘子(をとめ)し その姿(かほ)し 端正(きらきら)しきに 花しごと 咲(ゑ)みて立てれば 玉桙(たまほこ)の 道往(ゆ)く人は 己(おの)し行く 道は去(い)かずて 召(よ)ばなくに 門(かど)し至りぬ さし並ぶ 隣し君は あらかじめ 己妻(おのつま)離(か)れて 乞(こ)はなくに 鍵(かぎ)さへ奉(まつ)る 人皆(みな)の かく迷(まと)へれば 容(かほ)艶(よ)きし 縁(より)てぞ妹は 戯(た)はれてありける
私訳 天の岩戸の大切な長鳴き鳥の忌部の阿波の安房に云い伝わり、弓の弦を継ぐ梓弓の末弭(すえはず)の周淮の郡に住む珠名は、乳房が豊かに左右に分かれ大きな胸の愛しい娘、腰が細くすがる蜂のような娘の、その顔の美しく花のような笑顔で立っていると、美しい鉾を立てる官道を行く人は、その行くべき道を行かないで、呼びもしないのに家の門まで来てしまう。家が立ち並ぶ隣の家のお方は、あらかじめ自分の妻と離縁して頼みもしないのに鍵まで渡す。多くの人がこのように心を惑えるので、美貌の理由から娘は、心が浮かれていたことよ。
コメント