竹取翁と万葉集のお勉強

楽しく自由に万葉集を楽しんでいるブログです。
初めてのお人でも、それなりのお人でも、楽しめると思います。

再読、今日のみそひと謌 木

2019年02月28日 | 再読、今日のみそひと...
再読、今日のみそひと謌 木

集歌3384 可都思加能 麻末能手兒奈乎 麻許登可聞 和礼尓余須等布 麻末乃弖胡奈乎
訓読 葛飾(かづしか)の真間(まま)の手児奈(てこな)をまことかも吾(われ)に寄(よ)すとふ真間の手児奈を
私訳 葛飾の真間の手児奈を、本当かなあ、この私に気持ちを寄せていると。真間の手児奈を。

集歌3385 可豆思賀能 麻萬能手兒奈我 安里之婆可 麻末乃於須比尓 奈美毛登杼呂尓
訓読 葛飾(かづしか)の真間(まま)の手児奈(てこな)がありしばか真間の磯辺(おすひ)に波もとどろに
私訳 葛飾の真間の手児奈が、もしいたならば、真間の磯辺に波が打ち寄せ轟くように、人の噂も轟く。

集歌3386 尓保杼里能 可豆思加和世乎 尓倍須登毛 曽能可奈之伎乎 刀尓多弖米也母
訓読 にほ鳥の葛飾(かづしか)早稲(わせ)を饗(にへ)すともその愛(かな)しきを外(と)に立てめやも
私訳 にほ鳥がかづく(=木々の間を飛び交う)、その言葉のひびきではないが、今年採れた葛飾(かづしか)の早稲を神に捧げる時にも、あの愛しい人を家の外に立たせたままに出来るでしょうか。
注意 二句目「可豆」に「かづく=潜く」と「葛飾」を見ています。

集歌3387 安能於登世受 由可牟古馬母我 可豆思加乃 麻末乃都藝波思 夜麻受可欲波牟
訓読 足(あ)の音(おと)せず行かむ駒もが葛飾(かづしか)の真間(まま)の継橋やまず通はむ
私訳 足音もさせずに歩く駒も欲しい。葛飾の真間の継橋を、貴女の許へと絶えず通って行こう。

集歌3388 筑波祢乃 祢呂尓可須美為 須宜可提尓 伊伎豆久伎美乎 為祢弖夜良佐祢
訓読 筑波嶺(つくはね)の嶺(ね)ろに霞居過ぎかてに息(いき)づく君を率(ゐ)寝(ね)て遣(や)らさね
私訳 筑波嶺の嶺に霞が居座って動かないように、あそこで居座って動かず、貴女に恋してため息をついている、あの御方を連れて来て抱かれてあげなさいよ。

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再読、今日のみそひと謌 水

2019年02月27日 | 再読、今日のみそひと...
再読、今日のみそひと謌 水

集歌3379 和我世故乎 安杼可母伊波武 牟射志野乃 宇家良我波奈乃 登吉奈伎母能乎
訓読 吾(わ)が背子を何(あ)どかも云はむ武蔵野のうけらが花の時なきものを
私訳 私の愛しい貴方をどのように表現しましょうか。武蔵野のおけらの花のように、いつまでも恋い焦がれていますから。
注意 朮(おけら)の花は現在の9月から10月ごろに咲く花で、そのまま立ち枯れてドライフラワーのような形状となることから「ながく」の比喩ともされます。

集歌3380 佐吉多萬能 津尓乎流布祢乃 可是乎伊多美 都奈波多由登毛 許登奈多延曽祢
訓読 埼玉(さきたま)の津に居(を)る舟の風を疾(いた)み綱は絶(た)ゆとも言(こと)な絶えそね
私訳 埼玉の川湊に泊まる舟の風が強くて舫の綱が切れるように、世の差し障りがあって出会いが途切れても、便りは絶えないでください。

集歌3381 奈都蘇妣久 宇奈比乎左之弖 等夫登利乃 伊多良武等曽与 阿我之多波倍思
訓読 夏麻(なつそ)引く宇奈比(うなひ)を指(さ)して飛ぶ鳥の至らむとぞよ吾(あ)が下(した)延(は)へし
私訳 夏の麻を引き抜く畝(うね)、その言葉のひびきではないが、宇奈比(うなひ)を目指して飛ぶ鳥のように、貴女の許に出かけようと誓った、私の秘めた貴女への思いです。

集歌3382 宇麻具多能 祢呂乃佐左葉能 都由思母能 奴礼弖和伎奈婆 汝者故布婆曽毛
訓読 馬来田(うまぐた)の嶺(ね)ろの小竹(ささ)葉の露霜の濡れて別(わ)きなば汝(な)は恋ふばそも
私訳 馬来田の嶺の笹の葉に置く露霜に濡れる、涙に濡れたままのお前の許を別れて来たら、きっと、お前は私を恋しがることだろう。

集歌3383 宇麻具多能 祢呂尓可久里為 可久太尓毛 久尓乃登保可婆 奈我目保里勢牟
訓読 馬来田(うまぐた)の嶺(ね)ろに隠(かく)り居(ゐ)かくだにも国の遠(とほ)かば汝(な)が目(め)欲(ほ)りせむ
私訳 馬来田の嶺によって隠されたところに居るのだけれど、故郷が遠いとお前の顔が見たくなる。
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再読、今日のみそひと謌 火

2019年02月26日 | 再読、今日のみそひと...
再読、今日のみそひと謌 火

集歌3374 武蔵野尓 宇良敝可多也伎 麻左弖尓毛 乃良奴伎美我名 宇良尓弖尓家里
訓読 武蔵野に占(うら)部(へ)象(かた)焼き現実(まさて)にも告(の)らぬ君が名占(うら)に出(で)にけり
私訳 武蔵野で占い師がする象焼き(骨を焼く)占い、現実には人にも告げたことのない片思いするあの人の名前が、その占いに現れて来ました。

集歌3375 武蔵野乃 乎具奇我吉藝志 多知和可礼 伊尓之与比欲利 世呂尓安波奈布与
訓読 武蔵野の小岫(をぐき)が雉(きぎし)立ち別れ去(ゐ)にし宵(よひ)より背ろに逢はなふよ
私訳 武蔵野の小さな洞穴に棲む雉が飛び立ち別れ去る、その言葉ではないが、旅立ち別れ去った宵から、愛しい貴方に逢っていないよ、私は。

集歌3376 古非思家波 素弖毛布良武乎 牟射志野乃 宇家良我波奈乃 伊呂尓豆奈由米
訓読 恋しけば袖も振らむを武蔵野のうけらが花の色に出(づ)なゆめ
私訳 貴方が私を恋しければ袖も振りましょうものを、でも、武蔵野の朮(おけら)の花の色のように、わずかにも顔には出さないでください。決っして。
左注 或本歌曰、伊可尓思弖 古非波可伊毛尓 武蔵野乃 宇家良我波奈乃 伊呂尓弖受安良牟
注訓 或る本の歌に曰はく、
訓読 いかにして恋ひばか妹に武蔵野のうけらが花に出ずあらむ
私訳 どのように恋い焦がれたら、愛しいあの娘に武蔵野のおけらの花のように、わずかにも顔色に出さないで済むだろうか。
注意 朮(おけら)は、日本書紀にも「白朮(ビャクジュツ)」として記述されるキク科の多年草で、胃腸薬としても使われます。その花の形から「わずか」の比喩とされ、また、そのまま立ち枯れてドライフラワーのような形状となることから「ながく」の比喩ともされます。

集歌3377 武蔵野乃 久佐波母呂武吉 可毛可久母 伎美我麻尓末尓 吾者余利尓思乎
訓読 武蔵野の草は諸向(もろ)きかもかくも君がまにまに吾(あ)は寄(よ)りにしを
私訳 武蔵野の草は風に右にも左にも靡きますが、とにもかくにも、貴方のお気のままに私は貴方に寄り添いましたのに。

集歌3378 伊利麻治能 於保屋我波良能 伊波為都良 比可婆奴流々々 和尓奈多要曽祢
訓読 入間路(いりまぢ)の於保屋(おほや)が原のいはゐ蔓(つら)引かばぬるぬる吾(わ)にな絶えそね
私訳 入間路の大家ヶ原のいわい蔓を引き抜くと蔓がぬるぬると続くように、貴女の気を引いたら、ぬるぬると私との仲を絶えることなく続けて下さい。
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再読、今日のみそひと謌 月

2019年02月25日 | 再読、今日のみそひと...
再読、今日のみそひと謌 月

集歌3369 阿之我利乃 麻萬能古須氣乃 須我麻久良 安是加麻可左武 許呂勢多麻久良
訓読 足柄(あしがり)の崖(まま)の小菅の菅枕(すがまくら)何故(あぜ)か巻(ま)かさむ子(こ)ろせ手枕(たまくら)
私訳 足柄の崖に生える小菅、その菅の枕を、どうして枕に使うのか、かわいい娘さん。それより、私の手枕を使いなさい。

集歌3370 安思我里乃 波故祢能祢呂乃 尓古具佐能 波奈都豆麻奈礼也 比母登可受祢牟
訓読 足柄(あしがり)の箱根の嶺(ね)ろの和草(にこぐさ)の花つ妻なれや紐解かず寝(ね)む
私訳 足柄の箱根の嶺に生える和草の花、そのただ見るだけの花のような花妻ならば、下着の紐を解かないで私は寝ましょう。
注意 三句目「尓古具佐能」は「にこぐさの」と訓じ「和草」と解釈しますが、未詳の植物です。ハコネシダ説がありまずがシダ植物に花は咲きません。

集歌3371 安思我良乃 美佐可加思古美 久毛利欲能 阿我志多婆倍乎 許知弖都流可母
訓読 足柄(あしがり)の御坂(みさか)畏(かしこ)み曇り夜の吾(あ)が下ばへを言(こち)出(で)つるかも
私訳 足柄の御坂の恐ろしさに、曇り空の夜のような心が闇の私の秘めた思い、その貴女への思いを、つい、口にしてしまった。

集歌3372 相模治乃 余呂伎能波麻乃 麻奈胡奈須 兒良波可奈之久 於毛波流留可毛
訓読 相模路(さがむぢ)の余綾(よろき)の浜の真砂(まなこ)なす子らは愛(かな)しく思はるるかも
私訳 相模路の余綾の浜の真砂(まなこ)、その言葉のひびきではないが、わたしの愛児(まなこ)と思える貴女は愛おしく恋い焦がれます。

集歌3373 多麻河泊尓 左良須弖豆久利 佐良左良尓 奈仁曽許能兒乃 己許太可奈之伎
訓読 多摩川(たまかは)に曝(さら)す手作(てつく)りさらさらに何(なに)ぞこの子のここだ愛(かな)しき
私訳 多摩川に曝(さら)す手作りの布、その言葉のひびきではないが、さらさらに(なお一層に)どうして、この娘がこれほど愛おしいのだろうか。
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万葉集 長歌を鑑賞する 集歌4113

2019年02月24日 | 万葉集 長歌を楽しむ
万葉集 長歌を鑑賞する 集歌4113

庭中花作謌一首并短謌
標訓 庭の中(うち)の花に作れる謌一首并せて短謌
集歌4113 於保支見能 等保能美可等々 末支太末不 官乃末尓末 美由支布流 古之尓久多利来 安良多末能 等之能五年 之吉多倍乃 手枕末可受 比毛等可須 末呂宿乎須礼波 移夫勢美等 情奈具左尓 奈泥之故乎 屋戸尓末於保之 夏能〃之 佐由利比伎宇恵天 開花乎 移弖見流其等尓 那泥之古我 曽乃波奈豆末尓 左由理花 由利母安波無等 奈具佐無流 許己呂之奈久波 安末射可流 比奈尓一日毛 安流部久母安礼也

<標準的な解釈(「萬葉集 釋注」伊藤博、集英社文庫)>
訓読 大君(おほきみ)の 遠(とほ)の朝廷(みかど)と 任(ま)きたまふ 官(つかさ)のまにま み雪降る 越に下り来(き) あらたまの 年の五年(いつとせ) 敷栲の 手枕(たまくら)まかず 紐解かず まろ寝をすれば いぶせみと 心なぐさに なでしこを やどに蒔き生(お)ほし 夏の野の さ百合引き植ゑて 咲く花を 出で見るごとに なでしこが その花妻(はなつま)に さ百合花(ゆりはな) ゆりも逢はむと 慰むる 心しなくは 天離る 鄙に一日(ひとひ)も あるべくもあれや
意訳 我が大君の治めたまう遠く遥かなるお役所だからと、私に任命された役目のままに、雪の深々と降る越の国まで下って来て、五年もの長い年月、敷栲の手枕もまかず、着物の紐も解かずにごろ寝をしていると、気が滅入ってならないので気晴らしにもと、なでしこを庭先に蒔き育て、夏の野の百合を移し植えて、咲いた花々を庭に出て見るたびに、なでしこのその花妻に、百合の花のゆり のちにでもきっと逢おうと思うのだが、そのように思って心の安まることでもなければ、都離れたこんな鄙の国で、一日たりとも暮らしていられようか。とても暮らしていられるものではない。

<西本願寺本万葉集の原文を忠実に訓むときの解釈>
訓読 大王(おほきみ)の 遠(とほ)の朝廷(みかど)と 任(ま)き給(たま)ふ 官(つかさ)のまにま み雪降る 越に下り来 あらたまの 年の五年(いつとせ) 敷栲の 手枕(たまくら)まかず 紐解かず 丸寝(まろね)をすれば いぶせみと 情(こころ)慰(なぐ)に なでしこを 屋戸(やと)にまをほし 夏の野し さ百合引き植ゑて 咲く花を 出で見るごとに なでしこが その花妻(はなつま)に さ百合花(ゆりはな) 後(ゆり)も逢はむと 慰むる 心し無くは 天離る 鄙に一日(ひとひ)も あるべくもあれや
私訳 大王の遠い役所として任命なされて、役職の務めのままに、清らかな雪が降る、越に下り来て、年の気が改まる、そのような年を五年、栲を敷く床で貴女との手枕を巻かず、夜着の紐を解かずに衣を着たままで丸寝をすると、気持ちは落ち込み、心を慰めようと、なでしこを屋敷にお呼びし、夏の野の美しい百合を移植して、その咲く花を、庭に出で立ち眺める度に、なでしこの花がその花妻であるかのように、美しい百合花の言葉の響きに、また、あとで逢いましょうと云うかのようにと、慰める気持ちを失くして、都から離れた鄙に一日も、暮らして居られるでしょうか。
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