竹取翁と万葉集のお勉強

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万葉集 集歌1323から集歌1327まで

2020年12月31日 | 新訓 万葉集巻七
集歌一三二三 
原文 海之底 奥津白玉 縁乎無三 常如此耳也 戀度味試
訓読 海(わた)し底(そこ)沖つ白玉よしをなみ常かくのみや恋ひわたりなむ
私訳 海の底深く隠れている白玉よ。それを採る方法がなくて、いつもこのように恋い焦がれる思いだけが続いていく。

集歌一三二四 
原文 葦根之 懃念而 結義之 玉緒云者 人将解八方
試訓 葦(あし)し根しねもころ念(も)ひて結(ゆ)ひ期しし玉し緒と云はば人解(と)かめやも
試訳 葦の根のように心を尽くして恋い慕って結び誓った玉の紐の緒ですと云ったなら、他の人があえてその紐を解くでしょうか。
注意 原文の「結義之」の「義之」は、標準解釈では王羲之を意味し、書の師から「手師」として「てし」と訓じます。この「結義之」と集歌一三二一の歌の「結大王」とを類似の表記と見なします。また、王羲之・王献之の親子関係から綽名として大王・小王と称します。ただし、ここでは原文のままに訓じています。

集歌一三二五 
原文 白玉乎 手者不纒尓 匣耳 置有之人曽 玉令泳流
訓読 白玉を手には纏(ま)かずに匣(はこ)のみに置(お)けりし人ぞ玉泳(およ)がする
私訳 白玉を肌身である己が手に巻かずに、大切なものとして箱の中にしまって置いた人こそは、その玉を水の流れに漂わせてしまう。

集歌一三二六 
原文 照左豆我 手尓纒古須 玉毛欲得 其緒者替而 吾玉尓将為
訓読 照左豆(てりさづ)が手に纏(ま)き古(ふる)す玉もがもその緒は替(か)へて吾が玉にせむ
私訳 照左豆が手に巻いて古くなった玉であってもその玉が欲しい。その紐の緒を替えて私の玉にしたい。

集歌一三二七 
原文 秋風者 継而莫吹 海底 奥在玉乎 手纒左右二
訓読 秋風は継ぎてな吹きそ海(わた)し底(そこ)奥(おき)なる玉を手し纏(ま)くさへに
私訳 秋風は次々と吹き続くな、せめて海の底の奥深くにある玉を採って手に巻くだけまでは。

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万葉集 集歌1318から集歌1322まで

2020年12月30日 | 新訓 万葉集巻七
集歌一三一八 
原文 底清 沈有玉乎 欲見 千遍曽告之 潜為白水郎
訓読 底(そこ)清(きよ)し沈(しづ)ける玉を見まく欲(ほ)り千遍(ちたび)ぞ告(の)りし潜(かづ)きする白水郎(あま)
私訳 海の底が清らかで底深く沈んでいる玉を見つけてみたいと、千遍も願って海に潜る海人よ。

集歌一三一九 
原文 大海之 水底照之 石著玉 齊而将採 風莫吹行年
訓読 大海(おほうみ)し水底(みなそこ)照らし沈(しづ)く玉(たま)斎(いは)ひて採(と)らむ風な吹きそね
私訳 大海の水底を照り輝かせて海底深くに沈んでいる玉を、神に願って取ろうと思う。風よ吹かないでくれ。

集歌一三二〇 
原文 水底尓 沈白玉 誰故 心盡而 吾不念尓
訓読 水底(みなそこ)に沈(しづ)く白玉誰が故(ゆゑ)し心尽して吾が念(おも)はなくに
私訳 水底に沈む白玉よ、誰のためでしょう、これほど心を尽くして私が恋い慕うことはありません。

集歌一三二一 
原文 世間 常如是耳加 結大王 白玉之緒 絶樂思者
試訓 世間(よのなか)し常かくのみか結(ゆ)ひし大王(きみ)白玉し緒し絶(た)ゆらく思へば
試訳 世の中とはこんなものでしょうか。私と契りを結ばれた貴方様。その言葉のひびきではありませんが、結んだ白玉の紐の緒が切れるように、貴方様との縁も絶えてしまうと思うと。
注意 原文の「結大王」の「大王」は王羲之からの洒落として「てし」と訓じますが、ここでは律令天皇制の時代背景から「大王」は戯訓対象には成らないとして、原文を尊重して訓じています。

集歌一三二二 
原文 伊勢海之 白水郎之嶋津我 鰒玉 取而後毛可 戀之将繁
訓読 伊勢(いせ)海(うみ)し白水郎(あま)し島津(しまつ)が鰒(あはび)玉(たま)採りに後(のち)もか恋し繁けむ
私訳 伊勢の海の海人のいる島の入り江のアワビの中の玉よ。それを採った後にも、恋する心は一層増すでしょう。

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万葉集 集歌1313から集歌1317まで

2020年12月29日 | 新訓 万葉集巻七
集歌一三一三 
原文 紅之 深染之衣 下著而 上取著者 事将成鴨
訓読 紅(くれなゐ)し深(こ)染(そめ)し衣(ころも)下し着て上し取り着ば事(こと)なさむかも
私訳 貴女の紅に深く染めた衣を下着に着て、それを改めて恋人として人目に付くようにと上着として着たら、貴女は結婚してくれるでしょうか。

集歌一三一四 
原文 橡 解濯衣之 恠 殊欲服 此暮可聞
訓読 橡(つるばみ)し解(と)き濯(あら)ひ衣(きぬ)しあやしくも殊(こと)し着(き)欲(ほ)しきこの暮(ゆふへ)かも
私訳 橡染めの服を解いて洗って、そして縫い直した衣を、不思議なことに無性に着てみたいと思う、この夕暮れです。

集歌一三一五 
原文 橘之 嶋尓之居者 河遠 不曝縫之 吾下衣
訓読 橘(たちばな)し島にし居(を)れば川(かは)遠(とほ)み曝(さら)さず縫(ぬ)ひし吾が下衣(したころも)
私訳 布を裁ったまま、その言葉のひびきのような橘の茂る島に居るので、川が遠くて水に曝すことなく縫った私の下衣です。

寄絲
標訓 絲に寄せる
集歌一三一六 
原文 河内女之 手染之絲乎 絡反 片絲尓雖有 将絶跡念也
訓読 河内(かふち)女(め)し手(て)染(そ)めし糸を絡(く)り反(かへ)し片糸(かたいと)にあれど絶えむと念(おも)へや
私訳 河内の女の手染めの糸を何度も枠に掛けて撚り操り返した一片の糸ですが、それが切れると思いますか。

寄玉
標訓 玉に寄せる
集歌一三一七 
原文 海底 沈白玉 風吹而 海者雖荒 不取者不止
訓読 海(わた)し底(そこ)沈(しづ)く白玉風吹きて海(うみ)は荒るとも取らずはやまじ
私訳 海の底深くに沈む白玉を、風が吹いて海が荒れるとしても、それを取ることは止めません。
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万葉集 集歌1308から集歌1312まで

2020年12月28日 | 新訓 万葉集巻七
寄海
標訓 海に寄せたる
集歌一三〇八 
原文 大海 候水門 事有 従何方君 吾率凌
訓読 大海(おほうみ)しさもらふ水門(みなと)事あらば何方(いくへ)ゆ君し吾を率(ひき)凌(の)がむ
私訳 大海を航行する船の湊で、事件が起きたらどこへ貴方は私を連れて逃れるのでしょうか。

集歌一三〇九 
原文 風吹 海荒 明日言 應久 公随
訓読 風吹きし海し荒りし明日と言ふ久しかるべし君しまにまに
私訳 風が吹いて海が荒れて、明日逢いましょうと貴方は云う。それは待ち通しいことです。でも、貴方の御気に召すままに。

集歌一三一〇 
原文 雲隠 小嶋神之 恐者 目間 心間哉
訓読 雲隠る小島し神しかしこけば目こそは隔(へだ)て心隔てや
私訳 雲間に隠れる吉備の小島の神が恐れ多いので逢うことは出来ないが、貴女への恋心は離れてはいません。
左注 右十五首、柿本朝臣人麿之歌集出
注訓 右の十五首は、柿本朝臣人麿の歌集に出づ。

寄衣
標訓 衣に寄せる
集歌一三一一 
原文 橡 衣人者 事無跡 曰師時従 欲服所念
訓読 橡(つるばみ)し衣(ころも)し人は事(こと)無しと云ひし時より着(き)欲(ほ)しく念(おも)ほゆ
私訳 「橡染めの衣を着た人は、事件を起こすような不誠実な人ではない」と貴女が語ったときから、その橡染めの衣を着たく思いました。

集歌一三一二 
原文 凡尓 吾之念者 下服而 穢尓師衣乎 取而将著八方
訓読 凡(おほ)ろかに吾し念(おも)はば下し着て穢(な)れにし衣(きぬ)を取りて着めやも
私訳 いい加減に私が貴女を慕っているのでしたら、服の下に着てくたびれてしまった貴女との思い出の衣を、このように取り出して着ているでしょうか。

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資料編 墨子 巻二 尚賢中

2020年12月27日 | 墨子 原文と訓じ
資料編 墨子 巻二 尚賢中
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https://drive.google.com/file/d/1tf54q2fB6X2XKeXQhqBM35Deprvfg870/view?usp=sharing

《尚賢中》
子墨子言曰、今王公大人之君人民、主社稷、治國家、欲脩保而勿失、故不察尚賢為政之本也。何以知尚賢之為政本也。曰自貴且智者、為政乎愚且賤者、則治、自愚且賤者、為政乎貴且智者、則乱。是以知尚賢之為政本也。故古者聖王甚尊尚賢而任使能、不黨父兄、不偏貴富、不嬖顏色、賢者挙而上之、富而貴之、以為官長、不肖者抑而廃之、貧而賤之以為徒役、是以民皆勧其賞、畏其罰、相率而為賢。者以賢者衆、而不肖者寡、此謂進賢。然後聖人聴其言、跡其行、察其所能、而慎予官、此謂事能。故可使治國者、使治國、可使長官者、使長官、可使治邑者、使治邑。凡所使治國家、官府、邑里、此皆國之賢者也。
賢者之治國者也、蚤朝晏退、聴獄治政、是以國家治而刑法正。賢者之長官也、夜寢夙興、收斂関市、山林、澤梁之利、以實官府、是以官府實而財不散。賢者之治邑也、蚤出莫入、耕稼、樹藝、聚菽粟、是以菽粟多而民足乎食。故國家治則刑法正、官府實則萬民富。上有以絜為酒醴栥盛、以祭祀天鬼、外有以為皮幣、與四隣諸侯交接、内有以食飢息労、将養其萬民。外有以懷天下之賢人。是故上者天鬼富之、外者諸侯與之、内者萬民親之、賢人歸之、以此謀事則得、挙事則成、入守則固、出誅則彊。故唯昔三代聖王堯、舜、禹、湯、文、武、之所以王天下正諸侯者、此亦其法已。
既曰若法、未知所以行之術、則事猶若未成、是以必為置三本。何謂三本。曰爵位不高則民不敬也、蓄禄不厚則民不信也、政令不断則民不畏也。故古聖王高予之爵、重予之禄、任之以事、断予之令、夫豈為其臣賜哉、欲其事之成也。詩曰、告女憂卹、誨女予爵、孰能執熱、鮮不用濯。則此語古者國君諸侯之不可以不執善、承嗣輔佐也。譬之猶執熱之有濯也。将休其手焉。古者聖王唯毋得賢人而使之、般爵以貴之、裂地以封之、終身不厭。賢人唯毋得明君而事之、竭四肢之力以任君之事、終身不倦。若有美善則歸之上、是以美善在上、而所怨謗在下、寧楽在君、憂慼在臣、故古者聖王之為政若此。
今王公大人亦欲効人以尚賢使能為政、高予之爵、而禄不従也。夫高爵而無禄、民不信也。曰、此非中實愛我也、假籍而用我也。夫假籍之民、将豈能親其上哉。故先王言曰、貪於政者不能分人以事、厚於貨者不能分人以禄。事則不與、祲則不分、請問天下之賢人将何自至乎王公大人之側哉。若苟賢者不至乎王公大人之側、則此不肖者在左右也。不肖者在左右、則其所誉不當賢、而所罰不當暴、王公大人尊此以為政乎國家、則賞亦必不當賢、而罰亦必不當暴。若苟賞不當賢而罰不當暴、則是為賢者不勧而為暴者不沮矣。是以入則不慈孝父母、出則不長弟郷里、居處無節、出入無度、男女無別。使治官府則盜竊、守城則倍畔、君有難則不死、出亡則不従、使断獄則不中、分財則不均、與謀事不得、挙事不成、入守不固、出誅不彊。故雖昔者三代暴王桀紂幽厲之所以失措其國家、傾覆其社稷者、已此故也。何則。皆以明小物而不明大物也。
今王公大人、有一衣裳不能制也、必籍良工、有一牛羊不能殺也、必籍良宰。故當若之二物者、王公大人未知以尚賢使能為政也。逮至其國家之乱、社稷之危、則不知使能以治之、親戚則使之、無故富貴、面目佼好則使之。夫無故富貴、面目佼好則使之、豈必智且有慧哉。若使之治國家、則此使不智慧者治國家也、國家之乱既可得而知已。且夫王公大人有所愛其色而使、其心不察其知而與其愛。是故不能治百人者、使處乎千人之官、不能治千人者、使處乎萬人之官。此其故何也。曰處若官者爵高而禄厚、故愛其色而使之焉。夫不能治千人者、使處乎萬人之官、則此官什倍也。夫治之法将日至者也、日以治之、日不什脩、知以治之、知不什益、而予官什倍、則此治一而棄其九矣。雖日夜相接以治若官、官猶若不治、此其故何也。則王公大人不明乎以尚賢使能為政也。故以尚賢使能為政而治者、夫若言之謂也、以下賢為政而乱者、若吾言之謂也。
今王公大人中實将欲治其國家、欲脩保而勿失、胡不察尚賢為政之本也。且以尚賢為政之本者、亦豈獨子墨子之言哉。此聖王之道、先王之書距年之言也。傳曰、求聖君哲人、以裨輔而身、湯誓云、聿求元聖、與之戮力同心、以治天下。則此言聖之不失以尚賢使能為政也。故古者聖王唯能審以尚賢使能為政、無異物雑焉、天下皆得其利。古者舜耕歷山、陶河瀕、漁雷澤、堯得之服澤之陽、挙以為天子、與接天下之政、治天下之民。伊摯、有莘氏女之私臣、親為庖人、湯得之、挙以為己相、與接天下之政、治天下之民。傅説被褐帯索。庸築乎傅巖、武丁得之、挙以為三公、與接天下之政、治天下之民。此何故始賤卒而貴、始貧卒而富。則王公大人明乎以尚賢使能為政。是以民無飢而不得食、寒而不得衣、労而不得息、乱而不得治者。
故古聖王以審以尚賢使能為政、而取法於天。雖天亦不辯貧富、貴賤、遠邇、親疏、賢者挙而尚之、不肖者抑而廃之。然則富貴為賢、以得其賞者誰也。曰若昔者三代聖王堯、舜、禹、湯、文、武者是也。所以得其賞何也。曰其為政乎天下也、兼而愛之、従而利之、又率天下之萬民以尚尊天、事鬼、愛利萬民、是故天鬼賞之、立為天子、以為民父母、萬民従而誉之曰聖王、至今不已。則此富貴為賢、以得其賞者也。然則富貴為暴、以得其罰者誰也。曰若昔者三代暴王桀、紂、幽、厲者是也。何以知其然也。曰其為政乎天下也、兼而憎之、従而賊之、又率天下之民以詬天侮鬼、賊傲萬民、是故天鬼罰之、使身死而為刑戮、子孫離散、室家喪滅、絕無後嗣、萬民従而非之曰暴王、至今不已。則此富貴為暴、而以得其罰者也。然則親而不善、以得其罰者誰也。曰若昔者伯鯀、帝之元子、廃帝之德庸、既乃刑之于羽之郊、乃熱照無有及也、帝亦不愛。則此親而不善以得其罰者也。然則天之所使能者誰也。曰若昔者禹、稷、皋陶是也。何以知其然也。先王之書呂刑道之曰、皇帝清問下民、有辭有苗。曰群后之肆在下、明明不常、鰥寡不蓋、德威維威、德明維明。乃名三后、恤功於民、伯夷降典、哲民維刑。禹平水土、主名山川。稷隆播種、農殖嘉穀。三后成功、維假於民。則此言三聖人者、謹其言、慎其行、精其思慮、索天下之隱事遺利、以上事天、則天郷其德、下施之萬民、萬民被其利、終身無已。故先王之言曰、此道也、大用之天下則不窕、小用之則不困、脩用之則萬民被其利、終身無已。周頌道之曰、聖人之德、若天之高、若地之普、其有昭於天下也。若地之固、若山之承、不坼不崩。若日之光、若月之明、與天地同常。則此言聖人之德、章明博大、埴固、以脩久也。故聖人之德蓋総乎天地者也。
今王公大人欲王天下、正諸侯、夫無德義将何以哉。其説将必挾震威彊。今王公大人将焉取挾震威彊哉。傾者民之死也。民生為甚欲、死為甚憎、所欲不得而所僧屢至、自古及今未嘗能有以此王天下、正諸侯者也。今大人欲王天下、正諸侯、将欲使意得乎天下、名成乎後世、故不察尚賢為政之本也。此聖人之厚行也。

字典を使用するときに注意すべき文字
者、又此也。 これ、の意あり。
蚤、又與早通 発音の「音早」から、はやい、の意あり。
莫、莫故切。同暮。 くれ、の意あり。
鮮、又少也。亦善也。 すくない、の意あり。
隆、豊大也 ゆたかにする、の意あり。


《尚賢中》
子墨子の言いて曰く、今、王公大人が人民に君とし、社稷(しゃしょく)を主とし、國家を治め、脩(なが)く保ちて而して失うこと勿からむと欲せば、故に賢(けん)を尚(たつ)とぶは政(まつりごと)の本(もと)と為るを察せざるや。何を以って賢(けん)を尚(たつ)とぶは政の本と為るを知るや。曰く、自ら貴(き)にして且つ智(ち)なる者が、政を愚(ぐ)にして且つ賤(いや)しき者に為せば、則ち治(おさま)る、自ら愚(ぐ)にして且つ賤(いや)しき者が、政を貴(き)にして且つ智(ち)に為せば、則ち乱るる。是を以って賢(けん)を尚(たつ)とぶは政の本(もと)と為すを知るなり。故に古(いにしえ)の聖王は甚だ賢を尊尚(そんしょう)し而して能(のう)を任じ使ひ、父兄に黨(かたよ)らず、貴富に偏(へん)せず、顔色に嬖(へい)せず、賢者を挙げて而して之を上らせ、富ませ而して之を貴とし、以って官長(かんちょう)と為し、不肖(ふしょう)の者は抑え而して之を廃し、貧(まず)しくし而して之を賤(せん)とし以って徒役(とえき)と為す、是を以って民の皆は其の賞(しょう)に勧(すす)み、其の罰を畏(おそ)れ、相率いて而して賢(けん)と為す。者(これ)を以って賢者は衆(おお)く、而(しかる)に不肖の者は寡(すくな)く、此を賢(けん)を進(すす)むと謂う。然る後に聖人は其の言を聴き、其の行を跡(たず)ね、其の能(よ)くする所を察し、而して慎(つつ)しみて官を予(あた)へ、此は能(のう)を事(つか)ふと謂う。故に國を治め使(し)むる可き者は、國を治め使(し)め、官の長たら使(し)むる可き者は、官の長たら使(し)め、邑を治め使(し)むる可き者は、邑を治め使(し)む。凡そ國家(こくか)、官府(かんふ)、邑里(いふり)を治め使(し)むる所は、此れ皆は國の賢者なり。
賢者の國を治めるは、蚤(はや)く朝(ちょう)し晏(おそ)く退(しりぞ)き、獄(ごく)を聴き政(せい)を治め、是を以って國家は治まり而して刑法は正(ただ)す。賢者の官の長なるは、夜(よひ)に寢(ゐ)ね夙(つと)に興(お)き、関市(かんし)、山林(さんりん)、澤梁(たくりょう)の利を収斂(しゅうれん)し、以って官府を實(みた)し、是を以って官府は實(み)ち而して財は散(さん)ぜす。賢者の邑(いふ)を治めるは、蚤(はや)く出で莫(くれ)に入り、耕稼、樹藝して、菽粟を聚め、是を以って菽粟は多く而して民は食ふに足りる。故に國家が治まれば則ち刑法は正(ただ)しく、官府が實(み)ちれば則ち萬民は富む。上には以って絜(きよ)く酒醴(しゅれい)粢盛(しゅせい)を為(つく)り、以て天鬼を祭祀するは有り、外には以って皮幣(ひへい)を為(つく)り、四隣の諸侯と交(こもご)も接する有り、内には以って飢(き)に食(やしな)ひ労(ろう)に息(いこ)ひ、将に其の萬民を養うは有り。外には以って天下の賢人が懷(なつ)くる有り。是の故に上には天鬼は之を富し、外には諸侯は之を與(くみ)し、内には萬民は之を親(した)しみ、賢人は之に歸(き)し、以って此の事を謀(はか)れば則ち得(え)、事を挙げれば則ち成り、守に入れば則ち固(かた)く、誅(ちゅう)に出づれば則ち彊(つよ)し。故に昔の三代の聖王堯、舜、禹、湯、文、武は天下に王として諸侯を正(ただ)す所以(ゆえん)の者と唯(いへど)も、此は亦た其の法(のり)已(のみ)。
既に曰く若(かくのごと)き法(のり)は、未だ之の行う所以(ゆえん)の術(すべ)を知らざれば、則ち事は猶(なお)若(かくのごと)く未だ成ず、是を以って必ず為(ため)に三本を置く。何ぞ三本と謂う。曰く、爵位(しゃくい)の高からざれば則ち民は敬(けい)せず、蓄禄(ちくろく)の厚(あつ)からざれば則ち民は信ぜす、政令の断ぜざれば則ち民は畏(おそ)れず。故に古の聖王は高く之の爵を予(あた)へ、重く之の禄を予(あた)へ、之を任ずるに事を以ってし、断ずるに之に令を予(あた)へ、夫れ豈に其の臣に賜(し)を為すや、其の事の成らむことを欲すればなり。詩に曰く、女(なんじ)に憂卹(ゆうじゅつ)を告げむ、女(なんじ)に予爵(よしゃく)を誨(おし)へむ、孰(たれ)か能(よ)く熱(あつ)きに執(ふ)れ、濯(ぬら)すを用ひざるもの鮮(すくな)し。則ち此れ古(いにしへ)の國君諸侯の以って、承嗣(しょうし)輔佐(ほさ)を執善(しつぜん)せざる可からざるを語るなり。之を譬(たと)へるに猶(なお)熱(あつ)きに執(ふ)れ濯(ぬら)すこと有るがごとしなり。将に其の手を休めむとす。古の聖王は唯毋(ただ)賢人を得て而(すで)に之を使ひ、爵を般(わか)ちて以って之を貴(とうと)くし、地を裂(さ)きて以って之を封じ、終に身を厭(いと)はず。賢人は唯毋(ただ)明君を得て而(すで)に之に事(つか)へ、四肢の力を竭(つく)し以って君の事に任じ、終に身は倦(う)まず。若(かくのごと)き美善(びぜん)有れば則ち之は上に歸し、是を以って美善(びぜん)は上に在りて、而(すなは)ち怨謗(えんぼう)する所は下に在り、寧楽(ねいらく)は君に在りて、憂慼(ゆうせき)は臣に在り、故に古の聖王の政を為すこと此の若(ごと)き。
今、王公大人の亦た人に効(こう)して賢を尚(たつ)とび能(のう)を使ふを以って政を為さむと欲し、高く之に爵を予(あた)ふれども、而して禄は従がはず。夫れ爵は高けれど而(しかる)に禄は無しを、民は信ぜず。曰く、此の實(まことに)に我を愛するに非ずに中(あた)たり、假籍(かりしゃ)して而して我を用いるなり。夫れ假籍(かしゃ)の民は、将に豈に其の上を親しまむや。故に先王の言いて曰く、政に貪(むさぼ)る者は人に分かつに事を以ってすること能(あた)はず、貨に厚き者は人に分けかつに禄を以ってすること能はず。事は則ち與(あた)へず、祲(ろく)は則ち分たず、天下の賢人を請問(せいもん)するも将に何に自りて王公大人の側に至らむや。若(も)し苟(いや)しくも賢者の王公大人の側に至らざれば、則ち此れ不肖(ふしょう)の者は左右に在るなり。不肖(ふしょう)の者の左右に在れば、則ち其の誉むる所は賢に當(あた)らず、而ち罰する所は暴に當(あた)らず、王公大人の此を尊び以って國家に政を為せば、則ち賞は亦た必ず賢に當(あた)らず、而ち罰も亦た必ず暴に當(あた)らず。若(も)し苟(いや)しくも賞は賢に當(あた)らず而(さら)に罰は暴に當(あた)らずば、則ち是は賢を為す者を勧(すす)めずして而(しかる)に暴を為す者は沮(はば)まずなり。是は以って入りては則ち父母に慈孝(じこう)せず、出でては則ち郷里に長弟(ちょうてい)ならず、居處(きょしょ)に節は無く、出入に度(ど)は無く、男女に別(べつ)は無く。官府を治め使むれば則ち盜竊(とうせつ)し、城を守らば則ち倍畔(ばいはん)し、君に難(なん)の有れども則ち死なず、出亡(しゅつぼう)すれども則ち従がはず、獄(ごく)を断じ使(し)むれば則ち中(あた)らず、財を分てば則ち均(ひと)しからず、與(とも)に事を謀(はか)れば得ず、事を挙げれば成らず、守に入れども固(かた)からず、誅(ちゅう)に出でても彊(つよ)からず。故に昔の三代の暴王桀紂幽厲は其の國家を失措(しつそ)し、其の社稷(しゃしょく)を傾覆(けいふく)する所以(ゆえん)の者と雖(いへど)も、已(すで)に此の故なり。何となれば則ち。皆の小物を明らかにして而(しかる)に大物を明らかにせずを以ってなり。
今、王公大人の、一衣裳(いしょう)は有りて制(せい)するを能はざれば、必ず良工に籍(よ)らむ、一牛羊(ぎゅうよう)は有りて殺すを能はざれば、必ず良く宰(さい)に籍(よ)らむ。故に當に之の二物の若(ごと)きものは、王公大人も未だ賢(けん)を尚(たつ)とび能を使うを以って政(まつりごと)を為すを知らざるなり。其の國家の乱に至るに逮(およ)び、社稷(しゃしょく)は危く、則ち能(のう)を使い以って之を治めむを知らず、親戚(しんせき)は則ち之を使ひ、無故(むこ)の富貴、面目(めんもく)の佼好(こうこう)は則ち之を使ふ。夫れ無故(むこ)の富貴、面目の佼好(こうこう)は則ち之を使ひ、豈に必ず智(ち)にして且つ慧(けい)は有るらむや。若(も)し之をして國家を治め使むれば、則ち此れ智慧(ちけい)ならざる者をして國家を治め使(し)むるなり、國家の乱るるは既に得(う)可(べ)くして而(すなは)ち知る已(のみ)。且(まさ)に夫れ王公大人の其の色を愛する所(ところ)有(あ)りて而(すなは)ち使ひ、其の心に其の知(ち)を察せずして而(すで)に其の愛(あい)を與(くみ)せしむなり。是の故に百人を治めること能はざる者にして、千人の官に處(お)ら使(し)む、千人を治めること能はざる者をして、萬人の官に處(お)ら使(し)む。此れ其の故は何ぞや。曰く、若(かくのごと)く官に處(お)る者は爵は高く而(すなは)ち禄は厚く、故に其の色を愛し而して之を使ふ。夫れ千人を治めること能はざる者にして、萬人の官に處(お)ら使(し)め、則ち此れ官は什倍(じゅうばい)するなり。夫れ治の法(のり)は将に日に至らむとするものなり、日に以って之を治むれども、日は什脩(じゅうしゅう)せず、知は以って之を治むれども、知(ち)は什益(じゅうえき)せず、而して官に什倍(じゅうばい)を予(あた)へ、則ち此れ一を治め而して其の九を棄(す)てるなり。日夜相(あい)接(せつ)して以って若(こ)の官を治めると雖(いへど)も、官は猶(なお)若(かくのごと)く治まらず、此れ其の故は何ぞや。則ち王公大人は賢(けん)を尚(たつ)とび能(のう)を使ふを以って政(まつりごと)を為すことを明らかにせずなり。故に以って賢(けん)を尚(たつ)とび能(のう)を使ひて政(まつりごと)を為し而して治める者は、夫れ若(かくのごと)き言(ことば)の謂ふなり、賢(けん)を下し以って政(まつりごと)を為し而して乱るる者は、若(かくのごと)く吾の言(ことば)の謂ふなり。今、王公大人は中實(まことに)将に其の國家の治まるを欲し、脩(なが)く保ちて而して失(うしな)うこと勿(な)からむを欲せば、胡(なむ)ぞ賢(けん)を尚(たつ)とぶは政(まつりごと)の本(もと)を為すを察せざるや。
且(ひとま)ず賢(けん)を尚(たつ)とぶを以って政(まつりごと)の本(もと)と為す者は、亦た豈に獨り子墨子の言のみならむや。此れ聖王の道にして、先王の書、距年(きょねん)の言(ことば)なり。傳へて曰く、聖君哲人を求めて、以って而(なんじ)の身を裨輔(ひほ)す、湯誓(とうせい)に云く、聿(こと)に元聖(げんせい)を求め、之と力を戮(あは)せ心を同じくし、以って天下を治める。則ち此れ聖の賢(けん)を尚(たつ)とび能(のう)を使ひ以って政(まつりごと)を為すを失はざることを言うなり。故に古の聖王は唯(ただ)能(よ)く賢(けん)を尚(たつ)とび能(のう)を使ひて以って政(まつりごと)を為すことを審(つまび)らかにし、異物の雑(まじ)はるは無しなり、天下の皆は其の利を得るなり。古(いにしへ)の舜は歷山(れきざん)に耕(こう)し、河瀕(かひん)に陶(とう)し、雷澤(らいたく)に漁(いさり)し、堯は之を服澤(ふくたく)の陽(きた)に得て、挙げて以って天子と為り、與(とも)に天下の政(まつりごと)に接し、天下の民を治める。伊摯(いし)は、有莘(いうしん)氏(し)の女(じょ)の私臣(ししん)にて、親(みづか)から庖人(ほうじん)と為り、湯は之を得、挙げて以って己(おのれ)が相(しょう)と為し、與(とも)に天下の政(まつりごと)に接し、天下の民を治める。傅説(ふえつ)は褐(かつ)を被(かぶ)り索(さく)を帯(おび)にし、庸(やと)はれて傅巖(ふがん)を築く、武丁(ぶてい)は之を得て、挙げて以って三公と為し、與(とも)に天下の政(まつりごと)に接し、天下の民を治める。此れ何の故に始(はじめ)は賤(いや)しく卒(すえ)は而(しかる)に貴(とうと)く、始(はじめ)は貧(まず)しく卒(すえ)は而(しかる)に富(と)む。則ち王公大人は賢(けん)を尚(たつ)とび能(のう)を使うを以って政(まつりごと)を為すことを明らかにすればなり。是を以って民は飢えて而して食を得ず、寒にして而して衣を得ず、労にして而して息(そく)を得ず、乱にして而して治を得ずは無し。
故に古の聖王は以って賢(けん)を尚(たつ)とび能(のう)を使うを以って政(まつりごと)を為すを審(つまび)らかにして、而して法(のり)を天に取る。雖(ただ)天も亦た貧富(ひんぷ)、貴賤(きせん)、遠邇(えんじ)、親疏(しんそ)を辯(べん)ぜず、賢者は挙げて而して之を尚(たつ)とび、不肖の者は抑えて而(しかる)に之を廃す。然らば則ち富貴(ふうき)と為りて賢(けん)、以って其の賞(しょう)を得たる者は誰ぞや。曰く、昔の三代聖王の堯、舜、禹、湯、文、武の若(かくのごと)き者が是なり。其の賞を得る所以(ゆえん)は何ぞや。曰く、其の天下に政(まつりごと)を為すや、兼(けん)にして而して之を愛し、従ひて而して之を利す、又た天下の萬民を率いて以って天を尚尊(しょうそん)し、鬼に事(つか)へ、萬民を愛利し、是の故に天鬼は之を賞し、立てて天子と為し、以って民の父母と為す、萬民は従(したが)ひて而して之を誉めて聖王と曰ふ、今に至るまで已(や)まず。則ち此れ富貴と為りて賢(けん)、以って其の賞を得る者なり。
然らば則ち富貴に為(な)りて暴(ぼう)、以って其の罰を得る者は誰ぞや。曰く、昔の三代の暴王桀、紂、幽、厲の若(かくのごと)き者は是なり。何を以って其の然りを知るや。曰く、其の天下に政(まつりごと)を為すや、兼(けん)にして而して之を憎(にく)み、従ひて而して之を賊(そこな)ひ、又た天下の民を率いて以って天を詬(そし)り鬼を侮(あなど)り、萬民を賊傲(ぞくごう)す、是の故に天鬼は之を罰し、身は死して而して刑戮(けいりく)と為り、子孫は離散し、室家(しつか)は喪滅(もめつ)し、絶へて後嗣は無から使(し)め、萬民は従ひて而して之を非として、曰く、暴王、今に至るまで已(や)まず。則ち此れ富貴に為して暴(ぼう)、而して以って其の罰を得る者なり。
然らば則ち親(した)しくし而して不善、以って其の罰を得る者は誰ぞや。曰く、昔の伯鯀、帝の元子の若(ごと)し、帝は德庸(とくよう)を廃し、既に乃ち之を于羽(かんう)の郊(こう)に刑(けい)し、乃ち熱照(ねつしょう)も及ぶこと有るは無しなり、帝は亦た愛(あい)さず。則ち此れ親(した)しみて而して不善、以って其の罰を得る者なり。
然らば則ち天の能(のう)を使う所の者は誰ぞや。曰く、昔の禹(う)稷(しょく)皋陶(こうえん)の若(ごと)き、是なり。何を以って知其の然りを知るや。先王の書、呂刑(りょうけい)に之を道(い)ひて曰く、皇帝は清問(せいもん)し下民(かみん)は有苗(ゆうびょう)に辭(じ)は有り。曰く、群后(ぐんこう)は之を肆(つ)ぎ、在下(ざいか)は明(めい)を明らかにすれど常ならず、鰥寡(かんか)は蓋(おお)はず、德をもちて威(おど)せば維(こ)れ威(おそ)れ、德をもちて明(あきら)かにすれば維(こ)れ明かなり。乃ち三后(さんこう)に名(めい)じ、功を民に恤(うれ)へしむ、伯夷(はくい)は典(のり)を降し、民を哲(さば)きて維(こ)れを刑(けい)にす。禹(う)は水土を平げ、主として山川を名つける。稷(しょく)を隆(ゆた)かにし種を播(ま)き、農(つと)めて嘉穀(かこく)を殖(しょく)す。三后(さんこう)は功を成し、維(こ)れ民に假(おおい)なり。則ち此れ三聖人の者、其の言(ことば)を謹(つつし)み、其の行を慎(つつし)み、其の思慮(しりょ)を精(くわ)しくし、天下の隱事(いんじ)遺利(いり)を索(もと)め、以って上は天に事(つか)れば、則ち天は其の德を郷(う)け、下は之を萬民に施(ほどこ)し、萬民は其の利を被(こうむ)る、終(つひ)に身は已(や)むこと無からむ。
故に先王の言いて曰く、此の道(みち)や、大いに之を天下に用いれば則ち窕(みた)ず、小さく之を用いれば則ち困(くるし)まず、脩(なが)く之を用いれば則ち萬民は其の利を被(こうむ)り、終(つい)に身は已(や)むこと無きなり。周頌(しうしょう)に之を道(い)ひて曰く、聖人の德、天の高きが若(ごと)く、地の普(あま)ねくが若(ごと)く、其の天下に昭(あきら)かなること有らむ。地の固きが若(ごと)く、山の承(たか)きが若(ごと)く、坼(さ)けず崩(くず)れず。日の光の若(ごと)く、月の明の若(ごと)く、天地と同常(どうじょう)なり。則ち此れ聖人の德、章明(しょうめい)博大(はくだい)埴固(しょくこ)にして、以って脩久(しうきゅう)なるを言うなり。故に聖人の德は蓋(けだ)し天地を総(す)べるものなり。
今、王公大人は天下の王とし、諸侯に正(せい)たらむを欲し、夫れ德義(とくぎ)は無くして将に何を以ってせむとするや。其の説くは将に必ず威彊(いきょう)を挾震(きょうしん)せむとす。今、王公大人の将に焉(いずく)に取りて威彊(いきょう)を挾震(きょうしん)せむとするや。者(こ)の民の死を傾(かたむ)くるや。民は生を甚だ欲すと為し、死を甚だ憎むと為し、欲する所は得ずして而して僧む所は屢(しばし)ば至り、古(いにしへ)自(よ)り今に及ぶまで未だ嘗(かって)って能(よ)く此を以って天下に王として、諸侯を正(せい)たる者(もの)有(あ)らざるなり。今、大人は天下に王として、諸侯に正(せい)たらむと欲し、将に意(い)をして天下に得て、名をして後世に成さしめむと欲せば、故に賢(けん)を尚(たつ)とび政(まつりごと)の本(もと)と為るを察(さつ)せざるや。此れ聖人の厚行(こうこう)なり。

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