万葉集 集歌1754から集歌1758まで
反謌
集歌一七五四
原文 今日尓 何如将及 筑波嶺 昔人之 将来其日毛
訓読 今(いま)し日(ひ)にいかにか及(し)かむ筑波嶺(つくばね)に昔し人し来(き)けむその日も
私訳 今日、この日にどうして及びましょうか。筑波の嶺に昔に人(倭建命)が来たと云う、その日にも。
詠霍公鳥一首并短哥
標訓 霍公鳥(ほととぎす)を詠める一首并せて短哥
集歌一七五五
原文 鴬之 生卵乃中尓 霍公鳥 獨所生而 己父尓 似而者不鳴 己母尓 似而者不鳴 宇能花乃 開有野邊従 飛翻 来鳴令響 橘之 花乎居令散 終日 雖喧聞吉 幣者将為 遐莫去 吾屋戸之 花橘尓 住度鳥
訓読 鴬し 生卵(かひこ)の中に 霍公鳥(ほととぎす) 独り生(う)まれて 己(な)し父に 似ては鳴かず 己(な)し母に 似ては鳴かず 卯の花の 咲きたる野辺(のへ)ゆ 飛び翔(かけ)り 来鳴き響(とよ)もし 橘し 花を居(ゐ)散らし 終日(ひねもす)し 鳴けど聞きよし 幣(まひ)はせむ 遠くな行きそ 吾が屋戸(やと)し 花橘に 住み渡れ鳥
私訳 鶯の産む卵の中に霍公鳥は独り生まれて、お前の父鳥に似た声では鳴かず、お前の母鳥に似た声では鳴かず、卯の花の咲いている野辺を飛び翔けて、やって来て鳴き声を響かし、橘の花を枝に留まって散らし、一日中、鳴いているがその鳴き声は聞き好い。贈り物をしよう。遠くには行くな。私の家の花咲く橘に住み渡って来い。霍公鳥よ。
反謌
集歌一七五六
原文 掻霧之 雨零夜乎 霍公鳥 鳴而去成 可怜其鳥 (可は、忄+可の当字)
訓読 かき霧(き)らし雨し降る夜を霍公鳥鳴きて去(い)くなりあはれその鳥
私訳 林に霧が立ち流れ雨の降る夜を霍公鳥は鳴きながら去っていく、風情のある、その霍公鳥よ。
登筑波山謌一首并短歌
標訓 筑波の山に登りし謌一首并せて短歌
集歌一七五七
原文 草枕 客之憂乎 名草漏 事毛有武跡 筑波嶺尓 登而見者 尾花落 師付之田井尓 鴈泣毛 寒来喧奴 新治乃 鳥羽能淡海毛 秋風尓 白浪立奴 筑波嶺乃 吉久乎見者 長氣尓 念積来之 憂者息沼
訓読 草枕 旅し憂(うれ)へを 慰(なぐさ)もる 事もありやと 筑波嶺(つくばね)に 登りて見れば 尾花(をばな)散る 師付(しづく)し田居(たゐ)に 雁がねも 寒く来鳴きぬ 新治(にひはり)の 鳥羽(とば)の淡海(あふみ)も 秋風に 白浪立ちぬ 筑波嶺の 吉(よけ)くを見れば 長き日(け)に 思ひ積み来し 憂(うれ)へは息(や)みぬ
私訳 草を枕にするような旅の辛さを慰めることもあるのだろうかと、筑波の嶺に登って見ると、尾花が散る師付の田には雁も寒さの到来に連れてやって来て鳴いている。新しく開墾した鳥羽の湖にも秋風に白波が立っている。筑波の嶺のすばらしい眺めを見ると、旅の長い日々に思い出を積み重ねてやって来た、旅の辛さは癒される。
反謌
集歌一七五八
原文 筑波嶺乃 須蘇廻乃田井尓 秋田苅 妹許将遺 黄葉手折奈
訓読 筑波嶺(つくばね)の裾廻(すそみ)の田居(たゐ)に秋田刈る妹がり遣(や)らむ黄葉(もみち)手折(てを)らな
私訳 筑波の嶺の裾野の田に、秋の収穫の田を刈る。愛しい貴女に贈るにふさわしい黄葉を手折ましょう。
反謌
集歌一七五四
原文 今日尓 何如将及 筑波嶺 昔人之 将来其日毛
訓読 今(いま)し日(ひ)にいかにか及(し)かむ筑波嶺(つくばね)に昔し人し来(き)けむその日も
私訳 今日、この日にどうして及びましょうか。筑波の嶺に昔に人(倭建命)が来たと云う、その日にも。
詠霍公鳥一首并短哥
標訓 霍公鳥(ほととぎす)を詠める一首并せて短哥
集歌一七五五
原文 鴬之 生卵乃中尓 霍公鳥 獨所生而 己父尓 似而者不鳴 己母尓 似而者不鳴 宇能花乃 開有野邊従 飛翻 来鳴令響 橘之 花乎居令散 終日 雖喧聞吉 幣者将為 遐莫去 吾屋戸之 花橘尓 住度鳥
訓読 鴬し 生卵(かひこ)の中に 霍公鳥(ほととぎす) 独り生(う)まれて 己(な)し父に 似ては鳴かず 己(な)し母に 似ては鳴かず 卯の花の 咲きたる野辺(のへ)ゆ 飛び翔(かけ)り 来鳴き響(とよ)もし 橘し 花を居(ゐ)散らし 終日(ひねもす)し 鳴けど聞きよし 幣(まひ)はせむ 遠くな行きそ 吾が屋戸(やと)し 花橘に 住み渡れ鳥
私訳 鶯の産む卵の中に霍公鳥は独り生まれて、お前の父鳥に似た声では鳴かず、お前の母鳥に似た声では鳴かず、卯の花の咲いている野辺を飛び翔けて、やって来て鳴き声を響かし、橘の花を枝に留まって散らし、一日中、鳴いているがその鳴き声は聞き好い。贈り物をしよう。遠くには行くな。私の家の花咲く橘に住み渡って来い。霍公鳥よ。
反謌
集歌一七五六
原文 掻霧之 雨零夜乎 霍公鳥 鳴而去成 可怜其鳥 (可は、忄+可の当字)
訓読 かき霧(き)らし雨し降る夜を霍公鳥鳴きて去(い)くなりあはれその鳥
私訳 林に霧が立ち流れ雨の降る夜を霍公鳥は鳴きながら去っていく、風情のある、その霍公鳥よ。
登筑波山謌一首并短歌
標訓 筑波の山に登りし謌一首并せて短歌
集歌一七五七
原文 草枕 客之憂乎 名草漏 事毛有武跡 筑波嶺尓 登而見者 尾花落 師付之田井尓 鴈泣毛 寒来喧奴 新治乃 鳥羽能淡海毛 秋風尓 白浪立奴 筑波嶺乃 吉久乎見者 長氣尓 念積来之 憂者息沼
訓読 草枕 旅し憂(うれ)へを 慰(なぐさ)もる 事もありやと 筑波嶺(つくばね)に 登りて見れば 尾花(をばな)散る 師付(しづく)し田居(たゐ)に 雁がねも 寒く来鳴きぬ 新治(にひはり)の 鳥羽(とば)の淡海(あふみ)も 秋風に 白浪立ちぬ 筑波嶺の 吉(よけ)くを見れば 長き日(け)に 思ひ積み来し 憂(うれ)へは息(や)みぬ
私訳 草を枕にするような旅の辛さを慰めることもあるのだろうかと、筑波の嶺に登って見ると、尾花が散る師付の田には雁も寒さの到来に連れてやって来て鳴いている。新しく開墾した鳥羽の湖にも秋風に白波が立っている。筑波の嶺のすばらしい眺めを見ると、旅の長い日々に思い出を積み重ねてやって来た、旅の辛さは癒される。
反謌
集歌一七五八
原文 筑波嶺乃 須蘇廻乃田井尓 秋田苅 妹許将遺 黄葉手折奈
訓読 筑波嶺(つくばね)の裾廻(すそみ)の田居(たゐ)に秋田刈る妹がり遣(や)らむ黄葉(もみち)手折(てを)らな
私訳 筑波の嶺の裾野の田に、秋の収穫の田を刈る。愛しい貴女に贈るにふさわしい黄葉を手折ましょう。